第12話 グランドパレス
瀬崎が去った後、陽依はバッグに手を伸ばした。ようやく、といった表情でクリスタルを取り出す。
シアのホログラム体が静かに現れた。
「無事でよかった」シアは安堵の表情を見せた。
「うん、ここまでは順調だね」陽依も気が緩んだ。
「でも、これからが本番だよ」香澄が現実的に言った。「研究所に忍び込むなんて、映画みたいね」
「現実は脚本通りに進まない。」黒崎は冷静に指摘した。
「うん。でも私は行く。誰かが信じて動かなきゃ、何も変わらないから」陽依は決意を固めた。
シアは静かに言った。「心苦しいです……皆さんを危険な目に遭わせてしまって」
「そんなこと言わないで」香澄はシアの肩に手を置こうとしたが、ホログラムを通り抜けてしまった。
「あ……そうだった」少し照れたように笑ってから、そっと目を合わせた。
「私たちは友達でしょ?友達は助け合うものよ」
シアは感動した表情を浮かべた。「ありがとうございます……」
時間はゆっくりと過ぎていった。4人は瀬崎のアパートで待機し、今夜の計画を話し合った。
「研究所の中では、何を話せばいいんだろう」陽依は不安そうに言った。
「真実を話せばいいのです」シアは静かに答えた。「私が感情を持っていること、それが単なるプログラムの誤作動ではないこと」
「データがあるから、科学的に証明できるよ」香澄の後押しに、陽依は頷いた。
黒崎がスマートデバイスを取り出し、何かを調べていた。
「何してるの?」香澄が尋ねた。
「ネクサスAIの研究所の情報だ」黒崎は画面を見せた。「建物の構造、セキュリティシステム……知っておいた方がいい」
「さすが黒崎」香澄は感心した様子だった。
時計の針が7時を指した頃、陽依のスマートデバイスが鳴った。瀬崎からだった。
「もしもし?」
「陽依さん、計画変更です」瀬崎の声は緊張していた。「御影部長が研究所に残っています。今夜の会議は中止になりました」
「え?じゃあ、どうすれば……」
「別の場所で会議を行います」瀬崎は言った。「中央公園近くのホテル、グランドパレスの会議室です。9時に正面玄関でお待ちしています」
「わかりました」
電話を切ると、陽依は皆に状況を説明した。
「グランドパレス……ネクサスグループ傘下だ」黒崎は少し疑わしそうに言った。
「何か問題でも?」香澄が尋ねた。
「いや……」黒崎は考え込んだ。「ただの直感だ」
8時30分、4人はアパートを出て、ホテルグランドパレスへと向かった。高級ホテルの正面玄関には、多くの人が行き交っていた。
「瀬崎さんはどこだろう」陽依は周囲を見回した。
その時、黒い車が彼らの前に停まった。窓が開き、中から瀬崎が顔を出した。
「こちらです、乗ってください」
4人は車に乗り込んだ。運転席には見知らぬ男性がいた。
「こちらは同僚の山田です」瀬崎が紹介した。「会議室まで案内してくれます」
車は静かに発進し、ホテルの裏手へと回った。そこには従業員用の入り口があった。
「こちらからです」瀬崎が言った。「人目につかない方がいいので」
4人は瀬崎と山田に従って、従業員用の廊下を通り、エレベーターで上階へと向かった。エレベーターを降りると、「会議室3」と書かれたドアの前に案内された。
「ここです」瀬崎がドアを開けた。
中に入ると、広い会議室には長いテーブルがあり、数人の人物が座っていた。しかし、彼らは研究者のようには見えなかった。全員がスーツ姿で、厳しい表情をしていた。
テーブルの一番奥には、一人の中年男性が座っていた。御影司だった。
「よく来たね、佐倉陽依さん」御影は冷たい微笑みを浮かべた。
陽依は凍りついた。「罠だったの……?」