「100年間の罰」
ウィルオウィスプからの【呪い】に関する情報。それは魔女が探していた代物である【聖杯】のみ。
それからしばらくは工房にあった書物をあさるも、文字がかすれているものが多く、ほとんどが魔導や薬の調合に関するものばかり。【呪い】の手掛かりというものは一切残ってはいなかった。
ウィルオウィスプの話では、魔女の知識はダンタリオンから得たものが多く、この場に残されている可能性は低いとも言っていた。
魔女は常に重要な知識を肌身離さず持っていた事となる。これ以上、この場で得られる情報はないだろう。
『一番はやっぱあの魔本のダンタリオンか……。どっかに転がってねーかなー』
「んな都合よくあったら苦労しねーっての。……とりあえず、ここで潮時か」
これ以上の捜索は無意味と判断が下る。
エリーも何かないか探していたが、その手を止めさせることとする。
「……大丈夫ですか? その……なんだか申し訳ありませんね。私のことなのに」
「気にしてもしょうがねーだろ。それに、俺がやりたくてやってることだ」
『でた。俺のため理論!』
「うるせー……」
エリーの【呪い】を解除することはクロトが決めた事だ。この程度で放り出すほど性根は腐ってもいない。
手にしていた書物を置いて体を伸ばす。
「と、いうわけだ。悪いがお前の昔話で長居するわけにもいかなくてな」
「お気遣いなく。久方ぶりに対話できてよかったですよ」
思い残すことなく見送れるウィルオウィスプ。エリーはそんな悪魔を眺めつつ、少し気がかりと眉をひそめる。
自分たちが帰ってしまえば、彼はまたここで1人となってしまうのか、と。
「……あの、ウィルさん。此処にもう魔女さんも、他に誰もいないんですよね? よかったら、一緒に外に出ませんか? 外は広いですし、今日はとてもいいお天気でしたよ。此処を離れても大丈夫だと思うのですが」
魔女はもういない。今後この街に誰かが訪れる事があるかどうか……。幸い、ウィルオウィスプが此処を去って誰かが訪れたとしても、魔女の痕跡も特にといって残っていない。街も損壊がなく人が住むのに時間はかからない。なら、新たな住人を招き再利用するのも悪くない。この場に留まる理由などないとすら思えた。
ウィルオウィスプは微笑む。エリーは手を差し出すも、その手を彼は取る事はなかった。
「優しいのだな、娘子は。……しかし、ワシは此処を任されておる。そして、役目を下ろされてもいない。主の許しを得ておらぬのだ」
「……そんなの、変じゃないですか? だって……魔女さんは……もう……」
「左様。故に、許しが言い渡される事はないのだ。それに、ワシはこの水晶と一体化しておるため、この街から出る事もできぬ」
ずっと、ウィルオウィスプはその水晶からでる炎と共にあった。その場から動かず、動けずにいた事に今更気付かされる。
だとしても、エリーは納得しなかったのだろう。水晶の置物に近づき、それに手を伸ばし動かそうとした。だが、水晶は台に固定されビクともしない。
「無駄ですよ。そういうふうにできておりますので」
「でも、ずっとこんな所にいるなんて……寂しいですっ。許しが必要なら、私が許します! だから、自由でいいんですよ!」
どれだけ力を入れても、台から水晶が動く事はない。
エリーは何度も白い手を赤く滲ませながら動かそうとする。痛みすらあった。手の痛みも。1人取り残される寂しさを悲痛に思う心も。
困り果てたウィルオウィスプはクロトにへと訴えるような視線を向ける。どう足掻いてもウィルオウィスプの意志は変わらない。なら、無理に連れ出すのも彼の意志に反している。
「……エリー。もういい」
「…………」
赤くなった手に触れ、水晶から離させる。
「コイツが残るって言ってるんだ。コイツが決めた事をお前は否定するのか?」
「……だって」
「よいのですよ、娘子。それに、用は済んだのでしょう? 彼を困らさないでやってほしい」
「…………」
尚も納得していない様子だ。しかし、自分のこれがわがままでしかないと気付いたなら、エリーは渋々後退って自ら手を引く。
優しさは度が過ぎればただのわがままだ。ウィルオウィスプはその想いだけをありがたく受け止め二人を見送る。
しばらくすれば、静寂が再び戻ってくる。
ウィルオウィスプは孤独な空間で呆けながら、良い時間を得たとほくそ笑む。
「いつ以来だろうなぁ。優しくされるというのは……」
物が散乱するテーブルにへと目を向ける。そこには昔、幼い姿の魔女がいた。
「貴方の娘子は、とても優しい子ですよ。…………本当に、薄情なお方だ。せめて、ワシの役目を解いてから行っていただかなければ。ですが、コレも含めワシに対する罰だったのでしょうなぁ。100年間というのも、案外あっという間ですな」
ウィルオウィスプは、ずっと彼女たちを見てきた。
姿を変え。数百年もの間街の長として。魔女の一族の居場所と安息を見守りつつ……。
最後にその時間を買えたのは、この街で誕生した最後の魔女だった。幼くも強い力を有した魔女。さぞ彼女の目には、忌まわしい存在に見えていたのだろう。素性を隠して見張っていたと思われても仕方なかった。
皮肉にも、与えられた役目がこの街の監視と、結界の管理。正に街の監視役だった。
『それが貴方の仕事よ……。この街に外部の人間が入ってくるのは面倒だわ。魔女の作った人工悪魔。欠陥品でなければ、それくらいはできるでしょ?』
『可能ですが……固定されるのは些か不便ですなぁ。そうは思いませぬかダンタリオン殿?』
『消されなかっただけマシでしょう。これでも、あまり関りがなかったとはいえ数百年ほど同じ街にいた故。生きているだけありがたく思ってもらわねば』
『……生き地獄という言葉くらい知ってるでしょうに』
『なに? ひょっとして消されたかったわけ? お望みならあの時他の人間と一緒に消してあげてもよかったんだからね! 使えるってダンタリオンが言ったから効率よく使おうと思っただけなんだから!!』
『…………ダンタリオン殿。こちらの魔女殿は思っていた以上に精神が子供でいらっしゃる様子で。姿をロクに拝めなかったが、もっと物静かなものだったと……つい』
『仕方なかろう……。こちらも主の癇癪にはよく悩まされております』
『意気投合しないで頂戴!!』
「最後くらい、声をかけてくださってもよかったのになぁ。……シセラ殿も、カルミナ様も……皆いなくなってしもうた。この地にもう魔女はいない。これで、本当にワシの当初のお役目も終了。後はこの魂の炎が消えるまで此処で余生を過ごすのみですな」
炎は徐々に薄れ、ウィルオウィスプは再び水晶の中にへと眠りに入る。
最後に瞼の裏に見えたのは、最初に役目を与えた人物の姿。
「貴方様にこの身を造っていただき、早数百年。街の長として居続け、人間にもバレずにやってこれたのです。……よくできたとは思いませんか? そもそも、この街は貴方様が築いた一部の魔女のための街……でしたのにね。時代の流れとは残酷ですな。終わりをもたらすのも、魔女とは……。私はまた来客が訪れるまで眠ります。――我が主、バルグロウズ様」
炎は消え、工房は光を失い暗闇にへと閉じてゆく。
◆
地下から出て広間に戻ってみれば、クロトたちにとって日差しはとても眩しく染みるものにすら感じた。
まるで、数日間過ごしていたかの気分だ。
「これからどうしましょう?」
「手掛かりがないわけじゃない。……【聖杯】だったか」
次に探すのは自然物として世界の至る所にあるとされる謎の物体。その名は【聖杯】。
必要なのは【聖杯】に関する情報。それをネアに聞こうかとも思ったが……、如何せん、結界のせいか通信ができそうもない。
「……今からアイツに結界を一時的に解除させるか」
『いや無理だろー。街出てからにしてくれよ我が主ぃ~』
引き留められ、なんとか思い留まるクロト。戻ろうとした身を向き直らせると、大通りからこちらに駆け寄ってくる人影に気付く。
「あ! 天使様~、魔銃使いさ~ん」
一瞬。クロトは「誰だ?」とすら思えた。
だが、すぐにユーロという存在を思いだす。
「…………そういえば、いたなコイツ」
「ええ!? ひょっとして、私の事忘れてましたか!?」
「大丈夫ですよユーロさん。ちゃんと覚えてますから……」
「な、ならよかったです。祖母の家だった場所を見つけたのですが、残念ながら求めていた物はありませんでした」
「そうか。じゃあ、もう用はねーから勝手に帰れ」
もはや用済みと言うクロト。
「そんなぁ!? 帰りもお願いしますって言ったじゃないですかー!」
「こっちは暇じゃねーんだよ」
「でも、送って行ってあげましょうよクロトさん。私なら大丈夫です。【聖杯】というものも、ゆっくり探しましょうよ」
ふと、ユーロが目を丸くさせた。
小首を傾け、エリーを見下ろす。
「天使様、ひょっとして【聖杯】をお求めですか?」
「……え?」
「ありますよ? 確かこの街の近くにも…………」
「「………………え?」」
困難と思えた【聖杯】のありか。その一つが近くにあると……。
ユーロのその意外な言葉に、二人は思考が停止してしまう。
『やくまがⅡ 次回予告』
クロト
「おい、どういうことだ? なんで序盤からこんな簡単に事が進んでんだ? それもあの眼鏡経由でだ」
ニーズヘッグ
「まあまあ、落ち着けってクロト。確かにあの馴れ馴れしい眼鏡は気に喰わねーが、いいじゃんかよすぐ見つかるなら」
クロト
「案外早く【呪い】をなんとかできたりしてな。つまりこの2期もそう長くねーってことか」
ニーズヘッグ
「そんなフラグみてーな事言うなよ……。逆に長くなるパターンだからな」
クロト
「特に邪魔が入らなければその【聖杯】で問題解決なんだろ? とっとと見つけてとっとと解除してとっとと終わらせる。迅速な対応だ」
ニーズヘッグ
「うーっわ、もうその真逆が起きそうな予想しかできねー。何かしらの邪魔が入って、【聖杯】ゲットできずで? そういうのを一級フラグ建築士って言うんだよ! 姫君が予言者ならお前はフラグ建築士か!?」
クロト
「何言ってんだクソ蛇。寝言は寝てから言え」
ニーズヘッグ
「いや、先に寝そうなのってむしろ…………。とにかく気を抜かずにします」
クロト
「いつ俺が気を抜いたみたいなことになってんだよ?」
ニーズヘッグ
「次回、【厄災の姫と魔銃使いⅡ】第一部 三章「居眠り病」。あーはいはい。お前も眠気にだけは気を付けろよ?」
クロト
「常日頃から気を付けてるつもりだが?」
ニーズヘッグ
「……あ~もう、フラグのバーゲンセール…………」




