「青角の鬼」
危険な魔物とも遭遇する事なく順調に海を進み、しばらくは安全のため静かな時間。日も暮れたため、景色も何もない。その間は会話などで過ごした。
これから向かうミヤビのこと。どのような国で、どういった姿をしているのか。
「ミヤビではそちらと違い、あまり広くありませんので人はそこまで多くないですね。村や里で静かに暮らしています。穏やかではありますが、妖もいるため危ない地域もありますね」
「え~っとぉ、妖というのは魔物でよかったんでしたっけ?」
「そうなるな。ものや場所によって呼び方は様々だろうが、ミヤビは特に違うからな」
「へー。どんな妖がいるんですか?」
「色々ですね。式として八咫烏もいますし犬神も存在します。時折野良猫に紛れて雷猫も見かけますね。獰猛な大百足や鬼もいますからね。人里の周辺以外は危険もありますので、気を付けてください」
主に動物などがあげられる。生態は異なるだろうが、妖と魔物もほとんど変わらない。人の住む領域以外に気を付けるのも変わらない。この辺で変化というモノはさほどないことがエリーでも理解できた。
文化などは極端に違うため、その辺は話しよりも見て知る方が早いだろう。
「そういえば、お前あの眼鏡野郎とどういう感じなんだよ? 俺らは断ったら襲われたんだがー」
あくまでこちらだけが被害を受けた。そういうふうにリキに伝えつつ、クロトは悪気もなにもなく話をふる。襲われたのは確かだが、こちらに非がないとも言いづらいもの。エリーは肯定も否定もできずにいた。
「ヘイオス殿ですか? そうですね、クロト殿たちと以前会った後に出会いました。魔女殿の遺産を所持していたため、協力関係という形で支持を受けていただけです」
「断らなかったのかよ……」
「断る理由もありませんし」
「となると、あのルゥテシアって奴も同じか……」
「ルゥ殿は自分がヘイオス殿に頼まれて探していました。まだ歌姫というものになる前でして、人里でたまたま会ったんです」
「……意外だな。となると、一気に伸し上がったって感じか」
「そうなりますね。ルゥ殿の歌はとても明るさがあって良いものです。……不思議なものでしたよ。光の見る事ができない自分の視界に、光が溢れてくるような。そんな感じです。自分は、ルゥ殿の光に似た明るさがとても好きです」
ルゥテシアもルゥテシアだが、リキもリキだ。この2人は同じ契約者だけに留まらず、正に相思相愛の関係にある。
そんな気はしていたが、リキの様な者でもこういうチャンスというものはあるのだな、とクロトは思う。当初はそうではなかったにしても、リキはその点に関して恵まれている。
付け加えて、リキは好意に関しても素直に口にするタイプだ。馬鹿正直と言えばそうだろう。公衆の面前だろうと、平然と好意を寄せている相手には「好き」なども平然と言いそうだ。その時は全力で他人のふりをしたいと、静かに心に決めるクロトである。
対するエリーはついこの前までルゥテシアに付き合い恋愛ものを覚えたばかり。このリキの素直な告白には恥ずかしさもあり、羨ましさもあり。声に出てしまいそうな衝動を必死に堪えていた。
「……ミヤビの奴はお前みたいに全員馬鹿正直じゃねーだろうな?」
「礼儀はありますし、小競り合いもありますが。自分は正直者が多いと思いますよ。……でも、時折大人の方に正直すぎるのもどうかと釘を刺された事がありますね。やはり、よくないのでしょうか?」
「なるほど。お前は特に尖ってるタイプか……。なら不安が幾度かなくなった」
「……?」
首を傾けるリキ。が、すぐに前方にへと顔を向けた。
視界に霧が広がり、しだいに周囲は真っ白となった。静寂とした空間に波の音が鮮明に聞こえてくる。肌が感じる冷気が少し増した気もした。
一早くその気を感じ取ったリキが前方をじっと眺め言う。
「どうやら着いたようですよクロト殿、エリー殿」
言葉の後に、深い霧の奥で何かがぼんやりと見えてきた。強くもなく、柔らかな光の玉。そして霧の奥で聳え立つ高い山。
穏やかな波の中、舟は殺風景な砂浜にへと着く。港らしきものは見当たらず、とりあえず島のどこかに着いた様子だ。白い砂浜。波風にのって、どこかからカサカサと音がした。その正体は砂浜のあちこちに刺さっているものだ。手のひらサイズで風車の様な形をしている。
「……なんだこれ?」
「回ってますね」
「風車ですね。厄除けとしても扱われてまして、海から外敵を守る様に昔から置かれているものです。島を離れる時も拝借してお守りの様にしています」
懐かしそうにリキは風車をかがんで見下ろす。
クロトは周囲を見渡す。霧に紛れて見えていた光。それはぼんやりとした灯りの灯篭だ。灯篭は道を示す様に並べられ奥まで続いている。霧も濃いため、人里まで迷わぬ様にする道標なのだろう。その先にあるのは、見上げるほど高くある山。
見上げていたクロトが下にへと顔を戻すと、灯篭の道から人影がこちらに近づいてくるのが見えた。
背丈は子供のもの。朱色の衣を纏い、蒼い日本の角を頭部に飾る。それはまるで、傍らにいるリキにも似ている様で、正にそうだった。
リキと、その少年が向かい合う時、それはまるで鏡映しの様に瓜二つである。衣服や色合いに差はあり、特に違うといえば、リキの様に視界を覆う面を着けていないということ。そして、少年はこちらを嫌悪したような目で睨んできた。
「本当に帰ってきたんだな。報告は聞いていたが……」
「……ルキ」
ルキ。それが少年の名だ。姿だけでなく名前も似ていることから、双子なのだろうと思わされる。
しかし、双子にしては穏やかな関係にはとても見えない。
「罪人が戻ってくるなど、よく許されたものだな」
「……罪人?」
クロトとエリーは、一緒になってリキにへと視線を寄せる。
そういえばと、クロトはまだリキに聞いていないことがあった。
何故リキが故郷であるミヤビを離れ大国に居座っていたのか。そして、どんな【願い】を悪魔に告げたのか。その理由として、先ほどからある「罪人」が関与しているのは間違いなさそうだ。とても罪を犯すような人物でないと、クロトたちはリキの人間性を理解しているのだが……。
「ルキ。自分は此処で待つつもりです。自分はこれ以上進む資格がありませんので……。巫女様にも迷惑をかけるつもりは――」
確かに。リキの案内は此処まででもじゅうぶんだ。目的地であるミヤビには着いているのだから。
しかし、腑に落ちないのかルキが強く前に出て叫ぶ。
「その言い方が気に喰わないって言ってるんだ! いつもいつもっ、そうやって大人ぶりやがって。今でも俺のことなんて下に見てるんだろうが! 罪人のくせに!」
「……そんなつもりは」
怒鳴るルキ。戸惑うリキ。
あまり歓迎されていないことに困惑もあるが、エリーとしてはこういったいざこざを良くは思えず。
「あ……あの。喧嘩は、やめてください。リキさんも困ってますし……」
「余所者は黙ってろ! 神聖なミヤビによくも――」
見境がないのか。エリーにまでも噛みつく勢いだ。
リキと姿が似ていても、その性格や態度はまったくの別物。エリーが怖気づくと、代わりにクロトが前にへと出る。この中ではクロトが一番背丈が高いせいか、ルキも上からの視線に身構える。
同時に、既に手にしていた銃も目に入り、彼の警戒心は更に増した。
「……っ」
「お前、それ以上うるさくするなら撃つぞ? こっちは一応許可とって来てんだ」
『ガキ相手にムキになんなーって言いてーが、姫君泣かせたら燃やすぞ!!』
「俺はガキ相手でも加減はしないからな。どうする?」
警告として問う。するとルキは砂浜を蹴り距離を取り後退。袖口からクナイを幾つも取り出し臨戦態勢へ。
それはクロト威嚇を買うという事だ。
「なめるなよ余所者がっ! やはり余所者など、巫女様に合う資格など、――ない!!」
問答無用。ルキは両腕を振り上げ手にしていた数本のクナイを放つ。
話の通じない相手で武力行使となれば、一番手っ取り早いのが力を見せつける事。クロトはあえて動かず、全てのクナイを魔銃で振り払おうと試みた。
……が。両者の間に割って入ったリキが、瞬時にその身一つでクナイを地に落とす。次にクナイを全て拾い上げ、ルキにへと手渡しで返しに行く。
「……~ッ」
「……ルキ。彼らは巫女様の客人のはずです。文にもそう書かれていました。此処に来たのは追い返すためではないと思いますが、どうなんですか? それとも、彼らを追い返すよう命ぜられたのですか? 巫女様の命であるなら、残念ですが帰らせていただきますが」
状況が一変でもしたなら、ルキの行動は正当化されるものだ。しかし、そうでないなら、それはルキの勝手な行動にすぎない。問いにルキは顔を逸らし、心底悔しそうに怒りを堪えていた。
「…………ちっ。……巫女様はそっちの余所者に会いたいそうだ」
「そうですか。少し過激な挨拶でしたね。ルキらしくて、ほっとしました」
安堵しているが、リキの受け止め方には物申したくなるものがある。「それでいいのか」と言いたくなる。そしてクロトにとってはとばっちりであり、未だ謝る気配もないルキには嫌悪感が抜けない。
「ふんっ。……それと、リキ。お前にもだ。巫女様は今本堂でお待ちだ」
「…………そう、ですか。でも良いのでしょうか? 自分は此処で待っていた方が良いかと」
「巫女様が待ってるって言ってるだろうが!! そういうお前の控えめなところが嫌いだ!」
リキの悪いところを指摘し、ルキはその場から飛び去って行く。霧に紛れ、その姿はすぐ見えなくなってしまった。
巫女からの伝言を伝えるのが本来のルキの役目だったのだろうが……。
「……申し訳ありません、御二人とも。ルキは少し人見知りなところがあり、ご無礼を……」
「あ、いえいえ。大丈夫です。……でも、リキさんとよく似てられましたね。先ほどのルキさんっていう人は?」
「弟です。自分とルキは双子でして、一応自分は兄の立場になります」
「そのわりには酷く嫌われているな。それに、罪人だのなんだのと。……お前があっちにいるのと関係でもしてんのか?」
「でもクロトさん。リキさんはとても良い人ですよ? とてもそんなふうには……」
話からして、ルキのリキに対する態度は昔からの様子。双子であっても必ずすべてが似るとは限らず、嫌悪関係もあり得る。しかし、それだけでなく罪人と称していた。リキは何らかの罪を抱えている。リキが此処で待つことを選ぶほど、それはリキも一番理解し咎めている他にない。
少し戸惑うも、リキは問いには応えた。
「そうですね。ルキの言っている事は間違っていません。自分は、御二人が思うほどの正しい人間ではありません。自分は……、自分は、大切な方を御守りできませんでした。ミヤビの宝である巫女様を。巫女様の神の目に傷を付けてしまったのは…………自分なのですから。そのため、自分はミヤビから追放されたのです。……自分の責任は、自分がよくわかっていますので、御二人は気になさらないでください」
リキは言う。
見通す神の目を宿したミヤビの象徴たる巫女。その目が衰える切っ掛けとなったのは自分の責任だったと。
それがリキが罪人と呼ばれ、故郷を追い出された理由なのだと。




