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とんでもなく不器用で、愛情深い姉

 約十年家族として過ごして来て、姉の部屋を訪れるのが初めてだなんておかしいと、なぜ今まで気付かなかったのだろう。

「そこに座って。今お茶を淹れるから」

 ルシフォードとケイティベルは、きょろきょろと視線を彷徨わせながら、そわそわと忙しなく指を動かす。

「お姉様が自分で淹れるの?」

「ええ、そうよ」

「いつもそうなの?」

「ええ」

 自分達も両親も、そんなことは絶対にしない。きちんと整理整頓された姉の部屋は清潔で綺麗だが、二人の子供部屋よりずっと物が少なく殺風景だった。

 リリアンナは手馴れた手付きで紅茶を淹れると、それぞれの前に置く。内心では、特徴のないカップとソーサーしかないことを、初めて残念に思っていた。


――せっかく二人が訪ねてきてくれたのだから、もっと素敵なおもてなしが出来たら良かったのに。


 最近立て続けに奇跡が起こるせいで、いよいよ死期が近いのではと覚悟を決めているリリアンナ。愛らしい弟妹を遠くから眺められるだけで幸せだったのに、こんな風に一緒に過ごせるなんて。

 二人の手は見た目以上にずっと柔らかくて温かで、陽だまりのような香りがした。同じ血を分けた家族なのに、自分とは何もかもが違う。

 両親や周囲から溢れんばかりの愛情を注がれている弟妹を、羨ましく思う気持ちもないわけではない。けれどそれ以上に、可愛い、愛しいという感情の方がずっと強かった。どうか二人には私のようになってほしくないと、願うのはそんなことばかり。

「この紅茶、とっても美味しいわ!」

「本当だ、すごく飲みやすい!」

 ふうふうとカップに息を吹きかけて、あちあちと唇を振るわせながら、白い頬をふんわりと紅く染める姿は、実に愛らしい。これまではただの作業だと思っていたけれど、自分の淹れた紅茶を喜んでもらえるのはとても嬉しいことだと、鉄仮面のリリアンナもついつられて微笑んだ。

「あ、お姉様が笑った!」

 妹に指摘された彼女は、途端に恥ずかしくなりぎゅっと眉間に皺を寄せる。怒らせてしまったのかと肩をすくめるケイティベルを見て、ルシフォードが勇気を出して尋ねる。

「お姉様は今怒っているの?」

「えっ?私は……」

「そんな顔をしていると、まるでベルに腹を立てているように見えるんだ」

 以前よりずっと姉を理解出来るようになり、表面と内面は正反対ではないのだろうかと思うようになったのだ。

「……ごめんなさい。ただ少し、恥ずかしかっただけなの」

 リリアンナも勇気を出して、二人に本音を打ち明ける。いつも凛とした美人な姉の照れた表情は、破壊力抜群の可愛らしさだった。

「お姉様ってやっぱり、とんでもない天邪鬼さんなのね」

「え……っ?」

「それに、めちゃくちゃ照れ屋さんだし」

「あの……っ?」

 責められれば責められるほど、リリアンナの顔が熟れたプラムに瓜二つになっていく。今回のことで二人は、姉は自分達の味方だとさらに確信を持つことが出来た。

「ごめんなさい、お姉様を試すような真似をして」

「な、なんのことだか、さっぱり分からないわ」

 彼女はあたふたと取り乱しながら、用もないのにかちゃかちゃと茶器を触る。今日の二人は朝から様子がおかしく、いつもとは雰囲気も違うと心配になった。

 いや、愛らしく可憐でいつまでも眺めていたくなるような可愛らしさは健在なのだが、普段ならリリアンナを恐れて近寄って来ない。

 それが今日は、手を握られたり遊びに誘われたり、本当に心の底から幸せと喜びを噛み締めている反面、私なんかに頼るほど不安なことがあるのかもしれない……、と考えると可哀想でたまらない。

 赤面した顔をぱたぱたと手扇で仰いで冷ましながら、どんな言葉をかけてやるのが正解かと悩む。そんなリリアンナが口を開く前に、二人は同時に勢いよく彼女に抱きついた。

「な、ななな……っ!」

 せっかくほんの少しだけ落ち着いたというのに、とうとうリリアンナの思考回路はぱん!と盛大な音を立てて破裂してしまった。


――ああ、もうだめこれ以上隠しきれない!可愛くて柔らかくて温かくていい匂いがして、まるでふわふわの白い雲に包まれて空を漂っているみたいだわ……。


 リリアンナの目は恋する乙女のように、とろんと甘く垂れ下がる。我慢の限界に達した彼女が勢いよく抱き締め返そうとしたその時、ロイヤルブルーの瞳に二人の泣き顔が飛び込んできて、ぴたっと手を止めた。

 ケイティベルとルシフォードは顔を真っ赤に染めながら、ひくひくとしゃっくりを繰り返す。ぽろぽろとこぼれ落ちる涙は、まるで互いに競い合っているかのようにどんどん溢れて止まらない。

 突然の弟妹の大号泣に焦ったリリアンナの指が、ティーポットにぶつかる。それが運悪く椅子の角に当たり、派手な音を立てて割れた。彼女が庇うように覆い被さったおかげで二人は怪我をしなかったが、破片が掠ったリリアンナの手の甲にはじわりと血が滲んでいた。

「お姉様が怪我を……!」

「これくらい平気よ、なんともない」

 その言葉を聞いた瞬間、双子の脳裏にあの恐ろしい記憶が蘇る。今と同じように自分達を庇い、自分は平気だと嘘を吐いた。最後の最後まで、リリアンナは自らの命と引き換えに守ろうとしてくれたのだ。

 裏腹な態度も、眉間の皺も、冷たい表情も、なにもかも関係ない。二人にとってはそれが事実で、姉は最初からずっと味方だった。怖がる必要なんてどこにもありはしなかったのだ、と。

「う、うわあぁぁん!お姉様ごめんなさいいぃ!!」

「僕達ずっと、お姉様に酷い態度ばっかりだった!!」

「本当の悪役は、私達だったんだわ!!」

 さらに火がついたようにわんわんと泣き叫び始めた二人を見て、リリアンナまで泣いてしまいそうになった。なにがこの子達をこんなにも悲しませているのだろうと、胸が軋んでずきずきと痛む。

「大丈夫、大丈夫よ。どうか落ち着いて、ゆっくり呼吸をするの」

 絨毯の上にぺたんと座り込んでしまった二人をしっかりと抱き寄せると、リリアンナは優しいリズムでとんとんと背中を叩く。ほんの少しゆらゆらとからだを揺すって、なるべく声をひそめながら耳元で囁いた。

 意外と低めのハスキーボイスは心地良く、まるで小舟に揺られているような気持ちよさにだんだんと心が凪いでいく。しゃっくりはすぐに止まらないが、大きな泣き声はもう聞こえなくなった。


 すっかり冷めてしまった紅茶を入れ直し、水に浸したタオルで目元を拭ってやる。双子の白い頬は赤く染まっているものの、リリアンナの手厚い介抱によりようやく落ち着きを取り戻した。

「まさかそんな……、貴方達が誰かに恨まれているなんて……!」

 姉を信じようと決めた二人は、これまで体験したことの全てを打ち明けた。リリアンナならきっと受け入れてくれると、素直にそう思える。

「今まで怖がってごめんなさい、お姉様」

「僕達、お姉様に嫌われてるって思ってたんだ」

 いつも元気で笑顔に溢れているルシフォードとケイティベルが、とても悲しそうにしゅんと肩を落としている。リリアンナは温顔を浮かべながら小さく首を振り、澄んだロイヤルブルーの瞳に二人を映した。

「私も、酷い態度を取ったことを謝るわ。本心ではなかったのに、どうしても上手く出来なくて……。本当にごめんなさい、ルシフォード、ケイティベル」

 丁寧に頭を下げる姉を見て、ますます申し訳なさが込み上げてくる。しばらくお互いが謝罪合戦のようになっていたけれど、結局「みんな悪いってことにしよう」というルシフォードの良案が採用された。

「お姉様は、信じてくれるんだね」

「当然でしょう?貴方達が誰かを傷付けるような嘘を吐くはずなないもの」

 確かにそれはにわかには信じ難い内容だったが、それでもリリアンナは疑わない。予知夢、時空の歪み、呪い、魔術、その他なんでも。たとえただの夢というオチだったとしても、愛する弟妹の恐怖や不安を取り除く為ならどんなことでもすると、彼女は決意している。

「ありがとう、お姉様」

「勇気を出して良かったわ」

 安心したような笑顔を浮かべる二人を見て、リリアンナの瞳からぽろりと涙が溢れた。自分まで泣くつもりはなかったのにと、慌てて手の甲でそれを拭う。

「ご、ごめんなさい。こんなに幸せなことがあっても良いのかと思うと、嬉しさのあまり勝手に涙が……」

 いつも無表情で人形のように整った美しい顔ではなく、これ以上泣くまいと小鼻が膨らみ頬が赤くなった人間らしい表情。リリアンナはこんなにも温かくて可愛らしい人だったのかと、二人は一瞬で虜になった。

 あの時姉が命を投げ出して庇ってくれたのは、決して幻でも勘違いでもない。悪夢だったというならそれで構わないが、もしも今現実に起こったとしても絶対に身を挺して守ってくれるだろうと、心からそう思える。

「すぐに許してほしいなんて都合の良いことを言うつもりは……」

「許すってさっき言ったわ!」

「そうだよ、みんな悪いことにしようって決めたじゃないか!」

 再び至高のマシュマロボディに挟まれたリリアンナは、気を抜けば昇天してしまいそうなほどの幸せに包まれていた。目の焦点が合わず、半開きの口から形容し難い音が漏れている。このまま時が止まってしまえばいいのに……、と本気で思ったが、二人は大きな悩みを抱えているのだから私がしっかりしなければと、自身の太ももを思い切りつねって我に返った。

「貴方達の誕生日まで後一ヶ月。その日までに、犯人を見つけるよう動かないといけないわ。万全の体制を期した上で何もなければそれでよし、あってからでは遅いもの」

 リリアンナの頼もしい言葉に、二人の胸に安堵が広がる。自分達だけで抱えるにはまだ幼く、けれど悪夢を騒ぎ立てるような年齢は過ぎた。こうして絶対的な味方が出来たことは嬉しく、しかもそれの相手がずっと不仲だと思っていた姉なのだから、喜びもひとしおだ。

 それからペンを取ったリリアンナは、ルシフォードとケイティベルの話を一字一句漏らすことなく羊皮紙に書き留めた。実は彼女の頭もまだ混乱してはいるのだが、それ以上に今は二人を安心させることが先決だと考えている。

 現にこの子達は、まだ聞いていなかった外国の王子との婚約話を知っていたのだ。しかも、ルシフォードとケイティベルが揃って同じ記憶を持っている。

 それがただの偶然かどうかは、調べてから決めても遅くはないはずだ。

「お姉様かっこいい!」

「とっても素敵よ!」

 と、そんな風にいちいち褒めてくれる超絶可愛い弟妹に「ぐへへ……」と淑女らしからぬ不気味な笑い声が漏れてしまうのは、リリアンナ自身もコントロール不可能だった。

「犯人の顔ははっきり見ていないというわけね」

「僕達、シーツを被ってたから……」

「でも、もしかしたら声を聞けば分かるかもしれないわ!」

 夢というにはあまりにも鮮明で、生々しく耳にこびりついている。若い男女が二人、特に女性の方は特徴的なきんきんと響く声だった。


――無理よ、もう我慢出来ない!私がこの手で、今すぐに殺してやる!


 冗談でもなんでもなく、明らかに自分達に向けられた殺意。それが、ルシフォードとケイティベルのどちらかなのか、あるいは両方なのかそれは分からない。

「貴方達が恨まれるなんて、何かの間違いとしか思えないけれど……。私ならまだしも」

「うん、そうだね」

「確かにそうね」

 三人は至極当たり前であるように、うんうんと深く頷いた。

「初めて聞いた声だったから、知り合いじゃないと思うけど……」

「生誕パーティーは招待制よ。強固な警備を掻い潜ったにしては、若い女性というのが気にかかる。何者かに雇われた暗殺者である線も完全には捨て切れないけれど、直接ではないにしろ間接的な知人から調べた方が建設的かもしれないわ」

 リリアンナの言葉に、二人は瞼の裏にあの時の光景を映した。殺意と憎しみの込もった雰囲気は、とても依頼された第三者とは思えない。

「可哀想に、そんなに怯えて。私が絶対に、貴方達を守るから」

「お姉様……」

 可愛い可愛い弟妹をそんな目に遭わせた人間がいるならば、絶対に許すものか。自身の不遇な環境を恨んだことなどないリリアンナは、生まれて初めて激しい怒りの感情に心を支配される。

 もう二度と悲しまなくて済むように、徹底的に調べ尽くさねばと。

「それはそうと、お姉様ってやっぱりレオニル殿下とあまり仲が良くないの?」

 ずばり、なんのためらいもなくケイティベルが問いかける。ルシフォードの方が、はらはらとした表情で姉二人を交互に見つめた。

「まぁ……、そうね。私達の間には、政略に基づいた信頼関係以上のものはないわ」

「じゃあ、エドモンド殿下と婚約し直したのは一目惚れとか?」

「いいえ、それはあり得ないわ」

 今度はリリアンナが、はっきりとそう口にする。まだ一度も顔を合わせたことのない相手だが、そんな理由で愛する妹の未来の婚約者を横取りはしないと、神に誓えるほど自信があった。

「ケイティベルは、外国に輿入れするのを嫌がったのよね?」

「ええ、すごく駄々をこねたわ。泣いても喚いても、お母様は撤回してくれなかったけれど」

 唇を尖らせた妹の頭を、リリアンナが優しく撫でる。

「私はきっと、貴女の代わりになろうとしたのね。王族との婚約をこちらから断ることは不可能だけれど、姉妹の入れ替えなら出来るかもしれないと」

「私の為に、悪役になってくれたの……?」

「といっても、決して妙手ではないわ。ケイティベルに何も言わずにそんなことをしたのは、ただの自己満足ですもの」

 派手な見た目とは裏腹に自己肯定感の低いリリアンナは、覚えのない自身の行動に酷く落ち込み肩を落とす。そんな彼女を、ケイティベルはぎゅうっと抱き締めた。

「ああ……、マシュマロ……」

 そう呟くリリアンナは、恍惚とした表情で天を仰いだ。

「お姉様は本当に優しいわ。やり方なんて関係ない、頭ごなしに否定しないでちゃんと聞いてくれたんだから」

「ケイティベル……」

「だから、そんなに落ち込まないで!」

 天使に励まされたリリアンナは、たちまち力をみなぎらせた。ルシフォードは、女同士のやり取りをぽかんと見つめているだけ。自分にはまだ婚約話がないので、あまりピンと来ていない。

「犯人探しと並行して、そちらも探ってみましょう。なぜ両殿下が私の話に乗ったのか、そこには必ず利害が発生しているはずだから」

 色仕掛けも泣き落としも、リリアンナには出来ない芸当。であればなんらかの交渉をしたことは明らかで、上手くいけばそこに「不穏分子の排除協力」も追加してもらえるかもしれないと、彼女は考えた。

「話してくれて、本当にありがとう」

 弟妹に向かってふわりと微笑んだ彼女は可愛らしく、とても悪役には見えない。ルシフォードとケイティベルは互いに見つめ合いながら、この選択は間違いなく正しかったと深く頷いたのだった。

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