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悪い夢なら、どんなに良かっただろう

♢♢♢

 ルシフォードとケイティベルは、それぞれの部屋にいながらまったく同じタイミングで目を覚ました。

 空色のネグリジェにぼさぼさの金髪、ちぎりパンのようなふっくらした手で寝ぼけ眼を擦りながら、しばらくぼんやりと空を見つめる。

「ルーシー‼︎‼︎」

「ケイティベル‼︎‼︎」

 そして次の瞬間、互いの名前を叫びながら勢いよく部屋から飛び出した。

 廊下の真ん中でぶつかりそうになった二人は、その存在を確かめるようにひしと抱き合う。無意識のうちにぼろぼろと涙が溢れ、しっかりと感じる体温と力強い鼓動に、心の底から安堵した。

「私達、助かったの⁉︎」

「どうやらそうみたいだ!きっと、守衛が気付いてくれたんだよ!」

「ああ、本当に良かった!」

 離れ離れになり、もうダメだと悟ったあの瞬間。今確かに生きていると、二人は互いの頬をつねった。あくまで優しく、柔らかく。

「痛くないけど、ちゃんと感触がある」

「大丈夫、夢じゃないわ。ちゃんと生きてる」

 ただならぬ様子に周囲の使用人達は一驚しているが、それもまったく気にならない。存分に再会を喜んだ後、再びはっと顔を見合わせる。

「リリアンナお姉様はどうしたの⁉︎」

 ケイティベルの叫びが、廊下に木霊する。脳裏に焼きついたあの真っ赤なシーツが、彼女の体を震わせた。

「大丈夫、きっと生きてるよ。だって万が一のことがあったら、もっと慌ただしいはずだから」

「そうね、そうよね。さすがルーシーだわ」

 彼はケイティベルを安心させるように背中をさすると、手を繋いで姉の安否を確認しに行こうとする。

「こんなところで、何を騒いでいるの」

 足を踏み出すより先に、聞き覚えのあるハスキーボイスが二人の耳に響く。ぱっと振り返ると、光沢のあるブラックドレスに身を包んだリリアンナが凛とした佇まいで立っていた。思いきり起き抜けの二人とは違い、彼女は朝から完璧な様相だ。微かに眉を顰め、咎めるような視線で弟妹を見下ろしている。

「リリアンナお姉様!良かった、やっぱり無事だった!」

「お姉様、お姉様ぁ!」

 普段なら怖がって近付かないが、あんな経験をした後ではそんな感情など微塵も浮かばない。嫌われているとばかり思っていたのに、目の前にいる姉は自身の身も顧みず命を張って守ってくれたのだから。

「怪我はもう大丈夫なの⁉︎アイツらは……、犯人は無事に捕まった⁉︎」

「……貴方達、一体何の話をしているのかしら」

 リリアンナの怪訝そうな表情に、双子の手がぴたりと止まる。涙に濡れた顔を見合わせながら、どういうことかと首を傾げた。


――だ、だ、だ、抱きつかれているわ!ルシフォードとケイティベルに、これでもかというほど密着されているわ!ああ、なんて柔らかくて温かいのかしら。気を抜いたら泣いてしまいそう……。


 クールな表情を三枚ほど剥がしたリリアンナは、常にこんな思考である。世界で一番弟妹が可愛いと信じて疑わない、生粋の姉バカなのだ。

 しかし、二人の様子がおかしい理由が分からない。怖い夢でも見たのかと、抱き締め返したくなる気持ちをぐぐっと堪えて手を後ろにやった。

 自分にそんなことをされても、きっと怖いだけだろうと。

「まだ寝ぼけているようね。公爵家の人間は常に手本となるべき行動をとらなければならないわ。貴方達ももうすぐ十歳になるのだから」

 これ以上ここにいてはまずいと、リリアンナは高速で瞬きを繰り返しながら、早々に退散を決め込んだ。嘘を誤魔化す時の癖なのだが、本人はまったく気付いていない。

 置いてけぼりの二人は二人は状況が飲み込めないまま、しばらくその場から動くことが出来ずにいた。

「今お姉様が言ったこと、聞いた?」

「ええ、確かに聞いたわ。()()()()十歳だって!」

 互いのふにふにで柔らかな頬をぴたっとくっつけ、このおかしな状況を乗り越えようとする。

 自分達は確かに、十歳の誕生日を迎えた。レモンイエローのスーツとドレスに身を包んで、たくさんの人達から祝福されて、終盤には驚くような出来事が起きた。

 そして最後には、正体不明の何者かに命を奪われかけてしまったのだ。

  まさかあのリリアンナが冗談を言うとは思えないし、何より傷ひとつついていなかった。命が助かったと言っても、短剣で背中をひと突きにされていたのだ。さすがにこの回復速度はあり得ない、姉が魔女でもない限り。

「あれは、夢だったのかな……」

 ルシフォードのか細い呟きに、ケイティベルは思いきり頭を振る。あんなにも恐ろしくて生々しい夢など、あってたまるかと。

「よし、こうなったら……!」

 グイッと体を起こしたケイティベルは、その勢いのまま弟の左手を思いきり引っ張る。突然のことによろけながらも、彼女にぶつからないよう一生懸命に足を踏んばった。

「作戦会議よ、ルーシー!」

「そうだね、ベル。そうしよう!」

「行きましょ!」

 二人はぎゅうっと硬く手を握り合って、そのまま長い廊下をかけていく。もう二度と、温かいこの手を離したりするものかという、強い意志を胸に宿していた。


 水のない水車は動かない、という精神に忠実に基づき、いつものごとく朝食をたらふく腹に収めたぽっちゃり双子は、共用の子ども部屋にて作戦会議を開始する。

 食堂に降りた際、廊下でリリアンナにしたのと同じように両親に泣きながら抱きついたのだが、優しい笑顔で「怖い夢を見たのね」と頭を撫でられて終わった。

「つまり、あの夜のことは私達以外誰も覚えていないってことね」

「そうみたいだ。さっきお母様に聞いたら、僕達の十歳の誕生日は一ヶ月後だって言ってたし」

「ああ、もう。一体何がなんだかさっぱりよ!」

 テーブルの上には、散らばった羊皮紙と飛び散ったインク。ルシフォードはそれらを片付けながら、ケイティベルに宥めるような視線を送った。

「だけどやっぱり、あれは夢じゃないって証明出来たね」

 弟の言葉に、彼女は神妙な面持ちでこくりと頷いた。

「そうね、貴方の言う通りだわ。お母様に婚約の話をしたら、どうして知っているのかってすごく驚かれたもの」

 ケイティベルと婚約話が持ち上がっていたのは、外国の第二王子エドモンド・レスティン・トレンヴェルド殿下。結局はリリアンナと正式に婚約をすることになったのだが、それはまだ二人だけの秘密だ。

 ケイティベルがエドモンドの名前を出した途端に母ベルシアは驚愕し、なぜかリリアンナを叱責した。サプライズで驚かそうと思っていたのに、どこからか情報が漏れて失敗に終わってしまったのを嘆き、それをなんの根拠もなく姉のせいにしたのだ。

 とにかくこれで、真実との辻褄が合う。以前であれば絶対に知り得なかったことを知っているのは、あれが未来の出来事だからに他ならない。

「予知夢を見たのか、それとも過去に戻ったのか。もしかして僕達三人、あの時に一回死んじゃってるとか……」

 ケイティベルよりも小心者のルシフォードは、さっと青ざめた顔をする。彼女は落ち着かせるように、強く手を握った。

「マイナスにばかり考えちゃだめ!これは、神様が私達にくださったチャンスだと思わなきゃ!」

 この国では、男女の双子は繁栄と幸福の啓示。ケイティベルはそれを口にして、怯える弟を励ます。本当は、彼女も怖くて堪らない。けれどそれを表に出すと、ルシフォードが自分を気遣ってしまうと思ったのだ。

「うん、そうだよね……!ベルの言う通りだ、ありがとう!」

 ふわりと柔らかく笑う彼の笑顔を見て、ケイティベルの胸に温もりが広がっていく。二人はこうして、いつも互いを支え合いながら生きてきた。そしてそれは、これからも変わることはない。

「確かなことは、私達は今死んでいないってことよ。もしもあれが未来の出来事だって言うなら、なんとしても阻止しなきゃ!」

「で、でも。子ども二人だけでそんなこと出来るかな」

「それは、確かにそうだけど……」

 まだ幼い双子に妙案が思い浮かぶはずもなく、それどころか時間が経つにつれて余計に恐怖が増してくる。あの日と同じシナリオなら、殺されてしまうまでにもう一ヶ月しかない。

「お母様達に話してみようか?」

「信じてもらえるとは思えないわ。お母様ってば、都合が悪いことがあるといつもお姉様のせいにしてばかりで……」

 その瞬間、互いにはっとして顔を見合わせる。そうだ、自分達はあの時たった二人きりではなかった。なんとあのリリアンナが、身を挺して庇ってくれたのだと。

 早鐘を打つ心臓を必死に押さえつけ、ケイティベルはさらさらとペンを走らせる。いつもよりずっと字が乱れてしまったことについては、今は気にしない。

「リリアンナお姉様なら、私達を助けてくれるかもしれないわ!」

「そうだよ、だってお姉様は命の恩人なんだから!」

 そう言って声を弾ませたルシフォードを見て、ケイティベルは首を捻る。あれは果たして、命を救ってもらったといえるのだろうかと。

「いいえ、そんなことは重要じゃない。あの時、命と引き換えに守ってくれたのは確かよ」

「でも、どうしてだろう。僕はずっと、お姉様に嫌われているとばかり思ってた」

「奇遇ね、ルーシー。私もまったく同じ意見だわ」

 両親のようにあからさまな態度は取らないにしても、姉を前にすると体がすくんでしまうのは確か。誰もが認める完璧な公爵令嬢でありながら、気に入らない者には容赦しない性悪の悪役令嬢だと周囲から距離を置かれているリリアンナ。

 当然弟妹に対しても厳格で、顔を合わせるたびに口煩い小言ばかりで口調もキツい。まだまだ大人になりきれない二人にとってリリアンナは、とにかく怖かったのだ。

 もっともそれは愛情の裏返しで、彼女はおそらく国一番の不器用な天邪鬼と言っても過言ではない。ルシフォードとケイティベルが好きで好きでたまらないのに、それを伝えることが出来ない。

 我慢が当たり前の環境で生きてきたリリアンナは、我が強そうに見えて主張が苦手。それに、自身と仲良くすると二人の評判が落ちるかもしれないと思うと、どうしても本音を伝えられなかった。

 口煩いのは、そういう性格だから。可愛さゆえについあれこれと注意してしまい、余計に怖がられているだけのこと。意地悪をしてやろうという意図などまったくない。

 これまでのことを思うと、やはり姉が自分達を庇うとは考えにくい。いきなり事情を話しても理解してもらえるとは思えないし、そこまでの勇気はまだ持てそうにない。

 二人は何枚も何枚も羊皮紙をくしゃくしゃに丸めながら、ようやくひとつの結論に辿り着く。


 ――リリアンナを、試してみよう。


 と。


 誰からも愛されて素直に育った双子には、本音を隠す姉の気持ちが理解出来ない。それはどちらが悪いという話ではなく、単純に育った環境の違いだ。リリアンナは両親から愛されず、常に完璧を求められる状況に置かれていた。そんな彼女に素直さを求めるのは酷であるし、二人に理解しろというのも少し違う。

 要は、話し合い。恥ずかしがらず、気を揉まず、腹を割って話すより他に距離を近づける方法はない。

「よし、やるわよルーシー!」

「頑張ろう、ケイティベル!」

 シーツでぐるぐる巻きにされて殺されるなんて、まっぴらごめん。最悪の未来回避の為に、仲良しぽっちゃり双子は行動を開始するのだった。

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