最前線都市 ファスタニア
家に帰ると、ミファが待っていた。
彼女はニコニコとした顔で迎えてくれる。
よかった、何も連絡せずに山菜採りに言ってこんな夜遅くまで帰ってこなかったからめちゃくちゃ怒ってんのかと思ったわ。
いやー、よかったよかった。
「出かける時は何処に、誰と、いつまで出かけるのかを報告する約束、ありましたよね?」
よくありませんでした。
俺は今、ベッドに拘束されています。
手足が魔術で押さえつけられているし、口も塞がれているので詠唱が必要な魔術は全て使えない。
つまり、逃げる手段が無いんだ。
「心配したんです、ナーパムが知らない人についていったのかも、お菓子が貰えると言われて拉致されたのも、誰かを怒らせて死にかけているのかも……あ、悪魔に襲われて……死んだのかもって……」
彼女は俺に馬乗りになって、泣いていた。
涙が流れ、俺の服を少し濡らす。
それと同時に、瞳が黒く光りだす。
綺麗だった紫の瞳が、黒く濁っていく。
「魔術師になった貴方は約束を破り始めました、いつかまた素直なナーパムに戻ってくれると信じていましたが、貴方は成長したいと努力を続けています。私が守ると言っているのに、私を信じてくれない!」
俺だってお前を守れるぐらい強くなりたいんだよ。
認められたい、お前の隣を歩いていても他の人に笑われないように、恥ずかしくないようになりたいんだ!
「……やはり、私が間違っていました」
ミファの瞳が紫色に戻っている。
いや、いつもより綺麗になっている。
それに……気の所為かもしれないが、彼女の髪が少し伸びているような気もする。
ミファは俺から離れ、扉の前まで戻った。
明かり一つない廊下から振り返り、彼女は。
「貴方を魔術師にするべきではなかった、変に力を持たせるべきではなかった、これは私のミスです」
そう言ってから、俺の拘束を解いた。
そして、テレポートを使って……何処かに行ってしまった。
「……信じてない訳ないだろ、でも、俺だってお前を守りたいんだ。何で分かってないんだよ」
ミファも分かってくれる。
ラエルさんからもらったこの魔術があれば、強さを認めてくれるに違いないし、認める他ないだろう。
昔からそうだ、彼女は心配性すぎる所がある。
思えば、出会った頃はあんな性格じゃなかった、もっとオドオドしていて、俺の後ろについてくるような普通の女の子だった。
いつからこうなったのかは分からないし、覚えていない。
でも、彼女は俺のこの力を知らない。
この魔術の力があれば、きっと……認めてくれる。
「ミファ……見てろよ」
ダルクマートの街から西に二日ほど進んだ所にある前線基地、ファスタニア。
白い素材で作られた高い壁に囲まれたこの都市は少し他の街と違い、教会、軍設備、魔術師協会、それにハンターギルドの一部だけが存在している。
商人が一切立ち入り出来ないのは、過去に悪魔の素材が高値で売れるとかで騒ぎを起こしたから、らしい。
ハンターギルドで無料の食事が食べられるし、寝たくなったら軍設備の宿泊所を無料で使える。
怪我や病気があるなら教会が無料で治してくれる。
街の全てが、戦闘を補助する作りだ。
そんな街に、俺はやってきた。
『バカは止めろ、お前が行っても死ぬだけだろうが! それにそのアルバイトは……前金で貰えるが戻ってこれない事で有名な前線警備だろ! ミファさんには相談してんだろうな?』
セイメイには止められたが、俺ならやれる。
生き残るぐらい、楽勝だ。
今回の契約では俺の滞在は一週間で、街の中で警戒にあたるのが三日間、街の外で前線警備をするのが四日間となっている。
実際、街の中で警戒と言ってもやる事は無い。
教会に付けられた非常用の鐘が鳴ったりすればそりゃ動かないといけないけど、それ以外は自由にしていて大丈夫。
つまり、実際に働くのは四日間だけだ。
四日間働くだけで、俺やミファが普通にバイトする金の数杯……一月は働かずに生きていける金が手に入った。
「しっかし……これ邪魔だな」
金を貰って逃げる事は出来ない。
俺達みたいな正規軍でもハンターでもないアルバイトは、契約時に手首に魔術が込められた金属製のブレスレットを付けられる。
これで位置を知られるから、前線に行くと言って行かない事も、帰る事も出来ない。
別にそれはいいんだけどさ、腕にこんなブレスレットみたいなのが付いてると落ち着かないんだよね。
……そうだ。
ミファにプレゼントを贈ろう。
何がいいかな……髪飾りかな、それとも……。
「魔術師ナーパム、来たばかりですまないが前線警備に行ってくれ」
ブレスレットから声がする。
付けられた左腕を見ると、さっき聞こえた言葉と同じ文字が浮かび上がり、それと同時に向かうべき場所への地図も現れた。
すげえな、これを一人一人管理してんだもん。
さぞかし立派で賢い人が、ここを指揮してんだろうな。
「さてと、行きますか!」
ミファの言っていた通り、ここじゃ移動の魔術を前線に向かう際に使う人なんて殆ど居ない。
みんな、魔力の消費を抑えている。
やっぱり、ミファは正しい。
地図を頼りに前線警備に来た。
俺の担当は、沼地だった。
ハンターでも魔術師でもない軍の兵士達が掘った塹壕の中から、周囲を見渡す小さな高台に登って前線を見る。
見えるのは、山のような悪魔の死体と、人間の死体。
幸いにも今はまだ日が落ちていない為そこまで悪魔が出現したり凶悪な個体が現れる事も少ないらしいが……。
空気が、張り詰めている。
兵士達を見ると、当たり前のように腕が一本無かったり、目がなかったりする。
剣を研ぐ者や休む者からも、ダルクマートの街の人々とは違う雰囲気を感じる。
……大丈夫だ、俺は大丈夫なんだ。
怖い。
沼地には顔の半分を食われた女性兵士の死体に、腕だけが何本も突き刺さっている。
聞いた話だと、ここの悪魔は女性をだいたい食材のように扱い、男は残虐な殺し方をする。
聞いてから聞かなきゃ良かったと後悔しつつ、俺は高台に立っている。
何も……おきるなよ。
「ミファ、まずは……あ」
ミファは居ない。
彼女はこの街に来ていない。
俺が望んで一人でここに来たんだ。
心細いとか言っているうちは彼女に認められたりしない!
しっかりしろ、俺。
配置されてから数時間。
日も落ちかけてきた。
適度に休みながら警戒しろと言われたけれど、この街の兵士達は休むと警戒は両立出来ないのを分かってないのか?
そろそろ本格的に悪魔達が攻めてくるかもしれない。
補助用の杖を強く握り、俺は少し空を見上げた。
綺麗な星が見えている。
いや、空から……何か降ってくる!
降ってきた物が落ちた。
幸いにも、塹壕の外に落ちたから、兵士達や俺には届いていない。
だが……あれは……。
見るんじゃなかった。
兵士の頭部を中心に、手足をくっつけた小さな車輪のような、残酷な死体が空から降ってきている。
視線を上に戻すと、それは他にも複数飛んできていて、徐々に落ちる場所が塹壕に近づいてやがる。
気持ち悪い。
あんなの……おかしい、間違ってるだろ!
何で……あれは……生きていた人なんだぞ、何故あんな残酷な事が出来るんだよ!
吐き気が止まらない。
落ちてくる頭部と目が合っているような気もしてきて耐えきれない。
これが……前線、戦場かよ。
強力な魔術があったとしても……この現実は……。
「よぉ魔術師さん! 今日は当たりだ、ツイてるねぇ!」
「……は?」
若い兵士が話しかけてきた。
顔は若いが、鎧には無数の傷があり、彼がどれだけここで戦ってきたかは一目瞭然。
俺と同じぐらいの歳だろうが、俺よりも先輩だ。
「今日は多分攻めてこないぜ、頭部と手足の塊、俺達兵士は四頭肢と呼んでるが、あれが降ってくる時はだいたい動きがねぇんだよ」
「いやでも……こんなの降ってくるとか……」
「さーてと、俺は寝るわ、ツイてるラッキー魔術師さんも今日はぐっすり眠っていいぜ!」
異常だ。
ここは、人も悪魔も、全てがおかしい。
寝る?
この環境で、眠るだと?
できる訳が無いだろ!
「……ミファ……怖いよ……ミファ」
俺の昼間の自信はもはや無く、俺はただ杖を握り彼女の名前をつぶやいていた。
残り三日。
ここで耐えないといけない。




