一人で眠れますか?
ミファに怒られた日の夜。
俺がパジャマでベッドに入って寝ようとしていると、部屋にミファが入ってきた。
あれ? 俺部屋の鍵……閉めたよな?
「ナーパム、今日はこれを読んであげますから、眠くなったら眠って下さいね」
ミファは持ってきた手提げ袋から一冊の本を取り出して、ニコニコと笑いながら部屋の明かりを消した。
残っているのは、ミファの手元を照らす蝋燭が一本だけ。
「あの、ミファさん?」
「大丈夫、私は何処にも行きません、ナーパムが眠るまでずっとここに居ますから」
「いやそうじゃなくて」
「フフッ、大丈夫です、一人で眠れないなんて他の人に言ったりしません。ナーパムと私だけの秘密です」
昨日まで普通に一人で寝てました。
そんな"わかってますよ"みたいな事言われても困る。
いやそんな事より部屋の鍵をどうやって……そんな事で流せる事じゃねぇけど!
「どうしました? 目を閉じてゆっくりとリラックスして下さい」
余計眠れないなんて言ったらまたおこられる。
ここは……さっさと眠るが吉。
冴える頭をどうにかして落ち着かせる為、俺は無理矢理瞼を閉じた。
「では……第二大陸の臆病者。むかしむかしあるところに……」
ミファが読んでいる本は、昔から何回も読んだ事がある。
内容は第二大陸チヅラ・スメラにやってきた転生者が逃げ回り、生きて自分の世界に帰る為と言って人々に迷惑をかけて回る話だ。
最後には、勇気を出して悪魔に立ち向かった子供の姿に感動し、転生者の力を使って悪魔と戦う。
どれだけ力を持っていても、勇気が無ければ何も守れない。
あの本は子供達にそう伝えたいのだろう。
「……やっぱり本変えます」
「えっ?」
「この本の内容は覚えているって顔してましたから……ねぇナーパム、貴方は成長したいって言ってましたけど、どれぐらい強くなりたいですか?」
少なくとも部屋の鍵を勝手に開けられないぐらい強い魔術師になりたいです。
なんて言えないし……現実的な所で言えばミファを守れるぐらい強くなれたら……。
「勇者様を目指したり、してないですよね?」
ミファの持つ本には見覚えが無い。
最近出た絵本だろうか。
それに勇者様だと?
ルサンチマン先輩ですら勇者候補生に選ばれなかったのに、この俺が目指す?
そんな訳ないだろ。
「あのな、俺は別に勇者様なんて」
「ナーパム、寝ないと成長できませんよ、ほら、いい子だから目を閉じて、うん、いい子いい子」
……まって、冷静になれ俺。
今の状況を第三者が見たらどう思う?
もう16になった男がベッドで横になり、その隣に座って同い年の幼馴染に読み聞かせをさせているように……ヤバイ奴みたいに映らないか?
しかし拒否すれば怒るし、だが流石にこれは……。
「ごほん……では、悲しい勇者様」
勇者の本!?
待て待て、勇者の情報なんて本にしていいのか?
人類の最高戦力の秘密が暴かれるかもしれないって理由で、勇者の情報は全て伏せられていたのに。
「とある男は勇者になる為、あるいは勇者になる事を強制され、たいへん厳しく育てられました。剣を握る腕が折れても、魔力がなくなっても、ひたすら練習を続けました」
それはもう練習じゃなくて、拷問では?
魔力が無い状態で、あるいは魔力がたりない状態での魔術の発動は極めて危険だ。
肉体に痛みが走るし、体力が魔力の代わりにごっそり持っていかれる。
その交換レートは魔力を一つ手に入れるのに、体力を五つ使うようなもんだって学校で言っていたような覚えがある。
俺も試したけれど、まるで全身筋肉痛になったような痛みと引き返えに使えた魔術は蝋燭に火を付ける程度の物だけだったしな。
「教育のおかげか、もしくは彼の才能の賜物なのか、男は勇者になる為の、勇者候補生になる事が出来ました。両親はたいへん喜び、彼も自分が認められたと笑顔になりました」
勇者候補生。
それは魔術師や剣士から選ばれた者のみが名誉あるその名を名乗る事ができ、かつ勇者になる為の試練や教育を受ける事の出来る。
普通じゃない、人類にとって宝と呼べる特別な人達だ。
『フフッ、ライフちゃんが特別だと? それは友達の母親を口説いていると思ってもいいんだな?』
……勇者候補生で知ってるのはライフさんだけだから、こんな事言ってきそうだなと軽く想像してしまった。
夢に出てきたらどうしよう。
いや、出てきてもいいな、むしろ来い。
「ある日、勇者候補生となった男は勇者の秘密を知ってしまいました。それを知った他の三人は逃げ出してしまい、本来は彼が選ばれるはずではありませんでしたが、彼は勇者とされてしまったのです」
勇者候補生になった人でも逃げる勇者の秘密。
何だろう。
一生独り身とか?
「男は勇者になったものの、強くなった訳ではありませんでした。その事を疑問に思った彼は、とても美しく聡明で、まるでこの世の……長いですね、ここはカットします」
「いや読み聞かせでそれいいのかよ」
「ナーパムは寝ないとダメですよ、ほらほら、お布団ポンポンしてあげますからね」
だから寝れねぇっての。
これ赤ちゃんを寝かしつける時のアレじゃん。
逆に寝たくないって気持ちしか湧いてこない。
「姫様は勇者様がやるべき事を教えました、自分が強いと思う者を、それでいて仲間と呼べる者を集め、彼らと共に祈るように、そうすれば勇者の力は開花するだろうと、姫様は複雑な笑顔を浮かべながら、答えたのです」
祈り、つまり神関係の話か?
教会の奴らとか、転生者は神との繋がりがあるらしいけど、俺は見た事も助けられた事も無いから信じてない。
あ、嘘ついた。
腹痛に苦しみトイレから出られない時は神にいのってるわ。
「勇者様は仲間を見つけ、姫様の所に戻って共に祈りました。どれだけ祈ったか分からないぐらい時が経ちましたが、その結果彼の体に変化が起こり、自分が強くなっていくような感覚がはっきりとしたのです」
祈って力を得る……かぁ。
まぁ、ベタな展開だな。
「これならば無敵だ、悪魔なんかに負けないと意気込んだ勇者様は仲間たちの前で、悪魔との戦争に勝利すると誓いました」
うんうん、王道ストーリーだ。
「ですが、仲間達は誰一人として反応しませんでした。まるで空っぽの器のようになってしまった彼らですが、勇者様は自分の中に彼らの声を感じました」
「意味がわんねぇ! え、一緒に祈ってたらいきなり自分の中から仲間の声!? 怖ッ! ホラーじゃん!」
「……勇者様は強くなりましたが、仲間達が目覚める事はありません。それでも勇者様は人々の為に戦い続けます、自分の中にある魂の叫びを聞きながら、今日も一人で寂しく戦い続けるのでした、めでたしめでたし」
「全然めでたくない! 仲間達戻ってきて無いし、なんか内側からの声って話だったけど、叫び声に変わってたし!」
勇者様か……そりゃ俺も男だ、憧れた事が無い男は居ない。
そもそも目指してないけれど、今の話が本当ならば俺が勇者様になりたいと思っていたとしてもそのやる気は吹き飛んでいただろうね。
ずっと一人で戦うなんて、不可能だ。
肉体は悪魔を凌駕していようとも、中身がそれに追いつかない。
「この本はライフさんから借りた物です、もしナーパムが勇者様に憧れを持っているなら見せてあげるようにと言われてましたが……どうですか?」
「そもそも俺勇者様になりたいとか言った事ないからね?」
「本当ですか? 男は全員勇者様に憧れているとライフさんが言っていましたけど……うーん」
「子供の頃はそりゃ憧れてたよ、でももう今は違う、俺じゃ勇者様にはなれないって分かったらもう憧れも何もないさ」
ミファは本を閉じる。
彼女は満面の笑みを浮かべている。
おそらく、俺が勇者を目指すのではないかと心配していたんだろうが、そもそも不可能なのになぁ……心配し過ぎだろ。
「さてと、ナーパムは眠れそうですか?」
「いや……全然……あれ?」
眠い。
さっきまで元気だったのに、目が冴えて昼間よりも元気だったんだぞ。
なのに、何でこんな不自然な睡魔が……。
「私はここにいます、だから、安心して下さいね」
何故だろうか。
普段よりも、心が落ち着いて……。
「おやすみなさい、私のナーパム」




