「肉体共有のデメリット」
「さーって、姫君のお褒めの言葉もいただいた事だし、ちゃっちゃとお仕事しますかぁ。どっかにいい場所ねーかなーっと……」
上機嫌になったニーズヘッグは辺りを見渡す。
蜘蛛の糸を焼き、炎の灯りで空洞の広さも把握。同時に蜘蛛の暴れた事で周囲の壁は酷く崩れている。崩壊の心配はなさそうだが、辺り一面にある亡骸は視界に毒だ。こればかりは明るいことを批難したくもなる。
「お! 丁度いい感じで奥に繋がりそうな壁発見」
ニーズヘッグは一際薄そうな岩壁を見つけ駆けてゆく。
ようやくニーズヘッグは離れれば、今度はユーロがエリーに寄り添う。聞きたい事が山ほどありそうな顔がエリーにへと向けられた。
「…………あ、あの~、天使様。その、魔銃使いさんはどちらに?」
「えーっとぉ……。とっても説明に困るものなのですが……」
言って良いのか、悪いのか。悩ましい局面だが、ユーロはこの現場を目撃しニーズヘッグという悪魔を認識してしまった。下手に隠しても手遅れだろう。そのため、エリーは戸惑いつつもユーロに説明。
「あの、驚いたり、他の人に言わない様にお願いしますね」
「は、はい! 天使様のお願いなら守ります!」
「……実は、あのニーズヘッグさんが……クロトさんなんです」
「…………ん?」
首を傾けるユーロ。その反応は仕方がないとエリーも思う。もし自分がユーロの立場なら、きっとそうしていたからだ。
そして、エリーこのクロトの症状を知ったのは2ヵ月前ほどとなる。
本来、人間と魔族とでは生態に異なるものがある。
体の構造。形は似ていても中身が主に違う。
魔族は魔素など、魔に関する元素や力に対し適応している種族。逆に人間は高濃度の魔素や魔力というものをその身に受けると、大きな負荷がかかり眠りに落ちてしまう。そのため、人間は魔界で活動が困難とされている。
魔銃使い――クロト。彼は【炎蛇のニーズヘッグ】と契約し、その身に炎蛇の魂を宿している。
それは、魔を肉体に宿しているという状態だ。
しかし、これまでクロトがその魂からあふれる魔の影響を強く受けずにいられたのは、魔女の作った作品、大悪魔を宿した魔武器のおかげだ。魔武器に封じられた大悪魔の力を効率良く、そして魔の負荷を大きく受けないよう作られている。
だが、今クロトはニーズヘッグの魔力の負荷により魂が眠りに落ちてしまっている。
何故この現象が起きたのか。それはニーズヘッグを拘束する枷に原因があった。
枷は大悪魔の自由を制限し魔武器に繋ぎ止める役割があり、同時に制御するために欠かせないものだ。その枷を外してしまう事象が幾度かあった。そのせいか、今のニーズヘッグを制御する枷の数が減り、魔力がクロトの中で充満してしまう事態に。頻度としては多くはないが、意図せず睡魔に襲われクロトは稀に寝落ちしてしまう。
それだけに留まらず、自由をより得たニーズヘッグはクロトの肉体を借りて表でも彼本来の姿を維持できている。クロトとは体格が大きく異なるが、姿形を魔力で形成しているとか。魂の形で自然とそうなるらしいと、ニーズヘッグは語っていた。
傍から見れば、【炎蛇のニーズヘッグ】が完全に自由を取り戻したようだが、それでもクロトとの繋がりを絶ててはいない。ニーズヘッグの本体は魔銃に組み込まれたままなのだから。
そして、この様な事態に陥った時、一番の対処法が存在している。
要は、クロトの体内に充満したニーズヘッグの魔力を抜くこと。つまり、魔力の発散だ。
「せーのっ!」
ニーズヘッグが炎を纏い、薄壁となった岩に向け爆炎を放つ。
離れていてもわかる爆音と熱気がエリーとユーロを煽る。
「……つまり、今はニーズヘッグさんですけど、本当はクロトさんなんです。クロトさんが寝てしまったので、仕方なくニーズヘッグさんが出てきているという。……すみません。なんとなくでわかってください」
「お、お気になさらず……。なんというか、大変ですね、天使様」
「はい。…………とても」
どこかエリーが遠い目をする。
この現象にはとても悩まされているのだろう。と、ユーロは先ほどまでの二人のやり取りを思い出し、静かに頷く。
実のところ、ただニーズヘッグが元の姿で出現しているだけでも魔力を消費できるのだが。その分、時間がかかるものがある。エリーですら心底早く戻ってもらおうという意向を示しているため、そこまで炎蛇の自由な時間とはどうしようもない時か、クロトの許し意外にない。
「これでぇ、とどめぇ!」
ニーズヘッグが炎を纏う拳を壁にへとぶつけた。強い爆炎が壁に激突し、大きな音をたてて穴を開ける。
一仕事終えたニーズヘッグは額の汗を拭いスッキリした様子。大雑把ではあるが、ある程度魔力を消費できたのだろう。
「姫君ー。とりあえず終わったぞー!」
「は、はい。お疲れ様です……」
颯爽と炎蛇はエリーに駆け寄る。
「せーっかくの再開なんだけど~、此処でお別れな~。寂しいかもしれねーけど、俺ちゃんと姫君見守ってるんで!」
「……は、はぁ」
「あと眼鏡! あんまウチの姫君に馴れ馴れしくしてっと今度会った時にマジで燃やすから覚悟しとけよ!」
「ええ!?」
「ニーズヘッグさん……っ」
「わーってるって」
突如、ニーズヘッグの足元から炎が現れ、それはしだいに彼の姿全てを覆い隠す。
直後、掻き消えてゆく炎から現れたのはクロトの姿。眠りから覚める様に、クロトは瞼をゆっくりと開く。視界がエリーたちを映し、ようやく本人も自分が眠ってしまったのだと自覚。身にまだ残る眠気につられ、大あくびをしながら体を伸ばす。
「んっ、~っ。……やべ。俺寝てたのか」
「おはようございますクロトさん……。もぉ~、クロトさん。ビックリしましたよ。あんな時に私を抱き枕にして寝ようなんて……」
無意識だろうがクロトは当時のことを思い出す。
「……抱き心地抜群だからな」
「それ、褒めてます?」
「一応。…………さて」
体を伸ばしきり、眠気が抜ければクロトはそのままユーロにへと魔銃の銃口を向ける。
唐突な行動にユーロは両手を上げてぶるぶると震える。
「な、ななな、なんですか魔銃使いさん!?」
「お前が一番よくわかってんだろが。こっちのいっちゃん面倒な秘密知りやがって、ただで済むと思ってんのか?」
「そそ、そんなぁ!? 見たくて見たわけじゃないですからー!!」
「クロトさん。クロトさんもニーズヘッグさんみたいなことしないでくださいよぉ……」
「……口止めだ。他に知られても面倒だからな。クソ蛇と一緒にすんな」
『……え? そんな差ありますー??』
ユーロはこのことを他に言わないと誓い、その場はなんとか鎮まった。
それはもう、何度も「言いません」と言い続け、聞き続けるのも鬱陶しくなるほどだった。
ここまで口止めしておけば心配はないだろう。
『あ! そうそう我が主~。さっきそこの壁ぶっ壊したんっすけどー、いいもん見つけやした』
一段落ついたことで、ニーズヘッグが朗報と言う。
言われた通り穴の奥を覗いてみれば、奥にはなにかしらの通路が続いていた。明らかに坑道とは違い、石膏の柱が並んでいる。まるで遺跡だ。
「……運がいいな。どうやら祠とやらの道に出たみたいだ」
『祠というよりは遺跡だな。というわけでクロト。ありがたく思っていいぜ!』
「とりあえず行くぞー」
『無視だけはやめて!!』
そんな訴えをクロトは「聞こえなーい、聞こえなーい」と棒読み。聞こえないふりだ。




