「神聖の巫女」
リキに案内され、2人はミヤビの奥にへと進む。波の音が消え、周囲は暗い樹々にへと包まれた。フクロウか、時には狼の鳴き声も遠くから世闇に紛れ聞こえてくる。それらがあまり寄り付かないのは、今歩んでいる道がそうさせているのやもしれない。
石畳の人の道。その左右には均一した感覚で灯篭が綺麗に並び、ろうそくを灯している。やわらかくも揺らめく光は、夜闇と合わさって少々不気味にも感じられる。
「……なんだか、怖いですね」
「夜に子供が出歩く事はありませんが、人によってはそうかもしれませんね。ミヤビの灯篭は外敵を退ける役割もありまして。妖に限らず獣もいますので。人の領域に入らないようにしています」
「そういうのはこっちでもちゃんとしてんだな。魔道具とかそういうのではなさそうだが……」
「魔道具というよりは、灯篭に術を施しています」
石を削り作られた灯篭。それらには印が施されており、灯火によって浮かび上がっている。更に道際の樹々には縄と札が連なっており、それらが外敵を退けているのだとリキは語ってくれた。
『魔除けってやつか。結界とも似ているが、こっちは結構変わってんなー』
「ふーん。んで? 今からどこ行くんだっけか?」
「ルキの話では巫女様が本堂でお待ちとのことですので、そちらに向かいます。山を登る事になりますが、大丈夫ですか?」
「問題ねーよ」
「はい、大丈夫です」
「そうですか、安心しました。エリー殿も頼もしくて助かります」
これまでクロトと行動を共にしてきたのだ。山道なども付き合ってきた仲。エリーもそれなりに体力をつけており、自信も持てるというもの。
樹々の中を抜ければ、そこは山の麓。拓けた空間は左右に広い石畳の道を作り、中心には灯篭と、山へ続く階段が。山へ続く入り口で灯篭がぼんやりと人影を照らす。先ほど会ったルキとは違い大人の体格。夜も遅くなり、男性は少しあくびをしてしまっていた。だが、こちらにへとすぐに気が付くなり、彼は親しそうに声をかけてくる。
「おお、リキじゃないか。久しいなぁ、元気にしてたか?」
「お久しぶりです、シマズ殿。またお会いできてうれしいです」
男性――シマズは警備としていたのか槍を手にしている。だが、リキを見るなり頭を撫でてはまるで親族かの振る舞い。壮年と見受けられるが、父親にも見えない。
「そっちが異国の客人か? ルキが不機嫌そうに帰ってきたが粗相をしなかったか?」
ルキとは違い、シマズはクロトたちにも友好な素振りを見せてくる。
それはもう手厚い嫌悪感を向けられたと言いたいが、一々張り合う必要もなくクロトは「べつに」と返す。
「紹介します。こちらはシマズ殿。よく稽古などに付き合ってくださった方です」
「エリーです。よろしくお願いします。それと、クロトさんです」
「こんな子供がわざわざ来てくれるとはな。異国には月に一度くらいで世話になっていてな。いや~、身なりも何もかもが別の領域と言うほどで感心してるよ。よければ夜食の握り飯はどうだい? リキが客人を連れて帰ってくると聞いて用意していたものだ」
近場に置いてあった布袋を開け、シマズは包みものを取り出す。竹皮に包まれ、物珍しそうにそれを眺める。現状、見た目からして食べ物には見えないが……。
「ありがとうございます。クロト殿たちも海を越えられたばかりですので、よろしければどうぞ」
リキは山を登る前にと、クロトとエリーにそれを近づけ、竹皮の包みを開ける。中には白く三角に丸められたものが三つ入っている。差し出されればと、一つずつクロトとエリーはそれを手にとり、目を丸くさせた。手に張り付く食感。冷めており小さな粒が幾つもついている。というよりは、粒の集合体。
「……米か」
米は大国でも存在している。リゾットなどにもそれらは使われているが、こういった形で提供されるのは初めてである。
「変わってますね」
「握り飯です。そのまま食べれますよ」
食べ物を前にしてか、少し堪えていた空腹が呼び覚まされる。クロトとエリーはそれをまずは一口と進めた。
「……ほわ~、美味しいですね」
「米だけじゃなく、これは塩か。……それに中になんか」
「これは……魚ですか?」
「米に魚は合うからなぁ。焼き魚の身をほぐしたものだ」
握り飯の中には赤い魚の身が入っており、味の変化もある。単純な米だけかと思えたが、これにはクロトもすぐ完食してしまう。
小腹も満たせたところで、一同は本堂への山道にへと向け歩みだす。シマズは階段の下で一同を見送り自身の仕事にへと戻る。
石の階段を進み、3人は山を登る。砂間はからと同じように、此処にも灯篭が均一に置かれている。見ごたえに変化はなく退屈とすら感じた。だが、ただ観光として来ているわけではない。この地で厄災の【呪い】に関与した手掛かりが得られるかどうか。それが一番重要なのだから。クロトの頭の中はずっとその事を考え、急な道もあっという間に過ぎてしまった。
階段を終え、出迎えたのは幾つもある鳥居。それらをくぐり、山の上には大きな建造物――本堂と呼ばれる場所があった。景色は派手でも地味とも言い切れず、一風変わった平たい建造。しかし、空気が変わったという感覚はあった。
『……なんつーか。空気が変わったな。この山を登る途中からだが、なんかあんのか?』
ニーズヘッグの言うとおりだ。空気が澄んでいる。そう表現するしかできず、それ以外は言葉にするのは難しくあった。
例えるなら、聖堂などに入る感覚だろうか。魔界の住人からしたら毛嫌いする場所なのだろうが、ニーズヘッグにそういった様子は見受けられない。また別のものだ。
足場は石畳と白い砕石で覆われ、灯篭と、入り口の左右には犬を模した石像が飾られている。
そして、中央にへと視線を寄せた時、ふわりと光が視界に漂う。それらは天にへと向かい、下には本堂が。そこでは白い人影見え、何かをしている様子。
白い巫女服を着飾り、黒の艶やかな髪の少女。静かと神聖な雰囲気。少女は建物の下で紙を折り、折り鶴を作ってはそれらを天にへとそっと飛び立たせる。先ほどから漂う光の正体はこれだ。
おそらく、いや、目の前で本堂に居座る少女。それこそが、リキたちの言う巫女様という存在なのだろう。
「あれがそうか?」
「はい。あちらがミヤビの要である巫女様です。今はおつとめの最中ですね。この折り鶴一つ一つがミヤビの方々の声であり、巫女様はそれを拝見した後に、こうやって聞き受けた形として式にし、送り主に返すのです。巫女様は表にあまり姿を現せない御身分なので、このようにして皆さんの声を聞いております」
意外ではあった。歳はクロトとリキの中間といったところか。まだ幼さのある少女。1人1人に向け丁寧に折られた数は多く、それを1人で熟している。彼女は幾つも天にへと向かう折り鶴たちに祈りを捧げ、次に来訪者たちにへと顔を向ける。
「ようこそおいでくださいました、異国のお客様方」
少女は澄んだ声で歓迎し、静かにそっと頭を深く下げる。
「そして、お帰りなさい。――リキ」
巫女は微笑みをリキに向ける。すると、今度は先ほどまでの清楚な様子から一変。子供の様にこちらにへと駆け寄ってくるも、リキはそれから避ける様にクロトの後ろにへと隠れてしまった。
何故自分の後ろに隠れるのか。巫女はクロトたちの前でキョトンとして、後ろからひょっこり顔を出すリキの顔を左右からキョロキョロと覗き込む。
「どうしたのリキ? せっかく久しぶりに会えたのに……」
「い、いけません巫女様っ。自分は確かに巫女様に招いていただきましたが、……その、やはり躊躇いがあるといいますか」
「どうして? ひょっとして、例の事を気にしているの? そんな必要ないのよ。私は気にしてないし、貴方はよくやってくれていたわ」
「で、ですが……。申し訳なさがぬぐい切れません」
どうしても巫女の前に出れず、リキはずっとクロトの後ろを維持しようとする。それだけ本人は負い目を抱えているのだろう。
仕方なく。巫女はリキをそっとして置き、クロトたちにへと向き直る。
「遠いところからよくお越しくださいました。御二人がリキの伝えてくださったお客様方なのですね。御会いできるのを楽しみにしておりました」
巫女もシマズ同様、友好的に接してくれる。間近で見る、巫女の象徴である瞳。通称――神の目。
彼女の瞳は黒に近しいものだ。これといって特徴もなく、何処にでもあるようなもの。リキの話では以前に目を傷つけられたそうだが、目立った怪我も特に見受けられない。
軽く挨拶をかわすも、巫女は少し困った顔でいる。
「申し訳ありません。せっかく起こしいただいたのですが、本日のおつとめは終わってしまいまして。私の力も長くは続かないため、勝手ながら日を改めさせていただけないでしょうか?」
「えっと、どれくらいかかりますか?」
「そうですね。明後日の辰の刻には力は戻ると思われます。申し訳ないです。急なことで中々合わせる事もできず」
「……? こっちの時間の表現もちげーみたいだが、通訳頼めるか?」
「そうですね。明日はいったん休み、その次の朝にでしたらとおっしゃってます」
つまり、今夜と翌日はミヤビで夜を過ごし、そして3日目の昼頃にはアイルカーヌに戻る準備ができる、という計算だ。
確かに準備が不十分な点はある。しかし、巫女は少し顔を赤らめ、申し訳なさに指をいじりながらうつむく。
「その、リキに会えると思うと嬉しくて……。本当ならちゃんと日時を合わせるべきだったのですが、少し早めと気を急いでしまいました。本当に……申し訳ありません。身勝手で」
理由はとても単純であるが、それだけ巫女はリキに会いたかったのだろう。追放された身分とはいえ、巫女はここまでリキに親しさを感じている。確かに予定は少々崩れはしたが、仕方なくもありそれを受け入れるしかない。
「朝一に見させていただきます。ですので、ミヤビに滞在中はこちらでゆっくりお過ごしください。客間も清掃してありますので、疲れを癒してください。あっ! お湯も沸いていますので、どうぞ使ってください」
巫女は本堂に連なる建物を示す。巫女はずっとこの山で過ごしているのか、住むための場所はあるらしい。
あれやこれやと、こちらの事を見越して寝泊まりの準備をしっかりしてくれている。何処かリキにも似た配慮だ。
「巫女様、本当にありがとうございます。それでは自分が皆さんを御案内いたします」
「私はもう少し本堂にいるから、お願いねリキ」
「はい。クロト殿、エリー殿、こちらです」
巫女との距離感はそのままに、リキはクロトたちを連れて奥にへと移動しようとする。関係は過去の事件が原因らしいが、リキのこの余所余所しくしようとする理由をどう聞くべきか、それとも聞かずにいるべきかと思いを悩みながら後を追う。




