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厄災の姫と魔銃使いⅡ  作者: 星華 彩二魔
第三部 一章「ミヤビ」
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「眼帯の悪魔」

 リキに案内され、奥の平屋に着く。大国では大きな建物は上に高くすることが多いが、ミヤビでは横へ広げるものが多く見受けられる。そして、やはり魔道具といったものを使っている様子はない。

 それは中も同じである。外では灯篭。室内には行燈が置かれており、柔らかな灯火となっている。一風変わっていると言えば、入り口では土足を脱ぐという習慣だ。

 わずかに軋む木材の床を足裏で感じつつ客間へ。しかし、これもまたクロトたちの知っている客室の概念を覆すもの。ベッドなどはなく、下は畳で敷き詰められた四角く殺風景なもの。中央には布団が2人分と、思わず目を丸くしたものだ。

 

「こちらが客間になります。……あの、なにか?」


 呆気に取られている2人を見るなり、リキは首を傾ける。

 

「……いや、なるほど。これが逆視点ってやつか。ここまで変わってくると、そりゃああっちでも不便だよなお前は」


『魔界でもこういうのは珍しいよなー。敷きもんあったとしても床で寝るなんて牢屋くれーじゃねーか? 知らねーが』


「なんだか不思議ですね」


「そのお気持ち、とてもよくわかります。自分も皆さんのような暮らしには驚かされてばかりでしたので。お疲れでしょうし、湯殿に御案内しましょうか?」


「……要は風呂ってことか」


「はい。……あ。混浴も一応ありますが――」


「――別に決まってんだろ」


 即座にクロトは反応。陰でニーズヘッグが「ちっ」と舌打ちしてくる。真っ先に断りを入れれば、リキは妙に不思議と首を傾けていた。


 






 エリーに先を譲り、交代でクロトも済ませれば、リキが客室を明るくして待っていた。ご丁寧に湯冷めしないように羽織りも準備してだ。

 

「あ。クロトさん、お風呂温かかったですね。それになんといいます、木の匂いがして不思議でした」


 浴槽、壁に至るまで木材で仕上げられた湯殿。確かに、湯の熱気にあてられてか、樹木の独特な香りもあった。それが妙に心地よさを与えてもいた。

 湯上り後に出された白湯を啜り、クロトも一息入れて布団の上に座り込む。

 

「……マジで床で寝るんだな」


「はい。ミヤビではこちらが一般となります」


「でも、思ったよりも固くなくて、ふかふかしてますね」


 純白の敷布団に柔らかな掛布団。枕は少々固くはあるが、野宿に比べればどうということはない。

 温もりに包まれたせいか、クロトが不意にあくびと眠気を表にだす。瞼を擦り、どっと押し寄せる無駄な眠気に頭がふらついた。


「……やべぇ。もうそんな時期か?」


『あーー、それなりにあれから経ってるもんな』


 クロトが予期せず眠気を訴える時。それは単なる眠気とは限らない。体内に蓄積した溢れ出るニーズヘッグの魔力がクロトを眠りにへと誘おうとしていた。


「大丈夫ですかクロトさん? ひょっとして……」


「……~っ。わりぃ……、適当に魔力発散させろクソ蛇ぃ……」


 クロトの許しが出れば、その身を炎が包み込みニーズヘッグが姿を現す。

 久しぶりの外の空気を吸い、炎蛇は体を座りながら伸ばした。


「おっひさ~、姫君ぃ。まあ、なんだ。今日一晩は俺と一緒に寝ような~♪」


 その時だ。エリーの冷めた星の瞳が炎蛇を見たのは。

 タイミングが悪かったとはいえ、あからさまな拒絶反応にはさすがの炎蛇も驚きを隠せない。

 

「な、なんでそんなイヤーな顔しちゃうの姫君ぃ!? 俺はこんなに嬉しいのに!!」


「そうですか。変なことはしないでくださいね?」


「前もっての注意!?」


 先に注意事項を伝えられてしまう。

 キョトンとした様子で、リキが首を傾けてはニーズヘッグの方をじっと見ていた。


「……あ。ひょっとして、そちらがクロト殿の言っていた――」


「そうそう。俺がクロトの契約悪魔の――」


「――()()()殿()


「――次それ言ったらさすがの俺も怒るぞ? 【炎蛇のニーズヘッグ】様だ!」


 思えば、クロトはニーズヘッグの事をずっと「クソ蛇」と称してきた。そのせいか、リキには「ニーズヘッグ」よりも「クソ蛇」という呼び名が定着してしまっている。意外そうにリキはまたしても首を傾けてしまう。


「そうでしたか。申し訳ありませんニーズヘッグ殿。やはり悪魔というものになると体格が大きく変わるのですね。まったくの別人です」


「まあ、こう見えて結構長生きだからよ。見た目だけじゃなく心も広いっていう、それはもう偉大な大悪魔なもんで」


 傍らではエリーが「そうでしたっけ?」と疑問を抱いたような視線を向けるも、ニーズヘッグは気に留めない。ニーズヘッグの中では言い分も嘘ではなく、確かに人間と過ごせてるニーズヘッグは寛大な悪魔な部類なのだろう。

 

「ちなみに、姫君とは愛人関係♪」


「そんな関係ではないでしょニーズヘッグさん。嘘はやめてください」


「嘘じゃねーぞ姫君~。俺はもう姫君にぞっこんだっての~♪」


 そう。ニーズヘッグの中では一方的な愛人関係は成立してしまっているらしい。

 何を言っても覆さない様子のニーズヘッグに、エリーは重たいため息を吐いてしまう。そんなエリーをなだめるように、頭を上機嫌で撫でてやる。

 仲がけして悪いわけでもないが、やはりニーズヘッグが表に出てくれば色々面倒ではある。


「なんと言いますか、とても愉快な方なのですね。ニーズヘッグ殿は」


「愉快と言われると、無性に違うって言ってやりたくなるなー。俺って愉快なわけ?」


「知りませんよ……」


 ニーズヘッグは愉快であるかどうか。それを問われてもエリーに答えられるわけもなく。

 そうこうしている間にか、何かに引き寄せられるようにリキに語りかける者が……。


「……? お目覚めですか、眼帯殿。…………はい。自分は構いませんので」


 少し他所を見た様子で話すリキ。次にニーズヘッグにへと向き直った。


「ニーズヘッグ殿。一つ頼みがあるのですが、よろしいでしょうか?」


「あ?」


「いえ。眼帯殿が、どうもニーズヘッグ殿たちと御会いしたいそうで。眼帯殿がこのように他の方と話されるのも珍しくあり、できればお願いしたくあります」


 リキの契約悪魔。名は――【粉砕鬼のサイクロプス】。

 大方、ニーズヘッグの魔力を察知してか眠りを妨げたのやもしれない。リキの様子からして、起こされた事に腹を立てている様子ではなさそうだ。むしろ、対話を求めている様にも受け止められる。

 わざわざ姿を現すのだ。未だに確認できてない遺産に宿る大悪魔の1体。フレズベルグの力にすら抗える大悪魔だ。ニーズヘッグもその正体がどういったものか、少し興味があったところ。

 

「べつにいいぜ。俺もどんな奴か見てみたかったからな」


「ありがとうございます。……では、眼帯殿。よろしいですよ」


 そうリキが了承すれば、突如リキの身を大量の鎖が包みだす。鎖で編まれた繭。それはしだいに大きく膨れ上がり、弾けて消える。

 中から現れたのはニーズヘッグよりも体格の大きな人の姿。淡い色の髪。静かに目の前で居座るそれには、首や腕に重々しい枷が取り付けられている。リキが「眼帯殿」呼ぶ意味がよくわかる。彼の右目には眼帯がある。それが呼び名の由来だ。閉じていた瞳がゆっくりと開き、黒真珠の様な目がこちらにへと向けられる。

 

「……え~っと、確か、サイクロプスさんですよね? リキさんと違って大きいですし、目は……見えてられるんでしょうか?」


「見た感じそうみたいだが。……わかってはいたが、男だとなんかガッカリするもんが……」


「…………」


 サイクロプスから反応はない。ただ静かに、無表情としてこちらを見ているだけだ。それにはエリーたちも気まずさを覚えてしまう。聞いた話では十の王に属するはず。十の魔王といえば【戦乱王のバルバトス】。もっとも気性の荒さが目立つ存在であり、属する魔族も同様。更に「鬼」を冠する者は気性が荒くある者も多く、ここまで静かでいる事には意外となり、どう反応していいかもわからない。

 

「……ど、どした? 用があるんじゃなかったのかよ? なんでそんな黙ってるんだよっ?」


 依然として無を貫くサイクロプス。だが、ようやく動きを見せてきた。

 サイクロプスが出現したと同時に、彼の傍らにはスケッチブックとペンが置かれていた事に今気づく。それをゆっくりと手にし、何かを書き始める。


 ――キュッ、キュキュ~~……。


 いったい何を書いたのか。

 文字か。絵か。 

 気になる2人に向け、サイクロプスはそれを見せる。そこにあったのは人間でも読める文字の羅列だ。



『自分喋れないのですよ、マジゴメン。

 自分のことは好きに呼んでくれてOKだからよろしく~('ω')ノ』



 ……。

 

「……ん?」


「えっと……」


 2人は文字を読むなり、次に言葉を失ってしまった。

 目の前には未だに無表情のサイクロプス。感情がないかと思いきや、書かれている文字はその無表情を覆すようなものでしかなく。とても好意的な様子でいる。

 何度もサイクロプスの顔と、書かれている文字を見返すも……、とても本人の言葉とは思えない。

 どう反応してよいものか。思い悩めば、サイクロプスはいったんそれを引っ込め、再度文字を書き始める。

 次に見せられた文字は……


『申し訳ない。

 初対面だし、親しみやすいほうがいいかと思った。

 やっぱり普通に戻す(´・ω・`)』


 と、いうもの。それでも無表情のままだ。

 どうやらサイクロプスなりの親しみをこめたものだったらしいが、うまくこちらには伝えられなかったというもの。顔は無表情でも、残念という気持ちが文字の最後にある表情を模したものでよくわかる。

 表情と表現が一致していないが、ようやくサイクロプスの気持ちは書かれたものの方が正しいと理解した。

 そうとわかってしまえば、とても個性的な悪魔ではある。


「……コイツ、結構面白いかもしれねぇ」


「そ、そうなんですか? でも、怖い悪魔さんではなくてよかったです。とても優しそうですし」


 見た目によらずフレンドリー。それがこの大悪魔なのだと受け入れた。


「まあ、粉砕鬼ってわりには見かけだけで、あんまそれっぽくねーのな。予想ではもっとゴツいのが来るかと思ってたぜ」


 それはもう、この客間など突き抜けるほどの大男であり。悪魔というよりはもはや魔物に近いものを予想していたものだ。しかし、その姿は確かに体格は大きくあるも人の姿を模している。

 そんなサイクロプスの容姿でもっとも目が行くのが、首と腕に付けられた重量を感じ取らせる枷。特に重みを感じていない様子でいるが、それはサイクロプスだからというものなのだろう。粉砕鬼である彼の特徴はその剛腕である。本来は重いであろう枷も、彼にとっては無に等しいのだろう。

 どうしても視線がそちらに行ってしまうせいか、疑問にサイクロプスは答えようとする。


『自分は、力のコントロール、昔っから苦手。超不器用。

 だから、ずっとこれ付けてる。

 力抑えてくれるけど、抑えすぎて声出せない。

 ついでに魔女の枷も助かってる。

 全力なら、リキの体壊してたかもだから』


「なるほどなぁ。だから執筆会話なんか」


『うんむ。

 ……話づらい?』


「いんや。全然。むしろおもしれーって思ってるぞ。なんつーかー、意外性あって面白いしな。よし決めた! 呼び方だが、()()()()()ってのはどうだ? 親しみこめて!」


 ニーズヘッグは最初の呼び名に関して、サイクロプスを「サイちゃん」と呼ぶ。それに対し、サイクロプスは特に嫌悪する様子もなければ、むしろ嬉しそうな文字で応答してきた。

 相変わらず顔は無表情だが、嬉しかったのかそれからニーズヘッグと話が弾んでゆく。

 自分のこと。そして身近なことなど。


「よくよく考えると、契約者の体質変化って色々だよな。こっちは【不死】。そっちは【硬化】。あとは【獣化】、【水化】。……あ。そういえば、あのルゥテシアって音女のその辺聞いてなかったな。なんか知ってるか?」


『知らない。ルゥはあんま戦わないし。

 ……そういえば、ヘイオスも知らない』


 言われてみれば、確かにそうだ。

 会った時に戦ったヘイオスだが、その体質の変化らしきものは確認されていない。出すまでもなかったのか、どうなのか……。

 議論を交わそうとするも、途端にサイクロプスは頭をかくんとさせてふらふらとしていた。

 その様子は、正に「眠たい」というもの。

 

「ど、どしたサイちゃん!? なんかすんげー眠そうだぞ!」


 ふらつく頭のまま、サイクロプスはどうにか言葉を伝えようとする。


『自分、この枷のせいで眠ること多い。

 だから、もう眠い。

 マジゴメン……;つД`)」


 どうやら身につけている枷が声や力だけでなく睡魔まで引き起こしているらしい。普段から眠る事が大半なのだろう。そんな中、わざわざ表に出て会話をしてくれていたのだ。

 

「やっべー……。本当にコイツ面白いかも」


「なんだか、可愛らしい方ですよね」


 ――キューーーー……


 思わずサイクロプスの手が文字を書きながら滑ってしまう。

 表情が今だ無のままだが、焦った手で文字を描き直していく。


『可愛いと言われたのは初めて。

 2人もなかなか面白い。好き。

 話せてよかった。

 そろそろ自分は戻る。

 リキによろしく言っといて(^_^)/』


 完全に眠り落ちてしまうと、鎖に覆われ、リキにへと交代する。

 最後に見えた表情は、これまでの無表情とは違い、わずかに微笑んでいたようにも見えた。


「……おやすみなさい、眼帯殿。ゆっくりなさってください」


「案外面白い奴で久々に楽しめたぜ。そういえば、お前はアイツとちゃんと会話できるのな」


 文字で言葉を伝えるサイクロプス。それをどうやってリキに伝えているというのか。


「話す、というよりは眼帯殿の声は伝わってくるというものですね。体を共有しているからか、穏やかに接してくださいます」


「へー」


「それでも、一日のほとんどは寝ておられますけどね。先日だって、一度も起きてこられない時もありましたし」


「そんな寝てんのかよ!? 寝る子は育つって言うが、それであの体格か。な、なるほどーって納得できるかー!」







 用事も終わり。夜も遅くリキは退室しようとする。


「それでは御二人とも、長い時間申し訳ありませんでした。ゆっくり休んでください」


「ありがとうございます、リキさん」


 リキはふすまの前で深く頭をさげ、静かにふすまを閉ざす。

 ニーズヘッグとエリー。2人だけになれば、しんと静まって慣れない畳の匂いがよりいっそう感じられる。

 

「……さて、姫君。ここで一つ問題がある」


「……なんですか?」


 中央に敷かれた布団。それにニーズヘッグは目を向ける。


「床で寝る。幸いちゃん寝れる様にはしてある。それはべつにいい。……だがな姫君。俺はこういうので寝るのは慣れねーんだよ」


「そうなんでうか? いつもどうされてるんです?」


「地べたとか、木の上とか……か?」


 容易にその姿が想像できてしまう。

 確かに、寝具をつかって眠るニーズヘッグの方が想像できない。


「それで、どうかしたんですか?」


「一応、大丈夫だと思うが、此処はある意味別世界みてーなもんだろ? 何があるかわかんねぇ。早くクロトに代わってやりたいが、魔力発散しようにも此処のは燃えやすそうでやべーし、一晩は表に出てるだけでどうにかするしかない。姫君にもしものことがあったら、俺にとってもクロトにとっても良くない。ほんとヤバい」


 真剣と、深刻そうに告げ。ニーズヘッグは次に両腕を広げる。


「だから、俺が抱いて寝てやるよ姫君~♪」


「そろそろ寝ましょうかニーズヘッグさん。……クロトさんの体も休ませてあげたいので」


 と。エリーは見て見ぬふりをして布団を広げ就寝の準備をする。

 最初っからわかりきっていたことだ。エリーがその提案を断る事など。

 若干諦めが出ていたニーズヘッグ。布団に潜ろうとしたエリーが、ニーズヘッグをじっと見る。


「……?」


「よかったですね、ニーズヘッグさん。サイクロプスさんと仲良しになれて」


 思えば、予想していたよりも話を弾ませてしまっていた。

 久方ぶりだろうか。フレズベルグ以外の悪魔で、対等に、そして友人として会話できたなど。エリーの目には、2体の大悪魔の様子はとても良好な関係に見えていたのだろう。実際にそうでしかない。

 エリーの微笑みに、思わずニーズヘッグも笑みを浮かべてしまう。


「……ああ。マジでそれな」

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