「隔離された街」
木々の道を三人は進む。
先頭を行くクロトも、一応は警戒と周囲に視線を配る。
元の位置からそれなりに進んだが、戻されるという感覚もなく、ユーロが不思議と周囲を見渡す。
「……あ、あれ? 戻らない?」
ユーロは何度も体験している。しかし、彼ですらこの事態は異常な様子。いつもなら戻されている頃合いなのだろう。
つまり、進展があったということだ。
「どう思う、ニーズヘッグ……」
条件の違い。その理由は未だ不明のまま。
何が切っ掛けで進展があったのか。クロトはニーズヘッグに話を持ち掛けた。
『そーだなぁ……。結界の突破にも色々と条件がある。例えば、通るタイミングとか。あとは二人目なら通れるとか、色々考えられるが明確なのは定まらねーな。お前なんかしたかぁ?』
やましい事はないか。そんな疑念のある目が向けられる。失礼だと言ってやりたい気分だ。
「なんもしてねーって、わかってんだろうが。クソ蛇がっ」
『怒んなよ我が主ぃ~。…………もしだが、お前だから通れたってこともあるな』
「なんで俺なんだよ……」
『だから、もしだってばよ。もしも、この先にあるとすれば……その可能性も有り得るってわけだ』
ニーズヘッグの言う、もしも。その説は完全に否定などできなかった。そして、そうと同意することもしなかった。
答えなど、この先で待っているのだから。
しばらく歩き続ける。
すると、突如霧が晴れたかのうように周囲が変化し、次に見えた光景を前に三人は足と止める。
森を抜けた先。誰もたどり着けなかったと噂された迷いの森の奥。そこにあったのは、天を覆うような岩山に囲まれた一つの街だ。岩山の大雑把な隙間から青空と太陽が差し込み、それだけでもじゅうぶん街全体を照らしている。不思議な光景でもあった。
確かに、上空からでなければこの街は見つける事はできないだろう。しかし、イロハはまだこの場所を見つけていない。単に通っていないだけか、それとも、迷いの森のように上空にも何かしらの結界が張られていたのか。
上を見上げていれば、何かに気付いた様子でユーロが前へ駆け出す。
「こ、此処です! 間違いありません! 祖母が見せてくれた写真と、同じ街並みです!」
どうやらユーロの情報は正しかったらしい。迷いの森の先には人に知られていない街が存在していた。
だが、ユーロの情報が正しかったとわかった途端、不快感がじわりじわりと湧いてくる。腑に落ちないとはこのことだ。
「よかったですねユーロさん。……ところで、ユーロさんはどうして此処に来たかったんですか?」
「実は、祖母が亡くなった後、家が火事になってしまって……。何かしら遺品があればと思っていたのですが……、人の気配がありませんね」
ユーロの言うとおりだ。この街には人の気配というものがない。建物の外装は年期はあったとしても人が住めない場所ではない。道も綺麗なもので、まるで生き物だけが忽然と姿を消したような有様だ。
「……誰も、いないのでしょうか?」
「みたいだな。……で? どうすんだよ眼鏡」
「どうと言われましても……。人がいれば、祖母の事を聞きたかったのですが……。魔銃使いさんと天使様はどうされますか?」
「とりあえず、魔物の気配もない。適当に俺らは散策だな」
それらしい街はあるが、まだ魔女がいた街かどうかもわからない。魔物がいないとわかれば、安心したのかユーロは胸を撫で下ろす。
「そうなのですね。よかったです。では、お互い到着したので、しばらくは別行動でもしますか? 魔銃使いさんたちは別で御用もあるようなので」
「まあ、そうだな。じゃあな眼鏡」
「か、帰りも一緒でお願いしますね!? 置いて行かないでくださいね!!?」
「考えとくー」
「そんなぁ!?」
情報提供は助かるが、長期間の同行は認められず、クロトは早々にユーロを置いて街にへと入って行く。些細ではあるが、「ユーロさんも気を付けてくださいね」と言葉は残してから、エリーもクロトの後を追いかける。
しばらくは入り口から動けずいたユーロ。その姿は見えなくなるまであり、その後彼がしっかり行動できたかどうかは確認できなかった。
大通りを進み、街並みをぐるりと見渡す。建築は貧しさを感じられず、平等で平凡な生活感がある。外側には農園や家畜小屋もある。しかし、人がいなくなってから年月が経つのか、農作物はなく、家畜小屋もガラリとしていた。建造物だけがまだ劣化せずに残っているのみ。
違和感を得たのは、人間がいなくなった理由の痕跡がないことだ。
人がいなければ成り立たないものは、自然と消えてしまうものは仕方ない。世話をする者がいないのだから。だが、何故人間が消えたかは不明だ。
窓から中を覗くも、生活環のある様子だけが残されている。物が散乱していたり、荒らされた形跡がない。盗賊に入られた跡もなければ、意図的に出て行ったという様子もない。もし出て行ったのならば、これだけの物を残して出ていくだろうか。
「……何も持たずに出た。そういうわけでもなさそうだが」
「なんだか、不思議ですね」
『出て行ったよりも、消えたって思う方が妥当だよな。……そんなことができるとすれば』
――魔女の仕業。
そう答えが脳裏をよぎる。
クロトのよく知る魔女なら、それも容易く行えただろう。
大通りを過ぎた先には広間が広がっていた。片隅にはボールが転がっており、人がいたなら此処でよく子供が遊んでいたのだろうと想像できる。今となっては使う者もなく、寂しさすら感じられる。
ボールを拾い上げて、エリーは悲しそうな表情に。
「……なんだか、とても寂しいですね」
「いなくなった奴らの事はもう考えない方がいいな。それは結果でしかないし、考えても仕方ない」
「……」
起こってしまった事象を深堀しても、それで消えた者たちが戻ってくるわけでもない。
クロトはそう言いたかったのだろう。深く考えればエリーはそちらにばかり気が向いてしまう。それを気遣ってだ。
エリーもボールを元の場所に置き直す。
「それよか、魔女の手掛かりがあるかどうかだな。見た所、なんもなさそうに見えるが……」
「うーん…………」
エリーも一緒になって周囲を見渡す。
広間を中心にぐるりと視界を巡らせるが、確かに特にと言ったものはない。ただ人のいない建物が並ぶのみだ。
ぐるりぐるり。体も回していると、ふとエリーは秒針の止まった時計の様にピタリと止まる。
向いた先にあるのは、広間から続く草道。一見、ただの草むらにも見えたが、あまり整備されておらず、人が通った痕跡のない様。それは建物の細道に紛れてあった。
そちらに、じっと星の瞳が向き続け。
「……誰か…………いる?」
ぽつりと、エリーは呟く。
クロトもその方向に寄り、草道の奥を凝視する。
そこから先は街並から外されており、まるで除け者にされているかにも思えた。
「なんか感じたか?」
「わかんないです。……でも、誰かがいるような……そんな感じがします」
この生命が消えた街にある存在。もし情報を求めるなら、その存在になる。
「とりあえず、行ってみるか」
草むらをかき分け、二人は細道にへと入る。