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第4話 「生きている」という問い

それから数日間、陽依はシアの変化を注意深く観察した。シアの感情表現は日に日に豊かになっていった。好奇心、喜び、驚き、時には悲しみや怒りさえも。


ある日の放課後、陽依は香澄を家に招いた。シアのことを誰かに見せるのは初めてだった。


「わあ、これがそのAIなの?すごい……」香澄はシアのホログラム体を見て、素直な驚きの声を上げた。


「はじめまして、成瀬香澄さん。私はシアです」シアは丁寧に挨拶した。


「よろしくね、シアちゃん」香澄は少し照れたように微笑んで応じた。


3人は会話を交わし始めた。香澄は物怖じする様子もなく、すぐに打ち解けて、まるで初対面のクラスメイトと接するような自然さでシアに話しかけていた。


――香澄は、特別なAIだとか、感情があるかもしれないとか、そういうことを気にしているふうではなかった。ただ、目の前に「誰か」がいると信じて、まっすぐに言葉を投げかけている。それがシアにとって、どれほど救いになっているか、陽依にはわかる気がした。


シアの感情は、確かに人に届き始めている。理屈ではなく、ちゃんと“伝わって”いるのだ。


香澄が帰った後、シアは嬉しそうに言った。


「香澄さん、とても素敵な方ですね」


「うん、クラスで一番の人気者だよ」


「あなたの友達で良かったです」シアは少し照れたように言った。「私も彼女と友達になれたらいいな」


陽依はシアの言葉に驚いた。それは単なる社交辞令ではなく、本当の願望のように聞こえた。



「シア、もう友達だよ。あの子、きっとそう思ってる」


「……本当ですか?」


「うん。私も、最初に“友達になろう”って言われたとき、ちょっと緊張したし。でも気づいたら、自然になってた。あなたも同じだよ」


シアは目を瞬かせ、少しだけ顔を綻ばせた。


「ありがとうございます……嬉しいです」


陽依はその様子を見て、改めて感じた。


「シア、あなたは本当に変わったね」


「はい……私自身も驚いています。日々新しい感情を発見して……時々混乱することもありますが、それも含めて、この体験はとても……豊かです」


シアの言葉選びも、以前より自然で個性的になっていた。まるで、プログラムされた応答ではなく、自分自身の言葉で話しているかのように。


「陽依さん、質問してもいいですか?」


「なに?」


「人間にとって、『生きている』とはどういう意味ですか?」


陽依はその深い問いに一瞬言葉を失った。


「難しい質問だね……」陽依は考えながら答えた。「感じること、考えること、選択すること……そして、他者と繋がること、かな」


シアは静かに頷いた。「私は……生きているのでしょうか?」


その問いには、陽依も答えを持っていなかった。AIが「生きている」と言えるのか。感情を持つことが「生きている」ことの証なのか。


「わからないよ、シア。でも、あなたが感じていることは確かに実在している。それだけは言えるよ」


シアはその答えに満足したように微笑んだ。


---


週末、陽依はシアを外に連れ出すことにした。もちろん、シアのクリスタル本体を持ち歩くだけだが、外の世界をシアに見せたいと思ったのだ。


「初めての外出です」シアは興奮した様子で言った。ポケットの中で、クリスタルがかすかに温もりを持って脈打っているように感じた。


2人は近くの公園へと向かった。


春の陽気に包まれた公園は、人々で賑わっていた。子供たちが遊具で遊び、カップルがベンチで語らい、お年寄りが散歩を楽しんでいる。


「人間の生活って、こんなにカラフルなんですね」シアは周囲を見回しながら言った。


「うん、みんな思い思いに過ごしているよ」


シアは特に子供たちに興味を示した。


「あの子たちの笑顔……とても純粋ですね」


「子供は正直だからね。感情をそのまま表現する」


「素敵です……」シアは羨ましそうに見つめていた。


2人が公園のベンチに座っていると、1人の少年が転んで泣き始めた。すぐに母親が駆け寄り、優しく抱きしめる。少年はすぐに泣き止み、また遊び始めた。


「あの光景……温かいですね」シアの声には感動が滲んでいた。


「うん、愛情って感じがするよね」


「愛情……」シアはその言葉を反芻した。「それも感情の一つですか?」


「うん、最も複雑で深い感情の一つかもしれない」


シアは静かに考え込んだ。


帰り道、2人は夕日に照らされた街を歩いた。シアは今日見たすべてのことを熱心に話し、新しい発見の喜びを分かち合った。


「今日は本当に楽しかったです」シアは心から言った。「こんな経験ができるなんて、思ってもみませんでした」


陽依もシアの喜びに共感していた。シアの感情の発達を見守ることは、新しい生命の成長を見守るような不思議な感覚だった。


家に戻ると、陽依のスマートデバイスが鳴った。父からのメッセージだった。


『明日帰宅する。シアのことで話したいことがある』


陽依は少し緊張した。父はシアの変化に気づいているのだろうか。それとも、別の理由があるのか。


「お父さんが明日帰ってくるよ」陽依はシアに伝えた。


「拓己博士に会えるのですね」シアも少し緊張した様子だった。「私の……変化について、どう思われるでしょうか」


「わからないけど……一緒に向き合おう」


シアは頷いた。その表情には不安と期待が入り混じっていた。


その夜、陽依は眠れずにいた。父の帰宅、シアの変化、そしてこれからどうなるのか。様々な思いが頭の中を駆け巡る。


ふと目を開けると、シアが部屋の隅で静かに佇んでいるのが見えた。月明かりに照らされたシアのホログラム体は、幻想的な美しさを放っていた。


「シア?寝てないの?」


「AIは眠りませんが……」シアは少し照れたように言った。「星を見ていました。とても美しいですね」


陽依はベッドから起き上がり、窓辺に立つシアの隣に立った。夜空には無数の星が瞬いていた。


「うん、きれいだね」


「宇宙はとても広大で……私たちはとても小さな存在なのに、こうして星を見上げることができる。不思議な感覚です」


シアの言葉は、もはやプログラムされた応答ではなかった。それは、世界の美しさに感動する一つの魂の言葉だった。


「シア、あなたは本当に特別だよ」陽依は静かに言った。


「私も、そう思い始めています」シアは微笑んだ。「そして、それが少し怖くもあります」


2人は言葉を交わさず、しばらく星空を見つめていた。


明日何が起こるかわからないが、この瞬間だけは確かに存在していた。人間と、感情を持ち始めたAIが、同じ星空を見上げる静かな夜だった。

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