「迷いの森」
『そうそう。確かにその辺にそういう森があったわね。別名、迷いの森。しばらくは近付けない地域だったけど、行けるようになったのね。これは私も探索範囲広めてみないとねぇ。……ああ、そこそこぉ』
木々生い茂る森を進みつつ、クロトは片耳に薄板の通信機を当てる。
耳に入るのは女性の声。クロトにとって数少ない通話相手、――半魔情報屋のネアだ。
今は里帰りをしております、新たに入手した情報について話し合っていた。が、間が悪かった様子。ネアがではなく、クロトにとってだ。会話の最中に、至福の声をもらすため気が散る。少々、生々しくもあるようにすら聞こえた。
『ネア様、たまにはしっかり休まれては? 仕事熱心なのは良いことですが……。足、結構きてますよ?』
『平気平気~。アキネそこもっと~。情報屋ってちょっとでも隙を作ると新しい情報に追いつけなくなるのよね~。今も情報負けしていると思うと、私の知名度に傷が付くわ。現に可愛くない野郎に先越されたし~』
話の内容からして、何かしらマッサージでも受けているのだろう。妙な誤解は……ネアに限ってないためクロトにとっては問題ない。気にしないのが一番だ。
ニーズヘッグもそれを強制的に聞くことになり、唸りながら耳を塞いですらいた。
『にしても、森の噂は聞いたことあったけど、その先に魔女の噂があるなんて初耳よ? よく情報ゲットできたわね』
「……その辺は運というか、なんつーか」
『まあ、アンタだし変な運持ってるとこあるものね~。とりあえず、頑張って~。結果楽しみにしてるわ~』
そう言った後にネアとの通話は終了。
ようやく終わった、と。ニーズヘッグはしかめっ面。
『……何あれ? 新しい拷問かなんかなわけ? 電気女の喘ぎ声とか誰得だってんだよ?』
「さーな。……にしても、あのネアですら知らないとなると、ある意味ガセネタの可能性もあるが……」
通信機をしまうと、クロトはチラリと後ろに視線を向ける。
クロトを先頭に、後方ではエリーがユーロと共に付いてきていた。
……それも、手を繋ぎながら。
道中のユーロの気を紛らわすためか、エリーは他愛ない会話をしながらいる。通話をしつつ、余計な事で口を滑らせていないかといたが、そういったものはない。あるとすれば……。
「ユーロさん。クロトさんは怖くないですよ」
「そ、そうなのですか? 私、昔酷く脅されたため、どうしても怖い魔銃使いさんの姿が脳裏をよぎってしまうのですよね」
「大丈夫です! クロトさん、たまに怖い時もありますけど、ちゃんと優しいですから。なので、安心してください」
「……は、はい。天使様はとてもお優しいですね」
「…………天使じゃ……ないです」
無駄なまでの過剰評価。そして、クロトはそういう褒められ方はどうしても受け入れられず、聞くたびに胸に刺さるなにかがある。心を痛めつけられるようなものだ。
エリーに悪意はないのだが、あまり赤の他人に自分の過剰評価を言わないでほしい。怒鳴りたくもなるが、クロトはそれを堪え、後ろの会話は聞かないようにした。
『クロトぉ!! いいのかよアレ!? なんであの眼鏡ウチの姫君の手を、あーやってね? めっちゃ握っちゃってるわけ!? 燃やすぞ眼鏡!? ふざけんじゃねーよ!!』
「うるさいクソ蛇……。俺はいまブルーな気分だ」
『相変わらず誉め言葉で拗ねんなよ! 姫君はな、お前のこと良く思ってるだけなの! なんでそう真逆な反応とっちゃうかなウチの主はぁ!』
「言われなくてもわかってる……」
街から離れ、しばらく森を進む。
とても穏やかなものだ。害のない動物程度で、危険な魔物というものは全くいない。やはり、ユーロを言いくるめるための虚言だったのだろう。
だが、一番の問題はそこではない。
魔物は警備兵の発言。しかし、そこまで言ってユーロの頼みを断る最大の理由は、これから向かう場所にある。
ネアの情報で確認は取れた。ユーロが抱える問題点、迷いの森。そこは実在するということ。その先に、ユーロが行きたいという街があるとすれば、そんな人を寄せ付けない場所は怪しさしかない。
まるで、立ち入らぬ様に仕組まれたもの。なら、それを仕組んだのは誰か。そして、その者は何を隠しているのか。
こういうもので、クロトは心当たりがあった。それが、――魔女という存在だ。
人でもなく、魔族でもない。魔法を扱う魔女という種族なら、そういったものを作る事もできるだろう。それが違えば、街の近くに潜む魔族か、悪戯好きな妖精などの仕業か……。
考えれば考えるほど、クロトが求める魔女の情報から離れてしまう。
理由としては、ネアですら知らない情報という部分だ。
迷いの森。そこは中央大国であるクレイディアントが崩壊するよりも前から存在しているということ。崩壊後は大気元素の乱れにより、その間この周辺は人が立ち入る事が出来なくなっていた。それ以前からと考えても、魔女がいたという噂というものが一切出ていない。ネアが知らないほどだ。他の情報屋ですら知り得ないものだろう。
にも関わらず、後ろで団欒しているユーロは迷いの森の先に魔女がいたという噂話を持っていた。
ガセか、何かの間違いから発生した噂か。どういった経緯でその情報を得ているかで信憑性が大きく変わる。
「……おい眼鏡ぇー」
「は、はい! なんですか魔銃使いさん!?」
「お前、行きてー場所に魔女がいるって噂聞いたって、言ってたよな?」
「……あー、はい」
「それ、何処情報なわけ?」
…………。
「え~っとぉ……。私も祖母から聞いた話なのですよね」
聞けば、ユーロは少し間を開けてから、戸惑いつつ応える。
どうやら、身内から得た話らしい。
「ユーロさんのお婆さんですか?」
「はい、そうです。祖母は幼少の頃に街から離れ、別で暮らす様になったそうなのですが……。その街では、幽霊の噂があったそうです」
「……? 魔女さんではなく……ですか?」
「最初は幽霊と聞かされていました。とある家の窓から、外を見下ろす見知らぬ人影を、祖母は見た事があると言っていました。……ですが、亡くなる前に祖母は言ったんです。…………やっと、あの赤い目から解放される……と」
しばらく、ユーロは祖母の事を語った。
彼女は時折、中々眠れない夜があったと。その際に、彼女は言うのだ。
「あの目が、見ている……」。過去に見たその目が忘れられず、恐れていたという。
赤い目。赤い瞳。それを宿す人間。そんなものは、一つしかない。
見間違いでなければ、祖母が見たであろう赤い瞳の持ち主。それは、赤い瞳を特徴に持つ魔女しかいない。
幼い頃はその意味を知らずとも、成長していくにつれて魔女の存在を知ったなら、後になって恐怖が押し寄せたのもわかる。
『となると、やっぱいるか? 別の魔女の可能性もあるが……』
「だが、話通りなら相当前になるな。……あの魔女は100年近く生きているしな」
『ちょーっと年数にズレありそうだがな~。人間で100年も生きてりゃスゲーもんだぜ?』
「そういう奴は一応いるからな。その類だろ」
目撃情報が確かなら、魔女は確実にいた事になる。不確かなため、どう考えようが行って確かめるという事で
そうこう、話が進むと、クロトは無意識に脚を止めた。
後ろの二人も止まり、三人は辺りを見渡す。
一見、どこも道のりと変わりはなく見える。しかし、肌が得る違和感。空気の流れがどこか違う。まるで、前方とこちらとでは空間を隔てる壁でもあるかの様。
道というものはなく、木々た乱雑にある森。付近の木には、何かしらの目印に見える赤い印が。
ユーロは前を覗き込み、声をあげる。
「こ、此処です! 此処から先に進めないのです!」
違和感は確かだった。この先が、例の迷いの森の入り口なのだろう。
なら、此処から先へは進めない。ということになる。
試してみようかとするが、クロトよりもユーロが前に出る。
「い、いいですか? 私真っ直ぐ進むのでっ」
「……おう」
「ちゃんと見ててくださいね!」
「…………いいから行くなら早くいけ」
「見捨てないでくださいね!?」
「行けっつってんだろーが!!」
「はいー!!」
鬱陶しく声を荒げる。するとユーロは逃げる様に先にへと叫びながら走り出してしまった。
「……うるせぇ」
「あはは……。ユーロさん、大丈夫でしょうか?」
不安はあるが、ユーロが勇気を振り絞って自ら進んだ行動だ。クロトとエリーはその場で待機することに。
ユーロの声はどんどん遠のいてゆく。それはつまり、距離を取っていると思えたが。聞こえなくなった数秒後、声は巻き戻る様にこちらにへと戻ってきた。
木々の奥からユーロが息を切らせて戻ってくる。力尽きたのか、膝をついて、ゼェゼェ……と全身で呼吸をとる。
「はぁ……、ど、……どうでしたか……?」
「お前なに戻ってきてんだよ? ふざけてんのか?」
「ええっ!? 違いますよ! 私はずっと真っ直ぐ進んでたんです! ですが、この通り戻ってきてしまって……っ。そこの木の印。以前来た時に目印として付けたんです。何度も何度も、此処に戻ってきてしまう。……やっぱり、今日もダメかぁ」
「単に道に迷うというよりは、戻されるって事か。複雑な森ではなく、結界の類だな。前にも樹海であったやつと似てもいる」
『あれはその場所に誘導する奴だったがな。今度はその真逆だ。そうとう見られたくねーのでもあるって事じゃねーか? 怪しさビンビンだな、おい。そういうのは暴いてやりたくなるな』
「……」
疲れているユーロの横を素通りし、今度はクロトが前進した。
「クロトさんっ」
「とりあえず待ってろ。どんな感じで戻されるか、自分で検証しねーとな」
他人の検証より、自分で体験するのが一番だ。
ただ戻される事は先ほどわかったため、特に害があるとは思えない。そのため、クロトは迷いなく足を進める。
ユーロは確か、お互いが見えなくなる位置までは進んでいた。なら、こちらも二人の姿が見えなくなる辺りで何かあるはず。
ある程度進み、まだ二人の姿が見える距離。もう少し奥へ進もうとした。
……その時だった。
――…………。
ふと、何かが触れた気がした。
物体ではなく、空気に紛れ、何かしらに触れたような感覚と違和感に、クロトは首がわずかに傾き足が止まる。
『……おいクロト? 今なんか触れたか?』
どうやらニーズヘッグも何か感じ取ったらしい。
「結界の境目ってやつか?」
『ん~、わかんねーが。なんつーか、拒まれてるのとも違うっつーか……』
「……」
クロトは前にへと向き直る。目を凝らし、よく確認。
すると、どうだろうか。何処か曖昧に見えていた木々の奥が、不思議と道のように奥にへと繋がっているではないか。まるで、木々が通れと言わんばかりに避けているかの様。
こんな景色は、ユーロの時にはなかった。
『……どうするクロト? 考えられるのは二つ。間違った道か、正しい道かだ』
このまま真っ直ぐ行けばただ戻される可能性も有り得た。
明らかな道を前に、クロトは少し考えてから後ろを振り返る。
「おーいっ、お前ら」
呼んだ時にはユーロは体力を少し回復させていた。
そして、気付いたことを確認すると、クロトは二人に手招きをする。
「とりあえず、行ってみるぞ」
全員で進む。クロトはそう二人に促した。
ユーロは戸惑うも、エリーが彼の手を取って安心させ、一緒になって進む。
違う反応を見せた森。なら、危険も伴うやもしれない。
だが、クロトにはそんな危機感が得られずにいた。
道はまるで、こちらを誘うかのように感じたからだ。
脳裏の片隅で、少女の姿がよぎる。
幼く、どこか大人びた、赤い瞳をした少女の姿が……。
『やくまがⅡ 次回予告』
エリー
「ついに始まりましたねクロトさん! 第2期ですよ! またクロトさんと一緒にいられて、私嬉しです」
クロト
「とりあえずこっちだとテンションたけーな……。お前のこともあるし、解決してねーから続くのも当然だろ」
エリー
「はい、そうですね。アレで終わってしまうと、色々先払いの様に登場した方たちが無駄になってしまいますからね」
クロト
「メタい発言も多いな」
エリー
「ニーズヘッグさんもいますし。そして今回からユーロさんも一緒ですね」
クロト
「俺、アイツと一緒にずっと行動すんの嫌なんだが? なよなよしてるし、戦いも不向きみてーだし、荷物だろあれ」
エリー
「でも不思議な方ですよね。いい仕事に巡り合えないなんて」
クロト
「詐欺とかあったら騙されやすいタイプだろーなぁ。無駄に運が別のベクトルに向いてやがる」
エリー
「そんなユーロさんが勇気を出して頑張ってらっしゃるんで、いっぱい応援しましょう! あと、私たちの探しているのが見つかるといいですね」
クロト
「無駄足だけは踏みたくねーからな」
エリー
「次回、【厄災の姫と魔銃使いⅡ】第一部 二章「聖杯」。もし魔女さんの家があったら、実家におじゃますることになるんですよね? ちょっと気になっちゃいます」
クロト
「さぞ燃えやすそうな家なんだろうなぁ……」
エリー
「あれ? ひょっとして燃やそうとしてます?」