「合流?」
ネアに連れられ、エリーは案内された客室の椅子にへと座らされた。大きな窓側の席。壁に包まれた街を一望できる席だ。
「どうぞエリーちゃん。ずーっとアイツと一緒だし疲れてない?」
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「う~ん、本当に偉い! お姉さん褒めちゃう!! 最近は季節の変わり目で寒さが出てくるけど、日中はまだ暑い日あるわよね。最近地元で採れたての果物を使ったフルーツジュースなんだけど、お口に合うかしら?」
グラスに注がれた淡い桃色のジュース。甘い香りととろみのある口当たり。濃すぎず、薄すぎず。絶妙なバランスの取れた瑞々しい逸品に。一口目から言葉が失われてしまうほど。
しばし星の瞳を大きく見開かせ、反応が遅れてしまった。
「……美味しいですね。すごく美味しいです、ネアさん」
「嬉しいわ~。他の子たちが一生懸命改良してくれたの。気に入ってもらってよかったわ」
エリーが二口目と堪能。向かい合う様にネアは席に着き、愛らしい少女の様子を上機嫌で眺めた。
「それにしてもビックリです。ネアさんに会えるなんて」
「私もよ~。まさかこうして家に招待できるなんて」
「……ここ、ネアさんの家なんですか?」
街を見渡せる大きな建物。城や館とは異なり、塔の形状にも似ている。中はエリーも通ってきたが、様々な部屋があり、いろんな女性たちの姿も見えた。
まるで、この一つの建物にいろんな施設が集まっている様にも。
しかし、エリーは首を傾ける。
「でも、確かネアさんは、えーっと、隠れ里? に住んでいるって聞いた事ある気が」
思い描いていたものとは異なり、この様な立派な街。もっと自然豊かな、緑の中にひっそりとある想像だった。
「まあ、色々あってね。急遽、隠れ里は女性の楽園の街として生まれ変わったの。もう最近ずーっと忙しくてね。さっきだってまだ建築途中の資料とか荷物運びとか……。そんな中襲撃はくるわ……」
「……襲撃?」
途端に、エリーの脳裏には灰色の髪がよぎる。
「そうそう。クロトが言ってた魔女さんの魔武器を持っている奴ら。その内の1人の子なんだけど……。槍の子? 話聞こうともしたけど、いきなり襲ってきたから…………正当防衛? 反撃しちゃったわけ。おかげで逃げちゃって、追いかけてたらエリーちゃんに会ったってわけ」
「……じゃあ、あの時のは」
長い灰色の髪。ネアが追っていたのはオリガだろう。
オリガの強さは一度目の当たりにしていたが、ネアも劣らずの強さを持っている。ネアとの時間が長いためか、負ける姿というのがあまり想像できず。ネアがオリガに勝手しまってもおかしくはない。
「でも、どうしてオリガさんがネアさんを……?」
疑問に思えたのはそこだ。
何の理由もなくオリガがネアを襲うことはないだろう。
少し間を開けてから、ネアは渋々とした表情でその理由と心当たりを口にしようとする。
「……実は……その~」
その時だ。部屋の扉がトントンと音をたてる。
誰かがノックしてきたのだ。
「はーい。何か用?」
ネアは扉に向け声をかける。
「アキネです。ネア様、ちょっといいですか?」
「アキネ? いいけど」
部屋の扉が開かれ、招かれたアキネが入室。不思議とするネアに、アキネはせっせと耳打ち。
うんうん、と、頷くネア。だが、瞬時に眉を潜め、機嫌を損ねた様子でいた。
「……え? マジ?」
「まあ、……マジです。ハイ」
ネアは即座に席を立つ。
「ネアさん?」
「エリーちゃんごめん。ちょーっと、行ってくるわ」
笑みを浮かべ、ネアはその場からアキネと一緒に退出していく。
笑顔だったが、内心は笑っていないのだろう。と、エリーは気まずそうにフルーツジュースをぐいっと飲んだ。
◆
ざわざわ……。
ざわざわ……。
街の中では、大通りで人だかりができていた。それは道の隅から建物の窓まで。一つの気掛かりな光景をずっと眺めている。
「えっと……、あそこ……です。あそこがお姉様のいる場所です」
大勢に見られながら、カーナは周囲の視線をどうにか気にしないようにとフードを深くかぶりながら、街の奥に見える塔の形状に似た建造物を指差す。後ろでは、注目の的であるクロトとイロハがその建造物を眺める。
「おー、おっきい!」
「まさかとは思うが、アイツの家じゃねーだろうな……。趣味は問わねーが、いい御身分だな」
以前の自分なら撃っていてもおかしくない状況だ。今はそんな殺意よりも呆れが勝っており、冷めた目で見てしまう。
「その、確かにお姉様の家でもあるんですけど、大婆様の家でもあるんですよね。……それと、街のいろんな取り締まりを決めたりとか。……役所の様なものですね。私も会計がお仕事だから、よく行きますし」
「つまりは街のボスみてーなもんかアイツは……」
『バケモンなみの電気女らしいっちゃらしいっすけど……。となると、電気女がいるなら、姫君もあそこか?』
「遭遇してたらあり得るな」
今クロトたちはカーナという同行者がいるため街に入れているが、やはり周囲の視線はどうしても免れないものだ。一部では嫌悪。また一部では物珍しそうに。この街にいる女性にとって、男という存在は嫌悪の対象でもあり、珍しいものでもあるのだろう。アキネの言う通り、思考は人それぞれであり、一同になって追い出そうという様子にはなっていない。
刺激を与えぬ様、こちらは気にしない素振り。なのだが、イロハなど此処までの間で顔をよく視線の方へキョロキョロとさせていた。考えるよりも体が動くタイプなのだが、今はまだおとなしい方だ。
「一応、同行ありならあそこまでこのままってことか」
『そうなるが……。大丈夫なのか?』
不安そうな発言。ニーズヘッグがそう思うのも無理はなかった。同行の形とは言え、カーナとクロトたちの間隔は門から此処までの間、徐々に開かれていっていた。視線もあるのだろうが、このままでは距離的にこちらがストーキングしている形にも見られる節があった。もう少し案内人として我慢してほしいが、それを言えば周囲がどう受け止めるか。
周囲にいる人間など、こちらの事情を知らない者ばかりなのだから。
これ以上開かぬ様にと間隔を維持するしかない。こちらが合わせてやった方が賢明だと考えられた。
「ネアがいるなら、余計ないざこざはこっちの首を絞めるからな……。アイツの地元となれば尚更だ」
『ちょっとでも誤解あったらぜってー飛んできて暴力だかんな。マジで理不尽全開なんで困るわ、あの電気女っ』
自分のためにも、この場は支障を耐えるのみ。
そのはずなのだが……。
「お姉さんありがとう! 先輩困ってたみたいだし、ボクも嬉しい」
そんな事情など知らず、隣ではイロハが距離を置くカーナに声が届く様話しかける。
感謝の気持ちなのだろうが、余計なことを言うなとも思える。
突然声をかけられたカーナなど、ビクリと肩を跳ね上がらせてこちらを見るなり目を泳がせ、余計に顔を隠してしまう。
その頬は赤くも見えた。
「えっ!? え、えとっ。その、そんなお礼を言われるほどじゃ……。困ってたみたいだし……、恩返しでもあるし……その……その~っ」
小言でぶつぶつと返してもいるが。生憎距離感があるためよく聞き取れない。こちらを軽蔑した発言はしていないのだろうが、傍から見ればこちらが声をかけて困らせている様にも見えている。
……実際困っているのだろうが、悪意はない。
「どうしたのお姉さん? ……なんで顔赤いの?」
「――ヒャアアァアアア!!!
と。イロハが距離の事などすっかり忘れてうつむいてしまったカーナの顔を間近で覗き込みにへと行く始末。
両者の目が合った途端、カーナはか細い悲鳴をあげ、その場から駆け出してしまう。それはもう、逃げる様にだ。
完全なるイロハの行動が原因である。止めなかったクロトにも問題があるだろうが、これはイロハのせいだ。フレズベルグも止めに入っただろうが、無視したイロハの責任だ。周囲に誤解を与えたのはイロハだ。
――全てはイロハの責任だ。
内心、「あーあ……」と呆れてしまったクロト。キョトンとするイロハ。
「どうしたんだろ? ねぇ、先輩」
訳が分からずいるイロハ。その瞬間、カーナと入れ替わる様に、突如イロハが何かしらに突き飛ばされ、クロトの方にへと迫る。当然、クロトはそんなイロハを受け止める事などせず、体を横にずらして避けてやった。
横を通り過ぎたイロハからは、チリッと細かな稲光が……。
「……案外早かったな。いや、当然か」
イロハを吹っ飛ばしたのは、未だ片足を上げたままでいるネアだった。一足先にアキネが声をかけにいったはずだが、様子から見て歓迎されている感じではない。もはや一部の嫌悪を煽る様なもの。
「どうして男がこの街に入ってきてるのかしらー? 返答しだいでは容赦しないわよ?」
怒りただよう低めの声。上げていた足が降ろされるも強く地を踏みつけた。その時、地にバチンッと紫電が爆ぜる。
「――極刑がお望みかしらこの野郎ども!? 女の聖地に土足で踏み込みやがって!」
お怒りだ。ちゃんと情報を伝えられたのかも不安になるネアの様子。
とりあえず、クロトは自分は悪くないと、軽く両手を上げて反抗しない意思を示しておく。
「まあ、落ち着いて話を聞けネア。さっきのは後ろの馬鹿がやったことで、俺は悪くない」
「ふざけんなクロト!! 止めない時点で同然でしょ!? せめて直接一言私に連絡しなさいよ!」
「……一応、お前に一度連絡を入れたんだが、お前出なかったじゃないか」
クロトはネアに別の要件で連絡を既に入れていた。残念ながらネアは珍しく応答せずにあった。
ネアは仏頂面で自身の機器を確認。
「……………………、知らないわよそんなの!!」
「おい」
おそらく履歴が残っていたのだろう。しかし、気付かなかったを知らないで片づけてきた。
さすがネア。都合の悪い事はこうやって誤魔化してくる。本当にその目は時に相手を見透かすも、こういう時には節穴を通り越している。ネアの悪い一面だ。
「あ。いたいたー」
ネアの後ろから遅れてアキネと、逃げてしまったカーナが戻ってくる。
「ネア様言ったじゃないですかー。カーナが自分から2人を入れてあげたって。聞いてました?」
「そ、そうです、お姉様。……でも、ごめんなさい。勝手に私が決めちゃって」
「……だ、そうだぞ?」
――情報屋やってんなら人の話はしっかり聞けよ、私情で動くんじゃねーよ、迷惑だよ勝手に変な印象をこっちに与えんな、いい加減その変な頭の中どうにかしろよ。ばっちり履歴も残ってんだろうが、謝れよっ、謝れねーだろうがな!
……と。クロトは内にある愚痴を心の中に留めておく。
ネアも重いため息に似た深呼吸をとり、ようやく落ち着いてきたのか怒気を消す。
「……わかってるわよ。それに、カーナは悪くないから謝らなくていいわよ」
「うぅ……」
「とりあえず、此処でちゃんと話もできないし、外で話しましょうか」
ネアは場所を街の外へと切り替える提案を出す。確かに、話の内容ではあまり一般に知られても面倒なものがある。クロトもそれに応じ、今度はネアの後を追う形で街の外にへとUターンを開始。倒れていたイロハをずるずると引きずりながらその場から離れて行く。




