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34話 イモージェンの自供

「大丈夫……大丈夫……」

 どれくらいこの取調室に放置されているかわからない。内装は豪華できらびやかなのに、窓には鉄格子が取り付けられ、出入りの扉は重々しい鉄製だ。豪華な牢屋と言ってもいいだろう。

 この部屋に来る途中、似たような部屋が何個もあったのを覚えている。そして、異様なほど人の気配を感じなかった。

 おそらく、防音の設備が厳重なのだろう。

 部屋にいると外の音は全く聞こえない。

 鳥の鳴き声も、誰かが廊下を歩く音さえも。


「大丈夫……大丈夫……」

 そう言い聞かせないと、発狂してしまいそうだ。手狭な部屋をうろうろと歩き回る。

 自分は命令されて、仕方なく手伝っていたと、言い逃れ出来る証拠は部屋に隠してあるから、取り調べで隠し場所を告げて、温情を乞えば問題ないはずだ。

 だから――


「失礼する」

 ノックもなく、ドアが開いた。

 白い騎士服を着た黒髪の男だ。

 王宮騎士団の一人だろう。

「君を担当するカイン・フィートだ。早速話を聞かせてもらうから、そこの椅子に座ってくれ」

 冷たい雰囲気があるが、何処と無く色気を感じる。エドワードと二人っきりになるときも胸がドキドキしたが、彼にも同じ様にドキドキしてしまう。不思議な気分だ。

「効いているようだな」

「はい、聞いています」

 薄く笑われて、胸が高鳴る。


「君には様々な嫌疑がかけられている。この場で話したことは証拠として効力があるので、嘘偽りなく話してほしい。いいか?」

「はい、わかりました。何でもお答えします」

 どうしてかしら、彼の声が心地よくて、どんなことでも話してしまいそう。

 それに、とても甘い匂いがする。

 どうしてかしら……。


「リリーシア・ローゼンタールのことを、どう思っていたんだ?」

「いけ好かない女だと思っていたわ。たいして美人でも、女らしい体でもないくせに、世渡りが上手くて、バカな人間はあの女を『いい人』って勘違いしてたのよ。男爵家の分際で貴族学院に行って、学問を学ぶなんて烏滸がましいのよ。お金さえあれば私も学院に通い、立派な淑女としてエドワードと人生を歩んでいけたんだわ。私たちは幼馴染みだから、彼の好みは知ってるし、行動の予想もできるわ。私の方がエドワードにふさわしいのに!あの女がいたいけなエドワードを誘惑して、汚い手で篭絡したのよ。誰にでも股を開く下品な女なのよ!」

 私がエドワードに薄着で迫っていたのが頭に浮かんだが、『私はエドワード一筋よ!』と心の中で叫び、嫌な思考を振り払うために頭を振った。

 あの時のエドワード……嫌な顔をしていたかも。

 いいえ、照れていたのよ。

 初心だから!

 そうに違いないわ!


「そうなのか?君はリリーシア・ローゼンタールが他の男と逢瀬をしたのを見たのか?」

「見てないわ。あの女、容姿の良い騎士を割り当ててやったのに、全然手を出さないし、思わせ振りな態度を取る騎士を遠退けたりして、お高くとまってたのよ!嫌みな女なのよ!」

 エドワードが大好きだけど、味見してみたい騎士は何人もいたわ。でも、私は侍女で、没落子爵家の長女。私にちょっかいをかけてくる男は誰も居なかった。

 実家が金持ちの騎士なら、お金のために遊んであげたのに、そういうヤツはガードが固いし、私の思惑がわかるのか、鼻のきくヤツばかりだったわ。本当、男はバカばかりよ。


「リリーシア・ローゼンタールを嫌っていた人間は多かったのか?」

「いけ好かない女だもの、多かったと思うわ」

「君が知ってるだけで、名前を出してくれないか?」

「いいわよ」

 私は思い付く限りの名前を挙げた。

 リリーシアの世話をしていたアンリ、サディア、クローズ。執事のモーリス。騎士団内ではジョンや、あいつと仲が良かった騎士たち。掃除婦のテイラー。イザベラ・ローゼンタール。そして、マリアンヌ・ベルジュの名前を挙げた。


「マリアンヌ・ベルジュ……。なるほどな。そんなに嫌いなら、リリーシア・ローゼンタールを殺してしまえば良かったのに、どうして手を下さなかったんだ?」

「殺してやりたかったけど、毒殺すればすぐに疑われるわ」

「事故死、暴漢に襲われるなど、方法はいくらでもあるだろう?」

「護衛対象のあの女に何かあれば騎士団の面子に関わるって、ジョンが協力してくれなかったの。それに、マリアンヌが殺してはダメだって。だけど、みんな、今回の浮気騒動で審議会が開かれるのは予想外だったわ。だから、教会から王宮に来るまでの間に、あの女には死んでもらうことになったのよ。私としては男どもに乱暴されて、絶望してから死んでほしかったけど、確実に死んでもらうために馬車を崖から川に落とすことになったわ」

 あんな女は、汚い男どもの慰み者になれば良いのに。服を破られて、泣き叫びながら、生きていけない体になれば面白いのに。

 あ~、あの顔が涙でぐちゃぐちゃになったあの瞬間を、また見てみたいわ。

 本当、快感だったわ。


「馬車を使って、崖から落とすことを計画した人間は誰だ?」

「イザベラ奥様よ。馬車を手配したのもイザベラ奥様。馭者の手配も、ゴロツキの手配もそう。ベルジュ公爵家を使えば簡単だと言っていたわ。手慣れた様子だったから、この計画を使ったのは今回がはじめてじゃないと思ったわね。あっ、そうそう。『屈強な騎士でも死んだ』って言っていたわ」

「『屈強な騎士』とは誰を指していたんだ?」

「それはわからないわ。ボソッて呟いた程度だったし。でも、前伯爵のナイジェル様だと思うわ」

「何故そう思うんだ?」

「『屈強な騎士』『馬車で事故死』『イザベラ奥様の身近』を考えれば、ナイジェル様しかいないもの」


「リリーシア・ローゼンタールを追い出す計画は誰が考えたんだ?」

「考えたのは私じゃないけど、提案したのは私よ」

「提案した?意味がわからないな。詳しく話してくれ」

「えぇ、いいわよ。あれは、あの女が妊娠して間もないときだったわ。部屋に手紙と魔法スクロールが置いてあったの」

「誰から?」

「わからないわ。ただ、とても綺麗な字だった。そこに、今回の計画が書かれていたの。エドワードの目を覚まさせ、最後に私が幸せになる計画よ。ふふっ。私は捕まらないわ。だって、手紙の計画通りに、無理矢理従わされたって証拠があるもの」

「手紙の指示に従ったから、自分は罪に問われないと思っているのか?」

「いいえ、違うわ。この計画をイザベラ奥様にお伝えしたのは私。だけど、イザベラ奥様とマリアンヌが『親子鑑定書不正』の手はずを整えたし、あの女を殺す馬車を準備したのもイザベラ奥様よ。ふふふっ。確かに、私が親子鑑定書の同意書のサインを偽造したけど、書き写すときに使った複写紙も、採取した血液もマリアンヌが準備してくれたわ。二人が私に指示した手紙は保管してるから、私は無理矢理従わされていたって、証言すればわかってもらえるはずよ。だから私は捕まらない。これも全部、あの手紙に書いてあったのよ」

 選民意識が強いイザベラ奥様。

 生まれが高貴なことを鼻にかける、自意識過剰な腹黒女のマリアンヌ。

 この二人がいては、エドワードと幸せな生活は出来ない。我が家は子爵家だから、リリーシア・ブロリーンのように結婚を反対されて、今度は私が追い出されてしまう。

 その未来を回避するには、二人に消えてもらうしかない。審議会がなければ、離婚成立後に私が王宮騎士団に証拠を持って駆け込む予定だった。

 二人が私に指示した手紙がある。私は二人に逆らえなかった。罪は二人が被ってくれる。

 私は情状酌量で刑罰もほとんど無いはず。

 これもすべて、手紙の計画通りよ!


「取り調べは以上だ。この場で話した内容は、すべて書記官が記述している。あとで騒いでも無駄なことだと思ってくれ」

 書記官?

 騎士の視線の先を見たら、入り口付近にあった椅子に人が座っていた。しかもノートに書き込んでいる。全然気が付かなかった……。


「君には親子鑑定書の不正作成を手伝った『公的文書不正作成共謀罪』『王室侮辱罪』。計画を提案した『教唆罪』。他にも罪状があるし、斬首、毒杯が妥当だ。情状酌量があっても、よくて一生幽閉だろうな」

「は?」

 斬首?

 毒杯?

 なにそれ?

「待って!私は何も悪くないじゃない。すべて手紙に書いてあった内容で、そこには、私が罪に問われることはないって、全部イザベラ奥様と、あの腹黒女がやったことになるのよ。ちゃんと調べて!私は悪くないように立ち回っていたのよ。おかしいわ!私はエドワードと幸せになるの。そっ、そうよ!お腹の子はエドワードの子よ。医者に妊娠しやすい日を聞いて、その日にしたんだから、間違いないわ!エドワードと私は幸せに暮らすのよ」

「やれやれ、薬が効きすぎたんだな」

 そういって、白い騎士服の男は部屋に置いてあった香炉を手に取った。

「これは自白を促す匂いが出る香炉だ。自制心を少し緩める程度の軽い物で、忠誠心や強い精神力を持っている者には効かないんだ。あと、私がつけている香水。媚薬成分が入っているから、気が多いヤツは私に好感を持って何でも話したくなるんだ。本来は気休め程度の効果だが、君には効果的だったようだな」

「なっ、なんて卑劣なの!」

「人を貶めて、何の罪もない人を悲しませた自分は、卑劣ではないのか?」

「私はエドワードの目を覚まさせてあげただけよ!」

「自己中心的だな。伯爵のためと言いながら、結局は自分のことしか考えていない」

「ひっ!」

 男の鋭い視線に恐怖を覚えた。

 まるで、喉元に剣を突き付けられたようだ。

 

「君にもふさわしい罰が下されるから、死ぬそのときまで後悔と懺悔をしてくれ。それが被害にあった人への贖罪だ。まぁ、言ってもわからないだろうがな」

 そういって、男達は香炉を持って部屋から出ていった。さっきまで甘い匂いがしていたのに、いつの間にか感じなくなった。

 そして、次第に……自分がとんでもないことを暴露してしまったと震えがきた。


 あっ……あっ……。

 死にたくない。

 だっ、誰か助けて……。

 エドワード。イザベラ奥様。マリアンヌ様……。 

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