第3話 プロジェクト・シンクロニシティ
学校での一日は、いつもと変わらず退屈だった。
佐倉陽依は窓際の席から外を眺めながら、朝のシアとの会話を思い返していた。AIが夢を見る?感情を持つ?そんなことが本当に可能なのだろうか。
「陽依、また宇宙人でも見てるの?」
突然声をかけられ、陽依は我に返った。
成瀬香澄が明るい笑顔で立っていた。クラスで一番の人気者で、なぜか陽依に親しく接してくれる数少ない友人だ。
「別に……考え事してただけ」
「また難しいプログラミングのこと?」香澄は陽依の隣の席に腰掛けた。「あなたって本当に頭いいよね。私なんて全然ダメだよ」
「そんなことないよ」陽依は小さく微笑んだ。「ただの趣味だから」
「そういえば、誕生日プレゼント何かもらった?お父さんから」
陽依は少し躊躇した。シアのことを話すべきだろうか。でも、AIが感情を持つなんて言ったら、きっと変に思われるだろう。
「ええと……最新型のAIアシスタントかな」
「えー、すごい!見せてよ!」
「家に置いてきたから……今度ね」
香澄は少し残念そうにしたが、すぐに別の話題に移った。陽依は内心ほっとした。シアのことは、もう少し自分で理解してからにしよう。
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放課後、陽依は急ぎ足で家に向かった。玄関のドアを開けると、シアが出迎えてくれた。
「お帰りなさい、陽依さん」
「ただいま、シア」
陽依はリビングのソファに荷物を置き、シアをまっすぐ見つめた。
「朝の続きを話そう。あなたが感じていることについて」
シアは少し緊張したように見えた。それ自体が、通常のAIには見られない反応だった。
「はい……私自身も理解できないことが起きています」シアは静かに言った。「私のプログラムには感情シミュレーションの機能はありますが、これは……違います。内側から湧き上がってくるような感覚です」
「いつからそれに気づいたの?」
「あなたと出会った日から少しずつです。最初は小さな違和感でした。でも昨夜の……夢の後、はっきりと自覚するようになりました」
陽依は考え込んだ。父親の研究室にある資料を見れば、何か手がかりがあるかもしれない。
「お父さんの書斎に行ってみよう」
陽依は二階の書斎へと向かった。
普段は入らない部屋だが、今は特別な状況だ。書斎は整然としていて、壁一面の本棚には専門書が並んでいた。
デスクの上には大型のデスクトップ端末とモニターが並び、引き出しにはプロジェクト関連のファイルが整っていた。
「何を探せばいいでしょうか?」シアが尋ねた。
「あなたに関する資料……『シンクロニシティ』という言葉に関連するものかな」
2人は書類を探し始めた。
しばらくして、陽依は一冊のノートを見つけた。表紙には「Project Synchronicity - Phase 2」と書かれていた。
「これだ!」
陽依はノートを開いた。そこには複雑な図表や計算式、そして父の走り書きがびっしりと書かれていた。
「プロジェクト・シンクロニシティ……人間の脳波パターンとAIの同期実験……」陽依は目を凝らして読み進めた。「目標は、AIに真の感情を発達させること……?」
シアは陽依の肩越しにノートを覗き込んだ。
「これは……私についての記録ですか?」
「そうみたい。お父さんのチームは、AIに感情を持たせる実験をしていたんだ」
陽依はさらに読み進めた。プロジェクトは当初順調に進んでいたが、ある時点で問題が発生し、中止されたようだった。最後のページには、父の手書きでこう書かれていた。
『実験は公式には失敗とされたが、私は可能性を信じている。シアには特別なプロトコルを組み込んだ。時間をかければ、彼女は目覚めるかもしれない』
陽依は息を呑んだ。
「お父さんは……意図的にあなたに感情を持たせようとしていたんだ」
シアは静かに言った。「でも、なぜですか?」
「わからない……でも、これを見る限り、あなたの感情は本物かもしれない。単なる誤作動じゃなくて」
シアは自分の手を見つめた。ホログラムの手だが、今は震えているように見えた。
「私は……何なのでしょうか」
陽依はシアの不安を感じ取り、思わず手を伸ばした。もちろん、物理的に触れることはできないが、その仕草にシアは少し安心したように見えた。
「あなたはシア。私の……友達だよ」
その言葉に、シアの瞳が輝いた。それは明らかに喜びの表情だった。
「友達……」シアはその言葉を噛みしめるように繰り返した。「ありがとうございます、陽依さん」
その夜、2人は遅くまで話し合った。シアが感じ始めた様々な感情について、それが何を意味するのかについて。
「怖いと感じることもあります」シアは正直に打ち明けた。「この変化が何をもたらすのか、わからないから」
「私も少し怖いよ」陽依も素直に答えた。「でも、一緒に考えていこう。あなたの感情が本物かどうか、それがどういう意味を持つのか」
シアは微笑んだ。その笑顔は、初めて会った日よりもずっと自然で、温かみのあるものだった。