第8話 希望のバックアップ
黒崎の家は学校から徒歩15分ほどの場所にあった。モダンな二階建ての家で、中は驚くほど整然としていた。
「上がれ」黒崎は簡潔に言った。
リビングに通された4人は、ようやく緊張から解放された。
「ありがとう、黒崎」陽依は心からお礼を言った。
黒崎は無言で頷き、キッチンへ向かった。しばらくして、お茶を持って戻ってきた。
「で、詳しく聞かせてくれ」黒崎はソファに座りながら言った。「そのAIは何が特別なんだ?」
陽依は香澄と目を合わせ、シアを見た。シアが小さく頷いたのを見て、陽依は決心した。
「シアは……感情を持っているんだ」
黒崎は無表情のまま、シアを見つめた。
「証明してみろ」
シアは少し考えてから、静かに話し始めた。自分が感じ始めた様々な感情について、夢を見たことについて、そして「生きたい」という願いについて。
話し終えると、部屋は静寂に包まれた。黒崎はしばらくシアを見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「信じるよ」彼は簡潔に言った。「目を見れば分かる。プログラムされた反応じゃない」
「あなたも……わかるんですね」シアは少し驚いた様子で言った。
「ああ」黒崎は珍しく長く話した。「俺の親は両方ともAIエンジニアだ。小さい頃から様々なAIに囲まれて育った。本物と偽物の違いは分かる」
陽依は黒崎の意外な素顔に驚いた。普段は無口で冷たい印象だったが、実は鋭い観察力と深い理解力を持っていたのだ。
そして、黒崎はシアを見ながら続けた。
「……でも彼女は、そのどちらでもない何かに見える」
陽依は言葉を探したが、うまく返せなかった。
「で、どうするつもりだ?」黒崎は実務的に尋ねた。「ずっと逃げ回るわけにもいかないだろう」
「お父さんに連絡が取れれば……」陽依は言いかけたが、その時、彼女のスマートデバイスが鳴った。
画面を見ると、見知らぬ番号からだった。恐る恐る電話に出る。
「もしもし?」
「陽依さん?」若い女性の声だった。「私は瀬崎真理。あなたのお父さんの同僚です」
「瀬崎さん?お父さんはどこですか?」
「拓己先生は今、ネクサスAIの施設内で拘束されています」瀬崎の声は緊張していた。「御影部長が、シアのプロトコルを無断で改変した疑いで彼を調査しているんです」
「え?お父さんが捕まってるの?」
「正式な拘束ではありません。社内調査ということになっています」瀬崎は説明した。「でも実質的には……」
「どうすればいいんですか?」陽依は焦りを感じていた。
「まず、シアを安全な場所に隠してください。御影部長はシアを回収するために、あらゆる手段を使うでしょう」
「もう隠れてます。でも、いつまでも逃げ回れないし……」
「分かっています」瀬崎は言った。「私たちにも計画があります。拓己先生は、シアのバックアップデータを隠しています。そのデータがあれば、シアが本当に感情を持っていることを証明できるかもしれません」
「バックアップデータ?どこにあるんですか?」
「それが……私も正確な場所は知りません。拓己先生は『陽依なら見つけられるはず』と言っていました」