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厄災の姫と魔銃使いⅡ  作者: 星華 彩二魔
第一部 四章「冥界使者と水霊鬼」
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「枷」

「……と、とにかく、落ち着いて話をしましょうか」


 くたびれた様子で、バフォメットがようやく区切りのついた言い争いの終了を告げる。

 隣ではまだ涙目でぐずるルサルカが。言いたい言葉もそろそろ出尽くしてきたのか、言い疲れてきたのか。先ほどよりはまだ落ち着いてきている。

 しかし、さんざん言われ続けたニーズヘッグのショックもまったく隠せず。早々この心の傷が癒える事はないだろう。それでもどうにか気を保ち話にへと意識を集中させる。そのための合意の入れ替わりなのだから。


「そんで……こっちも色々と聞きてーことがあんだが? それはできるのか?」


「まあ、確かにこちらの要求ばかりなのもありますからね。時間も少ないので手短に行きましょう。公平は冥府でも重要なので」


 バフォメットは三の王に属する悪魔だ。冥府の住人であり、魔女が魔武器にまでもしているとなるとそれなりの大悪魔、のはずだ。冥府にも冥府での厳しい掟などがあるらしく、彼の公平な物言いには助かる。ニーズヘッグの要求のため反論するかと思えたルサルカも、意外なまでにすんなりと頷きを返した。

 ニーズヘッグだけでなく、バフォメットもルサルカも同じく意識を枷に奪われていた身だ。同じ魔女に魔武器にされた境遇もあり、思うところもあるのだろう。


「一番気になったのは、お前らはどうやって魔武器の枷を外したんだ?」


「……と、言われますと?」


 ニーズヘッグはこちらでの経緯を軽く説明。運良く【鏡迷樹海】を通して枷が外れ、それ以降は意識がハッキリとするようになった。そのため、最初の枷を外すだけでも神頼みの様な運だった。それを同行していた人物以外で成せたのかも疑問でしかない。尚且つ、ニーズヘッグはそれ以上の経緯もあり枷をフレズベルグよりも多くはずしてしまっている。そのためこうして表に姿すら現せている。目の前の2体はこの顕現すら可能とさせているのだ。

 首を傾けたバフォメットはルサルカと顔を見合う。


「なんと言いますか、よくあの八の王の禁忌区域と称された【鏡迷樹海】なんぞに行かれましたね」


「ルサなら絶対に行かねーデス」


「マジで運が良かったんだって! でもそっちはそんな経験すらしてねーみてぇだろ? どうやって枷外したんだよ!?」


「そう言われましても……。特になにもこちらはしていませんよ?」


「……はぁ?」


「我も驚きましたよ。急に意識も視界も、はたまたこのような事も可能になったのでありますから」


 隣で、ルサルカも同意して大きく頷く。


「ルサも驚いた、デス」


 つまり、2体は特に行動を起こしたわけではなく、別の力は働いた事となる。

 そして、それに関する事には心当たりがあったらしい。


「おそらく、魔女殿の死が関係しているかと。そのくらいの時期でしたか。このように主である御2人とも会話できるようになったのは」


「……つまり、魔女が死んだせいで枷が外れた……と。てーことは、お前らもある意味大変だよなぁ。魔力が宿主の中で充満して居眠り起こすとか、苦労するよなぁ」


 少し、ニーズヘッグは胸を撫で下ろす気分になる。

 自分と同じほど枷を外しているのなら、彼らも同様主に迷惑を不本意ながらかけてしまっている事になる。自分だけだと負い目を感じていたが、その心配は不要の様だ。

 ……と、思っていたが。


「いえいえ。さすがにそこまで枷は外れていませんよ。そんな事したら、ヘイオス殿に迷惑をかけてしまいますからね」


「ルサはオリガにそんな事しねーデス」


「魔女殿もそこまでの事にならぬよう計算されてますでしょうからね」


 不安が解消されたと思いきや、どうやら向こうはそれほどまでではないらしい。魔女を擁護された事にも不服だが、早い話がニーズヘッグだけがそのような立場となっている現状。ただ単に、彼らよりも枷を多くはずしてしまっているだけなのか。それとも、自分の魔力管理の問題なのか。それだけはあってほしくないとすら思える。

 

「……でも、なんで枷が外れんだよ? 魔女が仕組んでいたとして、意味あんのか?」


 この件には謎がある。魔女にとっての利益も考えられない。


「知りませんよ、そんなこと言われましても……」


 バフォメットも詳しい理由などを知らないらしい。

 ヘイオスという魔武器所有者が行動しているのなら、肉体を共有しているバフォメットが知らなければヘイオスが理解しているとも思えない。

 考えても仕方がない。そう区切りをつける。


「では、ヘイオス殿に頼まれてもいますので。粗方の内容も把握しておられますよね?」


「一応。その件に関してはこっちは俺も含め納得してねーよ」


「悪い話ではありませんがね。こちらの目的は魔女殿が作った魔武器の遺産所有者、計7名の集結。もしくは魔武器の回収。そして、ヘイオス殿は【聖杯】の破壊を掲げております。ついでに、魔女殿の娘子であるお嬢さんの【呪い】も解除しない。この様な感じですかね。ちなみに、我々の元にはあと2人の遺産所有者が賛同してくださってます。少々癖のある方々ですよね、ルサルカ殿」


「ルサはお前もあんまり好きじゃねーデス。オリガが仲良くしてるから仕方なくデス」


「ぬぅ……っ。とりあえず、賛同してくださるなら危害は加えませぬっ。娘子の安全も保障しますっ。その件で、ニーズヘッグ殿からも主殿に話を――」


 温情をいくらかかけたのだろう。危害を加えない。エリーの安全も保障する。条件としては、賛同すれば安全なのだろうが、ニーズヘッグは毅然としてふるまう。


「悪いが、ウチの主もあんな感じでよぉ。結構他人の言う事は聞きたくねーたちなんだよ」


「ですので、そこをなんとか説得していただけないかと。我もべつに過激派な悪魔ではないため……」


「いや、だから無理だろ。それに、俺としてもそっちの行動には少し虫の居所が悪い面もあるしな。こっちは姫君の【呪い】を解きたい。そのために【聖杯】が関与しているらしい。そのどっちも妨げてんだ。俺が説得しても、アイツはこういうぜ? ――「じゃあ、お前らは敵だな」って」


 バフォメットとルサルカ。どちらもが対立の意志を感じ取る。

 しかし、そこで終わってしまえばただの交渉決裂だ。ならどうするか。


「とりあえず、今回は日を改めるって事と、そっちでも考えを改めて――」


 ただ敵対関係で終わるよりも次に繋げようとする。さすがに大悪魔同士の争いごとはニーズヘッグも望まない。穏便にこの場を切り抜けようと話を持ち掛けるも、何処かから激しく鳴りだすベルの音に阻まれた。

 ジリリリリ、と。鬱陶しいほど鳴る音はバフォメットからだ。バフォメットは「失礼」と懐から懐中時計を取り出した。


「……あぁ、時間です。あまりオーバーしますとヘイオス殿に叱られてしまいますのでね。残念ですがこれにてお話は終了です」


「……え? ちょっ!」


「申し訳ないですが、お先に戻らせていただきます」


「ん……」


 ルサルカも頷く。

 話の途中のためこのまま戻られるのは困ると、ニーズヘッグは呼び止めようとする。しかし、その間も与えない様に2体は体をすんなり主にへと返した。

 そのため、ニーズヘッグもどうしようもなく、渋々クロトにへと体を返す。

 3人が一時の眠りから覚めると、真っ先に対話を試みた契約悪魔にへと話が進む。


「……時間は確かに5分だったな」


『時間厳守は勤務の務めですぞヘイオス殿。良き時間も過ごせましたとも」


「……何を話してたんだ」



「ねーねー、ルサルカ。どうだった? なんか面白い事あった?」


『ないデス。ニーズヘッグとはもう二度と会いたくねーデス』


「不機嫌にならないでよぉ~。お願い聞いてくれてありがとー。よしよし~」


『……むふん』



「どうだったクソ蛇? 変な事吹き込まれてねーだろうな?」


 炎蛇が表に出ている間クロトにその時間の記憶はない。それはヘイオスもオリガも同じだ。

 問いかけると、ニーズヘッグは少々青ざめた顔で固く口を閉ざしている。まるで、苦いものを吐き出さない様にしているようにも見えた。

 その仕草から、クロトは察する。これは良い方向には進まなかったな……と。話を一緒に聞いていたであろうエリーなど、途中から聞くということを放棄してしまったのか、とても把握できていない様子でいる。

 話の結果が出した結末。それは直ぐに訪れる。


『少々いざこざはありましたし、時間の関係もありまして中断となりましたが……』


『問題ないデス。結果は以上』



『『――交渉決裂。当初の予定通り、実力行使で捕獲』……デス』



 バフォメットとルサルカ。その2体の言葉にヘイオスとオリガは、次にクロトにへと顔を向けた。

 先ほどまでとは違う。明らかな敵対の眼差しが魔銃使いに向けられた。

 要するに、交渉決裂として終わったこととなる。

 合意し一時的に身を貸したクロトとして、追究したいという視線が炎蛇にへと痛く向けた。


「……お前。何話したんだよ?」


『……すいません。時間制限……ってとこもありまして…………。後で落ち着いて説明させてください』


 間違ってはいない。嘘は言ってないが、もっと他にあったこともあるだろう。都合の悪いことには触れない様。

 クロトはそれ以上何も言わない。だが、確実に後で何かしら罰が下るだろうという事だけは理解できた。


 問題は、その後があるかどうかだ。



 

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