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厄災の姫と魔銃使いⅡ  作者: 星華 彩二魔
第二部 三章「女楽園」
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「痛みはなくとも……」

 数秒、沈黙が続いた。

 差し出された手。それから顔を逸らすイロハ。同時に、フレズベルグも顔を逸らした。

 これはイロハにとって最悪の出来事だろう。

 イロハはクロトに隠している事。メフィストフェレスの宿る魔鋏を失くしてしまったという大失態。そして未だにその行方はわかっていない。解決できてないままクロトと意図せず合流してしまったのだ。

 これがクロトに知られれば、それこそ恐ろしい。そういう危機感をさすがのイロハも感じていた。


『……だから私は言ったのだ。呑気に寝ている暇があるのか……と』


 フレズベルグは、自分は悪くないと遠まわしに言う。しかし、人間であるためイロハにも睡魔は存在する。その代わりをフレズベルグが務める事ができただろうが、今になってそうすればよかったなど、もはや手遅れでしかない。


「どうしたイロハ? ……まさかとは思うが」


「あはは……。――ごめん先輩!!」


 どう言葉を返せばよいか。考えても良案は出ず、イロハは逃亡という形でこの場を退こうと動いた。

 翼を広げ、その場から飛び立とうとすれば、浮いた足をクロトに掴まれ、そのまま地にへと叩きつけられる。


「ぐえっ!」


「おい、なんで逃げる? それとも出せない理由でもあんのか? 正直に言え」


「え……え~っと……」


 目を泳がせ、言葉よりも汗をだらだらと流す。明らかな動揺に、クロトはため息。そのままイロハの片足をがっしりと押さえつけ、淡々と行動。逃げないように全身で片足を捕え、次に靴を脱がせては放り捨てた。

 

「せ、先輩!? なにしてるの!?」


「お前は痛覚がないからな。……言わないならそれに対応して吐かせるまでだ」


 ゾッとイロハに悪寒が走る。どうにか体と翼をばたつかせて逃げようとすれば、クロトは魔銃を取り出し炎蛇の皮衣を顕現。即座に拘束するよう命じた。もちろん、炎蛇がこれに反するわけもなく、「命令されたので」と目を背ける思いでイロハの体の自由を奪った。

 

「ちょっ!? 先輩……、顔……怖いよ?」


「さーて、なんでだろうなー? そうだなー、質問に答えず逃げようとした悪い奴がいたから……か? 誰のことだろうなー?」


 わかりきっていることを。イロハにわかりやすく言う。

 つんつんと足裏を指でつけば、何をされるのかと恐怖したイロハが「ひっ」と反応する。イロハに【痛覚】というものはない。【痛み】を感じない体だ。しかし、全ての体が得る感覚が遮断されているわけではない。手で触れる感覚。足で踏みしめる地の感覚。味覚、聴覚、視覚、触覚など、【痛み】を感じないだけで他は人と変わらない。イロハが拒むのは、自身が苦痛と感じる【外傷】によるもの。体が傷を感じるものを自動的に感覚から消去している形になる。そのため、【痛み】でイロハをどうこうすることはできない。

 なら、別の手段をとるべきだ。

 クロトの圧は治まらない。これは良くない、そうフレズベルグも感じていた。


『……イロハ。正直に言った方がいい。……と思うぞ』


 忠告するも、イロハはその後が怖くあったのか、ぶんぶんと首を横に振る。

 

「さて……それがお前の答えか」


「せ、先輩! やめてほしい……かも? じゃなくて! やめてほしいな!!」


 強く抗議するも、クロトはふっと笑みを浮かべ、


「――断る」


 そこから、イロハに罰を与え始めた。

 その罰はとは、いたってシンプル。誰もが拒むようなもの。悪魔2体も、その光景に自分もされたくないと断言できるものでしかなかった。むしろ【痛み】の方がまだマシかもしれないとも思える。【痛み】よりも拒みたくなる、それを勝る不快感と屈辱感が襲い来るからだ。

 クロトがイロハに下したのは、――くすぐりの刑だ。

 露出した足裏を一気に攻め続ける。


「あ、あははっ、アハハハハッ! や、やめて先輩!! くすぐった、アハハハハ!!」


 両目に涙を溜め込むほどの感覚をイロハを襲う。【痛み】はない。肌が感じるくすぐったさと笑いを引き起こす制御不能な衝動。こればかりは【痛覚】のないイロハでも防ぎきれずにいた。

 

「おらっ、さっさと吐け!!」


「あひゃひゃっ! や、やーだーぁーーーーーー!!」


 強情なイロハとしつこくするクロトの攻防は、しばらく続いた。







 疲労感に苛まれるイロハは「ぜぇぜぇ」と全身で荒い呼吸をとって倒れ伏せていた。

 クロトはイロハを解放し、白状した話を整理してゆく。

 どうもイロハはヘイオスたちとは別の契約者、クロトの知り得ない残りの2人の内1人に襲撃されたらしい。どうにか捕まらずに済んだが、その最中にもう一つの魔武器、魔鋏のメフィストフェレスを失くしてしまった。という事だ。


「……さてイロハ。罰を続けようか?」


 当然、これに怒らないはずもなく。再び鋭い眼差しがイロハを見下ろす。

 

「ピッ!? ご、ごめんだよ先輩!!」


 疲れなど吹き飛ぶほどの恐怖にイロハは何度も頭を伏せる。


「でもボクも頑張って探したんだよっ。でもでも、見つかんなくて……っ。うぅ~」


『……まあ、眠気があるのは仕方ないとして、時には飲まず食わずで探す事もあったからな。イロハとして頑張った方だったな』


 どうにか弁護するも、その声はクロトに届かず。

 にじり寄る恐怖をどうにかしようとイロハも必死で言葉を発する。


「あちこち探しまわって、今度はここに来て! それでも見つからなかったら、……たぶん取られてると思うんだけど。だから、もう怒らないでー!!」


 必死さか。それとも許したのか。クロトも怒気を鎮め始めた。

 

「…………もういい。とりあえず、どうにか捕まらずにいたのは幸いか」


 メフィストフェレスだけでなく、イロハも捕獲されていたのなら最悪だったかもしれない。イロハが失くしてしまった魔武器を探すのは当然だが、しっかりヘイオスたちという別の契約者たちを警戒をしている。抵抗したということは、渡す気もなかったということ。イロハなりにちゃんと成長はしている。

 問題は、失くしてしまった魔武器の在処だ。

 ヘイオスとは先ほど遭遇したが、それに関してなにも言っていない。以前も同様。他の契約者に任しているのなら、まだ情報を交換していない可能性もある。

 既に回収されているのか。それともまだどこかにあるのか。

 探す必要もあるが、当てもないものよりも、今は目の前の事をどうにかしなければならない。

 

『とりあえずメフィストフェレスは後回しだな。俺は姫君が心配だっつーの』


「あの水女が逃げ出すくらいだ。門に戻って受付の奴に連れ戻す様にさせるか」


『……話聞いてくれっかねー』


 それを考えると、また嫌悪感が出てしまう。またあしらわれる可能性もあり、話は無駄だと感じる。かと言ってイロハを使った侵入も躊躇う。

 原因はオリガが恐れた恐怖対象がなにか不明だからだ。それによってはエリーにも危険が及ぶ。ここは正々堂々と正面で穏便に対処する必要がある。

 

「とにかく戻るぞ。……いつまでへたってんだイロハっ。行くぞ」


「あ、……うん!」


 慌てて起き上がり、イロハはクロトにへと付いてゆく。

 罰を与えられたばかりだというのに、クロトの背を追うイロハはどこか嬉し気でいた。






「あ。お帰りなさいお兄さん。もう一周してきたの?」


 受付の女性は変わらず、こちらの気も知らずにキョトンとしている。

 視界に姿を映しただけで嫌悪が刺激されるも、クロトはぐっとこらえる。


「してねーよ……。少し用事ができてな。悪いが連れを呼び戻してくれないか?」


 何かしら口実をつければ応じてくれるやもしれない。通じたのか、受付嬢は「あら、大変」と納得した様子。すぐに通信機器で中と連絡を取り始めた。

 案外すんなりいくものだから拍子抜けだ。


「此処に姫ちゃんいるの? 先輩も入ればいいのに」


「事情知らねー奴がうだうだ言うな……。男は入れねーんだってよ」


「えー、なにそれ? 変なのー」


 今は通話中のためこちらの会話は行き届かないだろうが、そういった発言はこの場でも良くはない。余計なことを言うイロハの口をクロトは手を当てて塞ぐ。

 しかし、それとは別で、何やら不穏な様子が受付から聞こえてくる。


「そうなの? それはビックリだわ。う~ん、どうしましょ?」


 気掛かりな言葉の返し方。まるで、何か予期せぬことが起きているかの様だ。

 こちらとは無関係。そう思いつつ対応を待っていると、


「わかりました~。たぶん大丈夫でしょうから、任せてくださ~い」


 受付嬢は通話を切り、クロトたちにへと向き直る。

 何も変わらない笑顔のままでだ。


「お待たせお兄さん。連絡とったんだけど~、ちょーっと帰り遅れるって」


「……は?」


「だから~、もう少し待っててくれないかな? あ! もう一周してくる?」


「しねーよ!!」


 ついに短気が爆発した。

 受付にずかずかと歩み寄ろうとすれば、イロハがクロトにしがみついて止めに入る。自分からではなく、フレズベルグからの指摘だあってだ。状況はわからずとも、フレズベルグが言うのならと、イロハは必死にクロトを下げようとする。


「先輩ーっ、なんかフレズベルグがそれダメって言ってるからやめようよー。ボク全然わかんないからー!」


「放せ!! さすがに腹立ったぞ、クソが!! 調子に乗りやがって!」


「きゃーっ、男の子のブチギレとか久々で新鮮。でも騒いじゃだめよお兄さん。女性に優しくできる紳士にならないと、将来モテないから~」


「うるせー!!」


 クロトの怒りなど笑顔で流されるのみ。物珍しそうに眺めもされ、更にクロトを煽ってしまってもいる。

 意図的か、素の感想なのか。それでもクロトはこの場をどうにか乗り切らないといけない。ニーズヘッグも傍観者だけではいられないものだ。

 クロトの精神を少しでも鎮めようと、ニーズヘッグが内では羽衣で動きを封じていた。


『ストップストップ。ダメだろ我が主~。いくら相手が愛で要素もない女でも此処で手をだしたらダメだって~、さっきまでもそんな感じでいたじゃねーか。そこの鳥頭じゃあるめーし。落ち着こうな~』

 

「……っ」


 正論だ。ニーズヘッグは正しいことしか言っていない。炎蛇に正論を言われれば怒りの矛先が蛇にへと向いてゆく。こんな当たり前のことを炎蛇に言われるなど屈辱以外のなにものでもない。

 これでもかと強く舌打ちをしてどうにか落ち着く。


『はいはい。偉い偉い』


「うっせーっ!」


 クロトは深呼吸をし、どうにか気を落ち着かせて受付から後退る。

 しかし、いつの間にか門の付近では何事かと騒ぎになっていた。相も変わらず女性ばかり。前回よりもその数は多く、クロトが暴れようとしたことに懸念の声を囁かれている。

 「男は野蛮である」「やはり男は危険」「あんな子供でも危ない」などなど……。

 そしてそれはクロトだけでなく、一緒にいるイロハにも向けられてすらいた。


「……先輩。ボクなんかあのお姉さんたちに見られてるのやだー」


「俺だって見せ物じゃないっ。……まったく、せめて中に入って連れもどせねーのか?」


「え~、言ったじゃん。さすがに許可下りないと無理だよ。そうね~、この街で知り合いの子とかいないの? その子と同行ならまだ信頼できるしさ~」


「いるわけねーだろ……」


 初めて来た場所で知り合いなどいるわけもなく。イロハに視線を送るも、同様に首を横に振るのみ。当然だ。

 せめてネアに連絡が繋がればよいのだが。もう一度連絡を取ろうとも考えた。

 イロハはまだ状況を理解できず、あちらこちらに顔を向けてしまう。と、その時だ。イロハがキョトンと目を丸くして首を傾ける。

 そして、こちらをずっと眺めていた女性たちの方にへと駆けて行った。開きっぱなしの門を無許可でくぐり、女性たちの前に立つ。


「ちょっと、なに?」

「入ってきちゃダメよ? 許可もなく」


 忠告をするも、イロハは理解してなく話に首を右へ左へ傾けるのみ。視線は不信感を抱く者たちなど気にも留めず、奥にへと向いていた。

 人の群れの隙間を覗き込み、思わずイロハは「あっ」と声を出した。

 直後、門ギリギリのラインからイロハをクロトが引き戻す。


「何してんだお前っ」


『アウトー! もう、何してんだよこのガキんちょはーっ。フレズベルグもちゃんと躾けてくださいー』


『何をしているイロハ。このままでは私まで良くない目で見られるではないか愚か者』


「えー、だって~」


 何か言い分がある様子だ。いったい何がイロハを動かしたのか。

 原因と思われる女性たちの集団に顔を向けると、嫌悪と不審の表情が帰ってきた。その先に何があるのか。

 イロハは奥にへと顔を向けたまま、そして今度はパッと笑みを浮かべて手を振る。


「あー、やっぱりそうだ~。――お姉さーん。えっと~、久しぶり……かも?」


 呼び声に、誰もが奥にへと振り向く。集団の最も奥で、華奢な女性に幾多の視線が集中した。その時、集団はざわざわと小声で騒ぎ出す。

 

「……嘘」「だって男よ?」「有り得ないでしょ」


 そう噂された女性は、小柄な身を小刻みに震わせ、纏うローブのフードを深くかぶる。とても内気な様子が目に見えた。

 そして、クロトも不意に目を丸めてしまい、気付いてしまう。イロハが声をかけた人物。その人物にクロトは心当たりがあった。

 会うのは確かに久しぶりと言えるほどだ。その女性に会ったのは一度のみ。


 ――カーナ。

 女性たちの間でその名が囁かれていた。

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