「少年少女の日常1」
――愛情は……重みですか……?
【愛情】という感情に縛られ、心を押し潰された少年がいた。
少年は感情の一部を焼却し、己のためだけに生きる事を決意し、――魔銃使いにへとなった。
【呪い】を受け、世界中から疎まれた少女がいた。
少女はいつか世界に終焉をもたらす者と予言され、一度過去を手放すも受け入れ生きる事を選んだ――【厄災の姫】。
これは、そんな二人が紡ぎ、共に未来にへと進む事を望んだ続きの物語。
【願い】の先の……そのまた先へ……。
「……とりあえず、ゆっくり話を」
「断る」
「…………こちらも仕事なんで」
「だーかーらーーーーっ!」
街の入り口。警備に行く手を阻まれ、抗議する様子を住人たちがチラチラと視線を寄せる現場。
立派な成人男性は穏便にと説得するもうまくいかず、しまいには頭を悩ませている。抗議するにしても、警備の男は相手に対してどうにも下手に出てしまっている。
けして、職務を全うしようとする男が弱気だからというものではなく。相手が悪いという気持ちでもいた。
男と対面しているのは、自身よりも背は低く、その上年下であり、子供と見なされているからだ。
ついにこの空気に嫌気がさしたのか、単に短気なのか……。警備の男を相手に対面は声を荒げだす。
「――俺は人さらいでもなんでもねーんだ!! なんべん言わせりゃ気が済むんだ!?」
声を荒げたのは、特に目立った容姿がない少年。何処にでもいそうな茶色の短髪。しかし、相手が誰であろうと噛みつく様な言動はとても目立つ。
少年の名は――クロト。
クロトは今、検問で警備兵に阻まれていた。それも、人さらいという容疑でだ。
「え? ハァ!? テメェの目は節穴かなんかなの!? 何処をどう見て人を犯罪者呼びしてんだよ!」
と。クロトは自分が濡れ衣を着せられていると言う。ただし、余計な言葉もある。
「……だが、その抱えている少女は……いったい…………」
まだ認めようとしない警備兵。目頭に指を当て、クロトの左腕を指差す。
そこにはクロトより幾分か歳の離れた少女がいた。慣れた様子で腰回りを抱えられ、少女は手足が地に付かない様。
幼いながらも、少女の容姿は良い方。悪い大人がいれば、さらわれてもおかしくない。
警備兵としては検問もしているため、穏便に話だけでもと思ったのだろう。
……が。それに応じないのがクロトだ。
「人の連れに文句あんのかよ!? この方が楽なんだよ!!」
「連れ……って。ひょっとして兄妹かなにかかい? ……とても似てないが」
2人を何度も見比べるも、血が繋がっている様には見えない。
クロトは髪も目も茶色。少女は金髪碧眼。容姿が一切似ておらず、此処まで反論されると逆に疑う意志も膨れ上がってしまう。
抱えられている少女――エリーもこの様子にどうしてよいかわからず、おろおろと眺めるのみだ。
「…………い……、生き別れ…………の……」
「絶対嘘だよ!?」
もう、それで通そうとでも思ったのか。クロトは先ほどまでの発言力を失い、とても言いづらそうに、そして視線すら逸らしていた。
しっかり虚言であると見破られ、嘘を付こうとしたことで余計に疑われ始めた。
「とにかく来なさいっ。いろんな意味でっ」
「ふーざーけーるーなーーっ!」
ついに腕を掴まれ、強引に連行されそうにもなる。
引かれるも、クロトも負けじと抵抗。もはやこの二人に言葉は無意味だ。しまいには、周囲の視線が痛く、ひそひそと耳打ちすらしている。
怪しい者への偏見か。それとも、子供を強引に連れて行こうとする警備兵への軽蔑か。そんなことは当事者たちにとってどうでもよく、それどころではない。
長く続いたせいか、後退にきた警備兵も応戦。二人がかりで連行されそうになるも、丁度街を出ようとしていた荷馬車が騒動に紛れ通り抜けようとしていた。それにクロトはエリーと共に逃げ込み警備の手から逃れ、そのまま街から遠ざかる。
「誰がこんな場所入るか! テメェら次会ったら覚えとけよ!」
……と。ありがちな言葉を吐き捨て。中指を立てる、親指で首を切断するサイン、留めにその親指を真下にへと突き出す。傍から見れば普通に相手に嫌悪感を抱かせる見事な3連コンボだ。エリーも「きっとダメな事だろうなぁ……」と心の中で呟く。
突然がらりとした荷馬車裏に飛び込んだことで、前で馬のたずなを握っていた者たちが驚いた様子でこちらを眺めていた。
「……な、なんだお前たちっ⁉」
「ご、ごめんなさい。勝手にお邪魔してしまって……」
悪いのは勝手に乗り込んだこちらである。それを理解し、エリーは頭を下げる。クロトはまだ機嫌が悪く、勝手も悪気もなく当然の様に開いている場所でふんずり返る。先ほどの言動と態度からして、あまり話しかけない方がいいと思ったか、運搬し終えた後であろう運び主である男性2名は深く追求しないようにした。
意外にも思えた。男のどちらも運搬作業をしているだけあって、力に自信がありそうなガタイの良さがある。明らかに乗り込んだこちらが悪いというのに、文句や追い出したりせず、そのまま馬車を走らせる。
心が広いのか、穏やかな性格なのだろうと、エリーは再度頭を下げる。
「本当にすみません。私たち、勘違いされてしまったみたいで……。ねっ、クロトさん」
「次アイツら見かけたらぶっ殺す……」
「……クロトさぁん」
「いやいや……、べつにいいんだが……。最近あの街では子供がいなくなることがあって、警戒を強めているらしいからなぁ」
「ああ、そうだな。女子供がいなくなれば、そりゃあ警戒はするし。こっちも毎回検問でよく時間をくわされるようになった。そろそろ、あそこもダメかなってなるよなぁ」
「そ、そうなんですか。それは大変ですね」
エリーも、女性や子供が行方不明となると見ず知らずの他人であろうと不安になる。
その様子に、クロトは深くため息が出てしまう。
「あんま他人のことばっか気にすんなよ?」
「で、でもっ。心配になってしまいます! 無事に見つかるといいんですけど……」
そうは言うが、見た事もない相手を探す気にもなれない。
無事を祈るのはタダだ。だが、エリーという少女はどうしても他人を優先してしまう性分であるため、これでは不安でしばらくは落ち着けないだろう。
かといって、こちらにできることはない。
「とりあえず、今は落ち着け。また来た道を戻るのもなんだが、俺はあそこに近づきたくない」
「そう言わずに……。しっかり話したら、あの人たちもきっとわかってくれますよ」
「お前もあそこで俺の無実を証明しろよな?」
「すみません。……どうしていいかわからず」
すっかり場の空気に流されてしまったエリーも、今思い返して反省する。
「次からは頼む」
「……ふぁい」
これは加担しなかった罰なのか。クロトはエリーの頬を両側からむにむにと軽く摘まむ。
そんな様子に、思わずか前の方から笑みの声がこっそり聞こえてくる。
「仲がいいんだね。似てないけど、兄妹だったりするかい?」
「……いえ。私とクロトさんは違いますよ」
「だな。なんて言えばいいか……」
どう説明するのが妥当か悩む。
だが、その説明をしっかり聞いていないのか、男たちは再度笑みを浮かべ、続けた。
「へぇ~。子供だけでうろついてると危ないぞ?」
「そうだなぁ。魔物だっているし。親は心配しないのかい?」
「あはは……。お気遣いありがとうございます。でもごめんなさい。私たち、親は…………」
エリーがそう言いかけただけで、たいていの者は察しがつくだろう。
この世に、親がおらず、行く当てのない子供などいてもおかしくない。その部類なのだろうと考えるのはよくあること。
しかし、前の方で和んでいたかと思えば、彼らの笑みはしだいに澱みを帯びてゆく。
「そうかい、そうかい。それはよかった」
「ああ。――そういう子供の方が手間がはぶける」
その直後。荷馬車の後ろ。クロトとエリーの居座る荷物置き場の出入り口に、突如鉄格子が落ちる。