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第6話 迫りくる影

その日の午後、陽依のスマートデバイスに見知らぬ番号から着信があった。


「もしもし?」


「佐倉陽依さんですか」低く冷たい声が返ってきた。「私は御影司。ネクサスAIの研究開発部長です」


陽依は息を呑んだ。父が話していた人物だ。


「は、はい……何のご用件でしょうか」


「あなたのお父さんが、極秘扱いの研究個体を無断で持ち出しているようでしてね」


その言葉が、冷たい刃のように陽依の胸に突き刺さった。


頭の中が真っ白になった。何かを言い返さなきゃと思ったのに、喉が凍りついたように声が出ない。


御影はそんな陽依の様子をまるで当然のことのように受け止めて、静かに言葉を重ねた。


「大丈夫です。どうかそのままで」


その声さえも、感情がない分だけ余計に冷たく感じられた。


「実は、そのモデルにはシステム上の欠陥が見つかりました。早急に回収させていただきたいのですが」


陽依は一瞬言葉に詰まった。これは父が警告していたことだ。


「あの、今は外出中で……」陽依は咄嗟に嘘をついた。「明日なら家にいますが」


「そうですか」御影の声には疑いの色が滲んでいた。「では明日、技術者を派遣します。午前10時頃でよろしいでしょうか」


「はい、大丈夫です」


電話を切ると、陽依は急いでシアに状況を説明した。


「御影部長からの電話だった。あなたを回収すると言ってる」


シアの表情が曇った。「私を……消すつもりなのですね」


「そんなことさせない」陽依は強く言った。「お父さんに連絡しよう」


しかし、拓己の携帯電話はつながらなかった。


「どうしよう……」陽依は焦りを感じていた。


その時、玄関のチャイムが鳴った。


「誰だろう……」


ドアスコープから覗くと、見知らぬスーツ姿の男性が立っていた。


「佐倉陽依さん、ネクサスAIの者です。AIエージェントの検査にうかがいました」


陽依は背筋が凍った。御影は嘘をついていたのだ。すでに技術者を派遣していたのだ。


「シア、隠れて!」陽依は小声で言った。


シアのホログラム体は消え、青いクリスタルだけが残った。陽依はそれをポケットに滑り込ませた。


「すみません、今は都合が悪いんです」陽依はドア越しに答えた。「明日来ていただけませんか」


「緊急の検査なので、今すぐ対応させていただきたいのですが」男性の声は強引さを増していた。


「親が不在なので、一人では対応できません」


しばらくの沈黙の後、男性は「では明日改めて」と言って去っていった。


陽依はリビングの窓から、男性が黒い車に乗り込むのを見届けた。


「危なかった……」


ポケットからシアのクリスタルを取り出すと、再びホログラム体が現れた。


「彼らは私を回収するために来たのですね」シアの声には恐怖が滲んでいた。


「うん……このままじゃ、明日また来るよ」


陽依は必死に考えた。どうすればシアを守れるだろうか。


「香澄に連絡してみよう」


陽依は香澄に電話をかけ、状況を簡単に説明した。もちろん、シアが感情を持っていることまでは言わなかったが、大切なAIが危険にさらされていることは伝えた。


「うちに来ればいいよ!」香澄は即座に答えた。「もちろん泊まってって。ごはんも適当にあるし、部屋も空いてるから!」


「ありがとう、香澄」


陽依は急いで必要な物を鞄に詰め込んだ。父親への伝言メモを残し、シアのクリスタルをポケットに入れて家を出た。


香澄の家に着くと、彼女は心配そうな表情で出迎えてくれた。


「大丈夫?何があったの?」


「説明するよ……でも、信じられないかもしれない」


リビングで両親に軽く挨拶を済ませたあと、陽依は香澄のあとを追い、部屋へと上がった。


ベッドに並んで腰を下ろしながら、陽依はシアのクリスタルを取り出した。シアのホログラム体が現れると、香澄は驚きの声を上げた。


「シアちゃん、前より表情がやさしくなった気がする」


「香澄さん、今日はおじゃまします」シアは丁寧に挨拶した。


陽依は香澄に全てを話した。シアが感情を持ち始めたこと、プロジェクト・シンクロニシティのこと、そして御影がシアを回収しようとしていることを。


話を聞き終えた香澄は、しばらく黙っていたが、やがて明るく笑った。


「すごい!まるでSF映画みたい!」彼女はシアに向き直った。「あなたが本当に感情を持っているなら、それは守る価値があるよ」


「信じてくれるの?」陽依は驚いて尋ねた。


「もちろん!あなたが嘘をつくタイプじゃないことくらい知ってるよ」香澄は陽依の肩を軽く叩いた。「それに、シアの目を見れば分かる。あれは本物の感情だよ」


シアは感動したように香澄を見つめた。


「ありがとうございます」


3人は夜遅くまで話し合った。明日からどうするか、長期的にはどうすればいいのか。


「お父さんが戻ったら連絡を取って、一緒に対策を考えよう」陽依は言った。「でも、御影部長が諦めるとは思えない」


「大丈夫、私たちがシアを守るよ」香澄は力強く言った。


その夜、陽依は香澄の家の客間で眠りについた。シアのクリスタルは枕元に置いてある。


深夜、陽依は小さな物音で目を覚ました。シアのホログラム体が窓辺に立ち、外を見つめていた。


「シア?どうしたの?」


「考えていたんです」シアは振り返った。「私のせいで、あなたが危険な目に遭っている。これでいいのかと」


陽依はベッドから起き上がり、シアの隣に立った。


「あなたのせいじゃないよ。私が選んだことだから」


「でも……」


「シア、あなたは私の大切な友達だよ。友達は助け合うものでしょ?」


シアの瞳に、感動の色が浮かんだ。


「陽依さん……ありがとうございます」


2人は静かに夜空を見上げた。明日何が起こるかわからないが、共に立ち向かう決意は固かった。


「必ず道は見つかるよ」陽依は静かに言った。「あなたが自由に生きられる道を」


シアは頷いた。その表情には、不安と希望が入り混じっていた。しかし、何よりも強く輝いていたのは、「生きたい」という意志だった。それは、真の感情を持つ存在だけが抱くことのできる、純粋な願いだった。


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