「魔本の在処」
エリーの魔法の件については一段落し、昼過ぎになって宿を出る事となった。気に思うところも幾度かはあるが、今はさほど進展しないと考え保留とする。
街を出る頃には、エリーの脳内で魔女の鼻歌が聞こえてくる。
とても上機嫌に席に着き、首を左右に揺らしてすらいた。
「……魔女さん、とてもご機嫌ですね」
『あら~、わかる? だって、愛おしい子たちとこんな形だけど近くにいられるんだもの。とても嬉しいわ。それはもう、周囲を行き交う有象無象が気にならないほどに』
一言多い。その反応をエリーは言葉に出さず聞き流す。
しかし、ふと魔女の笑みに陰りが見えた。
『……でもね、話した通り、私の存在というのは貴方の中で不安定なところがあるの。だから……、余計な干渉というのは長くできないの。縛り……、枷のようなものかしら?』
「……?」
『今の私は貴方の知識ですもの。貴方が必要という意思を持たない限り、それ以上の干渉ができないみたい』
「で、でもっ、クロトさんとはお話もできましたよ?」
『それは説明として貴方にとって私が必要だったから。なんというか、この縛りに反しようとすると微妙に気分が優れなくなってくるのよね。……現状はとても好ましいというのに、他者に支配されているようで腹立たしいわ。そういうわけだから、私はしばらく潜むこととするわ。また必要なことがあれば、その意志に応えてあげる』
魔女はそう言い残し、存在そのものを闇に溶け込ませて気配を消してゆく。声もそれ以降聞こえはしなかった。
不安になるも、どうにもできずエリーは眉を潜める。
「どうした?」
不安気な顔がクロトにバレる。
「……そのっ、魔女さんの声が聞こえなくなって。魔女さん、ずっとはお話できないみたいで。なんだか急に聞こえなくなると寂しいですね」
「……よくわからんが、あまり表に長く干渉できない立場なのか」
「そんな事も言われてましたね」
魔女の声というのは、鏡が無ければクロトたちに聞き取ることができない。鏡がなければ、今も少し前も変わらないものだ。
そのため、クロトはあの後魔女にある程度の情報を与えた。【呪い】の解除とは別だが、そこから導き出されるヒントもあると考えたからだ。
魔女に話したのは、彼女と関わりのある魔武器所有者、ヘイオスとオリガに関して。当然2人のことも、2体の悪魔の事も知っていた。
魔女曰く、2人はクロトよりも後に出会い、魔武器を与えた。それから度々会ってもいたらしいが、特に多くの関りがあったわけではないらしい。彼らの行動に関しても話したが、魔女は小首を傾けてもいた。
まず、魔女は伝言などをヘイオスたちに残していないということ。
『……それは、私ではないわね』
「お前じゃなきゃ誰なんだよ……」
『んー……、私でなければ、ダンタリオンかしら? エリーと【同化】してから彼の声は聞こえないの。今どうしているかもわからないわ。……それにしても、不思議ね。ダンタリオンがヘイオスたちに提示した情報のわりには、なんというか不透明な説明をしているような気がするの。……とても、彼らしくないわ』
「だとしても、アイツらはそれでこっちに危害を加えようともしていた。今は保留みたいだがな」
それに、ヘイオスたちは【聖杯】の位置を何かしらから情報を得ているようにも思える。
こちらの様に手掛かりなしという様にも見えない。
『もしヘイオスたちがダンタリオンを回収してくれているのなら、確かに【聖杯】の場所をすぐ特定できるでしょうけど。…………思ったよりも捗ってないのも気掛かりね。ダンタリオンなら、【聖杯】の位置を特定することなんて造作もないもの』
「【聖杯】ってどんだけあんだよ……」
『そうねー、……ざっと100はあったと思うけど?」
少し、目眩がしてきた。
探し物が思った以上の数であることと、そんな謎の物体が世界中にそれだけあるのかと思うと、脳に疲れが生じてしまう。
『とにかく、ヘイオスがダンタリオンを回収してくれているのならよかったと思うべきかしら。私の次に【呪い】に関して詳しいから。機会があれば、どうしてそんな行動を取っているのか聞きたいわね』
魔女にとって、ヘイオスたちの行動には理解できない部分があったらしい。だが、もう一つの情報源が見つかった。ヘイオスたちが回収していると思われる、知識の悪魔――【無限書庫のダンタリオン】。魔女が所持していた時は魔本となっていた。今もそのままなら、確かに人が持ち運べる代物だ。ヘイオスたちが【聖杯】の在処を探すにも適している。最初の遺跡にあった【聖杯】までたどり着けたのにも納得できる。
その魔本をこちらが得れば、情報を提示する可能性もある。
次にヘイオスを見かけたら奪おうとも考えるが、実際ヘイオスが魔本を持っているところを見ているわけでもない。常に所持していなければ、それもできないだろう。オリガが持っているかもしれないが、不確かなことを抱え続けはしなかった。
街から出る直前、入り口でビラを配っていた人物がこちらにへと寄ってくる。
「そこのキミたちっ、もしよかったらアイルカーヌの新しい地図はいかがだい?」
「新しい……?」
「そうなんだよ。つい先日、アイルカーヌにでかい街ができてな。壁に囲まれた街で、この先をずっと行った場所にできたんだよ。そんで、昨夜からアイルカーヌ中で配る事になったんだよ。もう王都でもばたばただよ……。王都から視察に行かれたようだが、気難しい場所らしくてな。もし立ち寄るなら、気を付けてくれ」
話を聞いて無言でいる間に、男は地図の紙を手渡して、また別の人にへと向かってゆく。
クロトも久しぶりにアイルカーヌに訪れている。変わっている場所もあるため、新作の地図があるのは都合がいい。確認として地図を眺めていると、確かにこの街の先に見覚えのない街が存在していた。あまり出歩いた事があったわけではないが、その位置には他になにかあった気もする。
渡し終わった男は他にいないか目を配らせている。
「おい。前はこの辺に何があったんだ?」
「え? ひょっとしてキミたち、他の国の人かい? その辺は平原と、小規模だが遺跡もあったなぁ……」
「……そうか」
答えた男は、また別の人にへと駆けて行った。
元々、この街の位置にはその遺跡があったのだろう。となると、もしかしたら【聖杯】もあったやもしれない。望み薄ではあるが、念には念をとして、その街に寄る方針に決めた。
『にしても、さっきの男の話によれば、そこ面倒な場所らしいぞ?』
王都からの視察でも面倒事があったのか、相手側は気難しくあるらしい。行くなら気を付けて行くようにも言われた。
その街では壁に囲まれている。警戒心が高い場所なら、おそらく入るには審査もあるだろう。確かに、用が無ければ立ち寄りたくない場所だ。そんな街が堂々と存在している。まるで国の中に、小さな国があるかの様だ。
「しばらく前に、そういえば記事にも載っていたな。最近できたばかりの国なら、あの眼鏡も立ち寄っているとは思えない。まだ手が付けられていないなら、確認して損もない」
『まあ、そうだな。潰されてなければいいが……』
「さすがに此処はアイルカーヌの土地だ。遺跡は過去の遺物。簡単に潰されたら、王都の方も黙ってねーだろうな」
国が容認している以上、そこまでの非道は行っていないと踏む。
小規模な遺跡なら長く居座る必要もない。
「次の場所が決まったんですか?」
エリーが地図を覗き込む。しかし、地図もあまり見たことがないエリーは首を傾けるのみ。
「王都に向かう途中だが、少し此処に寄るつもりだ。面倒事にならなきゃいいんだがな……」
「だ、大丈夫ですよっ。……たぶん」
「……一応言っておくが、魔法は使うなよ? まだ練習もできてないんだからな」
「は……はい……」




