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厄災の姫と魔銃使いⅡ  作者: 星華 彩二魔
第一部 五章「覚醒の兆し」
23/59

「魔女の片鱗」

 突如、強い衝撃がヘイオスを襲う。

 

「……!?」


 無意識に体が危機を察知したのか、魔剣を盾として構えて衝撃を耐える。 

 襲い掛かってきたのはあの紫水晶だ。まるで鉄槌の様な重みのある水晶は真横から襲ってきた。その先にあるのは黒い穴。ヘイオスはそれに目を疑う。

 

「どういうことだっ、――バフォメット!!」


 明らかに紫水晶はバフォメットの異空間から出現していた。ヘイオスはなんの指示も出していない。にもかかわらず、その空間を抉った穴は出現しヘイオスたちに害をなしている。

 それだけではない。


「ヘイオスっ。どう、なってんの!? 穴が、通れないっ」


 脱出経路として開けられた空間。その穴は固く閉ざされ、最終的には消えてしまう。

 ヘイオスはバフォメットを問いただそうとする。しかし、当の本人ですらこれには慌てふためいていた。


『わ、我ではありませんぞヘイオス殿!? 我はなにもしておりませぬ!!』


「何を言っている!? なら、いったいどういう……っ」


『どうもこうもっ、我の力を別の者が行使しているとしか……。一番思い当たるのは……』


 この場でこちらに明確な敵意を向けているのは……1人。

 押し留まるヘイオスの目が、わずかに傾く。

 魔女が。幼い少女がくすくすと笑みを浮かべている。考えられたのは、エリーがバフォメットの力を見ただけで覚えた、ということ。魔法に対する学習能力が恐ろしいほど高いのか、それとも別か。どうであれ、少女はこちらを逃がす気などないという事だけは理解できた。

 

『さすがにマズいですぞヘイオス殿! 現在我の力がいうことを聞いてくれませぬ!』


「主導権が向こうにあるとでも言うのか!?」


『何度も試みてますとも! 例え魔女が相手でも、覚えたてだろうとこちらの力に干渉しようと、必ず隙はあるはずっ。それまで耐えてほしいですぞ!』


「耐えろと……、簡単に言ってくれるっ」


 この状態がいつまで続くともわからない。先手を打たれ、ヘイオスは動きを完全に封じられている。オリガも対応できる状態ではない。追い打ちがくれば、一方的な力によって押し潰されてしまう。

 






 頭の奥で、何かが言い聞かせてきた。

 ――壊せ。――壊せ。――壊せ。と。

 それが当たり前なのだと、そうするために産まれてきたのだと言い聞かせてくる。その言葉に疑いもなにもない。

 目の前にいるのは、害を与える敵。危険なものは、排除しなければならない。

 なら……壊してしまおう。

 目の前の敵に手をかざす。その害はなんと小さく見えた事か。まるで害虫駆除だ。

 小さな虫を潰す、とても小さくて、とても平凡で、ただそれだけのこと。

 その程度で、いったいこの世の誰が恨みを抱こうか?

 ただ、そんな小さな害でも消してしまえば。――世界はまた、更に美しくなるだろうか。

 


 少女が2人に狙いを定めている。

 追撃の用意など万端であると悟ったヘイオスとオリガは呼吸を忘れる思いだ。

 大気のマナと魔素が急速に成長して空気中に破片を漂わせている。それらが襲い掛かる未来が脳裏に浮かぶようだ。

 

「バフォメット! 早くしろ!!」


『今やっております!』


 周囲から軋む不快音が響く。1秒が無駄に長くすら感じる。

 虚空を無数の鋭い紫水晶が覆い、その矛先全てが向けられている状況。次の瞬間、2人から刹那諦めすら出た。

 合図もなく、少女の気分一つで放たれる、そんな残酷な一手。

 かざされた手が。2人を害と定め向いた手が。放たれる瞬間、突如弾かれた。

 その時、全ての水晶が少女の意志から途切れ、ガラス細工の様に激しく砕け散る。

 魔女の。エリーの赤い瞳が丸くなる。虚を突かれた少女の手を弾いたのは、魔銃使いクロトの手だった。

 

『――とったでありますぞ! 即行でこの場から離脱いたしますぞ!!』


 バフォメットの合図と共にヘイオスとオリガの真下に空間が開き、2人はそのまま穴の中にへと落ちて行った。

 崩れ落ちる水晶が、荒々しく水面に落ち、大気に溶けて消えてゆく。

 その間、幼くある赤い瞳が、ずっと目を丸くしながらクロトを見上げていた。

 クロトも、エリーの赤い瞳を凝視する。やはり、魔女としての力が表に出てしまっているのだと、再認識を終えた。

 硬直する2人。最初に踏み切ったのはクロトだ。


「……何している、エリー」


「……」


 エリーは何も答えない。微かに小首を傾け、まるでなにがいけないのかわかっていない様子だ。

 先ほどの圧は今のところ消えている。今のエリーにとって、クロトは害か否か、その班別の最中なのやもしれない。

 下手な行動は魔女の怒りを買う。しかし、エリーが自分から他者を傷つけようとするなど、それをクロトは認める事もできず、むしろ怒りが湧く。

 ただ不快なだけではない。その姿は、普段のエリーからかけ離れているからこそ許せなかった。

 

「しっかりしろ馬鹿野郎!」


 掴みかかり、少女の身を揺すり、クロトは叫ぶ。

 

「何考えてんだよ! 他人を傷つける度胸もないお前が、平然とざけたことしてんじゃねーぞ! 目を覚ませ!!」


「……っ」


 叱りつける声。抑制しようとする言動。それが少女にどう影響しているのか、エリーの眉がわずかに歪む。

 不快感か、戸惑いか。どう思われようと、クロトはエリーを正気に戻そうと必死に呼びかけた。

 本当のエリーはこんな事をしない。【厄星】ですら拒み続けてきたというのに、たった一つ、魔女という波に呑まれてしまっただけでしかない。

 まだ戻せる。まだ間に合う。そう願って何度も呼ぶ。

 ――まだエリーは、自分の意志で誰も殺していないのだから。

 されど、エリーの頭に囁くのは、何度も「壊せ」という言葉のみ。ならばと、エリーはそっと手をクロトにへと伸ばし始める。

 






 ――もうおよしなさい。……これ以上は、貴方がただ傷つくだけだわ。







 ふと、鮮明に響いた声に、エリーは目を見開いた。

 熱が冷める様に。赤い瞳が徐々に色を青く変えてゆく。最終的に星の瞳に戻った後、しばし呆然とたたずんでから、エリーは体から力が抜けて意識を閉ざす。倒れ込んできたエリーをクロトは受け止める。


「……寝てる?」


 まるで何事もなかったかのように、エリーは眠り落ちていた。

 だが、この場にいた者はエリーという魔女の片鱗を目の当たりにしている。夢や幻覚とは違う。正に世界が恐れを抱く対象として語られた魔女の姿が、数分前までクロトたちの前にはあった。 

 

「なんで今更……。今まででこんな事……一度もなかったってのに」


『わかんねー。だが、遅かれ早かれ、姫君が魔女ならいつかはその力が表に出てもおかしくねーがな。……今回は急な魔女化に自我がなかったようだが』


「……」


 エリーは【厄災の姫】である前に、1人の魔女だ。【厄星】もエリーの善意と抑制でその脅威から免れていた。しかし、今回は違う。【厄星】とは異なる魔女の力。エリーからは想像もつかない破壊への衝動。それが本来あるべきエリーという魔女の姿なのか。ただ暴走しただけなのか。


「あの魔女は言っていた。自分よりもはるかに強い力をエリーは持っているって。……それに、あの魔法はあの魔女のよく使っていた魔法だった」


『普通は力を扱う事に多少の慣れが必要だ。俺だって炎の扱いがすぐにできたわけじゃない。……だが、姫君は直ぐに扱えた。それも、他の奴の力だって使ってたしな。……もうわけわかんねーよ。正直、姫君には魔女とは無縁の存在でいてほしかったが』


「……起きてしまったのはどうしようもない、か。それに、アイツらの事も気掛かりだしな」


 エリーを両腕で抱えると、クロトは後ろを振り返る。

 この場から逃げたヘイオスとオリガの魔武器所有者。魔女の残党とも呼べる同じ悪魔契約者たち。既に2人の気配は何処にもない。バフォメットの力と魔女の魔武器を所有していた事で、2人はウィルオーウィプスの結界を突破でき、此処に入る事ができた。

 狙いは一つ。【聖杯】の破壊。

 

「あの魔女、面倒な置き土産しやがって」


『同感。とりあえず、もう此処に用は無くなったな。目当ての【聖杯】も壊されちまったみてーだし』


「……そうなるな」


 腑に落ちない。しかし、それをいつまでも引きずっているわけにもいかない。

 予想外の連続にクロトにも疲れがでている。今すべきはこの場を離れ、そして更なる情報の収集となる。

 別の【聖杯】のありか。他の魔武器所有者に関して。そして、狙われているのは自分たちだけではないということ。


「これは、一度アイツらと会っといた方がよさそうだな」


『無関係とも言えねーしな。面倒だが賛成だ』


 今後の事を考えつつ、クロトは水の流れにそって進み続ける。

 水は外にへと向かい、そして最後には外にへと繋がっていた。

 出た場所は、クロトたちが入った鉱山の入り口だ。そこでは、水浸しで倒れていたユーロがいた。

 

「うぅ……」


「マジか、生きてるぞこの眼鏡」


『悪運が強いんじゃねーの?』


 運よく命をとりとめただけでも奇跡だというのに。入りくねった道に迷うことなく此処まで運ばれているのだ。難儀なところもあるが、そういった悪運だけは持っているらしい。

 その情けない姿を一望するも、クロトは見なかったことにして置いて行こうとする。


「ちょっ、ま、魔銃使いさん……!? ま、待ってくださいぃ~~!!」


 

 

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