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厄災の姫と魔銃使いⅡ  作者: 星華 彩二魔
第一部 四章「冥界使者と水霊鬼」
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「魔剣使い」

 元通りとなるオリガはすぐさま槍を持ち直す。

 水である体。常にそうなのか、自動的に危機感と共に変化していくのか。その辺もオリガの意志一つで切り替えが可能なら厄介なものだ。水ならば痛覚もない。先ほどの呻きやよろめきもこちらを遊び半分で騙した演技。

 

「じゃあ、もっかい行っくよー」


 槍の矛先を地べたの水に引きずらせながら駆け出すオリガ。

 身構えるクロトは次の攻撃に備え、水しぶきと共に振り上げられた槍を刃で受け止める。

 完全に槍は止める。しかし、その刹那クロトの腕や足など、至る所から血しぶきがあがった。


「……!?」


 動揺に力がわずかに押し負けそうになる。 

 

「あんれー? どうしたのかな~?」


 苦悶の表情を覗き込み、オリガが不敵に笑う。明らかに身が受けた傷はオリガの仕業だ。特に大振り以外に攻撃を仕掛けた様子には見えない。

 再度槍を流すも、オリガは同じ手には引っかからない。距離を取ろうとすれば追い詰めて槍を振るってくる。 

 長い彼女の獲物が周囲の水を跳ね上がらせ、その度に細かな痛みが体を襲う。

 

 ――コイツっ。水を飛ばしてきてやがる!


 クロトをずっと襲っているのは槍だけではない。それはオリガが意図的にクロトに向け飛ばしている水だ。

 わずかな一瞬だろうと見えてしまった。こちらに向かって飛ぶ水しぶきの水滴。その漂う水滴が針の様になって身をかすめている。更には槍と共に生まれた水流が刃となって襲ってもきた。

 

「くそっ。面倒な女だな。最初っからやり合うつもりで有利な場所にしやがって……っ」


「え? なんのこと?」


「とぼけんな! 最初の津波で水をはりやがって」


 周囲の水は、オリガが津波を起こしてできたものだ。それはルサルカの魔力が生み出した水であり、オリガにとって有利な空間にへとなっている。

 指摘された時、一瞬オリガは首を傾ける。


「……。あ! そう! よく気付いたね!」


 わずかながら動揺した様子が。

 つまり、この地形は意図的というより、津波によって生じただけの、結果的なものでしかない後付けらしい。

 今の指摘でそれも計算の内と彼女はしたのだ。

 

「……この女。イロハなみの馬鹿かっ」


『馬鹿だとしても戦闘に関しては結構手馴れてるぞ? あの魔女が魔武器を渡しただけはある』


 オリガもまた実力はある。それは水との相性もよく、その扱いに長けているという才能だ。

 それがオリガを含めヘイオスと、あと2人もいるという事となる。

 

「オリガ。あまり時間をかけるのも良くない。一応、此処は洞窟の中だ」


 過激さを増せば崩落の危険性もあるとヘイオスが声をかける。

 そこまでの事はオリガも理解していないだろうが、景気よく返答。矛先をクロトにへとまっすぐ向ける。


「そっちが撃つなら~、こっちだってできるんだから! ――【放て! ルサルカ】!」


 オリガは唱える。

 矛先に大気から周囲の水までもが集まり、それらは巨大な球体にへと凝縮された。

 大砲の弾を撃つように、激しい音と共にそれは放たれる。

 銃弾などという大きさをはるかに超える規模。クロトは身に纏う炎蛇の皮衣を前に配置し、それを受けきろうとした。

 その時だ。


『まずい! クロト! それはまずいって!!』


 炎蛇の皮衣。それはニーズヘッグの意志とも繋がっているが、指示を任せない場合、その形や動きはクロトの意志が優先される。 

 ニーズヘッグの忠告が聞こえた時には、炎蛇の皮衣が盾として配置され、巨大な水砲の直撃を受けた。

 押す勢いの水圧と羽衣の盾の衝突。これまで優秀と力を発揮してきた炎蛇の皮衣。その柔軟にして傷一つ受けない衣が、水圧に負け輝きを失い無力と化し、重圧がクロトを襲う。

 わずかな判断。想定外の事だったとしてもクロトは身を傾け大半を避ける。が、渦巻く球体の引力はすさまじい。勢いに引き寄せられ、クロトの身が後方にへと吹き飛ばされた。


「クロトさん!」


「くっそっ。どうなってやがる……っ、おいクソ蛇!!」


『怒んなよ! だから言っただろうが! 俺の相棒にだって弱点くらいあるってこと! ルサルカみたいな、魔力を帯びた水扱う奴の攻撃は相棒にとって天敵なんだよ!!』


 どんな物理も攻撃も熱も屈しない炎蛇の皮衣。しかし、唯一の弱点とされているのが、魔力を帯びた水とある。

 つまり、目の前にいるオリガとルサルカはこちらにとって一番の天敵だ。


『クソ蛇の羽衣なんてルサには通じねーデス! べー、デス!!』


「うーん。ヘイオスー。ホントに不死身くんが魔女様倒したのぉ? なんか思ったよりも弱ーい」


「ふ……ざけんなよ! この水女が!」


「私もそう思う。……何故あの方がこの様な反逆者に阻まれたのか」


「どいつも……こいつも……っ」


 何となくは理解していたが、やはりそういう扱いとなっている。

 ヘイオスもオリガも。当初のイロハと同じ、魔女に恩義があり崇めてもいる。魔女側の人間だ。そして、その魔女に敵対したクロトは、彼らにとって反逆者以外の何者でもない。

 最初の攻撃も、最終手段が過激な行いなのも。すべてはクロトという反逆者に向けられた敵意の現れだ。この様子ならイロハも同罪だろう。

 

「もういーや。不死身くんじゃあたしに勝てないし、あとは任せるよヘイオスー」


 白けたオリガの全身が水となり、ばしゃりと音をたてて崩れる。一方的に任されたヘイオスなど呆れてため息だ。

 姿をくらましたオリガ。何処だ、と視界を彷徨わすも見つからない。しかし、何処かから声は響いてくる。


「まっ、気を落とさないでよ不死身くん。べつにあたし、キミのこと嫌いじゃないし。落ち着いたら仲良くしよ」


 声は確かに移動している。

 その方角は、クロトよりも後方に進んでいた。

 

「……まさか!!?」


 クロトは後ろに控えていたエリーにへと急いで振り返る。

 目が合った瞬間、足元から水が吹き上がり、水流はエリーの身を絡めた。


「ひゃっ!」


「よっと! つっかまーえた」


 背後をとってエリーに抱きよるオリガ。彼女の水の体は周囲の水に紛れて高速に移動する事も可能とする。

 その様は、クロトとニーズヘッグの気を刺激するのに十分だった。

 銃弾がオリガの頭部を数発撃ち抜く。


「うわ!? 撃ってくるとか危ないじゃん!? 娘子ちゃん怪我ちゃうよ!?」


「だったら離れろ!」


 攻撃は効かずとも銃口がオリガにへと向く。怒りの先がオリガに向く最中、そのクロトを更に鋭い視線が襲った。

 向き直ってみれば、先ほどまで観戦していたヘイオスが魔武器を手に立っている。彼が右手に持つのは漆黒の魔剣だ。

 嫌悪の眼差しを向け、再度ため息をもらす。


「やはり危険だな、魔銃使い。オリガ、娘子をそのまま押さえておいてくれ。くれぐれも、【厄星】を発動させぬようにな?」


「はーい」


 槍の次は剣。次なる相手にクロトは身構える。


「アイツの悪魔はなんだった?」


『【冥界使者のバフォメット】だ。死霊の類だが……』


 それ以外の情報がない。

 ルサルカの様に把握は困難。最初に警戒したのは相手が剣であるという、その攻撃範囲だ。

 間合いを詰められなければいい。炎蛇の皮衣もしばらくは使い物にならない。相手に今度は先手を譲らぬ様に銃弾を即座に放つ。

 魔女の作った魔武器なら、その頑丈性を有した剣で防ぐだろう。その予測通り、ヘイオスは避けるよりも銃弾は無意味と示す様に剣を振るって掻き消す。

 しかし、防いだ途端クロトは異様と双眸を見開いた。

 ヘイオスが振るった剣。その直線的な形状が曲線を描いて、尚且つ伸びていた。

 幾つもの刃が繋がり、振るえば鞭の様に伸びる。ヘイオスの剣はただの剣ではなく、可動可能な蛇腹剣だ。

 

「私の魔武器は№1――魔剣のバフォメット。その程度では私に傷は与えられないぞ、魔銃使い。――【抉れ。バフォメット】」


 呼び声に応え、バフォメットはその力を露にする。

 突如空間が歪む。虚空抉り、幾つもの黒い穴が現れる。それらはクロトの周囲を囲んだ。

 

「……!?」


「私はオリガほど優しくはないぞ」


 向けられたのはただの敵意ではない。殺意に似たものだ。

 ヘイオスは魔剣をその場で振るう。伸びる刃は一つの黒い空間に潜り込み、直後クロトの背後にあった空間から出現。体を連続的に刃が斬りつけてきた。


「ぐっ!」

 

 出現した刃同士の接続部を狙って撃つも剣は傷一つ追わず。更に穴へ潜り込んだ刃が死角から襲ってくる。

 翻弄され、何度も身を削がれ、足元は徐々に赤に染まってゆく。

 ついには足は立つ事も出来ず、動く事も反撃もできずにクロトは敗北する。

 

 ――嘘……だろ? 


 手も足も出なかった。その結果が多大な屈辱をクロトに与えてゆく。

 どの刃も的確に相手の動きを封じてゆく様狙ってもいた。殺すというよりは、完全に動きを封じるための判断。何処を狙えばいいか、よく理解している。

 傷口を炎が纏うも、数が多すぎる。そしていつもよりも速度が遅い。蛇腹剣による断続的な刃が治そうとする箇所を何度も傷つけて妨げてもいた。

 それでも、起き上がろうと戦意を抱く。その抗う意志が、ヘイオスによって踏み倒される。

 体を踏みおさえられ、中心に剣が突きつけられていた。


「……っ、てめぇっ。眼鏡野郎が!」


「口だけは達者だな。しかし、それだけだ。バフォメットの力は空間操作。それに翻弄された時点でそちらの負けは決まっていた。このまま心臓を貫いたとしても不死なら埒が明かない。その魂……しばらくこちらで預からせてもらう」


「なっ!?」


「私の契約悪魔のバフォメットは冥界使者だ。魂を回収し導く者。生者から一時的に魂を預かることも可能だ」


『その通りですぞ。ご安心を。その辺はしっかり管理いたしますし、ヘイオス殿の許しが出ればちゃんと返してあげます』


「バフォメットも安心しろとのことだ。念を押して、心臓も異空間に保管しておけ」


「ふっざけんなよ、この眼鏡ぇ!!」


『その眼鏡燃やすぞクソが!!』


 口でしか反抗できず、その程度ヘイオスは気にも留めない。

 ゆっくりと上がる刃。それがいつか落ちてくる事など、遠目でもエリーには理解できた。


「やめてください! クロトさんに、酷い事しないでください!!」


「大丈夫だって。後でちゃんと魂返すってヘイオス言ってたから」


 落ち着かせようとオリガはエリーをなだめる。少しでも安心感を持たせようとした。

 絶望はしない。そうしなければ【厄星】は現れない。 

 

 しかし、それに並ぶほどの劣等感がエリーの心を襲う。


 

 ――なんで……私はいつも、何もできないんだろう……。

 ――いつも見てるだけで……、こんな時に何もできない。

 

 目の前で大事な人が苦しそうにしているのに。それを癒す事も、助ける事もできない。

 自分の無力さが胸を締め付けてゆく。

 何かできれば。クロトを助ける事のできる何かができれば、エリーにはそれだけを望む。

 

 ――私には何もないの? 【厄星】以外に、私には……本当に何もないの?


 不意に、エリーは問いかける。

 何処かもわからない。誰かもわからない。そんな何かにへと、エリーはただ問いかける。


 ――だって……私はあの人の…………娘なんでしょ? 

 ――だって私は……――魔女なんでしょ!?


 自分は魔女だ。あの魔女が認めるほどの魔力を有した、同じ魔女だ。

 その認識と問いに、何者かは応える。

 

 その時――何かに亀裂が生じた気がした。

 

 そして、問いに明確な答えを彼らは返す。



 ――キミの望むままに。

 ――受け取るといい。望んだそれは、本来キミが持つべきものだ……。



 亀裂の隙間から黒い物が吹き出し、それはしだいに少女の意識を塗りつぶしてゆく。

『やくまがⅡ 次回予告』


ヘイオス

「穏便に事を終わらせたかったというのに、やはりこの様な結果になってしまったか」


オリガ

「わかってたなら回りくどいのやめない? あたしは不死身くんと戦えて結構楽しかったけど」


ヘイオス

「……なんでお前はそう好戦的なのか」


オリガ

「だって、魔女様倒されたから、その不死身くんには一発入れてあげないと気が済まないってやつ? ヘイオスだってそうじゃん。容赦なさすぎー」


ヘイオス

「……それは確かに……な」


オリガ

「にしても、不死身くんそんなに強くなかったね」


ヘイオス

「お前とは相性も悪いからな。あの厄介そうな羽衣も封じてしまうのだからな」


オリガ

「えっへへ~。つまりあたしでも魔女様に勝てるってことかな?」


ヘイオス

「さてな。私はそんな気は一切しないのだが……。まあ、難なく2人を捕獲できるのならそれに越した事はない。正直、一番厄介な相手だとは思っていたからな」


オリガ

「じゃあ、後の2つの魔武器も楽勝ってことで!」


ヘイオス

「次回、【厄災の姫と魔銃使いⅡ】第一部 五章「覚醒の兆し」。ところで、魔銃使いはずっと私のことを眼鏡野郎と呼んでいるのだが、言うほど眼鏡が第一印象だろうか?」


オリガ

「え? ヘイオスといえば眼鏡でしょ?」


ヘイオス

「……そうなのか?」

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