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厄災の姫と魔銃使いⅡ  作者: 星華 彩二魔
第三部 二章「底の闇」
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「盲目の【願い」」

 早朝から、巫女は筆を取り紙に字をすらすらと書いてゆく。

 しずかに。洗礼と清らかな姿で。

 一区切りがつけば、巫女はふすまの方にへと目を向けた。


「貴方は行かなくてもいいのルキ?」


 優しい声はふすま越しに届く。ルキは無言のまま。言葉を返せずにいた。


「リキと御客様たちは静闇 (せいあん)の間に行ったそうよ。リキが声をかけてくれてね。……でも、姿は見せてくれなかったわ。やっぱり避けてしまってるのね」


「……巫女様に失礼な奴」


「あの子なりに、やっぱり思うところがあるようね。昔っから責任感の強い子だったから」


「それでも、巫女様のことを優先すべきだ……。本当に堅苦しい奴」


 ――くすっ。

 巫女が苦笑しつつ、笑みをこぼした。


「そうね。そうかもね。……ねぇ、ルキ。もしよかったら、様子でも見に行ってくれないかしら?」


「っ!? なっ! いかねー、ですっ。俺は巫女様の警護があるんで……っ」


「今は屋内だし、シマズさんもそろそろ来ていただけるわ。それに、異国の御客様に害が及ばない様にするのも、ルキの仕事じゃないかしら?」


「…………そっちをシマズに行ってもらう、ってのは?」


「でも心配になったりしない? なんせ御客様たちはミヤビに不慣れな方々だから、間違ってなにか破損させてしまうのも…………」


「~~っ」


 その後。ふすまの奥でガタッと音をたて、ルキの気配はその場から消えてしまった。

 ふすまを眺めつつ、巫女は「ふふ……」とほほ笑む。 


「いいじゃない。せっかく家族が戻ってきたんですもの。……少しでも、一緒にいる時間はあった方がいいのだから」


 

   ◆


 山を少し下り、道を少し外れ、獣道を進む。木々を抜け、やがて岩壁が姿を現す。不思議なものだ。まるで滝を彷彿とさせる岩壁をクロトとエリーは見上げる。

 視線を下にへと向ければ、丈夫で太いしめ縄を飾る洞窟があった。

 しめ縄の紙垂(しで)が風に揺れ、カサカサと音をたてる。


「こちらが静闇 (せいあん)の間になります」


「……洞窟……だよな?」


「はい。ですが、普通の洞窟ではありません。なんせ、この中に入る事を獣たちが嫌悪するほどですので」


「いったい何があるんだ? 一応鍛錬できる場所って聞いてんだが……。それともなにか? 中に入ったらそこら辺の奴らが逃げ出すようなクソつえーのでもいるのか?」


 異国、ミヤビでは生き物から鬼といった数多の神が存在するとされている。要は魔物や悪魔の類を言い換えたようなものだ。もしくは偶像など。その内の一つがこの静闇の間にいるとすれば、それが手合わせしてくれる。そんな考えがクロトにはあり、それは腕がなるというもの。

 しかし、リキは苦笑している。


「いえいえ。そういう場所ではありません。それに、ミヤビではそういった神格の方はいらっしゃらないので。基本の稽古は人同士のものとなります」


「……は? じゃあ、何すんだよ? 鍛錬だよな?」


「はい。鍛錬の場ですよ。……少し近づいてみればわかるかもしれません」


 誘う様に、リキは洞窟の入り口を刺す。クロトとエリーは一緒になってその穴に近づき、覗き込んだ。

 顔を寄せて感じられたのは、外と中の空気の違い。一寸先は闇。穴の中は温度というモノが感じられない。暖かくもなく、寒くもない。違いを整理していくにつれ、クロトは目を細める。

 温度。湿度。それどころか風が中を通り抜けても音がなにもしない。

 何もない。この中には何もありはしない。

 それすなわち――【無】。


「なんと言いますか、この中怖いですね……」


「なるほどな。まったく何も感じない。まるでこの空洞の中は別世界って感じだな」


『俺でもなんも感じねーんですけど? 物音一つもねーってどういうやつだよ……』


「はい。静闇の間は閉ざされた虚無の空間になります。中では視界も聴覚、五感に意味をもちません。あるのは闇のみ。生き物は、それらを遮断する事を拒みます。その中で精神を研ぎ澄ませる。それがこの静闇の間の鍛錬方です。自分もよく視界を閉ざす鍛錬としてよく此処を利用していました」


 リキは確かに常人を超えている。悪魔の力に頼らずとも、視覚の失われた生活を意図も容易く熟せている。

 この洞窟の中で五感はそれらに頼らないという場所。直感や精神性などが試される場所だ。

 銃を扱う点で、クロトは自分にはそれなりに直感や相手の気配を感じる事ができる。それがどこまで通用するか……。


「どれくらい入るのがちょうどいいんだ?」


「自分はあまり時間を気にしてはいませんでしたのでなんとも……」


「……まっ、入ってみればわかるってやつだ。お前はどうする?」


 エリーにも問いかけてみる。しかし、エリーは現状入ろうとは思えず、後ろに下がって首を横に振ってしまう。当然の反応と言えば、正にそうだろう。

 ならばと、クロトが更に前に進もうとする。

 ……が。


「他所の者が静闇の間に耐えれるわけねーだろ」


 と。突っかかるような言葉が投げかけられる。

 振り向いてみれば、ルキが呼ばれてもいないのにいた。

 相も変わらず、その態度は気に喰わない。その態度には、クロトも悪態を返してしまう。


「なんだとテメェ? じゃあ、お前は楽に熟せれるんだろうな?」


「……っ」


「一応、俺らはこういうの初めてなもんで、何回も経験されてるそっちとは大違いなんでー。そこまで言えるんなら余裕だよなーあー? まさかろくにできねーなんてことはねーよな? それだったらマジでがっかりなんだが? そこんとこどうなんだよ?」


 クロトの言い分は最もだろうが、この発言は火に油だ。クロトとルキの性格、というよりは言葉の受け止め方だろうが。その辺がとても似ている。悪態には悪態を。それを返されれば更に自信の誇りを守るために他を置き去りにしてしまう。

 とうぜん、ルキは悪態に対し、更に噛みついてゆく。


「ああッ!? できるに決まってるだろうが、なめんなよ!! こっちだって鍛錬つんでんだっ。先に行って照明してやるよ、待ってろ!」


「ん。じゃあ頼む」


 クロトが笑みを浮かべてルキを見送る。すぐにルキは闇の中にへと姿を消していった。

 悪態はついたものの、これはクロトにとって好都合だった。自分が入るよりも、実験として誰かに先を譲りたいところだったのだから。最初はリキにすべきかと悩んでいたが、生憎リキはこの場所に慣れてしまっている。あまり良い結果は得られないだろうとふんでいたところだ。代わりにルキが名乗りをあげてくれたのなら、喜んで先を譲るのがクロトだ。

 そんなクロトの黒い笑みに、エリーは苦笑のみで何も言わない。またクロトの悪いところが出てしまっただけなのだから。

 

「すいませんリキさん。……クロトさん、たまに口が悪くなってしまって」


「いえいえ。ルキもいつもそんな感じですので、問題はないかと。お互い気が合いそうで良かったです」


「……そう、ですか」

 

 






 ルキが静闇の間に入り、そろそろ1時間が経過しようとしていた。

 元々この洞窟に用があった一同にとって、1人のみで入る事が条件のこの場所は待つ事のみで退屈なものだ。それまではリキが時間つぶしとして用意していたあやとりや折紙などでエリーの相手をしていた。

 

「……こ、こうですか?」


「そうです。そして、こちらの指を、こうして……。これで橋のような形にへとなります」


 あやとりという糸を使った遊びは初めてで、自分の指に糸を絡め、編むことで何かの形を表現するというモノ。

 できあがったものをエリーは上にかざして見てみる。それは確かに言われてみれば橋にも見える。


「す、すごいですね」


「他にもやり方を変えればいろんな形にもなりますよ。試されますか?」


「が、がんばってみますっ」


 エリーはあやとりを一度ほどき、先ほどの形を基準にいろんな形を試行錯誤してみる。難しい顔をしつつも夢中になっており、しばらくは退屈しなくて済みそうだ。その間にリキは慣れた手つきで折り鶴を折ってゆく。昨晩巫女が折っていたものと同じものだ。しかし、あの時のものとは違い、式もなにも使っていないためそれらが飛ぶことはない。

 気がつけば、折り鶴の数は10ほどに達していた。


「よく作れるな……」


「はい。慣れておりますので」


「……それそんだけ作ってどうすんだよ?」


「そうですねぇ。本堂までの道に置いておこうかと思いまう。時折村の人も、山に訪れる際に置いてゆかれますので。あとは住いの方などにでも。クロト殿もいかがですか?」


「いや、いい……」


 暇なため、その時間つぶしに付き合おうともした。見様見真似でやろうにも肝心のリキの手が早く、そして複雑な折り方についてゆけず。結局クロトは手に紙一枚の角を少しずつ折りながらいじっているにすぎない。

 リキは次々と折り進め、また一つ折り鶴を完成させる。それを並べ、一区切りついた時だ。

 

「そういえば、お前は最初っから目が見えなかったのか?」


 何気ない問だ。リキは基本目を覆い隠し、盲目でありながらもそう過ごしていた。それには幾つか理由があった事だろう。

 盲目であることを隠すため。もしくは、盲目であっても日常を過ごせるためか。

 

「自分は、昔はちゃんと両目見えてましたよ。幼い頃から鍛錬をするにつれ、何を失くしても大丈夫か。そこで自分は光がなくとも生きることにを勧められました。その後は視覚に頼らず鍛錬を積み重ねてきました」


「そんで目でもやられたのか?」


 ならば相当非道な国だ。と、言いたいところだったが、現実は違うらしい。


「いえいえ。そんな非道な事をする人はいませんでしたよ。その時からこの面を着けることとしました。おかげで今ではなんの問題もなく過ごせています」


 では、何故光をリキは失ってしまったのか。

 その後に目を傷つけるような出来事があったのか。

 しかし、それにも違和感があった。何故なら、以前素顔を見た時に、リキの顔にそういった痕が見当たらないからだ。リキの双眸は、綺麗なまま光だけを失っている。強い光に失明を起こす事もあるが……。

 リキは苦笑しつつ、また鶴を折り始める。


「クロト殿は、ニーズヘッグ殿との契約の際、何を願いましたか……?」


 リキは問いかける。が、クロトはなかなか応えられずにいた。その答えは、クロトにとって他人に容易く話してよいものでないからだ。

 無言を通していれば、察したリキが話を進めて行く。


「自分は、巫女様の目を治してほしかったのです」


 告げられた、リキがサイクロプスに願った、彼の【願い】。

 

「自分は巫女様を守れず、それどころかミヤビにとって大切な神の目に傷を付けてしまった。巫女様は光を失い、神の目を失ってしまいました。自分はミヤビを追放という形で去り、あちらの国でひっそりと暮らすことにしたのです。

 ……その時でした。魔女殿と出会ったのは。彼女から見ても、自分はとても珍しい様に見えたのでしょうね。とても不思議そうにされていたのを覚えています。

 そして、眼帯殿を自分に手渡されました。その時に【願い】を問われ……最初はどうすべきかと悩んだものです。ですが、答えは簡単でした。

 ――自分の光と引き換えに、巫女様の目を治してほしい。

 それは自分にとっては贖罪です。守れなかった自分が巫女様の失ったものを引き受ける。

 これが、自分のどうしても叶えたい【願い】でした」


 それは……損な【願い】にも聞こえてきた。

 リキは、自ら光を失う事を選んだ。人にとって、目はとても重要な体の一部だ。その目はあるだけで、まったく機能しなくなっている。だが、リキをそれを選んだ。

 【願い】の内容から、巫女の目を治すだけでもよかった。それなのに、自分の目を捧げてもいる。

 リキはそれを贖罪という形で、罪を償おうとした。

 巫女の目は確かに治ったのだろう。会った巫女の目に異常は見られなかったのだから。

 もしも、リキが闇に慣れていなければ、そんな【願い】はしなかったのだろうか。

 いや。リキなら、例えそうであったとしても、そう【願い】を告げたかもしれない。

 

 これが、リキの生き様であり、【願い】のその先。それでも尚、リキの目には光が見えているようにも見えた。

 





 当時。リキはありのまま【願い】を告げた。それは魔女にとっても、信じられず、むしろ、何度も【願い】を聞き直したものだ。


「リキ……。貴方はそれでいいの? たった一度の【願い】。

 貴方は身勝手に追いやられた復習もなければ、ただ1人の目を治すだけに留まらず、自分の目を捧げるというの?」


 聞き直されても、リキは静かに頷く。


「はい。それが、自分の【願い】なのです。自分は本来、目を失っても良いように育ってきました。ならばこそ、この期に光を失ったとしても、なんの後悔もありません。

 それに、自分はミヤビの方々を恨んではいません。自分は自ら追放という形を受け入れたのです。

 自分はずっと捜していたのです。どうすれば償えるのかを。どうすれば、巫女様の目を治して差し上げるのかを」


「あのねぇー。本来、この世界で他者の治癒は禁忌の領域にあるの。自分ならまだしも、これは薬を使うわけでもない。時の流れと魂の管理者がそれを許すはずがない。

 ……例え、貴方の目を代価としてもね」


「……では、この【願い】は不可能なのでしょうか?」


「……普通なら……ね。失う事は容易い。命ですら。得ようとするのは簡単ではないの。

 それでも、貴方はそれを願うのかしら? あまり保障はできないのだけど……」


 最悪、それはリキの光が失われるだけのものになるやもしれない。

 だが、リキは頷くことしかしない。


「構いませんよ。例えこの目が光を失ったとしても……」


 覚悟はできていた。そして、リキは【願い】を悪魔にへと告げたのだ。その後は魔女と共に、その【願い】の先を知る事となる。

 目では見えない。それでも代わりに魔女は知らせてくれた。その後のミヤビで何が起きたのかを。


 ――おめでとう可哀想な子。貴方の【願い】は無事に叶ったわ。

   それでも、少し納得いかないわ。貴方は、優しすぎる……。


 その言葉だけで、普段から感情に流されないリキが込み合があるものを抑えきれずにいた。

 嬉しくあった。その感情に流され、笑う事よりもみっともなく涙をこぼしてしまう。自分の罪が洗い流されてゆく。しかし、過去が消えることはない。リキは償えたとしても、一生その過去を秘めながら過ごしてゆくのだ。

 

 

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