37話 イザベラの自供 前編
「離しなさい!この、無礼者!」
エドワード達が居た部屋から連れ出され、ずいぶんと歩かされた。わたくしの両脇を無遠慮に掴む二人の騎士に怒鳴るが、こちらを見ることも、眉を顰めることもしない。
人形のような無表情に不気味さを覚える。
「離しなさい!」
どんなに暴れても、彼らの力が緩むことはない。
なんて屈辱的なの!
そうこうしている内に、重厚感のある扉の前に来た。扉前に居た筋肉質な騎士が扉を引いて開けた。見るからに重そうで、か弱いわたくしの力では開きそうにない。
「こちらでお待ち下さい」
一人の騎士が告げた。
「嫌よ。わたくしは屋敷に帰ります。この手を離しなさい!」
「多少手荒になってもかまわないと命令されているのですよ」
「誰に」
「国王陛下です」
「っ!」
国王陛下ですって?!
くっ……どうすれば……。
こちらの体勢を立て直すにも、ダヴィットお義兄様の力を借りるしかないのに、このままでは連携が取れないまま絡め取られてしまうわ。
こうなったのは無能なあの副騎士団長のせいよ!ペラペラと余計なことをしゃべるから、わたくしが疑われることになったのよ。便宜を図って副騎士団長にしてやったのに、恩を仇で返されるなんて思ってもみなかったわ。
やはり下級貴族は使えないわ!
みんな死ねばいいのに!
不意に背中を押され、咄嗟のことで体のバランスを崩し、部屋の床に膝をついてしまった。
「何するのよ!野蛮な!わたくしを誰だと思っているの!ローゼンタール伯爵夫人であり、ベルジュ公爵家の者なのよ!あなた達下等人種とは訳が違うのよ!高貴なる血が流れるわたくしを、床に押し倒すなど、恥を知りなさい!」
「……担当の者が来るまで大人しくお待ち下さい」
その騎士は表情を一切変えずに告げた。
ただ、その瞳は今までで一番冷たかった。
思わず身がすくむ。
そして、重い扉はわたくしだけを残し、低い音をたてて閉まった。
手狭な部屋の内装は、豪華できらびやかだが窓には鉄格子がはめられている。豪華な牢屋。そう表現した方が似合う作りだ。
わたくしがこんな扱いを受けるなんて!
イライラしながら備え付けのソファーに腰を下ろした。王城のソファーだけあって、質はとても良いものね。座り心地は悪くない。
ただ、基調は黒なので、落ち着いている雰囲気だが、少し違和感がある。
目立たないが、染み抜きしたような痕が、ところどころ散見される。
窓辺に丸テーブルと、磨きあげられた一人掛けの美しい椅子が置かれている。ただ、何故か座りたくないと思った。
不意に大きな鏡がついた化粧台に目が行った。
縁は見事な装飾が施され美しい。
化粧品も話題の化粧水やクリームが置いてある。変なところはなにもないのに、妙に気になった。
コンコン。
ドアのノック音がした。
しかし、誰も入室はせず、扉の小窓から手紙が差し込まれた。
「ベルジュ公爵様から速達のお便りが届いています」
先程の騎士の声だ。
部屋に突き飛ばされたことを思い出し、返事もせず乱暴に手紙を引き抜いた。
「……」
相手は何も言ってこなかった。
それが無性に腹が立った。
ドアを蹴飛ばすが、逆に私の足が痛かった。
「っう~!ちょっと!医者を呼びなさい!ドアが固すぎで痛いじゃない!」
「……」
返答はない。
「ちょっと!居るんでしょ!」
ドアを叩くが、何の反応も反ってこなかった
腹が立つ。しかし、何の反応もない扉に喚いても気分は良くならない。仕方なく痛む足を庇いながらソファーに腰を下ろした。
そして、手紙を開いた。
「は?」
内容が衝撃的すぎて、変な声を出してしまった。手紙の書き出しは『妹へ』だった。
『妹へ
バカなことをしたな。
ダヴィットもマリアンヌも。
私に家族の情を期待するな。
ベルジュは王室と共にお前達を断罪する。
アドリエンヌ・ベルジュより』
手の震えのせいで、手紙を落とした。
ダヴィットお義兄様もマリアンヌも捕まったってこと……?
こんな短時間で?
え?
どういうこと?
まずい、まずいわ!
動ける手駒がいないじゃない!
◇◇◇
「イモージェン・ウエストが自白しました。親子鑑定書の不正作成を指示しましたね」
「……」
この場で証言した内容を、一言も漏らさず記載する書記官が、こちらを伺いながらペンを動かす姿が見える。
「何かおっしゃったらどうですか?」
体格の良い騎士に凄まれるが、私は視線をずらして何も答えない。どうやら王宮騎士団はわたくしが事件に関与した、決定的な証拠が掴めていないのだろう。
没落寸前の子爵家の小娘の証言など、認めなければ恐れることはないわ。
「リリーシア伯爵夫人を殺すために手配した馬車も、貴女からの発注を受けて作ったと販売元の証言もあります。貴女がリリーシア伯爵夫人殺害計画の立案者であるとイモージェン・ウエスト、ジョイ・ニードルが自供してます」
「知らないわ。わたくしの名前を騙ったのよ。それこそ、サインの偽造はイモージェンなら簡単だったでしょう」
親子鑑定書の同意書の偽造工作は、イモージェンがやっている。イモージェンがわたくしに罪を着せようとしていると言い張るしかないわ。
「イモージェン・ウエストの部屋から、貴女が書いた手紙が発見されましたよ」
「っ!」
「そこには、親子鑑定書偽造の指示、伯爵夫人殺害計画に関する内容もありました。言い逃れ出来る状況ではありません。このまま捜査に非協力であれば、最高刑に処されますよ」
最高刑……。
王都の中央広場で公開処刑を意味する。
断頭台を設置し、民草の前を引きずられ、見せしめに処刑される
「ダヴィット・ベルジュも『全てイザベラの指示だ』と供述してますよ。親子鑑定書偽造を手伝わないと、姉の公爵にあることないこと告げ口すると脅されたそうです」
「なんですって!!」
あのクズ男!
わたくしに全てを擦り付ける気ね!
わたくしのクラスメートだった女が、公爵家に赤子を連れて乗り込んできたとき、助けてやったのに恩を仇で返すなんて。なんて恩知らずな男なの!
親子鑑定の研究所の検査員の買収の手伝いも、お姉様に『そのクラスメートは別の男と付き合ってた』と吹き込んでやったのも、全てわたくしなのに!
「王家の命令書の偽造の指示も、宝物庫の複写紙を持ち出したのも、全て貴女の指示――」
「違うわ!王家の命令書を偽造するなんて、わたくしには出来ないわ。だって、どのような紙で、どのような書式で書かれるかもわからない。そんな物を作れるはずがないわ。それに、複写紙なんて存在をわたくしが知るはずないじゃない。全てダヴィット・ベルジュの仕業よ」
わたくしは感情に任せて、全てを暴露した。
ダヴィットが初めて親子鑑定書偽造をした状況や、あの男がクラスメートを馬車に乗せて崖から落として殺したことを。
自分はマリアンヌに、昔、ダヴィットが親子鑑定書の偽造をしたことがあるから、聞いてみたらどうだと言っただけで、指示をした覚えはないと叫んだ。
「リリーシア伯爵夫人殺害の為に準備した馬車は、誰が手配したのですか?」
「っ!……マリアンヌよ!あの子がダヴィットにお願いして――」
「マリアンヌ・ベルジュ。ダヴィット・ベルジュ。二人とも、貴女が指示した。貴女に頼まれたと証言しています」
「違うわ!」
「馬車の販売元で発見された受注書に貴女のサインがあります」
「それはイモージェンが偽造して――」
「複写紙にも、貴女の名前が書かれた跡はありません」
「っ?!」
複写紙に書いた文字の跡?
そんな跡がつくの?
「こちらをご覧下さい」
複写紙を目の前に出された。
なんの変哲もない黒い紙だ。
だが、少し角度を変えると光の加減で、筆跡の跡が多数浮かび上がった。
「書かれた文字の筆跡は残るのですよ。ここに何度も『リリーシア・ローゼンタール』と書かれています。他にも名前がわかりますが、イザベラ・ローゼンタールはありません」
「っ!……きっ、きっと違う複写紙に……」
「贈呈された複写紙は10枚。宝物庫に8枚。国王陛下の執務室に一枚。この盗難にあった一枚で全部です。グスタフ王国でこの複写紙は購入出来ません。万が一他に複写紙が我が国にある場合、グスタフ王国から違法な横流し品を密輸したことになり、厳罰対象となります」
「そっ、そんなのわたくしに関係ないわ!」
「貴女の証言を立証する証拠は何もありません」
「わたくしがやってないと言ってるのよ!」
「子供のように喚かれても、貴女がリリーシア伯爵夫人を偽の親子鑑定書で陥れ、馬車に乗せて崖から突き落とすことを計画したことは覆りませんよ」
「違う!」
どうして良いかわからず、わたくしは叫びながら立ち上がった。
助けてくれる手駒は、みんな捕まった。
エドワードも、アドリエンヌお姉様もわたくしを見捨てた。わたくしを助けてくれる人は誰もいない……。
「……正直にお話しになったらどうですか?今は、関係者全員の事情聴取が終わっていないから。貴女がナイジェル前ローゼンタール伯爵のご夫人だから、人道的な取り調べを行っているのですよ」
何でもない言い方をしているが、『人道的な取り調べ』に背筋がヒヤリとした。
騎士がおもむろに窓辺の椅子を見た。
はじめて見たときから、一度も座っていない椅子だ。
騎士と目があった。
「……あちらに座りますか?」
「ひっ!」
「……何故なんですかね。シミや傷は完全に修復しているんですが、大抵の者はあの椅子に座りたがらないんですよ。貴族専用の豪華な作りにしているのに、その用途がわかるみたいで」
今の会話で確信をもった。
部屋の所々に、染み抜きされたあとがあること。黒を基調とした部屋の作り。そして、異様な雰囲気の豪華な椅子……。
ここで『非人道的な取り調べ』を行っていた、いや、行う部屋なのだとわかった。
「……を呼んで」
「はい?」
「アドリエンヌお姉様を呼んで!お姉様になら、全てを話すわ」
堅物のお姉様はわたくしを助けない……。
わかっているが……すがらずにはいられなかった。




