「別の道」
ユーロが、残念と失態に地に両手を付ける。
それもそうだろう。自信満々で案内したというのに、見つけた祠への入り口は塞がってしまっている。
見事なまでの塞がりようだ。人が通るには容易な入り口の広さ。それをキッチリと塞ぐように岩がこれでもかと穴を埋めている。薄いようなものならどうにか突破できただろう。しかし、クロトも確認してみたが奥の方まで岩が詰まっている様子。すべて砕くのも骨が折れそうだ。例え砕けたとしても、振動で更に崩落を招いてしまう事もある。手を付けないのが無難と判断した。
「す、すみません魔銃使いさん、天使様……っ。せっかく付き合っていただいたのに、なんにもお返しができないなんて」
「だ、大丈夫ですよユーロさん! 此処にこれたのもユーロさんのおかげですし、すっごく感謝してますから!」
涙目に謝罪するユーロ。それをどうにか励まそうと必死なエリー。
だが、魔銃使いの前では現実は厳しいもの。
「マジで無駄足だったな……。期待してなかったけど」
クロトの心ない言葉に、ユーロの胸に言葉のナイフがグサリと突き刺さる。
『なんだろうな。ざまー、と言ってやりたいところのはずが、どんまい、って言ってやりたくなるんよな。ウチの主が口出すと』
「うるさい。…………さて、どうするか」
この入り口は当分使えないだろう。しかし、歯痒いものもある。
ユーロの情報通り、祠の入り口はあった。なら、その先に【聖杯】があってもおかしくない。可能性がゼロでないため、近くの手掛かりをどうにか確認はしたい。
クロトは周囲を見渡す。外壁の岩山。祠への道がどのようなものなのかわからない以上、上に進むか下に進むかもわからない。わずかでも何かしら情報がほしいところ。そう考え辺りを注意深く観察した。
「……」
街を覆う外壁。その周囲は森に覆われている。本来なら更に山がこの一帯を囲っている有様。当時のこの街にいた住人の側に立って考えればなにかしらあるはず。その中で、クロトは祠付近の使い古された残骸にへと目が向く。
あるのはツルハシと、鉱山などでよく見かける道具だ。
ウィルオウィスプの話からして、この街は魔女の産まれ故郷。その街は外との交流を絶っている。なら、外との交易がないことにもなる。
食糧。農作。家畜。それらは街の中にも痕跡があった。木材も近くの森で容易く入手できる。他に日常で必要なもの。それは燃料となるマナ資源。そして鉱物などだ。
「…………」
クロトは元来た道にへと向き直り、歩みだす。
「クロトさんっ? あの、何処に……?」
「穴が此処だけってことだけとも言い切れないからな。この街にもあるはずだ。……此処に住んでいた奴らに必要な物資を採取するための鉱山がな」
「そ、それは本当ですか魔銃使いさん!?」
淡くも希望の光が見えたのか、ユーロはバッと身を起こす。
「話に聞いていた街だ。……あるとすれば」
不適な笑みを浮かべ、心当たりがあるのかクロトは再度街の中にへと戻る。
今度は外壁ではなく、内壁を辿った。鉱山と言うからには近隣の山を探すのではと思いながらも、エリーとユーロは一緒になって辺りを見ながらクロトに続く。
だが、クロトは近隣の山よりも街中を選んだ根拠があった。
「魔女の話では、そうとう外を嫌っていたらしいからな。そのため外との関りもろくにない。そんなひきこもりの奴らだ。街は運よく岩山で覆われている。こんな近くに採取できる場所があれば、迷わずそこを選ぶ」
『なるほどなぁ……。でも壁沿いに無ければ、次は近くの山か?』
「もしくは、地下に進むための穴の入り口が井戸みてーにあるかだが…………。どうやらその必要もなさそうだ」
内壁に沿って、街の四分の一ほど進んだ先だっただろうか。岩山の壁に大きな穴が開いており、崩れないように太い木の柱で固定されている。入口から奥にへと続くトロッコのための線路もあることから、此処が街の採掘場となる。積まれた木箱の中には、まだ使われていないマナ結晶が残されている。
「此処で街は必要な燃料の採掘をしていたのですね。純度は陰りがありますが、一般生活には支障ないものです」
「こんな恵まれた資源があるんだ。そりゃ外との関係も持たなくてすむ」
「……ですが、ありますかね【聖杯】。此処が祠に繋がっている可能性があるかどうか……」
「俺の勘が当たってれば続いているはずだ。祠の入り口にも此処で使用されていた道具が少しあった。採掘を続けている間に【聖杯】の場所に繋がり、別で掘り進めて入り口を作ったと考えれば理にかなっている」
「そ、そうですか……」
「というわけで、お前はもう帰っていいぞ?」
「い、いやですよ!? 一緒にいさせてくださいぃ!!」
頑なに同行しようとするユーロをエリーも庇うため、面倒ではあるが三人で進む事とした。
薄暗い坑道。採掘のための灯りは魔女の工房にあったものと同じ仕組みで、水で発光する鉱石だ。灯りを持たずにいることは助かるが、中はとても複雑としたものになっている。採掘場なだけあって道の至る所に穴が広がっていた。右に左。下り道に上り道。まるで迷路だ。入口から続いていた線路も途中で途絶え、それからはどんどん灯りも少なくなってゆく。
やむを得ず、道にあった灯りを持ち歩くことに。しかし、この灯りを保つには水が不可欠だ。設備以外での水は見ていない。
「……なんとかなりますかね?」
唯一の灯りがとても乏しく見える。エリーは不安とをれを見つめた。
「さぁな。……にしても、おかしいな。穴が続く限り灯りは設置されていると思っていたが」
違和感を抱きつつ、一同は更に奥へ奥へと進む。
後ろを振り返れば灯りはもはやなく、暗闇が続いているのみ。奥に進んでいる事は確かなのだろうが…………。
数十分進み続けたところで、クロトは一度立ち止まる。
「……迷った」
率直に。正直に。クロト本人もよくない事はわかっていたが、堂々と先頭者がその言葉を口にした。
後ろではエリーとユーロが一緒になって驚愕と叫ぶ。
前も後ろも暗闇のこの状況は非常に由々しき事態。今から来た道を戻るにも、その間に道を間違えてしまえば更に困難となる。
「そ、そんなぁ……。ユーロさん。ユーロさんは道を覚えてらっしゃいますか?」
「ええ!? えーっと、それは……そのぉ…………。申し訳ありません天使様。まさか、魔銃使いさんが迷うとは思っておらず……」
小声でそう告げられる。現状は絶望的と言えよう。
エリーは不安そうにクロトを見上げる。特に焦った様子はないが、ふとあくびをして眠気を感じさせていた。
「…………ユーロさん。本当に……わかりませんか?」
再度ユーロに問いかけるも、残念と彼も首を横に振るのみ。
エリーの表情は不安を堪え切れずにある。それでも、クロトが前に進み始めれば、それに二人はついてゆくしかない。
「クロトさん、大丈夫ですか?」
「問題ない……。だが、道が続いているにも関わらず灯りがない。……だとすると、この道は人間が開けた穴じゃねーな」
ぶつぶつと、考え込みながらクロトは奥に目を向ける。
しばらく進んだ先で、三人は拓けた空間にへとたどり着く。
広くあるせいか、若干先ほどよりも不思議と明るくも見えた。安堵するも、周囲を見渡して見えるのは、暗闇に反する白いなにか。それはまるで壁に纏わり付き、この空間の至る所に張り巡らせていた。
「……なんでしょう、これ?」
暗闇にその色は視界によく映る。不気味とエリーはクロトに寄り添う。
だが、足を動かして更に気付いた事があった。この空間に入って、地に足を付ける度に感じる不快感。靴裏にへばりつく粘り気。
そして、こちらを見下ろすような視線が……。
「……――上だ!!」
クロトが叫ぶ。エリーを抱え、声と共にクロトたちはその場から急いで離れた。
いた場所に頭上から巨大な何かが落下。それは槍の様な足を地に突き刺した巨大な蜘蛛だ。大きさは人の数十倍はある。複数のギラつく目が着地後、ぐるりとこちらにへと向き、ユーロが怖気づいた声を出す。
「ま、魔物!? なんでこんなところに!?」
「コイツの巣だったって事だろ!? 道理でな。無駄に入り組んだ穴の数々と灯りのなさ。半分は住人が掘ったものだが、もう半分はコイツが開けた穴って事だ!」
洞窟などに生息する大蜘蛛。この魔物は暗闇に視界が適応しており、そのため採掘場の灯りは人間が見るよりも明るすぎる。そのおかげか、この蜘蛛は街に侵入することなくあったのだろう。その分、この場から動けず、迷い込んだ生き物を捕食しつづけ、身に合う様に穴を広げていった。そのための空間だ。周囲には同じ蜘蛛もいただろうが、他の生き物の亡骸と一緒に共食いしやように残骸も転がっている。
灯りを嫌う生き物なのだが、先ほどの衝撃で持ち歩いていた灯りを落としてしまい、わずかに残っていた水を失うと共に輝きを消した。
同時に、此処は大蜘蛛の巣。縄張りも同然。状況としては最悪だ。
狙いを定め、蜘蛛は素早く動いて襲い掛かる。
「……くっ」
腰を抜かしたユーロをクロトは岩陰にへと投げ、エリーを連れたまま蜘蛛の突進を回避。ドスン! と、蜘蛛は壁に衝突し動きを一時的に止めたが、それも少しの間だけだ。
エリーを抱えて身をうずめていたクロト。なかなか起き上がらないクロトにエリーは呼びかける。
「クロトさん! だ、大丈夫です……か!?」
何処か痛めたのでは。そう心配するも、クロトにそんな様子はない。だが、それとは別の症状が起きていた。
魔物を前に、クロトは重たい瞼を閉ざし、首をコクンと傾けていたのだ。
「ク、クロトさん! 起きてくださいぃ!!」
必死と、エリーは弱々しい平手でクロトの頬をぺちぺちと叩く。
手ぬるい起こし方だが、エリーの焦った呼び声にクロトは鈍い寝言の様な声で返事をする。
「んん……、エリー…………」
「クロトさんっ」
なんとか起きたと、エリーはホッとする。のも束の間。
今度はエリーをクロトはギュッと抱きしめた。
「ふえ!? クロトさん!?」
「………………ねるぅ」
「ええぇっ!!?」
ついに自分から寝落ちしてしまったクロト。それをエリーは起こそうと体をゆする。
だが、魔物はクロトが目を覚ますのを待ってはくれない。ぐるりと二人に向き直ると、再度狙いを定めて突っ込んでくる。
迫りくる槍の足。近づく脅威にエリーは焦燥感までも襲い掛かってくる。
「クロトさん、お願いです、起きてください!!」
呼び声にクロトは寝息を返すのみ。
「クロトさん!!」
間に合わない。そんな結論が下された気もした。
エリーは強くクロトの名を呼ぶも、二人の頭上に槍の先端が振り下ろされる。




