02 王太子の絶望 侍従目線
殿下とエリー様のお茶会が再びやって来た。殿下は今日こそはエリー様と二人で話すと意気込んでいるが、無理だろう。殿下、申し訳ございません。わたくしはリジー嬢を抑えられません。
門の所にいた侍女が奥に急いで行った。リジー嬢に殿下の訪いが知らされたってことだ。
「どうしていつもリジー嬢が先に来るのか?エリー様に知らせたのか?婚約者はエリー様だが」とわたしは形ばかり抗議した。
すると珍しく家にいた公爵夫人がやって来ると、形ばかりのカテーシーをした。
「王太子殿下、エリーは今、準備しています。それまでリジーが・・・お相手します」と言ったが
王太子が
「いらん。二人とも下がってくれ」と返事をした。やれば、出来るじゃないか! もう遅いけど・・・
妖精がねぇ・・・
しばらくすると、エリー様がやって来た。今日は珍しくドレスを着て髪を結っている。
【面倒くさい、なぜか侍女が着替えを手伝うから今日はドレスだけど、コルセットも手抜きで締めるし髪も痛いわ。どうしたことでしょう! 迷惑な!】なんてことだ。
エリー様は優雅にカーテシーをなさって
「お待たせいたしました。あら、リジーがいませんね。すぐに呼んで来てちょうだい」とお茶を入れていた侍女に命じた。
「い、いや、リジー嬢は遠慮して貰う」と殿下が勢い込んで言うと
【名前呼びを許している関係なのに、どうしたんでしょ?】と文字が浮かぶも
「どうしてですか?」とエリー嬢が微笑むが、わたしはそれが怖い。
「今日はあなたとゆっくり話したい」と殿下がエリー様の手を取らんばかりに言った。しかし
【まぁまたわたくしがぶたれるような事を。厄介な王子ね】
「そうですか?わたくしへの気遣いは無用でございます。リジーとお過ごし下さい」と優しくエリー様はおっしゃった。まさに慈母の微笑みだ。本音との対比にわたしは冷や汗が出て来た。
「どうしてリジーを気に入ってると思うのか?」と殿下が言うと
【白々しいこと。誰が見てもそう思うでしょうに。王妃殿下もそう思ってらっしゃるのに! どうしたんでしょう】
「それは、最初の頃、リジーを注意したわたくしを、人でなしだと言わんばかりに非難なさいました」とエリー様が冷たく言った。
「そういうことがあったのか? 多分、それは非難ではない泣いているからかわいそうだと思って、この場にいてもいいと・・・いいと。許可したのだ」と殿下が自信たっぷりに言うも
【おぉぉ言い訳を・・・今更ですね。だいたいあの場面で泣くなんてありえないですよ。名前で呼んではいけないと注意した?いいえ、教えたのですよ! でもそういう間抜けが好きなのでしょ】
「王太子殿下はお優しいから・・・慈愛に満ちて」と優しく微笑むエリー。あの本音でその微笑みが出来るのだ。それがたまらなく怖い。
「言い訳をしたのではない」と殿下が少しきつい声を出した。
「あの、殿下はきちんと理由を述べられました。言い訳などと思っておりません。そのようなことは全く」とエリー様は真摯な表情で殿下を見つめた。
それからエリー様は殿下から目を離すとじっと目の前の壁を見た。
【えーーとここで無駄な時間を使わなければ、ミネルー様への手紙を書けるのに・・・やれやれ】
ミネルー様って隣国の首相のことか? ・・・まさかエリー様!
その時いきなりドアが開いて
「エディ、さっきああ言われたけど、心配だからまた、来ちゃった」とリジー嬢が入って来て、いつものように王太子殿下の隣に座った。
殿下、ここでバシッと言うんです。頑張って下さい!とわたしは思ったが殿下は、エリー様をじっと見ているだけだ。駄目ですよ。このままでは殿下駄目です。殿下!しっかりーーー
そうしているうちに、公爵夫人がノックもそこそこに部屋に入って来ると
「エリー。ちゃんとおもてなし出来てる?わたし心配であなたって子は、気が利かないし、愛想もないから」と言うと
エリー様は
【ほら、礼儀知らずが二人揃って来た。王太子がどう対処するか楽しみーーー】
「お母様、お出で下さいまして助かりました」と軽く頭を下げた。
「夫人、リジーを連れて出て行ってくれ。先ほども話したはずだ」と珍しく王太子が断ると
【あーーこれでリジーが泣いてわたくしのせいになる】
これを読まされた殿下は堪らず、
「いや、わたしはもう帰る。エリーもてなしをありがとう」と言った。
【今日はどうしたって言うの?】
この本音に対してエリー様の口からでた言葉は
「いえ、至りませんで」だった。
するとリジー嬢は殿下の腕にすがって
「エディもう帰るの?まだお話もしてないのに」と言っているのに
殿下の目線はエリー様の本音の
【ほんとよ、厄介事を残して行かないでよ。三発はぶたれるわ】に注がれていた。
【ちゃんと後始末して行ってよ。リジーの気が済むまで相手してよね】
「もっと、リジーとお話なさればいいですわ。いつもの通りでいいのですよ」とエリーは言うと、返事が出来ない殿下とわたしに見事なカーテシーをするとさっさと出て行った。
【ほんと、厄介なんだから】
なにも言えなかった。
帰りの馬車で殿下は独り言のようにポツポツ話した。
「なにも解決しなかった」と殿下は遠い目をした。
「嫌われてるんだな。ここまでとは・・・甘えすぎてた」と殿下は、一語一語、確認するように呟いた。
「いたずらがやめば・・・なんとか・・・」とわたしは、自分でも信じてないことを言った。
「それを願うしかないか・・・」と殿下は遠い目のままで答えた。
しばらく無言だった殿下は
「問題は夜会だ」と言った。
「夜会は各国の要人も来ます」とわたしはわかりきったことを言った。
「妖精のいたずらを見せるくらいなら、延期しても・・・いっそエリーとわたしは欠席で」と殿下が言うと
「それはもっとまずいですよ。それなら妖精のいたずらを見せる方がましです」と言いながら、ましな方でも充分悲惨だなと思っていた。
「わたしはエリーが家でどんな扱いをされているか、全然知らなかったのだな」と殿下がしみじみ言った。
わたしは、殿下のこの言葉に腹が立った。だから
「申し上げたことが、ありましたよ。エリー様が大事だと周囲に示すようにと。そうでないと周りがあの方を侮ると」
わたしがそう言うと殿下は、はっとして悲しそうになった。
「それに対して殿下は、誰が見てもエリーは素晴らしい。いちいち示すことはないとかで・・・これみよがしにリジー嬢をそばに置いて」と言うと
「これみよがしなど、思ってない」と殿下が言うので
「そうでしたね。ただ、名前呼びを許し、いつも隣に座っただけですね」と追い打ちをかけた。