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厄災の姫と魔銃使いⅡ  作者: 星華 彩二魔
第一部 二章「聖杯」
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「蒼き炎」

 地下へのハシゴはそこまで長くはなかった。

 クロトが軋む木製のハシゴを下りきったのは、折り始めて10秒ほど。なんなら、通路が狭くなければハシゴなどクロトにとって必要はなかった。

 湿った土を踏みしめ、クロトは真上を見上げる。


「いいぞー」


「わ、わかりましたぁー」


 特に危険もないため、クロトは上で待つエリーを呼ぶ。

 慣れないハシゴに戸惑いつつ、エリーが恐る恐る慎重に下り始めた。

 木の軋む音が徐々に近づいてくる中、クロトの内では少々ニーズヘッグが騒いでいた。


『そこまで高さねーけど、このボロいの壊れないだろうな!? 姫君落っこちたらどうしてくれんだよ! ちゃんと姫君が無事か見てください我が主ぃ!!』


「大丈夫だろ」


『こんなボロい場所だぞ!? ちょっとでも怪我したらばっちーって! ……ハッ! ということは俺が愛情込めて付き添って治療してやればいいのか! それも悪くない!』


「どっちなんだよ……。つーか、どうせ覗きたいとかそういうやつだろ? 言わなきゃ嘘にならねーからな。クソ蛇が」


 現状、ニーズヘッグはクロトと視界を共有している。そのため、クロトがハシゴの上を意図的に見ない様にしていた。

 遠まわしに誘導しようとしていたことがバレたのか、そこからニーズヘッグはだんまりである。

 ――やっぱりじゃねーか。

 そうこうしている間に、エリーが地下に到着。最後の一段をぴょんと飛び降り膝下まであるロングスカートを揺らす。


「はぁ……、壊れないかひやひやしちゃいました」


「とりあえずはな。……あ。クソ蛇がやましいこと考えてたぞ。下からお前のこと覗こうとしてたからな」


『ちょっと我が主ぃ!?』


 ここぞとばかりに炎蛇の悪いところを暴露。その時のクロトの意地の悪い表情といえば、とても楽しそうなものである。

 軽蔑するかと思いきや、エリーは少し乱れたスカートをぱんぱんと払う。


「あ。大丈夫ですよ。ネアさんに勧められて、下にはちゃんと見えても大丈夫なの履いてますから」


 クロトとエリーの旅のためを思ってか、それとも別のためか。エリーの服を選ぶ際はよくネアが関与している。その際に乙女の事情もよく考えている。危ない事も考えてか、エリーは下着の上に動きやすいスパッツを履いていた。

 確認のためかエリーがロングスカートをたくし上げて見せようとする。が、そこは羞恥心より確認に思考が一時傾いてしまっただけにすぎない。クロトが膝上までエリーの素足が見えた辺りで「見せんでいい」と頭に手刀をポスっと落とす。

 「ひぅんっ」と可愛らしい声と共に、エリーはスカートから手を離す。

 戯言はそこまでとし、クロトは地下の様子を見直す。

 ハシゴの真下は冷たい地下空間。人工的に掘られた穴であり、簡易な柱で崩落しないように固定されている。灯りは乏しいが、半永久的に扱える様に仕込まれている光石だ。底がある器に置かれた光石は水を与えれば光るという代物であり、水が一定的に流れ込む様にできている。

 そして、すぐ前には木の扉があった。

 おそらく招いた家主はこの先だろう。長く開けられておらず錆び付いたドアノブを掴み、警戒をしつつ扉を開ける。

 何が待っているのか。色々思考を巡らせて定まらない中、いざ中を覗いてみれば、どこか予想通りとすら思えるものが広がっていた。

 扉の先は見ての通りの研究部屋だ。フラスコに試験管がずらっと並ぶ棚。壁には薬草などが干されており、中央のテーブルの上には魔道具などが乱雑に置かれている。本に水晶玉、鉱石などなど。見た事もない器具もあり、視線がそこら中にへと向いてしまう。


「……いろんなものがありますね」


「相当古い物だろうな。……で。さっきの奴は」


 招いた張本人を探す。一見誰もいない研究部屋。一周視界が巡った時だ。中央のテーブルの奥で淡い炎が目に映る。

 蒼く灯る炎。そして炎はまたしても魔女の姿を模していた。


「ようこそ。我が主の工房へ」


 炎の少女はそう言う。


「……主っていうのは、お前がいま化けている姿の奴で間違いないな? 当然、魔女だろ」


 少女は笑みを浮かべた。


「やはり、あの方の選ばれた魔武器所有者か。魔武器は……【炎蛇のニーズヘッグ】だな。ワシの嫌いな業火を感じる」


「とりあえず、その姿をやめてもらえねーか? 生憎、仲はそれほどでもなかったんでな」


「これは失敬。この姿は確かに許可なくもしているものだが、間違って迷い込んだ者がいれば脅かすのに使おうと思っていたが……」


 炎の少女は揺らぎ掻き消える。その先には同色の淡く光る結晶体の置物があった。声はそちらから聞こえてくる。

 炎の残骸が結晶体に集まると、次に何かしらの形を作り出す。炎が作ったのは、可愛らしく表現された老いぼれ精霊の様。それが本来の姿なのだろう。

 

「先に名乗りを。ワシの名はウィルオウィスプ。其方らの言う魔女にこの街の結界と管理を任されておる」


 炎の名は――ウィルオウィスプ。蒼い炎は魂を意味し、彼は死霊であり精霊に近い存在でもある。ニーズヘッグの予想は大いに当たっていた。

 性格は温厚そうであり、口調も穏やかだ。

 というよりは、まるで年寄りと話す様なものだ。


「適当な場所に座ってもらって構わんよ。この工房は、もう使われる事はないだろうからなぁ。あの方は既に研究を完成させたらしくてな。ワシに此処を任せ、行ってしまわれた」

 

 立ちっぱなしというのもどうかと思われ、そこらにある台などを勧められる。長話になるだろうと考え、クロトとエリーは適当な台に身を預ける。


「ところで、()()()()()はどうしておられるかな?」


「は? 誰だって?」


 クロトにつられてエリーも首を傾ける。

 ウィルオウィスプは二人を眺めるなり、察した様子で話を続けた。


「ひょっとして、あちらの名は結局使われなかったのですなぁ。確かに真名としても利用できなかったですし……。カルミナ様とは、この家の主である其方らの知る魔女殿の事ですよ。……どうせ、外では魔女と名乗っていたのでしょうねぇ」


「……つまり、魔女のことか。名前……あったのかよ」


 クロトの記憶が確かなら、魔女に名というものは存在していなかったはずだ。クロトですら彼女に魔女以外の名がある事など知らなかった。


「仮名ですよ。ダンタリオン殿が考えてくださったのですがね。ワシとダンタリオン殿くらいでしたよ、その名を使うのは。して、魔女殿は……」


 再度問われるも、二人は顔を見合って間を開ける。

 それもそうだ。彼の主である魔女はクロトが殺してしまっているのだから。

 だが、隠しても仕方がない。


「悪いが、俺が殺した……」


「……」


「招いてもらってなんだが、恨むか?」


 ウィルオウィスプは呆然とする。

 そして、遠い目をして尚穏やかなままだ。


「……いいや。そんな気は……してたのでなぁ。なんせ、宣言された時以降何も起こっておらぬ。それは、あの方が【願い】を叶えられなかったというわけだ。残念とも思うが、ワシはあの方が【願い】を諦めるとも思っておった。魔女に刻まれた意志というのに駆られたとも思っておる。あの方はワシが見てきた魔女の中で、最も【憤怒】というものを強く受け継いでおったからなぁ」


「怒っても……いないんですか?」


「そんなことが一寸もない……なんてこともないですなぁ。だが、結果に不満を抱いても何も変わらんので」


 だが、気落ちしているのはウィルオウィスプのしぼむ炎の様子からでもよくわかる。

 長いため息に似た呼吸の後に、彼は話題を変える。


「それより、此処へは何をしに来た? 此処に来れるのは一応我が主か、我が主の魔武器を所有している選ばれた者のみでな。わざわざ外部から来た者はお主らが初めてだ」


「……つまり、俺の魔武器が通行書代わりになったと」


「万が一何かしらの間違いで通れる事もあるだろうが、その時は追い出すのみ。そうでなければ勝手に戻されるのみよ。……して。何かしら訳があって来たのだろう? 要件は応えられる限り応えてやろう」

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