図書館の禁書
「大人しく待ってて下さい、必ず戻りますから」
そう言ってミファがライフさんと身体検査に向ってからまる二日。
未だにミファが帰ってこない。
寂しくてあんまり眠れていないし、家もグチャグチャになっている。
落ち着け、ライフさんがついているんだ、体でも動かして誤魔化そう。
最近、いやここ数年ミファに頼りっきりだった。
一人で家の事を出来るか不安だが……いや、出来る!
だって魔術みたいに複雑でも、敵がいる訳でもないんだから!
彼女が居ない間に洗濯をやろうとした。
そもそも洗濯道具がどこにあるか分からなくて、出来なかった。
「洗濯板どこ行ったんだーッ!」
料理をして驚かせようとした。
黒焦げのナニカは完成したが、彼女に食べさせられる物は何一つ出来てない。
「これは……いや、もしかしたら美味いかも……ヴォエッ!」
せめて掃除をしておこうと思ったら。
箒は折るし、水を張ったバケツを蹴り飛ばして床をビチャビチャにして、そこで滑って転ぶ。
「ちょ! 折れた! バケツ蹴って水が! あ、足がーッ!」
何一つ、俺は満足に出来ていない。
ミファが居ないと、俺は何も出来ない。
出来たのは、ベチャベチャの部屋と黒焦げと積まれた洗濯物の山だけ。
『全部任せて下さい、ナーパムは何もしなくていいですからね』
俺は彼女の優しさに甘えていた。
居なくなってから、ようやくそれを理解した。
いや、薄々は気づいていたけれど、本気を出せばこれぐらい出来るって思っていたんだ。
やってみた結果が、これだ。
「ミファが優しくて、同じ村の出身だからって面倒見てくれてるけど、ミファが何か……そう、彼氏とか出来て同棲し始めたらどうなる?」
自分に問いかける。
そして、生活できないと言う単純明快な答えが内側から湧き上がる。
このままではいけない。
いつまでもこんなダメ人間だと、ミファに見捨てられる。
見捨てられなくても、いつか別れが来た時に、俺は一人でやっていけない。
「成長するんだ、俺!」
魔術師としても、一人の人間としても、男としても!
やるぞ、やってやる!
……さてと、まずは。
「第六大陸の言葉にあったな、知識は力、知らぬは仏行き……だったっけ」
家を出て、学校近くの王立図書館に来た。
そう、俺はこれまで知ったかをしていたのがいけなかったんだ。
まずは正しい知識を身に着ける。
動くより先に、頭にたたき込む!
投げてから狙うんじゃない、狙ってから投げる!
「えーっと……家事と料理の本、それから洗濯の本だな」
王立図書館は広い。
4階まであって、地下は2階。
一般人が入る事が出来るのは地上2階までだが、特別魔術科の生徒は4階まで入る事が出来る。
地下は……まだ無理だけどな。
「そういや、ここの4階ってどんな本置いてんだろ」
本を探すついでに、4階に上がってみる。
白が基調の図書館はランタンの明かりを反射しやすく、日の光が届かない隅や影でも快適に本が読めるようになっている。
綺麗だが、俺はここにあまり来た事が無い。
すこしだけ迷い、4階まで続く長い螺旋階段を登った先には、広く、それでいて薄暗い空間が広がっていた。
入口には何かしらの魔術が込められていたみたいで、鉄柵のような扉から俺のブローチに向って光が放たれ、その光が消えると同時に入室が可能になる。
「薄暗いから中はホコリまみれかと思ったけど、結構綺麗だ」
2階や1階とは違う、とにかく薄暗い。
しまったな、ランタンを借りてくれば良かった。
てか手入れされているならもっと照明をどうにかしろ!
と言ってやりたい気持ちを取り敢えず横に置き、俺は部屋に入る。
まず、驚いたのは壁に大きな絵が飾られている所だった。
一枚目には、ライフさんが描かれている。
真ん中のあの人は……この大陸を支配する王家のお姫様だ。
お姫様を囲うように、四人の人間が配置されている。
「えーっと、アレがライフさんだろ、それから……」
他の三人は知らない。
一人は目つきの鋭い、薄い紫色の瞳の女性だ。
胸のブローチは虹色で、俺と同じ制服を着ているから多分卒業生なんだろうな。
二人目は赤く長い髪の女性だ。
腰には剣を携えている。
……ハンターかな?
三人目は……小さな杖と剣を持った男だ。
あの人の顔は……うーん、見た事があるような、無いような……。
そして最後はライフさん。
ウインクをしていて、今とまったく同じだから一目で分かる。
絵でも胸はデカい。
だが絵のライフさんは現実よりも小さくされている。
絵のタイトルは……"選定"か。
訳わからん。
俺は芸術はさっぱりなんだ。
「2枚目は、うーん、これも分からん」
2枚目に写っているのは、赤い月と黒色の……コートか?
とにかく黒装束を纏った男が書かれている。
よく見ると、男の顔は非常に荒く書かれていて、これを頼りにこの人を見つけるのは困難だろうなと思った。
絵のタイトルは、"黄金の闊歩"。
黄金?
この絵の何処に黄金があるんだ?
「んで、これが最後か……不気味だな」
豪華な椅子に腰掛ける一人の少女と、その後ろに積まれる大量の死体。
少女の顔には赤く大きなバツが上から塗られていて、顔を確認する事は出来ない。
絵の具の質が違いすぎて素人の俺でもわかるが、あの赤色のバツは後から塗られた物だ。
所々、絵は切られたような跡と、修理された跡もある。
タイトルは……"統べる者"。
これって……ライフさんが言っていたあの何とか教団の……聖女ミウクか?
かすかに見える髪色は確かに彼女の物と同じだ。
だが何故、こんな図書館にあの人の絵があるんだ?
「聖女ミウク」
俺はコイツが嫌いだ。
何故なら、ミファを攫った奴らの長で、攫った団体の人間だから。
魔術は人に向けて使う物じゃない。
だけど、こいつらはミファに手を出した。
絶対に、許さない。
「……ハァ、とにかく色々見てみるか」
ここには珍しい本がいくつもあった。
まあ珍しいってだけで、特に興味のある本はこれといって無かったけれど。
「これも歴史、そっちも歴史、アレも歴史……いらねぇし、何とか教団、えーっとVano・Dite教団だったかあの関係の本何処にも無いな」
綺麗な本が多い中で、一冊だけボロボロの本があった。
それは本と言うには随分と作りが悪く、誰かの日記帳と言った方が適切な表現かもしれない物だった。
「何だこの本、えーっとタイトルは」
"魔術師……の育成及び指導"
読めない部分もあったが、これは……。
"今日は……に火を扱う魔術を教えた。魔術を扱うコツは魔力量のコントロールと正しい術式、それに相手を必ず殺すと言う深い殺意だけど、彼女達は私に褒めてもらいたいという魔術師失格な理由で練習をしていた。前回はここで処分したけれど、今回はこの感情を利用できないか試す事にする"
不気味な内容の日記だった。
現実離れし過ぎた話ならもう少し笑っていただろうが、この本に書かれている内容はどれもが生々しい。
ペラペラとページをめくり、俺は最後のページを見た。
"彼女は私に依存した、ある意味成功だがこれでは人々を導く存在にはなれない。どうしようかな"
そう黒色のインクで書かれた上に。
まるで乾いた血のような液体で。
"彼女を殺せ"
これまでと違う、歪んだ字でそう書かれていた。
「ひっ!」
本を閉じ、元の場所に戻してから俺はすぐに2階に戻った。
何なんだあの日記は……文字しか見てないのに、ミウクと同じ、いやそれ以上の強い魔力を感じたぞ。
「4階が使われてない理由が分かったな、あんな不気味な本と歴史書しか無いんだ、行く意味が無い」
さっき見た物を忘れようと俺は2階で必死に家事の本と料理の本を探し、家に帰ってじっくり読む事にした。




