ヤンデレ天使様から逃げられるとでも?
「アラタさん、おめでとうございます! ついにSランクに昇格ですね!」
王都一の冒険者ギルド。
受付嬢の元気ハツラツとした声が、ギルド内に響き渡る。
依頼受付前に雄々しく佇む、その男に羨望の眼差しが向いた。
それもそのはずSランク冒険者は一騎当千……一匹で一国を容易く滅ぼす魔物を単騎での討伐が可能な、まさに生ける伝説。
無視する方が無理だろう。
しかし、その傑物を見た瞬間、「おぉ、そっか……ま、良かったな」と気まずい反応しか返ってこなかった。
「……ああ、ありがとう」
かくいう俺もぎこちない態度で応えるしかなかった。
「……」
「……」
いつも騒がしいギルドによそよそしい空気感が流れる。
このギルドでは低ランク高ランク関係なく、一つランクが上がるだけで、その場の全員で胴上げするほどのお祭り騒ぎが絶えない仲が良いギルドなのだが……
「……はは、凄いなSランクか……それは凄いな……」
ある理由があって避けられている。
別に俺自身が嫌われているわけではない……いや、真面目に!
そんなこんなで、この状況に耐えきれなくなった俺は「……今日は帰るよ」乾いた返事を返して、この地獄のような雰囲気から抜け出すため足早に出口へ向かう。
ギルドの外へ一歩踏み出す度、ギルドからコソコソと聞こえる噂を俺の並外れた聴力が、聞きつける。
『あれが天使様に付きまとわれている奴だよな……』
『いやいや、むしろ天使様を使い倒してるって聞いてるぜ……』
『どっちにしろ良い噂は聞かねえな……』
真偽がハッキリしない噂話を聞きながら、街頭を踏み締めていると、ギルドからパンプスのカツカツとした足音が近づいてくるのを感じとる。
その足音の主が突然、俺に抱きついてきた。
「……っな!」
しがみついてきた腕を剥がしながら振り返ると、ハーフアップで纏められた橙髪が少し乱れ、いつも見る快活なイメージと程遠い妖艶なムードの受付嬢がいた。
ついさっきランクの昇格を心から喜んでくれた受付嬢のティナだ。
冒険者登録の初期からお世話になって、ギルドで唯一俺を嫌わずに寄り添ってくれている彼女が何の用だ?
「明日ギルドに来てください。……大事な話があるんです。――私、待ってますから」
「ああ、必ず行くよ」
ひどく強張った声に軽く返事を返すと、素早い足運びでギルドに帰って行った。
なんだ、明日ランク昇格後の手続きでもあるのか?
言わずとも毎日足繁く通うのは知ってるだろうに。
……まあ、Sランク冒険者はそれだけ重要な役割を担ってるって事か。
――どうあれ、去り際に見た彼女の顔が真っ赤に染まっていた件については関係無いな!
◇◆◇◆
貴族顔負けの豪華絢爛な豪邸が俺の家だ。
冒険者は危険な仕事、それだけ金だけは羽振りが良い。
Sランクとなった今、他の冒険者達にも舐められる訳にはいかない。
上に立つ者には上に立つに相応する物を取り揃えなければ、格好がつかない。
衣食住を高水準に揃え、風格を保つ、それも仕事の一つ。
それは今なお精進中の冒険者に夢を与える事でもある。
成功すれば自分もこうなれる、そんな目標に――希望になれたらと、そうした意味合いでもある。
なんとはなしにカッコつけたが、ズルしてランクアップを繰り返した手前、ムズムズする。
なんたって俺は異世界転移でチートを持ってきているからな。
今日も洒落た玄関を開くと裸エプロンに翼を生やした女性に大手を振って迎え入れられる。
「おかえりなさい、あ・な・た。ご飯にする? お風呂にする? それとも……きゃっはー! 恥ずかしいです、言わせないでください!」
彼女が大元の原因の天使様、名はカエルシア。
異世界で俺が嫌われている要因、そして神様の唯一の使いと呼ばれ、この大陸では神様の次に有名人だ。
そんな大人気の天使様は神様の手違いでトラックに轢かれ死んでしまった俺の世話役として一緒に異世界へ転移させられていたのだ(一度死んでしまった者は魂をその世界では修復できないらしいbyGOD……らしいってなんだよ他人事すぎるだろ!)
そのため、彼女を連れ歩いている俺をよく思わない連中に変な噂を流され、まともに付き合ってくれるのは受付嬢のティナくらいになってしまった。
まあ、仕事で仕方なくだろうが……それでも嬉しいのだ。
でも大丈夫。
だって、俺に優しい天使様が寄り添ってくれていたから……ってそんな訳もなく。
当初は神に尽くすことが喜びと感じていた天使様は俺を毛嫌いしていた。
しかし、日々を共に過ごすうちに仲が深まり、俺と天使様の距離はどんどん近づいていった。
いや、むしろラブメーターが限界突破、振り切れてしまった。
元々、神様に尽くしていたこともあってか、甘やかされ、可愛がられ、至れり尽くせりだ。
もちろん最初はこんな美人で愛嬌を振りまく天使様にドギマギして、シンプルに嬉しかった。
――でもそれが恐怖に変わるには日を要さなかった。
「…………じゃあ、ご飯にするよ。いつもありがとう」
「えへへっ、どういたしましてー。あなたに喜んでもらえるように腕によりを掛けて作りました。元の世界のラーメンです。最高級の食材を加えて本場にも負けない味を研究した、この世界で初のラーメンです!」
「………………いただきます」
異世界生活で数年はスプーン、フォークだったので、久々の箸に悪戦苦闘しながらもラーメンを一啜り。
っうまい! 濃厚なスープが麺を引き立て、不健康で犯罪レベルな麺を胃に送る度、胃が貫かれる衝撃を感じる。
これぞラーメンだ!
これに関しては褒める一択。
文句なんか一欠片も沸いてこない。
麺を啜る手が止まる気がしない!
「……ん?」
さっきまで止まる気がしなかった手が止まる。
理由は異様に噛みきれない細い麺だ。
歯応えも、もっちりとした麺ではない全く別物。
なかなか噛みきれない、それに喉に絡みつく感じ、まさか……
「また、髪の毛入れた……?」
「気づいてくれましたー? 隠し味に栄養満点の私の髪の毛を入れてみましたー! ラーメンだけじゃ体に悪いですからね」
体に悪いとか関係なく生理的にどうなんだ、これ……?
異世界に来てから、俺にこの事実を隠して食べさせ続けていたらしいのだが、最近は包み隠さず宣言している。
完全栄養食で俺のステータス、スキル等々のレベルを上げやすくなるとかで、今まで陰ながらサポートしていたと本人は言っている。
けれど、今はステータス、スキル等々は既に伸び切って成長の兆しは無い。
オブラートに隠さずにはっきり言えば、今の俺には気持ちの悪い栄養食でしかない。
でも、完食しないとずっと引きずるから厄介だ。
――食べるか……。
ラーメンと一緒に髪を胃に流し込む、麺を食べ終え、残った具材をスープの中から拾い上げる。
よくよく見ると髪以外にも異物が混入していた。
鷹の爪――もとい天使の爪、背脂――もとい天使の垢、およそラーメンじゃないなと思いながらも、スープまで飲み干す。
精神的にも肉体的にもどっと疲れが込み上げ、イスに全体重を預けざるを得なくなる。
寝たい……寝て忘れたい。
異物ラーメンなんて……。
「ごちそうさま。このラーメンとても美味しかったよ……」
「本当!? 嬉しい……。初めて作ったから心配で心配でたまらなかったの。また、丹精込めて作るね!」
「ッ…………あぁ。もう、お風呂沸いてるかな? 今日は疲れた、とてもね……」
そっけない返事を返しつつ、彼女の顔を見る。
とても幸せそうな顔をしていた。
まったく悪気のなさそうな様子に少しむかっ腹が立つが、それを表情には表さない。
なぜなら、それだけ彼女には助けられてきたからだ。
今でも意味がわからない行動に恐怖は感じている。
だけど、ランクが低く、生活もままならない時、何度も助けられた事を忘れるほど、恩知らずではない。
だからこそ。
俺がガツンと、それは逆効果、喜んでいないと言えれば丸く収まるのに、未だに出来ていない。
異世界転移でSランクになった今でも、勇気だけは成長していない。
ダメだな、俺は……と、感傷に浸る。
すると、天使様は――
「お風呂はもう沸いていますよ。……それじゃあ、私も――」
「ちょっと待った! それは流石に……」
「そうですよね。まだ早いですよね。こういうのは結婚してからですよね!」
「…………あぁ、そうだねー。先に入らせてもらうよー」
カタコトで返事を返した俺は後ろからこっそり付いて来ようとする天使様に目で牽制しながら風呂場に向かう。
異世界でも風呂が普及している事には驚いたが、まぁ実際異世界なんて大体そんなもんだ。
深く考えた方が負けだ。
脱衣所に着き、服を脱いだ俺は、風呂場の扉を開ける。
もうもうと湧き出る湯気を肌で感じながらお湯を桶で拾い上げ、身体にかける。
汚れを落とし、お待ちかねの湯船に浸かった。
瞬間、リラックス状態に入る。
「ふぃ~~、気持ちいい」
異世界で一番安心して心休まる場所がお風呂場だ。
前の世界と変わらない――いや、それ以上の快感がお風呂にはある。
熱く語るとのぼせるので、一言だけに留めておく。
風呂は良いぞ~~。
こうして俺を取り巻く困難を忘れさせてくれる風呂で、俺の一日は終わる。
毎夜の天使様の覗きに気が付かずに……
◇◆◇◆
翌朝、冒険者ギルド手前で向かい合う男と女がいた。
アラタとティナだ。
――一方は気品もクソもない性能重視の最強装備で剣の柄頭に手を置き、もう一方は白一色のワンピースをなびかせ、胸元のベージュ色のリボンを可愛らしく弄っていた。
約束通りに毎日の足運びで冒険者ギルドにやって来たアラタだが……いつものティナとは何かが違う。
生物としての勘がそう告げた。
戦闘、戦略、頭脳戦、どんな分野においても先に行動するのは手の内を晒すと同義。
なので俺は見に回ることにしたのだが――
「……か、可愛い――っあ」
口から素直な感想を漏らしてしまう。
それは俺にとって無理もないことだった。
この異世界の地で、何も分からない頃から優しく導いてくれた彼女に俺は惚れていた。
いつもの受付嬢スタイルの衣装も、仕事人って感じで非常に好ましいが、あんな可愛らしい格好で来られたら、ギャップで言葉を漏らすのも無理もない事だった。
そんなキモい発言にティナは頬を赤らめた。
「――う、嬉しい……」
夢でも見てるのか?
前世でも今世でも容姿を褒めても、蔑まれ、罵倒され、挙げ句の果てに無視される。
それがどうだ。
褒めたら嬉しいと言ってくれた。
彼女いない歴が年齢の俺には出来すぎた話だ。
もちろん、女性経験の無い俺に正しい判断なんてできるはずもなく。
暴走した――
「――俺とデートしないか!?」
「――私とデートしてください!?」
「「……!?」」
……のは両者同じだった。
お互いの顔は真っ赤に沸騰した。
同時に頭が回らなくなり、ポンコツと化す。
「デートするってコトは俺達付き合うってコト!?」
「そうなりますネ!?」
やはりポンコツと化したのはティナも同じだった。
事態の収拾がつかない状況に発展しながらも俺達は流れに身を任せて、街中へデートに向かった。
◇◆◇◆
早朝、目が覚めると見知らぬ宿屋の一室だった。
羽毛の掛け布が付いた一般的なベッドはひどく寒く感じる。
掛け布が何かに奪われていたからだ。
寒さを凌ごうと寝起きの身体に鞭打ち、掛け布を丁寧に何かから紐解いていく。
すると、そこには肌を露出したティナの姿があった。
「!?」
瞬間、昨日の出来事の粗筋が浮かび上がる。
街中にデートへ向かった俺たちは露店を巡って食べ歩き、武器屋で武器を新調し、宝石店で指輪をプレゼントしたりなどよく分からない方向へ暴走は進み続けて、気づけばホテル街に……。
そして、ここはその一角だ。
ヤッテしまった……。
「嫌われた……間違いなく!」
軽率な行動に走ってしまった事、俺がちゃらんぽらんな人間と分かってしまった事が許せない。
そう、自責の念に苛まれていると……彼女が目を覚ました。
「アラタさん……昨日はありがとうございました」
「へっ?」
開口一番に感謝されてしまった。
俺はてっきり殺害予告くらいされると思ってたのに。
「――私を選んでくれて、本当に嬉しかったです」
「選んで? ……まさか天使様が俺と付き合っていると?」
「はい、天使様には悪いのですが、浮気って事になってしまいますかね……」
「いやいや、勘違いだ! 天使様はあくまでも付き添いでそういう仲じゃない!」
「えぇーー!」
どうやら俺が天使様と付き合っていたと思い込んでいたようだ。
……つまり俺達はお互い好きになった時から相思相愛って事で、障害も無かったって事か?
それを確かめるように言った。
「――改めて俺と付き合ってください!」
「……喜ん――っえ?」
「――アラタ、浮気は許しませんよ……」
◇◆◇◆
口から何かが垂れる。
麺だ。
ラーメンだ。
それに紛れて橙色の何かが見えた。
両手を伸ばし確認しようとしたが、金属音が鳴り、阻害される。
手枷だ。
普段なら軽く引きちぎれる。
しかし、力を上手く出せない。
手枷に特別な封印効果が付与されているようだ。
俺はSランク冒険者、その力を封じるにはそれ以上の力が必要だ。
一体誰が?
「やっぱり不味いですよね、そのゴミ」
「カエルシア……天使様……?」
目の前には天使様が麺を挟んだ箸、具材の入った器を持って満面の笑みを浮かべていた。
その笑みが俺にはひどく不気味に見えた。
「これは――この状況がよく分からないんですが? 天使様、何か教えてくれませんか?」
「…………分からないんですか? だったら、この処置は正解でしたね」
処置? 正解? なんなんだ。
まるで俺が何か悪い事でもしたみたいな言い方だ。
そんな混乱状態の俺に続けて言う。
「実験ですよ。アラタが私を一番愛しているかの……。結果、それが証明されました」
「証明?」
「ほら、よく見てください。地面に落ちた薄汚い彼女の髪の毛を」
俺の髪を力強く掴み、地面に落ちた物体に押し付ける。
そこには橙色の髪の毛が落ちていた。
天使様の髪の毛の色じゃない。
別人の髪だ。
それに見覚えがある。
毎朝飽きるくらいには見ていた彼女の髪の色は橙。
正体は明らかだった。
「――……ティナに何をした!?」
そう言うと、淡々と返事をした。
「生命を断ちました。天使を侮辱したのです、こんなにも軽い罰、本来ならありえませんよ」
「――ッ!?」
俺は心が折れるのを感じた。
天使と人間の価値観はまるで違うのだ。
命の価値でさえも例外ではない。
怒りに任せた発言は自分を追い詰めた。
「…………っあぁぁぁ、そんなじゃあティナはもういないのか」
「いるじゃないですか?」
「――え?」
「アラタの胃の中に」
考えないようにしていた可能性を確定させられ、吐き気がこみ上げてくる。
麺と一緒に飲み込まされていたのだ、ティナを。
イカれている。
もうアイツを天使とは思えない。
人の皮を被った化け物だ。
「――悪魔……俺を手枷で拘束して、どうするつもりだ!」
「天使ですよ。それとアラタを他の人間と関わらないように監禁します。私以外を愛せぬよう、私以外に興味を示さぬように」
「それは愛じゃない!」
「天使と人間じゃ考えが違いますから……」
「俺は抜け出してやるぞ! 何年、何十年かかろうと!」
「――私から逃げられるとでも?」




