灼熱の魔術師(自称)
しばらく進むと、ちらほらと白骨化した骨が現れだした。
そのどれを見ても鋭利な歯型が残っていて、悪魔に食われたのは確実だ。
「ミファ、気をつけろよ」
「気をつける、ですか?」
よし、少しぐらい良い所を見せてやる!
「いや大丈夫、俺にまかせろ……スカウト!」
持ってきた魔術発動補助用の杖を取り出し、魔術を使って周囲の警戒を始める。
……悪魔の気配は無い、反応するの壁にある無数の宝石と骨ぐらい。
「大丈夫だ、しばらく悪魔は来ない」
「補助用の杖を取り出してやる事が探知の魔術だとは思いませんでしたが、ありがとうございます」
「あのな、広範囲を探知する為には」
ミファを見ると、かすかに彼女から魔力の流れを感じた。
その流れは洞窟の奥から上下、後方の全てに風のように広がり、何処まで広がったのかを確認する事もできない範囲が彼女の魔力で、探知の魔術で警戒されている。
「……もう魔術使ってたのか」
「この洞窟に入った時からずっと使っていますよ?」
気付けなかった。
魔術の発動にはいくつかのフェイズがある。
まず使う魔術の決定と、その魔術に必要な魔力の確保。
次にその魔力を使って決定した魔術に変換していく。
魔術を声に出せば変換スピードを上げられるし、補助用の杖があれば魔力の消費を減らせるし、さらに変換スピートを上げられる。
ミファは、魔術の発動を口にせず、杖も使っていない。
彼女がいま使っている探知魔術は魔力を風のように漂わせて敵を発見する物だが、俺はその魔力が変換された魔術の風をまったく認識出来ていなかった。
たまたま、俺も同じ魔術を使ったから、風を注意深く感じる必要があったから気付けたけれど……。
「なんでもない」
「何を隠しているのですか?」
「なんでもないって」
ミファは俺に近づき、頬に手を当てる。
「言って下さい」
「だから何も」
「言って」
黒がかった紫色の瞳が俺を捉え、俺はその瞳から目が離せない。
「魔力の変換に気付けなかったから、驚いたのと、気付けなかったから悔しくて……」
そして、口にしないでおこうとした本音を彼女に吐き出してしまった。
本音を聞いた彼女はニッコリとして、頬にあてた手を頭に回して撫で始める。
「貴方は何もしなくていい、探知も防御も攻撃も、全部全部私がやってあげますからね」
「でもそれじゃ成長できない! 俺だって魔術師として成長したいんだよ」
俺はいつも守られっぱなしだ。
少しでも、俺だって彼女に頼られたい。
力になりたい。
「ナーパム……」
「ごめん、ちょっと声大きくなった」
彼女はいつも俺の助けを拒絶する。
そして、俺の助け無く全てを成功させてきた。
彼女は努力している、影でボロボロになるぐらい魔術も勉強もしている。
才能だって人一倍ある。
だけど、男として力になりたいんだ。
「わかりました、それでしたら役割分担をしましょう」
今回もきっと断れるだろうなと思っていたが、彼女は一歩譲ってくれた。
「私は今回サポートに徹します、探知、防御、回復は私がやりますからナーパムが攻撃を担当してくれませんか?」
攻撃。
俺の最も得意とする物を彼女は俺に任せると言ってくれた。
「わかった、まかせろ!」
「頑張って下さいね」
「この灼熱の魔術師、ナーパムが攻撃すれば灰ぐらいしか残らないからな!」
少しぐらい良い所を見せないと!
「ああ、それと一つだけ、もし自分じゃ無理だって思ったら"ミファちゃん助けて"って言って下さいね」
「そんな事言う未来は来ないさ、大丈夫」
「ええ、勿論信じてますけど、一応ですよ」
俺が唯一ミファに勝てる物。
それは魔術の瞬間的な威力だ。
俺の一撃は自分で言うのもアレだが凄まじい破壊力を持っている。
この魔術もミファから教わった物だが、彼女も自分よりも強い魔術になっていると認めてくれたこの炎の魔術がある。
「大船に乗ったつもりでいろ、ミファ」
燃費が悪くて杖が無いと連発出来ないが、それでも低位の悪魔相手なら確実に勝てる。
「信じてますよ、ナーパム」
洞窟は入り口こそ一つだが、ある程度進むと道が別れ出す。
どの道もある程度深くまで進めるみたいだが、ミファが一番早くルビーのある場所にたどり着ける道を選び進んでいる。
「よく分かるな、どんな魔術使ったんだ?」
「分かると言うか知っているの方が正しいですね、ルサンチマン先輩に聞いた事があるんです」
「ルサンチマン先輩って……あの虹のルサンチマン先輩か!?」
虹のルサンチマン。
金色の髪の彼女は超一流の魔術師だ。
お嬢様のような口調で話すが、激安のパンや井戸から水を汲んで水筒に入れている姿がしょっちゅう見られていて、庶民的で明るくミファのように人気があった。
学祭の模擬戦では無敗、前線に行って悪魔10体を一人で倒し、天才でも限られた者しか使う事が出来ない大魔術も習得している……らしい。
「はい、先輩が出発する前に色々と話を聞いていたので知っているだけです」
「そういやあの人って何処行ったんだっけ? 俺何も知らないんだけど」
「それは詳しく話して貰えませんでしたが……親友を一人には出来ないとは言っていました」
「帰ってくるのかな」
「どうなんでしょう、詳しく調べようとしたら校長に止められましたし……」
校長に止められたって……そんなヤバい事に関わってんのかよあの人。
「心配だな」
俺が心からの本心を言うと、ミファは少しだけムッとした顔になった。
「ナーパムは先輩みたいな女性が好みなんですか?」
とんでもない誤解だ。
ルサンチマン先輩は女子生徒からの人気が凄い、噂じゃファンクラブもあるらしいし……そんな事言ったらボコボコにされるっての!
あと別に好きじゃない!
「あ、いやそんなんじゃないぞ? ただ本当に心配だったから」
「そうですか……私も金髪にしたほうがいいですか?」
ミファは自分の髪を触っている。
家とは違い、一つにまとめられた髪は艶があり、ルサンチマン先輩の髪とは違う、いやそれ以上に綺麗な紫色の髪はあの金色の髪よりも綺麗だと心の底からから思う。
「絶対分かってない! お前はその髪が一番だから!」
「ありがとうございます」
そんな話をしていると、ミファが足を止めた。
「ここから五分歩いた先に悪魔がいます、数は1、知能を持つ個体かどうかまでは分かりませんが、武装しています」
武装している悪魔。
つまり、殺した人間から武器防具を奪ったって事だ。
喋ったりする知能を持つ個体ならほぼ確実に武装をするが、知能の無い個体でも武装する事もある。
外見だけで相手の力量を測るのは不可能に近い。
「引き返して道を変えますか?」
「バカ言うな、俺がぶっとばしてやる」
「わかりました、では行きましょう」
悪魔がいる。
人型で、確かに武器を持ち鎧を装備している。
洞窟内が暗く、まだかなり距離があるからこっちの存在はバレていない。
「どうしますか、ナーパム」
悪魔を単独で倒した事は無い。
だけど、昔と今じゃ使える魔力も魔術も大違いだ。
「見てろ、一撃で灰にしてやる」
火の鳥をイメージし、それに魔力を注ぎ込む。
「フレイムバード!」
俺の詠唱の声に気付いた悪魔がこっちに向って走ってくる。
だが、俺の詠唱は既に終わっている!
「燃え尽きろ!」
俺の掌サイズの火の鳥は飛び立ち、悪魔の真っ黒で赤い瞳だけが浮かぶ不気味な頭に止まると、凄まじい爆発を起こした。
流石は俺の、いや灼熱の魔術師ナーパムの炎の魔術、このサイズの魔術でこれ程の威力は他の奴には無理だぞ。
今日も絶好調だな。
「流石です、ナーパム、あのレベルの悪魔なら楽勝ですね」
ミファがそう言った瞬間、壁と天井が崩れ始めた。
しまった、威力を強くし過ぎてこの洞窟の壁の強度を超えて……ヤバい!
「あのサイズであの威力、攻撃だけは敵いません」
彼女は笑っている。
詠唱せず、魔術で防御壁を作り出して崩れ落ちる宝石と土と石から俺達を守っている。
壁を作り出す座標の計算もすぐ終わらせ、詠唱無しで補助アイテムも無しであのスピートで……。
ミファが居なければ、俺は生き埋めになっていたな。
「助かった……ありがと」
「もう少し威力のコントロールを習得しないといけませんね、それに……」
あれ……何だか……頭がぼーっと……。
これ……ダメだ、ヤバい。
「こんな狭い場所であんな爆発を起こせば酸素が……ナーパム?」
「ミファちゃん……助け……」