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ミファ・オンブラ


 家に帰る時間だ。

結局数学もできない奴に買い物は任せられないと言われ、俺は人一人で家に向かっている。


「見て、あのブローチ、特別魔術科の生徒よ」

 

「あの特別魔術科の生徒なのに歩いて帰ってるとか……落ちこぼれじゃない?」

 

「こら、声大きすぎ、聞こえるでしょ」

 

「いいじゃん、どーせ前線から逃げて来た落ちこぼれでしょ」

 

……くそ。

俺はテレポートの魔術が苦手だ。

座標の認識と確定が上手くできなくて、一度壁にめり込んで死ぬ程痛い思いをしたから、それがトラウマで練習も出来ずにいる。

 

言い返したい。

でも、何も言えない。

それに、ミファとの約束もあるんだ、無視しろ。

 

帰り道には多くの店がある。

傭兵屋、ハンターギルド依頼所、そして回収屋。

あれらの店で働く人は俺よりも強い人が多くて、特別魔術学校を卒業すれば傭兵になるかハンターになるか回収師になるかを選ぶのがメジャーみたいだが、今の俺じゃどれにもなれない。

 

なったとしても……傭兵ならすぐ悪魔に殺されて終わりだろう。

ハンターになれば未開の地に行ったりしないといけないし、上位の悪魔とうっかり遭遇なんて事もあり得る、やっぱりそこで死ぬ。

回収屋の回収師は緊急時にのみ現れる傭兵みたいなもんで、契約者が命の危険にさらされた時、瞬時に現れて保護してくれるが、テレポートが出来ない以上論外だ。

 

俺はこの道が嫌いだ。

ハンターギルドと傭兵屋に挟まれた場所に家が無かったら俺は絶対にここを通らなかった。

家賃の事があるから場所を選り好み出来ないけれど、出来るだけ近寄りたくない。

 

わかってる、それは俺が弱いからだ。

俺が立派な魔術師になったら、ここの風景も違って見える。


「うっわ、だっさ」

 

「魔術師なのにテレポートできないのかなぁ?」

 

笑う声が聞こえる。

事実だからこそ、さらにムカつく。

言い返すな、無視しろ。

 

「あれこの子見てよ、浮いてる訳でも無いし普通に歩いてる」

 

「魔術の使い方分かんないの? 特別魔術科なのに?」


「無視してんじゃねぇよ!」

 

俺の165センチの身長を上回る養成科の服を着た女子生徒に囲まれ、服に飲み物をかけられる。


「こんぐらい魔術で防げるだろ」

 

「え、防御魔術も使えないしテレポートも出来ないの? やばすぎ、こんなんがそのブローチ付けてるとか終わってる」

 

「このレベルならウチらが学科変わってもいけんじゃね? んでこのブローチを虹にしてさらに上の」

「そこのお二人、私の幼馴染に何か用事でしょうか」

 

うざったい声を消すように、聞き慣れた声がする。

聞き慣れた、力強く、それでいて安心出来る声だ。

ミファは俺を見て軽く笑い、俺の服の汚れを見てハンカチで拭いてくれている。

 

「……この汚れ、落ちにくいんですよね」


「お前もそこのテレポートもできないザコ魔術師の仲間? どうせ」


「メイル待って……あの人のブローチ……」

 

「だったらなに? 特別魔術科の生徒がトコトコしてて恥ずかしくないの? 空ぐらい飛んだらどう?」

 

「違うって! あのブローチ、金のブローチだよ!」

 

「へ? ……あ……本当だ」

 

生徒の証明でもあるこのブローチには種類がある。

金のブローチは学年トップを表し、虹色のブローチは学校トップを表す。


「無駄に魔力を使う事は恥ずべき行為です、もしここに悪魔が現れて戦闘になったらどうしますか? 無駄に消耗したせいで死んだら、どうするんですか?」

 

「…………逃げればいい」

 

「それは……その」

 

「貴女達は間違っています、ええ、間違っているんです。もし間違っていないと言うのなら……このミファ・オンブラを力で納得させて下さい」

 

「ミファ……あの虹色のルサンチマンに近いって一個下の……」

 

「しっ! 逆らったら普通に殺されるよ……し、失礼しました!」

 

二人は俺を少し睨んでから、逃げるように消えていった。

俺がホッとしている事よりも、彼女は俺の服の汚れを見て落ち込んでいる。

 

「洗剤を買うべきでしょうか……いや生地を張り替えでどうにかなるかもしれません……」

 

「助かった、ありがと」


「また絡まれてましたね」

 

「……ああ」

 

「まあナーパムの事ですから、魔術を使って追い払う事も出来たけれど、私との約束を守って耐えてたんですよね」

 

「魔術師が歩いてるのって、そんな可笑しいのかな」

 

「先程も言いましたが、魔力の消費は抑えるに限ります。あれはきっと……魔術を使えるようになって使うのが楽しいだけだと思いますよ、養成科の制服でしたし」

 

「だ、だよな! まったく、魔力の消費を考えてないなんてバカだよなぁ」

 

「それに魔術師が魔力を失えば私達は悪魔はおろか、剣士にも勝てません、手の内を晒す事にもなりますし、無視が一番です」

 

魔力の消費か、お前は考えなくても良さそうなもんだけど……。

 

「シミを落とす魔術があれば……しかしそんな魔術、どれだけの魔力を必要とするか分かりません、あまりにも強力すぎる魔術にはリスクがつきものですから」

 

「シミ抜きだろ……多分図書館で調べればあるんじゃないか?」

 

「そんな国宝級の魔術が図書館に眠っている訳ありませんよ!」

 

ミファがシミ一つに格闘するなんて、皆は想像出来ないだろう。

俺だけは、彼女のこの貧乏くさい性格を知っている。


「とりあえず濡らしたハンカチで抑えますから、脱いで下さい」

 

「……まて、お前今何て言った?」

 

「聞こえませんでしたか? 早く脱いで下さい」

 

「まだ寒いから嫌だ」

 

ミファは警告無しに俺に魔術を使い、上着を全て奪いやがった。

残されたのはシャツだけ。

まだ少し前まで雪が降っていたのに、この気温じゃ死ぬ!

 

「い、いきなり何すんだバカ!」

 

「いきなり何をするんだ天才と言われても……シミとの戦いに勝利する為の最善策ですから我慢して下さい、ほら私の上着を……えい、少し大きくしましたから一緒に入りましょう」

 

彼女の体温と、温かい服に囲まれる。

こ、こんな所他の人に見られたら……。

 

「は、早く帰ろう!」

 

「はい、帰りましょう」

 

俺達は帰り道を歩いた。

彼女は何処を目指しているのだろうか。

どうしてそんなにも強くいられるのか。

天才だと言われているが、俺は彼女の努力を知っている。

 

どれだけ、俺と差があるんだろうか。

 

「何を言われても耐える、魔術を使うのは悪魔と戦う時だけ……昔から私が言っていた事をしっかり守れてえらいですよ」

 

彼女は俺の右手を握る。

温かいが、彼女の手は魔術の練習でかなり傷だらけだ。

見ただけでは分からないが、触ると少し傷跡があったりする。

 

「私の手がどうかしましたか?」

 

「なんでもない」

 

「……ゴホン、魔術師たるもの」

 

彼女の口癖だ。

 

「「死ぬ事だけは許されない」」

 

「死ねば終わりです、逆に言えば、死以外は全てささいな事でしかありません、だから大丈夫です」

 

「ああ、分かってるよ」

 

今日の晩御飯は俺の大好物ばかりが並べられた。

金のない中で、ここまで作ってくれる彼女には感謝しかない。

 

「うまい!」

 

「元気でましたか?」

 

彼女は優しく、強く、それでいて賢い。

一流の魔術師、ミファ・オンブラだ。

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