「小さな書庫」
エリーが気になる細道。膝上まで生い茂る草をかき分け、クロトの後ろにエリーも続く。
街は人の住む空間と認識できるが、少し道を外れれば一遍してしまう。
街の裏にあったのは、緑生い茂る空間。手入れの行き届いていない伸びすぎた草木。その奥には、ぽつんと緑に紛れた小さな家が建っていた。
二階建ての建造物。壁から窓にまで蔦が蔓延り、自然と一体化してしまっている。
エリーはその建物を正面から見上げ、小首を傾けた。
「……なんだか、先ほどまでの建物と全然違いますね」
異質。というよりは、どこか仲間外れとも思える。
統一された街の強度のある建造の数々と、目の前の少し古びた木造建築。そういう建物を好む者もいるだろうが、独特感はあった。
「とりあえず、此処か?」
いの一番気配を感じたのはエリーだ。クロトは確認として問いかけると、またエリーは首を傾けて眉をひそめる。
「そうだと思うんですけど……。すみません。はっきりとは」
「ん。クソ蛇、お前はどうだ?」
『ん~、はっきりとはしねーが……、それっぽいのはいそうか? もしかしたら、なりを潜めるのが得意な奴かもしれねーな』
両者の意見からして、何かしらがいるのは確かだろう。
エリーはこんな性分だがその正体は魔女の種族であり、そういったものを感じ取りやすい部類だ。ニーズヘッグも感じているあたり、人ではなく魔に関与している存在となる。
『なんだったら蛇どもに中探らせてみるか?』
「……いや、堂々と入る」
最初にクロトは片足を上げ蹴り破ろうとした。
……が。さすがにそれは横暴なためエリーが袖を引いて首を横に振る。渋々クロトは足を下げ、ドアノブに手を伸ばす。
中に何かいるのであれば用心も必要だ。ゆっくりと扉を開く。
少しずつ日差しが室内にへと伸び、光の塵が空間を舞う。光に反射しているのは細かな誇りだろう。わずかな空気の流れでそれらは舞うほど溜まっており、人が住まなくなって長く経つことを連想させる。そう脳内がとらえつつ、クロトは扉を開ききる。
思い描いていた通りの寂れ具合だ。古い建物で床も柱の木材が湿気を帯び、足を踏み入れれば軋む音が響く。中には使われなくなった古びた家具。やはり街の住居の中身と違い綺麗とは言えない。そして、壁際や至る所に積み重ねられた重圧ある本の数々。どれも古い書物ばかり。湿気のせいか、本の文字はにじみ、読むのに目を細めてしまうものばかりだ。ページもボロボロだ。
家具という生活用品よりも、その書物の存在感は圧倒的に多い。
「本が好きな人だったんですかね?」
「さーな」
どれもこれもクロトですら知らない書物ばかりだ。
視界をぐるりと巡らせる。本の山は一階にとどまらず、二階へ続く階段すら占拠している。上はびっしりと本が積み上げられ通れそうもない。ある意味、小さな書庫だ。
しかし、二人が此処にきたのは見物ではない。
「で? 言ってたのはどの辺だ?」
室内を見渡すも、生き物という気配はない。もちろん、生き物が通った跡すらなかった。
床にあるのはクロトたちの足跡のみ。何かしらいるとすれば、足跡の一つでもあるはずだ。
勘違いだったのか。そう思い始めた時だ。
視界に、ふわりと何かが横切る。
目がそれを無意識に追う。すると、止まった先を見た時、二人は目を見開き呼吸を忘れた。
わずかな日の光が差す薄暗い空間で、淡い色をした少女が目の前に立っていた。
エリーと同じ髪の長さと背丈の、一枚布程度を纏う軽装の少女。全身はまるで淡く蒼い炎の様に揺らめいている。
だが、二人は驚いたのは突如少女が現れたということだけではない。二人が最も驚いたのは、その少女の容姿にある。
見覚えのある容姿。その姿は正に、クロトたちの知る魔女の姿そのものだった。
一瞬、彼女が生きていたのかとすら錯覚してしまうほど、その姿は完全に一致している。
微動だにできずにいた二人を少女は眺め、感情のない目のまま口を開く。
「誰かしら? 人の領域に勝手に入ってきたのは」
それは不法に立ち入った者へ向ける物言いだった。
確かに、少女にとっては招かるざる客だろうが、それはまともにこの家で生活をしてからものを言うべきだろう。と、クロトは反発する様に少女を睨む。
「お前こそなんだよ?」
「……」
「俺の知っている魔女は、もっとムカつく挑発してくるぞ?」
「……」
少女は、少し思い悩む表情でしばし黙り込む。
「……なるほど。ワシの結界を突破したのだ。やはり、あの方の知人で間違いなさそうだ」
突如、少女は声をそのままに口調を変える。
納得した様子で二人を置き去りに、少女は白けた素振りでゆらりゆらりと足元から揺らいで消え始める。最後に少女は一方の床を指し示し、くすっと笑みを浮かべる。
「続きは下で聞こう。ワシも誰かと話をするのは数十年ぶりだ。ゆっくり語りたい」
空気に紛れ淡い炎は跡形もなく掻き消える。
少女の指差した床。そこに視線を寄せる。そこには乱雑に散りばめられた本の数々あり、それらを足で払いのけた。
床には扉らしきものがあり、こじ開けて中を覗き込む。ひと一人程度が通れる狭さ。ハシゴがあり、下にあるであろう地下へと続いていた。
冷気が漏れ出し、そわっと素肌を撫でてくる。
「こ、この下なんでしょうか? なんだか、怖いですね」
『俺もなんか嫌な予感すんだが? さっきの蒼い炎。魔女の姿を模ってはいたが、本体は絶対三番席に属してる奴だろ? あんま関わりたくねーんだよなぁ……』
蒼い炎は魂の炎の色でもある。冥府に属している霊的な何かしらなのは確かだ。
しかし、クロトたちのよく知る魔女と繋がりがあるのも確か。でなければ、あの姿で表になど出てこないだろう。
招かれた以上、情報を得るためにも進まない選択肢はない。
「どうする? お前は此処で待ってるか? 相手がゴーストの類ならクソ蛇の炎で燃やせれる」
『やだよ我が主ぃ~。あそこに喧嘩売ると面倒なんだって~』
「どこの属もどうせ面倒だろうが……。エリー、どうする?」
「い、行きます! 一人で待ってるの、嫌なんでっ」
「わかった。じゃあ俺が先に降りる。確認してからお前は降りてこい」
「は、はい!」
エリーに見送られながら、クロトは臆せずハシゴを下り始める。