しに戻り双子は、一生懸命頭を使う
今日のリリアンナは、ブラックドレスを身に纏っていた。それは、以前「母が呼んでいる」とわざわざ自分達に知らせに来てくれた時と同じ服装だと気付いた二人は、その日と同じように敷地内の丘まで行くことにした。
「お姉様も一緒に行こう」
「い、いいえ私は……」
「いいから、ほら!」
案の定乗り気ではない姉を、それぞれ両脇からぴったり包囲する。普段なら怖くてとても出来ない行動だけれど、ルシフォードとケイティベルの心の中には、以前とは違う感情が生まれていた。
――リリアンナは、危険を顧みず自分達を助けてくれたのだ。
と。
敷地内のはずれにある、見晴らしのいい小高い丘。すぐ側には湖もあり、二人はここでしょっちゅう遊んでいる。けれど、そこにリリアンナも混ざったことはただの一度もなかった。
「私、やっぱり屋敷に帰るわ。ピアノや刺繍の練習も怠るわけにはいかないし……」
「心配しなくても、お姉様は完璧よ!少しくらい遊んでも、いきなり下手になったりしないわ」
「そうだよ。たまには僕達と一緒に遊ぼうよ!」
特にルシフォードは、気まずさが隠しきれていない。これまで怖い、苦手、嫌われている、などのネガティブな感情しかなかったのだから、いくら姉といえども急に距離は縮まらない。
それでも、シーツぐるぐる巻きの刑回避の為には、なんだって試してみるしかないのだと、二人は気合を漲らせていた。
弟妹の気迫に押されたリリアンナは、しぶしぶといった様子で側にしゃがみ込む。内心は心臓バクバクで、こんなに幸せな奇跡が起こるなんて私は明日死ぬのかしらと、ロイヤルブルーの瞳を血走らせていた。
「はい、ベル。これあげる」
「まぁ、綺麗。ありがとうルーシー」
あの日の再現をする為、二人はわざと同じ行動を取ることに決めた。ルシフォードは目に付いた中で一番萎れているように見える花を摘み、ケイティベルの耳元に挿してやる。
「どう?お姉様。私に似合ってる?」
にこっと笑いながら、彼女は姉に向かって小首を傾げる。右側の頬がぴくぴくと引き攣っているのは、ご愛嬌ということで。
リリアンナはぱちぱちと忙しなく瞬きを繰り返しながら、頭を振る。
「いいえ、それは貴女には相応しくないわ」
以前とまったく同じ台詞に、双子のふっくらとした体に力が込もる。やはりこの人は、意地悪な悪役令嬢なのではないかと。表情も険しく、ちっとも楽しそうに見えない。
本来ならば、少し臆病なルシフォードを引っ張るのはケイティベルの役目。けれど彼女は、傷ついたようにしゅんと俯いている。それに気付いた弟は、覚悟を決めてぎゅっと拳を握り締めた。
「リ、リリアンナお姉様!」
はっきりとした力強い口調で名前を呼ばれ、リリアンナの心の頬がぽっと染まる。
「どうして、そんな酷いことを言うの?ケイティベルには似合わないって意味?それとも、萎れたお花を選んだ僕を責めているの?」
争いごとが苦手なルシフォードにとっては、一世一代の行動と言っても過言ではない。威嚇するようにきっ!と眉を吊り上げてみせても、丸くてふわふわの頬がそれを台無しにしている。
詰め寄られたリリアンナは「まさかそんなはずない!」と叫びそうになった。が、自身の愛想のなさと感情表現の乏しさは理解している。いつもこんな風に誤解させてしまっているのだと思うと、胸が痛んだ。
「深い意味はないわ。気に障ったのなら」
「違うよ、そうじゃない。僕達はお姉様が本当はどう思っているのか、それが知りたいんだ!」
「私は……」
珍しくあたふたと取り乱しているリリアンナの右と左に、それぞれルシフォードとケイティベルが寄り添う。まん丸な空色の瞳は、一点の曇りもなく輝いていた。
「お願いお姉様、誤魔化さないで本当のことを言って!」
「嫌いなら、嫌いって!」
「そ、それは違うわ!」
可愛らしい声が両サイドから聞こえてきて、リリアンナはくらくらと眩暈がしそうだった。今日はどうしてこんなに積極的なのだろうと戸惑いながらも、まっすぐにぶつかってもらえることが嬉しくてたまらない。
ブラックドレスの裾をきゅっと握り締め、幾分自信なさげな声色でぼそぼそと呟いた。
「ケイティベルにはもっと、元気で満開の花が似合うと思ったから……」
「似合わないって、思っていないの?」
ふるふると首を左右に振る姉を見て、ケイティベルはほうっと安堵の溜息を吐く。それを勘違いしたリリアンナは、呆れられたのではと顔から血の気が引いた。
「僕、この萎れたお花が可哀想だと思ったんだ。ベルと一緒なら、この子も喜ぶから」
「そうだったのね……」
なんて優しい子なのだろうと、リリアンナは無意識のうちに腰元を探る。ハンカチは見つからなかったが、代わりにぎゅうっと太腿をつねって涙を引っ込めた。
「い、痛っ!」
力加減が出来ず、彼女は勢いあまってどしんと尻餅をつく。姉が失敗する姿なんて初めて見たと、双子は顔を見合わせた。
「もしかしてお姉様って、意外とドジなのかな」
「そうかも。あの時私の花冠を踏んだのも、きっとわざとじゃないのよ」
「意地悪って噂は、嘘なのかもしれないね」
ふふっと笑う双子と、恥ずかしくてたまらないリリアンナ。白パンのようにふっくらした丸い手が二つ、彼女に向かって伸ばされる。
「はい、お姉様!」
「僕達が引っ張るから掴まって!」
太陽の光を背負ったルシフォードとケイティベルは、きらきらと輝いて見える。リリアンナは瞳を逸らせず、そのままか細い両手を差し出した。
無事和解を果たした三人は、そのまま遊び始める。と言ってもリリアンナは弟妹のはしゃぐ姿を見ているだけだったが、鉄仮面の下でとても幸せそうな表情を浮かべている。
「わぁ、お姉様とっても上手ね!」
「本当、ベルとは大違いだ」
「なんですって?ルーシーのばか!」
ケイティベルはぷくっと頬を膨らませて、ルシフォードに詰め寄る。彼ら声を上げながら逃げ出し、いつの間にか花冠作りは鬼ごっこに変わった。
「お嬢様、お坊ちゃま。奥様がお呼びでございます」
その時、母ベルシア付きの侍女の一人が近付いてきて、二人に向かってそう口にする。まるでリリアンナのことは見えていないかのように、視界に映そうとはしない。
「やっぱり、僕達が知ってるまんまだ」
「あれは、過去の出来事なのね」
大方記憶通りに進むストーリーに、双子は鋭く推理する。気分は名探偵で、ありもしない眼鏡をくいっと上げる仕草をしてみせた。
「分かった、今すぐに行くよ」
夢のような時間が終わってしまったことに、リリアンナは内心絶望する。今日で一生分の幸運を使い果たしてしまったが、一切の悔いはないと。
「お姉様も、早く!」
「……私も、一緒に?」
「当たり前でしょう?ほら!」
もちもちとした柔らかな手が、それぞれリリアンナを掴む。自分の意思とは関係なく溢れてくる涙が溢れないよう、彼女はぐっと顎を上げる。握り返す勇気はなかったけれど、ほんの少しだけ指に力を入れた。
屋敷に戻った三人は、母ベルシアからケイティベルの婚約話を聞かされた。彼女達はすでに知っているので、サプライズは台無しになっているが。
「誰かが秘密を漏らしたせいで、私が恥をかいたわ」
ベルシアはティーカップのハンドルを指で摘みながら、じろりとリリアンナに視線を向ける。いまだに彼女の仕業だと思っているらしい。
「どうする?やっぱりお母様に打ち明ける?」
「止めた方が良いわよ、絶対良い方向には向かない」
「それもそっか」
ぷっくりとした白い頬を突き合わせながら、双子は密談を交わす。誰にも気付かれていないと思っているのは、本人達だけだった。
「あらあら、貴方達二人は本当に仲が良いわね」
ベルシアの言葉にはっとして、適当な愛想笑いを浮かべる。母のことは大好きだったが、盲目的に信じられるほど子どもではない。
シーツぐるぐる巻きの未来回避の為にはやはり姉の力が必要だと、二人は確信していた。
「エドモンド殿下はとても素敵なお方よ。私の可愛いケイティベルの婚約者として、これ以上の男性はきっといないわ」
「ああ、うん。うーん、うん」
「あら、反応が良くないわね。気が進まないの?」
まったくもってその通りだと、ケイティベルはうんうん頷く。外国へ嫁ぐのも、あんな美丈夫の妻になるのも、全てが嫌で仕方ない。それに、誕生日パーティー当日に自分はその人に振られたような形になってしまうのだ。非常に不本意だし、すでに嫌いになりそうだった。
「家族と離れるのが寂しいの」
「私も寂しいわ。けれど会おうと思えばいつだって会えるし、なんといってもあんな大国の王族へ嫁げるのだから、こんなに幸運なことはないのよ」
最初にこの話を聞いた時、ケイティベルはわんわん泣いた。ルシフォードと共に何度も両親に抗議して、部屋に籠城したりもしてみたけれど、結局結果は変わらず。
今こうして冷静に母の顔を見てみると、娘の婚約を純粋に喜んでいる気持ちに嘘はないのだろうが、なんとなく他にも理由が隠れているように感じる。
急死に一生を得る(あるいは一度死んでいるかも)体験をした二人は、以前よりもずっと大人になっていた。死なない為には、感情だけで動かずにきちんと考えなければならないのだから。
「お姉様はどう思う?」
ケイティベルは、向かいに座るリリアンナに話を振ることにした。彼女はあくまで冷静に、自分には関係ないと頭を振る。
――ケイティベルが外国へ⁉︎そんなの寂し過ぎるわ‼︎ルシフォードだって泣いてしまうだろうし、私も耐えられない‼︎‼︎
と、心の中はこういった具合にダメージを受けていた。最初聞いた時は半信半疑だったが、改めて現実を突きつけられると非常に落ち込む。もちろんケイティベルが幸せならそれが一番なのだが、なんとなくそんな風には思えなかった。
「ケイティベルなら、必ず殿下に気に入っていただけるわ。優しくて可愛らしくて、愛さずにはいられないもの」
「お母様ったら、それは言い過ぎよ」
「あら、本当のことですもの」
ベルシアの口元は弧を描きながら、視線はちらりとリリアンナを見ている。まるで「貴女とは大違い」とでも言いたげに。
「ねぇ、お姉様。お姉様は、どんな男性がタイプなの?」
ケイティベルの突拍子もない質問に、さすがのリリアンナもぎょっとする。もしも姉の想い人がエドモンドなら、あんな風に婚約者を取り替えなくても最初から譲るのにと、彼女は考えた。
実際そんなに簡単な話ではないのだけれど、いかんせんまだ子どもなので仕方ない。
「ちなみに私は、ルシフォードみたいな人が良いわ。穏やかで優しくて、わがままをなんでも聞いてくれる人!あと、頬っぺたがふにふにしているところも」
「……ベル、それは褒め言葉に聞こえないよ」
「そんなことないったら」
じゃれ合う双子を前に「なんて尊いのかしら」と憂いの溜息を吐きながら、リリアンナは妹からの質問を真剣に考える。
どんな男性が好みかなど、想像したこともなかった。少しでも両親に認められたいと必死に生きてきて、婚約者であるレオニルのことも当然受け入れた。それは好き嫌いの問題ではなく、それを望まれているから。家のさらなる繁栄の為、大切な弟妹の為、自身の感情など関係ない。
「私は、レオニル殿下の婚約者よ。他に言えることはないわ」
きっと彼と結婚しても、大切にされないと分かっている。昔から自分以外に想い人いることに、なんとなく気付いていたから。それがいつからなのか、誰なのかまでは知らないが、感情のない結婚をしなければならないのは彼も同じ。恨む気持ちなどなく、むしろ同情すら感じていた。
「まぁ、感じが悪い。妹をそんな風に邪険に扱うなんて」
「いえ、私はただ……」
「可哀想なケイティベル。ほら、こっちへおいで」
ベルシアの手招きに素直に応じながらも、内心は姉が気になって仕方ない。これまでは怖いという感情しか抱いていなかったから、なんの疑問も感じずに母に甘えていたけれど、今はもう違う。
「ベル、大丈夫?」
ルシフォードは彼女を案じ、優しく声を掛ける。それはリリアンナに傷つけられたという意味ではないのだけれど、ベルシアはそれ見たことかとほくそ笑む。
リリアンナは無表情を貫いていてとても傷付いているようには見えないが、二人はどうしても違和感を拭えないまま。
双子は互いを見つめながら、やはりこれはなんとかしなければならないと、決意を固めるように頷き合うのだった。