「呪われた姫と炎の魔銃使い」
現行犯として捉えた人さらいの犯人たち。圧倒的な力の前に怖気づき、その後は素直にいろんなことを白状したものだ。
彼らは数日前から日に日に一人ずつ若い女性や子供をさらっており、ある程度揃えば取引先にでも連れて行く予定だったらしい。岩穴に隠されていた根城では、牢屋の中で数名の被害者が見つかる。
最低限の食事を強いられ、発見した時には体力も気力もなく、これでは自ら逃げ出すのは困難とすら思えるほど。心身共に疲弊している。
救出後は壊れかけの荷馬車で街まで拘束した犯人と共に輸送。男二人は炎蛇の皮衣でぐるぐる巻きにされて、いつ火を噴かれるかと気が気でない様子で顔色を青くさせていた。その姿は被害者たちにとって「いい気味」というよりは、「哀れ」と思ってしまう。
荷馬車の後ろでは、少しばかりそういった苦笑が聞こえてきた。
「よかったです。皆さん酷い怪我もなくて」
「運がよかったってのもあるな。俺らがこの周辺にいたからよかったものを……」
「それでもよかったです。クロトさん、ありがとうございます」
「…………まあ、ついでみたいなもんだしな」
そっけなく流すも、隣でエリーは上機嫌だ。
最初乗り気でなかった人助けを熟したクロトだ。普通なら考えられない事だが、そこをどうにかしてしまうのもこの魔銃使いである。そんなクロトがエリーにとっては自慢できる存在だ。
しかし、このまま先ほどの街に戻るという流れ。心の何処かでざわつく様な不安があったことには、薄々とエリーは気付いていた。
なんと言葉にすればいいのだろうか。嵐の前の静けさ……とでも思えばよかったのだろうか。
その結果を見てから、エリーはその正体を思い知らされた。
戻ってきて被害者たちを街に返し、羽衣から縄へ切り替えぐるぐる巻きにされた犯人を警備兵に突き出し……。
ここまではよかった。問題はそこから先だ。
「う、疑ってすまなかった!」
「謝んならもっと誠意見せろやこの野郎!!」
……そういえば。クロトは街の警備兵に検問でひっかかり、あらぬ疑いをかけられていたのだと、エリーは思い出す。
街に戻るということは、必然的に彼らと再び会うということ。
さんざん疑われ、クロトの怒りに触れ。数日どころか数十分ほどの間しか経っていないというのに、クロトの彼らに対する怒りが治まっているはずもなく……。
濡れ衣を晴らし、警備の二人はクロトの前でとうとう土下座。にも関わらず、クロトの罵倒が治まる事はない。
説教するかの如く、言いたい事を言い、更に掘り返しては責め立てる言葉責め。魔銃を使わず口だけで済ませているのはまだ良心的かもしれないが、既に彼らのメンタルは可哀想なほどだ。
もちろん。この時、クロトが当時疑われるようなことをしてしまった事などは棚の上だ。
「二度と濡れ衣きせんじゃねーぞ!? 俺らいなかったらどうなってただろうな? あーあっ、マジで気分悪い! それでよく仕事務まるな! 一から出直してきやがれ!!! なんだったら人生一からだ! むしろ前世からやり直せ、お前みたいなのが恥さらしなんじゃねーの!? 勝手に疑って? 勝手に犯人扱いしようとして? あー、あー、あーーーっ。もうお前終わってんだろ?」
区切りがついたと思えば、それはただの息継ぎなだけで、また始まる言葉責め。これに終わりがあるのかと聞かれれば、誰かが止めないと無理だろう、と長く一緒にいたエリーには容易に思えた。
何度か袖を引いて呼びかけるも、エスカレートしたクロトの口はなかなか止まろうとしない。
少しずつ。少しずつ。エリーは力いっぱいクロトを引く。そうやって警備兵から時間をかけて遠ざけてゆく。
その間、クロトの罵倒は止まらず、ようやく止まったのは警備が視界から消えた辺りだった。
「ハァ……。すごく疲れましたぁ~……」
「……ちっ。あと一時間は発散できたな」
「やめてくださいよクロトさん。さすがにあれは可哀想です……」
『言いすぎなんだよお前はぁ~。よくあんな言えるもんだな、顎疲れるだけだろうに……。姫君いなかったら本当にあと一時間続けてたと思うと…………、ハァ……』
この魔銃使いに、職務とはいえ手を出してしまったのが間違いなのは確かだ。
だからといって、クロトの行き過ぎた暴言を良しともできない。
ようやくまともに街で休息を取れれば、最初は手頃なレストランのテラス席で過ごす事とした。
ぶつぶつと、クロトは皿の上の肉をフォークで突きながらまだ不満を口ずさんでいた。エリーはクロトをなだめながら焼きたてのパンを頬張る。
外はサクサク。中はふんわり。果実のジャムを挟み、甘酸っぱさをパンの柔らかな甘みが包み込む。
「……あ。このパン美味しいですね」
「しっかり食っとけよ? 此処で宿をとるつもりはないからな。休憩が終わったらとっととこんなとこ出て次だ」
「はーい」
ふと、エリーはクロトの方の料理を見る。四角にカットされた肉と色鮮やかな野菜の盛り合わせ。バランスの取れた皿に、少し固めのパンが添えられている。その隣には、純白な陶器のカップに注がれた黒い飲み物。クロトは人里で食事する時は、いつもその飲み物を添えている。
そこからは、いつも香ばしい香りが漂っている。
「……クロトさん、いつもそれを飲まれてますね」
「ん? ……ああ、コーヒーのことか」
「美味しいんですか?」
「んー……。飲みなれたってくらいか? 眠気飛ぶし。……なんだったら、飲んでみるか?」
カップをエリーの方にへと滑らせる。
星の瞳が、黒く、そして温かさと香りを届ける飲み物――コーヒーなるものを見下ろす。
エリーは口に含もうとしていたミルクのグラスを置き、カップを手にとる。
少し熱くあるため、エリーは「ふーっ」と冷ましてから一口、それを口に含む。
……が。秒すら持たず、妙に渋った声で全身を跳ね上がらせた。
なんとも言えない刺激が口の中いっぱいに広がり、言葉をうまく発せない。
「~~~~っ」
「…………苦いだろ? ブラックだからな」
少し、意地の悪い笑みでクロトは言う。
エリーは口に広がる刺激が苦みなのだと言われてから理解し、カップをテーブルに置き直すとクロトに返却。すぐにミルクを口いっぱいに流し込んで落ち着かせた。
「うっ、うぅ~~っ。に、苦いんですね……。クロトさん、いつもそれを飲んでらっしゃるんですか?」
「お前くらいの時にはやっと飲めたって感じだったな。良い感じに眠気飛んだんじゃねーか?」
「……はい。とてもすぐに眠れるような感じにはなれません」
「まあ、これは甘味を全然ないだけで、普通は砂糖とかを入れて調整すんだよ」
半分ほど飲んでから、テーブルに備え付けられていた瓶から角砂糖を数個入れ溶かす。混ざり切ってから再度エリーにへと渡す。
特に変わった様子はないが、エリーは試しにと恐る恐るそれを飲んでみた。
「…………? あ。ちょっと苦いですけど、さっきよりも甘くなってます」
「興味あるなら最初は甘めのからだな。サキアヌじゃこのての飲み物が多くある。色々試してみるのも悪くない」
「そうなんですね。……今度見かけたら、私も飲んでみます」
「ん。とりあえず、俺は甘いのはいいから追加でもう一杯頼んどくか」
「……また、さっきのですか?」
「当然」
クロトは当たり前と、定員を呼びつけてはブラックをもう一杯注文。穏やかな日常ではあるが、彼らには目指すべき目標があった。
それは、決して簡単な道ではない。今後の予定を立てつつ、クロトたちは胃を満たす。
テーブルには簡易な地図を広げている。
「今いるのは此処。南西の元中央寄りだ」
クロトとエリーは今サキアヌにへと戻ってきている。とはいえ、元はしばらく前に滅んでしまった中央大国であるクレイディアントの土地。今はサキアヌの領地となっている。
2ヵ月前。正確には100年に一度起こる流星群の後。世界中にマナの光が降り注ぎ、その効果もあってか元クレイディアント領地の大気の乱れもマシにはなった。悪影響をもたらすと言われていた地域も狭まり、外側の街に人々が戻ってきている。この場所もその一つだ。
そのため、クロトたちの行動範囲を広げ、現在はこの地に訪れていた。
彼らは今探し物をしている。世に終焉をもたらすと言われた【厄災の姫】。その【呪い】を解除するための手掛かり。
その手掛かりとなり得るであろう手掛かり。それは、姫に【呪い】をかけた魔女の存在。魔女は己の【願い】のため姫を【呪い】、魔銃使いによって阻止された。
呪われた姫は、今でもパンを頬張るエリーだ。少女にはその見た目とは裏腹に、世界を壊す事のできる力を秘めている。
それこそ、呪われた七つの黒星――【厄星】。
【呪い】を解除するなら、その魔女という手掛かりを頼りにするしかない。
そこで目を付けたのは、魔女が魔武器を製造していたと思われる工房。それがあると思われるのが、魔女が生まれ育った街にあるとふんだ。
「あくまで仮説だ。だが、手掛かりがこれしかない以上、そこを目指すのが妥当だろうな。肝心のクソ蛇は何処で魔銃が作られたかを知らねーみたいだしな。役立たず」
『悪いがどうしようもねーだろぉ? 俺そん時は意識ねーし。気付いたらお前の前だったんだからな……』
「役に立ってないのは事実だろうが。……そこで、魔女が言っていた場所だ」
ほんの些細な昔話。魔女が語った生まれた場所。その手掛かりをまとめる。
「山に囲まれた隠れ街。人の出入りはロクになく、ある意味隔離された小さな国。となると、相当広い山にあると思える」
『レガルも探してみたが、それっぽいのはなかったもんなぁ……』
「ああ。アイルカーヌの北にも雪山はあるが、可能性は低い。なら、他にあるとすれば……此処だ」
クロトは地図を指差す。
場所はこの付近にある、西と南、そして中心を隔てる山脈。広さも高さもあるため、街ひとつが隠れていてもおかしくはない。
「あのネアですら情報のない場所だ。イロハもそれっぽい場所を見かけていないようだし、連絡もない。他になければ、この付近にあるはず……なんだがなぁ」
確証は持てない。
せめて、魔女の存在があったという噂や情報があればまだ信憑性もある。
歯痒い状況に、クロトは最後の一口を終えた。
山脈なら山を何度も上り下りすることとなる。クロトは良くても、エリーにとっては旅に慣れたといえ酷なものだ。なるべく的確に的を射抜きたいもの。
悩ませ続ければ、軽く頭痛すらもある。少し地図から目を離し空を見上げた。
心の中で思ってしまった。
都合よく、いい情報が転がり込んでこないか…………と。楽な奇跡を。
この時、応えるかの様に。転がり込んできたそれにクロトは、ふと視線を寄せた。