「爆音歌姫」
「……歌唱結界?」
クロトは周囲を警戒して見る。当たり一面の暗闇と、唯一の灯りは鬱陶しいほどライトアップされた床。声もよく響く。この場を作り上げ、支配しているのはルゥテシアである。未だに自信満々と掲げる敵対心から、ただの空間でない事は確かだ。後方には気を失ったユーロと、まだ頭をふらつかせているエリーもいる。
「クソ蛇、とりあえず後ろのそいつら守ってろ」
『べつにいいが、大丈夫か? 相手は一応魔武器持ってんだぞ? 見た目は独特なのだが』
ルゥテシアが構えているのはギターだ。それが魔武器であるなら、確かに個性的ではある。しかし、どういった攻撃を仕掛けてくるかも不明だ。非戦闘員も巻き込んでいる以上、それらを庇いながら戦うのもお荷物でしかない。
「必要になったら言う。それまで炎蛇の皮衣は後ろで待機だ。……あと、相手の悪魔を知ってんなら情報よこせ」
『ん~、リリンか? ……とりあえず、アイツと戦うなら、音に気を付けろってとこか』
「……音か」
『淫魔の類は声に洗脳する力があって、上位の悪魔ほどその支配力は強い。リリンもそれなりに強いが、惑わされる隙さえなければ問題はない。それよりアイツは、音を扱った攻撃を仕掛けてきやがる。それがどこまであの女の力になっているか……だな』
「音響系は専門外なんだがな……」
炎蛇の皮衣が2人を覆うい、クロトは1人前にへと出る。
『やだ勇敢~♪ ニーくんのは結構厄介だからハンデと思うと小生意気可愛い~。ニーくんのも一緒にメロメロにしてあげたかったのに~』
「なんかよくわかんないけど、手を抜くとホントに痛い目みるんだからね!」
「上等だクソ女。そっちから仕掛けてきたんだ。売られた喧嘩は百倍にして返してやるもんだっ」
「じゃあ手加減無用ってことで。脳死しても知らないんだからね~」
ルゥテシアはライトアップされたステージで靴を鳴らしステップを刻む。音は響き、反響する。現役歌姫とはよく言ったモノだ。歌だけでなく、体の動き、衣服や髪の流れすらもリズムにのせて一体化させていく。
「生意気な子には~、きつーいお仕置きをしてあげないとねぇ!」
ブーツの踵がステージを強く踏みつける。
一瞬の静寂。静かにギターの音色が囁く。
「追奏曲。――【カノン】!」
合図と共に、音楽が始まる。異様なことに、ルゥテシアとギターのみだというのに、見当たらない楽器の音までもが聞こえてくる。響く音の波が耳だけでなく体にも伝わってくるのは、この空間が成すものなのだろう。
まるで、巨大なコンサートホールにいる感覚だ。
ルゥテシアはリズムに合わせ体を揺らしながらギターを奏で、歌う。空間は曲に合わせ、周囲に物体を形成。それは楽譜などに見られる記号。巨大なそれらはクロト目掛けて飛ぶ。
振り下ろされる斧の様に、鋭利なそれらをかわすと地にへと深く突き刺さる。止まるという事は案山子になるということ。クロトは追ってくる無数のそれらから逃れるため駆け出す。数秒前までいた場所は刃の道となって続いている。
――追尾……。というよりは、俺のいる位置目掛けて飛んできてるのか。標的は俺のみ、直線的な攻撃。なるほど、アイルカーヌもそうとう単細胞な奴を雇ったもんだな。
「逃げんじゃないわよ!!」
歌の間にルゥテシアが苛立ちの声を放つ。
クロトもこの様な相手を長々と続けるつもりもない。終わらせるなら早めに。
銃口がルゥテシアにへと向く。黒い穴と目が合い、ルゥテシアは声をはって叫ぶ。
「回旋曲。――【ロンド】!」
その時、歌と曲のリズムが変わる。
突如、ルゥテシアを中心に音の波紋が広がる。五線譜を描き、波紋は回転しながら突風の様に周囲を薙ぎ払う。
「――ッ!?」
力強い波に狙いが定まらず、腕ごと体が吹き飛ぶ。どうにか体制を立て直すも、更にルゥテシアは叫ぶ。
「幻想曲。――【ファンタジア】!」
波紋が光の粒子となって弾ける。無数の光は次に音記号にへと変わる。また飛んで襲ってくるかと身構えるも、それらは風船のようにふわふわと周囲を漂う。
その奥で、ルゥテシアのステージにも変化が見えた。ルゥテシアの左右には巨大なスピーカーが配置され、それは周囲にへと向く。
また曲も変わり、ルゥテシアは踊り、歌う。そして、手をかざせば拡声器を顕現させ、前方にへと向く。
大きく、肺いっぱいに空気を吸い込み、そして放つ。
「芸術は~~~~~、――爆発なんだから~~~っ!!」
『イッツ、ドッカーーーン!』
スピーカーを通して、ルゥテシアの声が周囲を圧倒して響く。思わず耳を塞いでしまうほど。音が頭の中を搔き乱し、それはクロトの判断を鈍らせる。
視界が捉えた光景。ルゥテシアの発言後、周囲の風船がそれぞれ不規則に膨れだす。
――まずい……っ。
そう本能が告げる。危険な信号を四肢に訴えるも、うまく言う事を聞かない。もつれる足。そんなことはお構いなしに、最初の風船が爆発し重低音の音波を放つ。それは周囲に連鎖し、曲の一部として音を奏で続けた。爆風までもまるで演出かのように、ルゥテシアは爆風を浴びて堂々としている。
拡声器を真上に放り投げ、満面の笑み。
「イッエ~イ! どんなもんよ~。アタシだってやればできちゃうんだから! これでヘイちゃんたちも文句言わないでしょ」
『あ~ん。ルゥルゥかあいい~~!! でも呆気なかったね~。もっと熱~く盛り上げてほしかったのに~』
達成感の反面、物足りなさもある。アンコールがあれば遠慮なく延長すらできる思い。
しかし、観客と呼べる相手もいない。爆風が緩み、虚しくなった空間。ルゥテシアの熱も急激に冷め始め、ステージから降りようとした。
その時だ。
――前言撤回。……しようと思ったが、やっぱ単細胞のアホかっ。
――ガシャンッ!!!
風を切る様に。銃弾がルゥテシアのギターに直撃。耳を貫く甲高い破壊音にルゥテシアは目をギュッと閉じ、身を縮こめた。弦が切れ、柔肌を弾き悲鳴をあげる。
「キャッ!」
『ルゥルゥ!?』
視界を閉ざし何がどうなっているのかもわからず。よろめいた足が滑り、ルゥテシアはステージから落下。痛々しく尻もちをついてしまう。
「いった~~~いッ! なんなのよーー!!」
文句を言いつつ、恐々と目を開けると悲惨な状況に目を疑う。
「アアッ!! 特注のお気になのにぃいい!!」
ギターはもはや使い物にならないほど壊れている。弦は全て切れてしまい、ネックは折れて本体と分離。修理も難しいほどに壊れている。
そして、自分が攻撃されたのだとようやく気付いた。
遅れて前を見てみれば、眼前にあったのはまだ熱を漂わせる黒い穴。銃口だ。
凶器を目の前に、ルゥテシアは考えるという事ができず、呆けてしまう。
「よくもやってくれたな。おかげで耳鳴りがまだ続いてるんだが?」
『俺なんてもう頭痛ばっかだぞ。……マジでふざけんなって』
音に連動して作動する複数の攻撃手段。音は身体だけでなく内側までにも届いて相手を怯ませる。耳を貫き、脳を直接攻撃されるという感覚は、防ごうにも難しいというもの。耳を塞いだとしても、その音による振動は体内にまでも浸透。恐ろしいのはその影響が内側にいるニーズヘッグにまでも届いているということだ。
しかし、そんな強みを有していたとしても、ルゥテシアには欠点が存在している。
それはクロトとは雲泥の差でしかない、戦闘という、戦いに置いての経験の浅さだ。自分の力に慢心し、油断し、なんの確証もなしに攻撃の手を止めてしまったこと。それは戦いの場で最もあってはならないものだ。ルゥテシアは力があっても、それをただ振りまいているだけにすぎない。なんの策略もなく、思うがままに。
だから見落としてしまったのだ。クロトが死なない【不死】であることも、それら力を受けてなお立つものだということも。
『にしても、魔武器のくせにもろくねーか?』
勝敗の結果に、ふと影が落ちる。
クロトもニーズヘッグの疑問には同意した。
あくまで相手を怯ませるために放った銃弾。しかし、銃弾は楽器を破壊してしまい酷い有様だ。
魔女の作った魔武器はどれもその頑丈性に特化しており、破壊は不可能というのが常識となっている。では、この結果はどうだろうか。
――まさか、魔武器じゃ…………。
ルゥテシアの力の源。それはこの楽器ではなく、本体は別。その思考が脳裏をよぎりだした時、唐突な叫びがクロトたちを襲う。
「イヤァアアアアァアアアアアアアアッッッ!!!!!!」
無遠慮と、叫び声が巨大な衝撃波となって間近にいたクロトを後方にへと飛ばす。ルゥテシアの声は衰えもせず、それよりも加減もできず放たれた。
「……ッ!? なっ!?」
『全然無力化できてねーんですけど!? むしろ悪化してるっての!! やっぱアレ魔武器じゃねーのか!』
よろめきつつ、ルゥテシアは身を起こし立ち上がる。
壊れたギターを地に落とし、重みから解放されたルゥテシアはわずかに上を見上げた。
慢心し、油断した末路。それを目の当たりにして、最初にルゥテシアを襲ったのは死という名の恐怖だ。熱が吹き飛び、向けられた狂気に全てが凍てつき。急激な死への感覚に、彼女は叫ばずにはいられなかった。
恐怖した。そして、同時に更なる憤怒が込みあがる。
「よくも……、よくもこのアタシに、そんなもんを向けたわねっ」
涙目まじりに、ルゥテシアの鋭い目がクロトを捉える。
その時、ルゥテシアの首が異様な光を放った。その正体は首に飾られた、少々重たげにも見えるチョーカー。
クロトは思い出す。以前イロハが襲われた時も、魔武器でない者がいたということを。曖昧な情報ではあったが、それは魔武器ではなく魔装具。それがもう一つあってもおかしくはない。
「許さないっ。アンタなんて――――大っ嫌いなんだからざああああああッッ!!!」
再度、加減など知らない、怒り任せの咆哮が放たれる。
『やくまがⅡ 次回予告』
ユーロ
「最近、私は思うんです。ひょっとして私は職運が悪いのではなく、魔銃使いさんが不運を運んでくるのではと」
ユーロ
「いえ、べつに魔銃使いさんが悪いなんて思ってませんよ。そんな事あれば、恩を仇で返してしまうので。もしかしたら、万が一魔銃使いさんが不幸体質ならと思うと、それはそれで関わりたくないな~っと思ってしまうだけなんですよ」
ユーロ
「いえいえ、べつに魔銃使いさんを差別したいわけでもなく、でも魔銃使いさんはそうでなかったとしても私への扱いは冷たいと言いますか、あまりにも雑な扱いをしますと言いますか……」
ユーロ
「何だったら私、アイルカーヌで魔銃使いさんと会わなければ厄介事に巻き込まれなかったと思うんですよね。ははは……」
ユーロ
「……あれ。ひょっとして、やっぱり私って職運がないのでしょうか? 大図書館で働いてなければ、あそこで魔銃使いさんにも会わなかったのでは?」
ユーロ
「でも、職は生きていく中で外せないので……。誰か真っ当な仕事を教えてもらえないものかと、日に日に思ってしまいますね」
ユーロ
「……でも、魔銃使いさんのいる所に天使様もいらっしゃるので、プラマイゼロかな……とも思ってみたり。出会いがしら悪ければ、後々良い面もある事に気が付けるのも人というものですね」
ユーロ
「次回。【厄災の姫と魔銃使いⅡ】第二部 六章「魔装具使いたち」。あ~、早く終わらせて休みたいですね」
ユーロ
「え? 予告は1人芝居でやる場所ではない?」
ユーロ
「…………まあ、そうなりますよね」




