エピローグ
「アリア~?」
私は庭をキョロキョロしながら歩いている。
家のみんなで手入れしている庭は、自慢ではないが素敵な仕上がりになっている。
庭の一角に大きな木があり、そこにオーウェンさんがブランコを作ってくれた。アリアが好んで遊んでいる場所だ。
きっとそこに居ると思い来たが、姿が見えない。
おかしいわね~。
ここだと思ったのに……。
「わんっ!」
ブランコ近くの茂みで子犬の声と「あっ、しー!」とアリアの声が聞こえた。
足音をたてないように慎重に近づき、茂みを覗いた。そして、「あっ」と驚いた顔のアリアを発見した。
今日、三才になった愛しい娘だ。
「み~つけた」
「う~……」
すぐに見つかったのが不服なのだろう。頬を膨らませている。そんな仕草も可愛いわ!
「わんっ!」
アリアの足元に忙しなく動いている白い子犬はヴィゴル。1ヶ月前にオーウェンさんが冒険先で保護した子だ。
話によると、この子の母親は森で亡くなっていたらしく、このまま放置すれば餓死してしまうと連れ帰ったと聞いた。彼は里親を見つけるまでは自分が世話をするつもりだったそうだが、アリアとヴィゴルは波長が合うのか、すぐに仲良しになったので、私が引き取ることにしたのだ。もともと犬を飼おうと思っていたから、タイミングが最適だったのと、ヴィゴルの手足は大きいので大型犬になると思い、将来は番犬としても期待している。
「早いよ~」
「隠れるのが上手で、庭中を探したわよ。お転婆お姫様」
「本当?」
「えぇ」
「ヴィゴル、やったね!」
「わんっ!」
機嫌は直ったみたい。
「ケーキが出来上がったから、ダイニングに行きましょう」
「やった~!ヴィゴル、行こう!」
「わんっ!」
「あっ、アリア!」
元気よく駆け出していった。
お転婆さんで可愛いわ。
◇◇◇
「アリア~、大きくなったな~」
「キャハハハ!」
ダイニングに入ると、ブライアンお兄様がアリアを持ち上げていた。その傍らにオーウェンさんも居る。
去年、ようやくハーバイン商会の系列店が町にでき、定期的にお兄様が会いに来てくれている。
マディヤ義姉さんも来てくれていたのだが、半年前におめでたとわかり、現在は王都で安静にしているそうだ。落ち着いたら、お披露目に会いに来てくれると手紙に書いてあった。
オーウェンさんは王妃様から、この領地を活動拠点にするよう言われているらしく、仕事の合間に立ち寄ってくれている。
「リリーシアさん。ご無沙汰しています」
「オーウェンさんもお元気そうで何よりです」
相変わらず優しい微笑みだ。
「リリー」
お兄様がアリアを抱っこしてこちらに来た。
「お兄様。アリアの誕生日によくお越しくださいました。ありがとうございます。オーウェンさんも」
「可愛い姪の誕生日だからな!マディヤも来たがっていたが、悪いな」
「いいえ。妊婦に旅をさせては危険ですよ。今はゆっくり赤ちゃんとの時間を大切にしてくださいと伝えて下さい」
「あぁ、ありがとう」
お兄様は少し照れながら笑った。
元来子供が大好きなお兄様だったが、結婚してから子宝に恵まれず心配に思っていた。本当に幸せそうだ。
元気な赤ちゃんが生まれることを願うばかりよ。
「ママ、プレゼント開けたい!」
「そうね。じゃぁ、女神様にお誕生日の祈りを捧げて、ケーキを食べてからね」
「は~い!」
お兄様に抱っこしてもらっていたのに、アリアは強引に降りて、自分専用の椅子にいち早く座った。
その行動がかわいくて、お兄様とオーウェンさんと顔を見合わせて笑ってしまった。
◇◇◇
ケーキを食べ終わると、一人ずつプレゼントを渡していった。まずお兄様から。
木製のつみきパズルで、動物の形をしていて色もあり、とても可愛いオモチャだ。
「うさちゃんだ~!!」
大好きなウサギのパズルを手に、目を輝かせるアリアは本当に可愛い!
続いて、オーウェンさんから。
遠方の仕事先で見つけた球体の魔道具のランプだった。
普通の卓上ライトとしても使えるが、壁や天井に星空を思わせる映像を映し出すことも出来るそうだ。
ベッドの上で満天の星空が見えるなんて、贅沢な時間になるわね。
「すごい!すごい!」
「夜寝る前に見てみましょうね」
「うん!」
「オーウェンさん。素敵なプレゼントをありがとうございます」
「いえ。喜んでもらえて嬉しいです。あっ、それから、これを」
オーウェンさんからもう一つプレゼントを手渡された。
「ソフィア達からです」
「まぁ!」
ソフィアとは手紙で何度もやり取りをしている。相変わらず忙しい日々を過ごしているそうだ。
「開けていい?!」
「えぇ」
アリアに箱を渡すと、嬉しそうに開けた。中身は――
「うさちゃんだ~!」
――白ウサギの人形なのだが、背負えるようだ。いや、リュックだ。物を入れられる場所がある。とても可愛い。
「今度はママのプレゼントよ」
プレゼントを渡すと、みんなのときと同様、嬉しそうに箱を開けてくれた。
「?これなに?」
「オルゴールって言うのよ。蓋を開けてみて」
アリアは不思議そうに蓋をあける。すると音楽が流れた。サンブラノ王国で広く知られる子守唄の曲だ。私もよく寝る前に歌ってあげている。
「うわ~!ママありがとう!素敵!」
喜んでもらえて良かった。
それから……。
「アリア」
ピンクのバラが三本。周りをカスミソウが囲っている花束をアリアに手渡した。
ピンクのバラの花言葉は『美しい少女』。
カスミソウの花言葉は『幸福』。
アリアの幸せを願っているというメッセージが思い浮かぶ……。
余談だが、ピンクのバラは毎年一本ずつ増えている。きっとアリアの年齢に合わせているのだろう。
「ピンクのお花!」
アリアは嬉しそうに受け取った。そして、部屋の端に置いてある、布で隠していたプレゼントを見せた。少し大きめのプレゼントだ。
「うわ~!」
案の定、とても喜んで箱に飛び付いた。
「開けていい?!」
興奮していて可愛いのだが……。
「花束とそのプレゼントはパパからよ」
「ありがとう!」
私が『パパ』と言っても、特に反応はなかった。ソフィアのプレゼントの時もそうだが、アリアの中で『誰にもらった』ことは重要ではなく、『何をもらった』に関心が強い。
ソフィアとは手紙のやり取りや、仕事でこちらに来ることがあれば、屋敷に泊まってもらっているが、年に一回会えるかどうかだ。アリアにとっては毎回知らない人だし、記憶に残っていないだろう。
『パパという名前の知らない人』からもらったと、認識している可能性が高いのではないだろうか。
ソフィアに関しては手紙を受け取ると、アリアに『ママの友だちのソフィアから手紙が来た』と話しているが、『パパ』について話したことはない。
アリアに聞かれるまでは……。
本当、卑怯よね。
でもアリアが『パパ』に関心を持たないことに、私は救われている。
「すご~い!ママゴトだ!」
アリアの手には木で出来たニンジンが握られていた。中央が分裂していて、近づけると磁石でくっつく作りだ。
磁石は高価で、おもちゃに使われているのは見たことがなかった。
「すごい!くっつく!」
きっとオーダーメイドで作ったのだろう。
家で一人で遊ぶ分には問題ないが、こんな高価な物を持っていると知られれば、要らぬトラブルを呼びそうだ。
お礼の手紙に『高価な物はやめて』と書かなければいけないわね……。
一歳の誕生日は使い捨てられる最新型のオムツを贈られ、二歳の誕生日は木製のおもちゃだった。五本の坂道をボールが転がり降りていくもので、転がる様子や音が楽しいらしく、今でも時折遊んでいる。
「ママ~。パパってママのお友達?アリア、『ありがとう』って言いたい!」
胸がズキッと痛んだ。
「素敵なプレゼントよね。パパは遠くに居て今は会えないから、ママからお手紙で『ありがとう』って伝えるね」
「うん!」
アリアはニンジンの他に、イチゴやリンゴなどを出して、一人大騒ぎしながら遊んでいる。
こんな……些細なことで不安が胸に広がる。
「わんっ!」
いつの間にかヴィゴルが足元にいて、私の足に体を擦り付けていた。なんだか、慰められているように感じる。
ヴィゴルを抱き上げると、温かく柔らかい触感に癒される。
今日はアリアの誕生日。
未来の不安など不似合いだ。
娘が将来どんな選択をしても、彼女の幸せを一番に考え行動すると決めている。
アリアがエドワードの元で暮らしたいと願えば、快く送り出す。だから、それまでは全力で守り、愛そう。
アリアが笑うこの一瞬一瞬が、私の宝物であり、幸せだから。
「誕生日おめでとう。アリア」
最後までお読みいただきありがとうございました!
また、誤字報告もありがとうございました。




