「魔女尋問 3」
宿に戻るも、エリーはずっとぐすぐすと啜り泣いている。宿屋の主人と受付で会ったが、「何があったと」言わんばかりの困惑の表情をうかべていた。目が合った途端、クロトは目で「気にするな」と少し睨んだ。主人は察したのか、パッと顔を逸らし受付で物の整理を始めだす。
そのまま借りていた部屋にへと戻り、しばらくはエリーが落ち着くのを待つ。
「うぅ……っ」
「いい加減泣くなよ……」
「だってぇ~……」
相当こたえたのか、エリーはなかなか泣き止まない。確かにやりすぎたかもしれない。謝れば、少しはマシになるかもしれない。
しかし、ここで謝ればまたはぶらかす可能性もある。クロトは話が終わるまで謝ることをしないと決めていた。
よって、この状態からでも話を進める事とする。
「とりあえず、何があった。あれはお前がやったでいいんだろ?」
「……っ」
エリーの肩が、ビクリと跳ね上がる。目を逸らしまだ躊躇うも、また予期せぬ行動をされるのが怖いのか、どうにか頭を縦に振って応答。
「何したらああなったんだよ……」
『明らか破壊なんだがなぁ。でも姫君見た感じ、予想してなかった事態じゃねーのか?』
ニーズヘッグが話しに入るも、それはニーズヘッグの意見でしかない。今はエリー本人から話を聞かねばならない。
更に問い続けられると、エリーは目を合わせようとせず言葉を詰まらせる。
「そ……それは……、その……」
チラチラと、星の瞳がクロトの様子をうかがう。怯えもあってか、口を割る事を躊躇ってもいる。怒られると警戒をしているのだろう。
「…………とりあえず、ちゃんと言うなら怒らない」
「……」
「こっちはお前が心配なだけだ。……だから、ちゃんと話してほしい」
「…………」
戸惑いながらも、エリーはこくりと頷く。ようやくまともに顔をこちらに向けた。
そしてうつむき、最初に一言「ごめんなさい」と告げる。
嘘をつこうとしていたこと。事実から逃れようとしていたことに対してだろう。
それを区切りとして、エリーは溜めに溜めていた本当のことを口にする。
「あれは……私が……やってしまいました」
「……」
「あんなに木を壊すつもり、なかったんですっ。ちゃんとうまく使えなくて、街の人たちにも、きっと迷惑をかけてしまったと思います。本当に、ごめんなさい……」
「……一つ聞いておく。――お前は、魔法を使ったのか?」
驚いた様子で、エリーは目を見開く。
至極、当然のことだ。エリーの身であのようなことはできない。できるとすれば、その内に秘めているであろう膨大な魔力から生み出される魔法だ。
その魔法を何処で知ったのか。どうして使おうと思ったのか。何が切っ掛けでそうなったのか。
エリーの話は、起きた事象だけでしかない。その全貌を明らかにしなければ、この話は終わらない。
「お前が魔法を使ったっていうのは、もう俺もニーズヘッグも気付いてる。そしてこの様だ。……最初っから話してもらう」
「さ、最初って……っ」
「なんでお前が魔法を使えるのか。なんでお前がそれを使おうと思ったのか。切っ掛けはなんだったのか。その全部だ」
「……っ」
エリーは、また目を逸らす。それは発言に戸惑うと同時に、何かに視線を寄せているようにも見えた。
エリーは小言で何かを呟いている。かすれて声は聞き取れないが、まるで誰かに話しかけている様。
その時、エリーの頭に囁く声が響く。
『……はぁ。良いわよ、話しても。遅かれ早かれ、いつかは気付くことだもの』
その言葉を聞いてから、エリーは恐る恐るクロトを見上げる。
魔法を使った事はまだいい。しかし、クロトに魔女の事を打ち明ける事に躊躇いがあった。
なんせエリーは、クロトと魔女の事を以前よりも知ってしまっているからだ。クロトは魔女を嫌悪している。それは今も変わらないだろう。
しかし、魔女の事を打ち明けなければ、この話は終わらない。
「……クロトさん。最初に、一ついいですか?」
「…………なんだ?」
「その……、できれば、怒らないでほしいんですけど……」
「つまり俺が聞いたら腹を立てる話なんだな」
「……っ」
エリーは、あり得る可能性にゆっくり頷く。
クロトとしては、これからエリーが話す内容には戸惑いを得てしまう。自分にとって怒りを掻き立てるという内容。それを聞いて、自分が怒気に流されないなど簡単に約束もできない。
だが、この条件をのまなければ、話が進まないのも事実だ。
どうにか自分の短気が良くない方にへと向かわぬ様、クロトは内にいるニーズヘッグに仲裁を任せる事とした。その気になれば、入れ替わりも許可を出す。
『うわー、守備としてはひかえておくが、姫君にキツくあたんなよー?』
「うるさい。俺も堪えるつもりだ」
クロトは間を開けてから、静かにエリーの条件に頷く。
納得してもらえたと判断したのか、エリーは躊躇いつつも、おどおどとして会話を再開する。
「私は……魔法を教えてもらいました。…………クロトさんのよく知る……魔女さんから」
クロトの心臓が強く脈を打つ。
おもむろに胸をおさえ、衝動をどうにか押さえ込む。
これまで2人の間で口に出さずにいた者の名前。
それは名前というよりは、存在や種族名に等しい。しかし、当の本人がそれを望んでいた呼び名。周囲に押し付けられた魔女という存在に対する嫌悪。彼女自身も魔女であることを嫌悪していた。そのうえで、事実を受け入れ、彼女は魔女として、周囲が言い放つ残虐な魔女として。名を持たない彼女が選んだ、自分の存在を世に知らしめる呼称にすぎない。
その名は――魔女。
クロトもよく知っている、元凶とも思える者の名だ。
だが、その魔女はもうこの世にはいない。いないはずなのだ。クロトは、エリーが魔女から魔法を教えてもらったという発言に疑念を抱く。
その反面、脳裏で以前あったヘイオスとの会話がよぎる。
――魔女様が何処にいるか知らないか?
――なら、魂は何処かにあるはずだと私は思っている。
魔女の最期。それを見届けたのは確かに殺した本人であるクロトだ。間違いはない。
しかし、クロトは当時の事を思い返すも一部が切り取られた様で穴が開いている部分もあった。その際に何があったのか、本当は他に何か忘れているのではないかとすら不安にもなる。そして、死しても残る魂は何処へ行ったのか。
クロトはエリーにへと視線を落とす。
不意にエリーの姿があの魔女と重なってしまう。面影は今となっては当たり前の様にあると思える。なんせ、エリーは魔女の実の娘なのだ。魔女の幼い姿とも年齢は変わらず、似ているとすらも感じる。
エリーは、クロトの顔を見上げつつ、彼女もまた自分の胸にへと手を運んだ。
「魔女さんは、此処にいます。……私の中に」




