「予想外の再会」
アイルカーヌ王都を目標とし行動するクロトとエリー。通る街ではどこも魔科学の技術と【歌姫】のことばかり。同じ光景を見るため、違いというものがあまり感じられない。魔科学に精を出すぶん、食文化などがおろそかになり、名物も数が少ない。農業が豊なのは魔科学による発展で農作業を簡易にしているため、多くの作業が重労働にならずに済んでいる。田畑も人の気配は少なく、少々異様な光景とも思える。
「やっぱり不思議な国なんですね。魔法みたいにいろんな事を魔科学というのがしてくれているんですね」
「無駄を削いでるだけだ。味も落ちず品質も悪くなく済むなら、こういった労働を魔科学で補う。効率的ではあると思うがな」
効率を重視したと考えれば、確かにそうだろう。エリーは頷きつつ、これまで見た街並みと同じ光景を眺める。
「あ。ここにもあの人の紙が貼ってありますね」
壁や掲示板には【歌姫】のポスター。エリーもすっかり見慣れてしまい、その愛らしさは少女の心をも動かしてしまう。
憧れに似たものなのだろう。ネアとは違う女性の魅力に惹かれる様。
「皆さんこの方の事がとても好きなんですね。どんな人なんでしょうね」
気になるだろうが、無縁の話だとクロトはスルー。それよりもクロトが気にしているのは、やはり見つからない【聖杯】についてだ。
街を通るたびにネアから連絡がないかと確認。あれ以来ネアも連絡は途絶え、アイルカーヌで合流するであろうイロハともまだ会えていない。
両者には警告済み。ネアが例え敵と見なされていたとしても、簡単にはやられないだろう。一度戦った2人から考えても、ネアを捕えるのは厳しい。【聖杯】をネアも捜索しているが、連絡がないということは、向こうも見つけていないことになる。ネアは【聖杯】について同等程度に理解している。脆い【聖杯】だ。下手に動かそうとすれば壊れかねない。それくらいネアも理解している。
イロハとはアイルカーヌで合流を考えているが、魔銃同士の共鳴もない。ニーズヘッグもフレズベルグの気配を感じていない。アイルカーヌも大国の一つ。ある程度の目印がなければ会う事も難しい。もし敵に捕まっていると考えれば、それも一理ある。
どちらにせよ、進路を変えるわけにもいかない。急な変更は遠回りにも繋がる恐れがある。このまま王都へ向かいつつ、道中【聖杯】を探す。この一択だ。
考え込むのを止め、前にへと向き直る。
その時だった。クロトが聞いた事のある声を耳にしたのは。
「ねぇ、ねぇ~ヘイオスー。此処! この前言ってた場所! すっごく美味しそう!!」
「……オリガ。一応我々も暇ではないのだが?」
「いいじゃんか~。ケチな事言ってると老けるよ?」
「…………私はそこまで老けてない」
「じゃあ休憩として寄ってこうよ~」
「いや……、だからなオリガ」
「そんな遠慮してるけど、ヘイオスだって甘いの好きなくせにー」
「それはそうだが……」
何処かで見たような光景だ。若い男女の組み合わせ。街中で目を引く様な露出をした女性と、それに腕をぐいぐい引かれている黒衣の男性。眼鏡がずれないように指でおさえてもいる。
この時、不思議とクロトに不快感というモノはなかった。
しばらく呆けいてその様子を眺めていれば、魔剣使い――ヘイオスと目が合う。
「……あ」
お互い。そう呟いた気がした。
つられてオリガもクロトに気付く。思わず両者思考が停止してしまう中、周囲に気を取られていたエリーがクロトの後ろから現れる。
「どうしたんですかクロトさん?」
「……ん? ……いや」
クロトが顎を前に向ける。前を見ろという事に、エリーは前を向く。
その途端。ヘイオスとオリガが一同になって身構えてしまう。
それもそのはずだ。ヘイオスとオリガは初対面の際、エリーによってある意味トラウマを植え付けられているようなもの。命辛々撤退し、魔女であるエリーに並みならぬ警戒を抱いてしまっている様子。それは2人に留まらず、彼らの悪魔も魔力の大きさを体感している。
要するに、現状2人にとってエリーは天敵の様な存在となっている。
しかし、エリーは2人を見るなり、どこか安堵した様子でいた。
「あ! よかった~。無事だったんですね」
「……?」
「クロトさんから聞きました。急に洞窟が崩れてしまったみたいで……。この前は急に喧嘩になってしまい、すみませんでした」
エリーはクロトたちの争いを喧嘩と称し、それに対して頭を下げる。
クロトは軽々しく頭を下げるなと言わんばかりにエリーの頭をすぐに上げさせる。
2人は徐々に警戒心が薄れ、急にこちらに背を向け何やら耳打ちを開始した。
「ねぇ、どうなってんの? あの子あの時の事覚えてないわけ? ……ていうか、あそこ崩れてなかったよね? なんのこと言ってんの?」
「知らん。私に聞かれても困る。……それにしても、まさかアイルカーヌ側に来ていたとは」
「あたしやだよ? またあの子怒らせるの怖いもん! 不死身くんは全然怖くないけど」
「誰も今戦えなどと言ってはいないだろう? ……しかし困ったものだ。あの2人は後回しにするはずだったというのに。…………少し胃が痛くなってきた」
「胃薬今買ってこようか?」
「いや……いい。行かなくていい。大丈夫だ」
オリガは最寄りの薬屋にへと駆けこもうとするが、ヘイオスがそれを止める。心なしか、オリガから無意識に逃走したい気持ちが行動に現れている。
「とりあえず、娘子は今は正常だ。問題ないだろう」
「う~~~ん。じゃあ、捕まえる?」
「それで失敗しただろうが。……どうしたものか」
ヘイオスは、ふと先ほどオリガが寄ろうとしていた店にへと目を向ける。
喫茶店であり、今は人の気配も少なくある。
静まった様子を眺めるクロト。このまま見なかったことにするわけにもいかず、新たな手掛かりとしてこの2人から情報を引き出そうと試みた。
「おいっ。さっきからなにこそこそとしてやがる。この前の威勢はどうした? それともビビってんのか?」
と。クロトの口振りはとても話し合いに持ち込むような姿勢にはならず。挑発的な物言いにオリガが即反応。
「ビビッてないしー! 不死身くんなんか怖くないよーっだ!」
「やめないかオリガ」
「前回逃げた奴らが、会って即ビビった様に見えたがな。こっちはお前らが余計なことしてねーか確認しないとならねーんだよ!」
「なによー!? もっかいやんの!?」
『クソ蛇相手ならルサでいちころデス! 今度こそぶっ殺す、デス!』
「やんのか水女? 二度も三度も通用すると思うなよ?」
「クロトさん。街中なのでやめてください」
『やめようぜ我が主~。此処で暴れたらまた俺のせいにされそうなんすけどー』
クロトとオリガが火花を散らす。もう武器をいつ取り出してもおかしくない様子だ。
止める声もなかなか入らず。ヘイオスがオリガを強く引っ込めさせる。
「挑発に乗るなオリガ。此処で暴れれば、警備の魔科学兵がきて面倒になる。まだアイルカーヌでの捜索も終わっていないというのに」
「ぶ~~~っ」
ふくれっ面のオリガ。言葉だけでなだめるのも限界がある。
重いため息をしてから、ヘイオスは再度クロトにへと向き直る。
「魔銃使い。少し話さないか?」
そう言って、ヘイオスは隣にあった喫茶店を指差す。




