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厄災の姫と魔銃使いⅡ  作者: 星華 彩二魔
第二部 一章「知識の存在」
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「7つの白星」

 エリーの双眸が、はっきりと天井を映す。

 朝の柔らかな光と、眠る前に見た天井を眺めながら、しばし呆けてからエリーは身を起こす。

 顔を左右へ。ベッドには自分だけであると理解した。

 こういった事は特にといって珍しいものではない。クロトが早く起床し、情報収集を兼ねて外を出歩くことはよくある事だ。そうなのだとわかれば、エリーは体を伸ばす。


「ふー。…………夢……だったのかな?」


 あまりにも唐突な情報が一気に脳裏をよぎる。また妙な夢でも見たのだと思い込むも、その思い込みは直ぐに掻き消されてしまう。


『夢ならよかったかもね。なんだったら忘れてもらっていた方がよかったかも』


 突如頭に響く声。エリーはビクリと肩を跳ね上がらせ、おもむろに傍らにあった枕を持ち上げてその声の主を探してすらしてしまう。

 そんな素振りが面白かったのか声は、くすくす、と笑い出す。

 

『探しても肉眼で見えるものじゃないわよ。なんせ私は貴方の中にいるんですもの』


「……えっと、魔女さん……ですよね?」


『ええ、そうよ。なんだったら、()()()()と呼んでくれてもいいのよ?』


「……それはまだちょっと」


 事実なのだろうが、魔女を直に母親と呼ぶことはできずにいた。どうしてもそのように呼ぶことに抵抗があるのだろう。


「なんというか、すいません」


『まあ、確かに。私もそう呼ばれることに慣れてもいないし、魔女と呼ばれるほうがとてもしっくりくるわ。よくってよ』


「……~っ」


 気まずいエリーに対し、魔女はとても機嫌が良い。

 そして、この様な体験というのも複雑なもの。自分の頭に語りかける魔女。おそらく、彼女の声は自分にだけ聞こえる事だろう。

 少しだけ、クロトやイロハの気持ちが理解できた。


「クロトさんとニーズヘッグさんもこんな感じなんですかね」


『同じでしょうけど、炎蛇さんと同類扱いされるのは個人的に嫌ね。だって、あの炎蛇さんがクロトに余計なことをしていないか、とーっても心配ですもの』


 その心配はない、という気持ちにはなった。むしろ、クロトの方がニーズヘッグに暴言を放つことがあるため、魔女の心配は不要だろう。

 気を取り直して、魔女は手を打つ。


『さて、クロトもいないみたいだし、さっそくやりましょうか』


「……? やるって?」


『決まっているでしょ。教えてあげるって言ったじゃない。貴方が望む魔法を』


 エリーは、ハッとした表情になる。

 魔法。それが自分にもできるという、どこか期待感のあるものがこみあげてきた。

 その期待感に、魔女は問いを投げかける。

 

『でもその前に聞かせてちょうだい。貴方の意志で答えてほしいの』


「な、なんですか?」


『愛おしい子。貴方は、なんのために魔法を欲するのかしら?』


「……なんの、ため?」


『私は貴方に魔女としての道を歩んでほしくない。魔法を扱うという事は、本当に魔女となる事と同意よ。貴方はただでさえ厄介な存在としてもある。そんな貴方が魔法を扱えば、貴方の危険性もまた増すだけ。魔女はね、人間にも魔族にも敵視されている存在なの。それを貴方は理解しているのかしら?』


「……」


 少し、思い悩んでしまった。

 魔女になれば、それは【厄災の姫】という肩書に【魔女】も追加されるというもの。今はまだ素性がバレていないから問題はないだろう。しかし、いざ魔法を使い魔女として認知されれば、更に周囲に危機感も与えてしまう。

 ヴァイスレットでの【厄星】で周囲に与えた影響が脳裏によぎった。今度は自分の意志で魔法を使い、それをまた引き起こしてしまうのではと。不安が押し寄せてもきた。

 しばらく考え込む。エリーはどこか納得した様子で頷く。


「私は、何もできません」


『……』


「クロトさんやネアさんたちみたいに、強くもありません。いつも守ってもらってばっかいで、ずっと……それが嫌だったんだと思います」


 今なら鮮明に思い出せる。エリーは願ってしまった。【呪い】の根源となるものに、「自分は魔女だから魔法が使えるはず」。「使えるなら、その力がほしい」。クロトが危険なめにあっていた。それを救えるなら、と。劣等感と焦燥感が押し寄せ、そう願った時には自分の理想とは異なる光景が広がっていた。その形こそが、魔法を扱う点での不安要素だろう。

 だが、それはエリーが魔法というモノに今まで触れてこなかったために起きた、誤作動のようなものだ。自分の膨大な魔力に触れてしまったせいで、それに呑まれ、破壊衝動に身を任せてしまった。

 なら、それを解消できればどうだろうか。それはエリーにとって、とても有力な力にもなり得る。【厄星】を使わなくて済むのだから。


「クロトさんばかりが危険なめにあっていく。私はそれが嫌です。だから、私にもクロトさんのために何かできるのなら、私はそうしたい。だから、もしちゃんと使えるなら、私はクロトさんのために魔法を教えてほしいです。助けたいんです。――大切な人を」


 少女の意志は強くあった。魔女はわずかに呼吸を詰まらせた様子で、数秒黙り込んだかと思えば、ふっとため息に似た呼吸をとる。

 納得。……というよりは、断念だろう。


『わかったわ。私もその望みに応えないと、また消されてそうになってしまうかもしれないものね。いいわ、予定通り教えてあげる。クロトに見られると色々面倒そうだし、こっそり今の内にやってしまいましょう』







 魔女に急かされ、エリーは着替えてから部屋を後にした。

 魔法の練習。それは他人に見られるわけにはいかないものだ。宿からこっそり離れ、裏手にあった森にへと足を運ぶ。

 何が起きるかわからない。最悪人を引き付けてしまいこともあるため、ある程度人から離れる事が重要だった。これも魔女の入り知恵だ。


「この辺で大丈夫でしょうか?」


『そうね。ある程度は離れたし、それなりの事が起きないかぎり気付かれないと思うわ』


 樹々と茂みに覆われ、エリーは安堵の息を吐く。

 

「それで、どうやって魔法を使うんですか? 私、いまいち使ってしまった時の事とか覚えてなくて……」


 当時は当たり前の様に使えていた魔法。しかし、エリーにその体感というものは残っていない。未だに完全な素人だ。自分の中にある魔力という感覚にも不慣れどころかしっかり認知すらできないでいる。

 にもかかわらず、魔女は問題ないと指摘した。


『平気よ。自我がなかったとはいえ、貴方の魔法に関する学習能力はとても優秀よ。なんせあのバフォメットの空間操作にすら干渉したんですもの。相手の力をのっとるなんて、簡単なものではないわ』


「褒めてるんですか? ……私、あんまり嬉しくない感じなんですけど」


『あら? とても褒めているのよ? おかしいわね~、クロトもそうなんだけど、私の褒め方ってそんなに間違っているのかしら?』


 本人は褒めているつもりなのだろうが、結果として破綻しているものを褒められてもエリーは複雑となって嬉しく受け止める事ができない。エリーはこれ以上言うだけ無駄なのだろうと見切りをつけ、この話を打ち切る事とした。


「それで、どうやるんですか? あんまり遅くなるとクロトさんが心配していろんな人に銃を向けて聞き込みをしてしまいます」


『確かにクロトならそれくらいはやりそうね。怪しまれるのもよくないし、簡単なことから始めましょう』


 簡単とは言われても、エリーにはどうすればよいかわからず、困った表情で首を傾ける。

 魔女は淡々と続けた。


『まず、これは理論上の可能性よ。エリシア……、いえ、今はエリーね。貴方の恐れられている力【厄星】。あれは貴方の魔力でできているものよ。いわば、貴方の魔法の一部でもある』


「ま、まさか……、【厄星】を使う……なんてことは……」


『お望みならそれもありだけど、現状でそれは貴方にとってただの自滅でしかないわ。私が今から教えてあげるのは、その【厄星】を利用した応用魔法。あくまでこれはまだ理論上の応用なだけで、真っ当に扱えるかは未知の領域。危なそうなら停止させて別に切り替えるわ。……私の理論が正しければ、必ず扱えるはず。だって、貴方に【呪い】を植え付けたのは私ですもの』


「……あんまり聞きたくないですね、それ」


 よくよく思い返せば、その事実はとても重く感じられる。実の母親に呪われたなど、普通ならショックで冷静でいられなくなるものだ。当然の様に受け止めていたが、気が沈んでもしまう。


『ふふ、そう言わないの。そして、魔法にとって重要なのは、使い手の想像力。イメージになるわ。貴方にとって一番印象が強いのは、あの七つの星。それを頭に浮かべてみて』


 言われるがまま、エリーは気がのらないが静かに瞼を閉ざし想像する。

 星。七つの黒星。

 自分の【願い】を望まぬ形で叶える恐ろしい星。

 それはエリーにとっても、周囲にとっても恐ろしいものだ。

 自分を見下ろす様に、輪を描いては位置される禍々しい黒星たち。エリーは想像上でそれらを見上げ、心で問いかけてしまう。

 ――本当に、可能性があるかどうか。

 その星を扱う事に、不安はどうしても生じてしまう。

 ほんの少しでいい。【厄星】の様に大きな力で危害を与えるのではない。わずかな力だけを引き出し、誰かを助けれるのではないか。

 ただの恐怖の星ではない。魔女の言う可能性があるのなら。わずかな希望に、刹那光が見えた気がした。

 同時に、エリーが瞼をゆっくり開くと、目を疑う光景に双眸を見開く。


 エリーの頭上を浮遊する、七つの小さな白星。

 まるでそれは、偶像の天使のように、少女の真上で輪を描いていた。


「……でき……た?」


 未だ半信半疑。それが望んでいた形かどうかもわからない。

 しかし、魔女は否定などしなかった。


「これが……【厄星】?」


『性格には、貴方の想いに応えた星よ。力は【厄星】に劣ると思うけど、その分扱いやすさはあると思うわ。上手上手、さすが私の愛おしい子』


「私の……想い……」


 もう一度、エリーは白星たちを見上げる。

 【厄星】から感じられたおぞましさ、恐怖感は一切ない。透き通るような白い星に害はとても感じられなかった。

 ひとまずは安心と胸を撫で下ろす。


『でも、これは今のところ魔法の初期段階。いわば準備が終えたと思うのがいいのかしら? ……さぁ、愛おしい子。貴方はその星に、何を願うのかしら?』


「……願う。私が……この星に」


 エリーにとって星に願う事は恐怖でしかなかった。

 今は無害であるやもしれないが、自分の【願い】一つでこれらが善にも悪にもなり得ると思うと戸惑う。

 それでも、もし本当にうまく扱えるのなら……。

 エリーは、必死になってその星に願った。


 ――お願い。私にも、こんな私でも誰かを助けられる力があるなら。

 ――簡単でもいい。クロトさんの役に立てるような、そんな力があるなら……っ。


 自然だった。無意識と手は、彼女のためにへと降りてきた星の一つに触れる。

 必死としていた気持ちが、その時途端に冷静となって、静かに導き出された言葉を唱えた。



「――撃て……、【攻星(こうぼし)】」


 






 直後、真っ白となったエリーの頭に残ったのは、砲弾を撃ち込んだような破壊音。

 星の瞳は呆気に取られて前方を直視したまま、その光景に言葉が出ずにいた。

 誰にも見られぬ様に、エリーは宿の裏手にある森を選んだ。緑に囲まれていたことを記憶している。しかし、前方にあるのは焦げ跡の残るなぎ倒された樹々の群れだった。

 何が通ったと考える反面、エリーは先ほどの破壊音を思い出し、目の前の光景と自分が触れていた星を何度も見直す。

 

「…………え?」


 思わず血の気が引く。

 だが、頭には魔女の大爆笑が。


『あははははっ、すごいすごい! 簡単なのでこんな破壊力なんてっ。あははははははは!!』


 声だけで想像できる。魔女は腹を抱えながら堪えようとするも、堪えきれずに笑いだしてしまっていた。

 現に魔女はお腹をおさえ、テーブルをこれでもかと叩いている。盛大な爆笑だ。

 うって変わって、エリーは自分がやってしまった事に放心。後戻りなどできぬ状況を思い知らされる。


『あはは、あ~お腹が痛い。さすが【厄星】。破壊力ならお手のものね。あははっ』


「――って! どうするんですかこれ!?」


 我に返って魔女に状況の深刻さを伝えようとする。

 さすがにこれはエリーでも理解ができるほど問題な状況だ。

 人目を避けたが、先ほどの破壊音はどう考えても異常。気付かない人物がゼロなわけがない。

 もしも、これを誰かに見られでもしたら……。それは死活問題だ。

 

『あはは、いいじゃないの。とにかく成功してなによりだわ。貴方の七つの星の一つが、貴方の想いに応えた。ハッキリ見てなかったでしょうけど、単発でも威力の高い【攻星】。確かに簡単な攻撃手段ではあるけど、力の調整が必要ね。そこは追々でどうにかなるわ』


「…………これが、私の魔法」


 先行きが不安な眼差しが星たちを見上げる。七つの白星はしだいに薄れ、エリーの頭上から消えた。


『そうなるわねぇ。……それと愛おしい子。ちょっとだけ面倒なことがあるみたいよ?』


「え?」


 それが何なのか。エリーは思わず周囲にへと視線を向けた。

 人目を避けた場所。にもかかわらず、そこには自分以外の人物が存在していた。

 エリーは顔色を青くさせ、開いた口が塞がらない。


「ク……クロトさん……っ!?」


 間が悪かったのか。宿の付近に戻ってきていたのか、クロトがその場にはいた。

 クロトは目を丸くさせ、エリーの驚いた顔の次に目を疑う光景を見る。


「……お前、これ……なんだ?」


『敵襲……じゃ、ねーよな?』


 この場には2人しかいない。なら、誰がこの状況を生み出したのか。

 自然とクロトの目は再びエリーにへと向けられた。

 

「こ……ここ、これは……そのっ。……ち、ちが!」


 どうにかして誤魔化そうとするエリー。その脳裏では再び魔女の微笑が囁く。


『あらあら、どうしましょうね……』


 


 

『やくまがⅡ 次回予告』


魔女

「退場だと思ったかしら? 残念、私はまだ退場しないのよ!」


エリー

「なんと言いますか、とても複雑な感覚なのですよね」


魔女

「あら愛おしい子。私の再登場が嬉しくないのかしら?」


エリー

「まあ、嬉しくないというわけでもなく。とても言葉にしづらいというのが現状ですね」


魔女

「確かに複雑にはなっちゃうわよね。でもこれでまたクロトや他の愛おしい子たちとも会えると思うと、起こす許可を出した輩には全力鉄拳喰らわせて渋々褒めてあげてもいいくらいだわ」


エリー

「それ絶対感謝してませんよね」


魔女

「ええもちろん! むしろあんな存在この世から抹消してやりたい気分だわ。今でも同じ空間にいるなんて思うと反吐がでるわ、塵も残さず消えればいいのに」


エリー

「それを私の中でやろうとしないでください」


魔女

「大丈夫よエリー。私はアレは嫌いでも貴方の事が大好きだから」


エリー

「どうしましょう。予告だと私がいつもボケる方なのに、つっこまないといけない状況に。さすが魔女さん、あなどれませんね」


魔女

「次回、【厄災の姫と魔銃使いⅡ】第二部 二章「白状星」。そんな褒められ方初めてだわ。これならクロトとの次回予告もばっちりね!」


エリー

「それはそれで嫌な気分になるので、あまりやらないでください」


魔女

「そこまでハッキリ言われると逆に驚きだわ」

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