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32話 私とエドワード2

「座って下さい」

 私の声かけに、彼は素直に座り直した。

 しかし、罰が悪そうに視線を逸らしている。


「屋敷を追い出された日、イモージェンが教えてくれました。貴方は胸の大きな女性が好きで、夜な夜なイモージェンが慰めていたと」

「違う!いっ、イモージェンとは……その……」

「彼女、妊娠しているそうですね。お腹の子は貴方の子だと言ってましたよ」

「っ!!」

 妊娠のことを話すと、どんどんと顔色が悪くなっていく。

「嘘は必要ありません。フィート弁護士の調べでは、もうすぐ七ヶ月になるそうですね。伯爵家の使用人らも、夜中に薄い夜着を着たイモージェンが執務室に入る姿を、何度か見たと証言しています」

「……すまない。君と男がキスをしているのを見たら……君に裏切られたと……ショックで……深酒をしたんだ。その時……間違いを犯したらしい」

「らしい?」

「記憶にないんだ。朝起きたら裸のイモージェンと寝てた。だが、それ以降は一度もそんな関係になってない。何度か迫られたが、罪悪感が勝ってそういったことはしなかった。彼女の体に触れたこともない。本当だ、信じてほしい!」

 必死に言ってくるが、私の胸に怒りが込み上げてくる。

 覚えてないからなんだ?

 それ以降は関係を持ってない?

 罪悪感?

「ふざけないで……」

 寒くもないのに、私の手は震えている。

「それが何だって言うの?!イモージェンは妊娠してるのよ。貴方はイモージェンと寝た!一回も百回も同じことよ。貴方は、貴方が……私を裏切ったのよ」

 涙が溢れた。

 泣かないって決めてたのに。


「貴方は出産して一週間の私を追い出したわ。ホテルにもレストランにも洋服店にも、治療院にも薬屋にも大聖堂にも、入れないように手を回したわね。実家にすら入れないように、あの時、応接室に隠れる銀髪を見たわ。お父様に責められる私を嘲笑いに来たのかしら?」

「ちっ!……」

 きっと『違う!』と言いたかったのだろうが、彼は言葉を飲み込んだ。

「平民街の外れにある教会が受け入れてくれなかったら、路頭に迷って死んでたかも知れないわ。現に教会にお世話になってすぐに体調を崩したのよ。道端でああなっていたら、死んでいたでしょうね」

  

 伯爵家を追い出されたとき、私を護ってくれたのはオーウェンさんだった。身を休められる場所を探してくれたのはお父様だった。快く招き入れてくれたのはシスター・ハンナだった。

 私は多くの人に助けてもらって、こうして生き長らえたわ。

 

 貴方は、私に何をしたの?

 

「殺したかったんでしょ?」

「違う!違うんだ。いっ、行く場所がなければ、君は俺の元に『助けてくれ』とすがってくると思ったんだ。男を捨てて、俺の元に帰ってきてくれると、そう、思ったんだ。君を殺そうとなんて思ってなかった!」


 なにそれ……。

 不意に屋敷を追い出された日のことを思い出した。

『君には失望したよ』

『それは俺の子じゃない』

『俺の子ではないと!鑑定結果があるんだから!!』

 怒鳴りながら鑑定結果書を投げつけられた。


『こいつらを屋敷から追い出せ』

 鋭く冷たい瞳だった。

 待ってと、彼の腕をつかんだら振り払われた。アリアを抱えた私に遠慮なしでだ……。


『地面に這いつくばっているのがお似合いだな』

 悪魔のように嘲笑った顔が思い浮かぶ。


『死ねよ。お前なんか死んじまえ!ボロ雑巾のように、地面を這いつくばって、後悔しながら、俺に詫びながら、惨めに、死んじまえば良いんだ』

 そう、叫んだ彼を思い出した。


「『お前なんか死んじまえ』と、貴方は叫んでいたわね」

「っ!そっ、それは……頭に血が上って……。本心でそんなことをいった訳じゃない」

 彼も思い出したのか、言葉がしどろもどろになった。


 あぁ……。

 無理だ。

 さっきまで渦巻いていた感情が、スンっと流れて行ったのがわかった。

「頭に血が上れば、貴方は人を殺すのね」

「違う!」

「私が貴方を頼ってくる?助けを求めようと思ったとき、一度も貴方を頼ろうなんて思わなかったわ。間接的であっても、私を殺そうとしている人を、頼るわけないじゃない」

 私の言葉にハッとなっている。

「きっ、君が浮気したことを認めて、謝ってくれたら屋敷に入れようと、そう思っていたんだ。行く宛を失くせば、最後に俺を頼ってくれると――」

「独り善がりの考えね。そう……全部独り善がりよ」

 気持ちが落ち着くと、さっきまで彼が言っていた言葉が、どれも表面的で、自分のことしか考えてないと気がついた。

「『一生をかけて償う』って、一生私に謝るってことでしょ?」

「あぁ、許してくれるまで、何度でも、何十年でも謝るよ」

「いつか許されるって思っているのね」

「えっ!いや、許されるなんて思ってない。一生恨まれる覚悟はある」

「私は一生貴方を恨んで、貴方の罪悪感を薄れさせるだけの謝罪を、一生、言われ続けなければならないと、そんな拷問を私に受けさせたいってことなのね」

「ごっ、拷問って……」

「謝罪って、二種類あると思うわ。許される謝罪と、許されない謝罪。今回のことは許されない謝罪だと思うわ。少なくとも、私は許せない」

「……」

 落ち込むように、彼は項垂れた。

「貴方の謝罪は受けとります。ずいぶんと巧妙な罠だったと思うし、親子鑑定書が間違っているなんて、普通は思わないわ。貴方も騙された被害者であると理解は出来る」

 私の言葉に、彼は顔を上げて目を輝かせた。

 まるで、許されるのではないかと期待しているような、そんな目だ。

「でも、それだけ。もう、元には戻れない。仮に、離婚しなかったとして、私は常に貴方に怯えることになるわ。いつまた、頭に血が上って私を殺そうとするのだろう。この言葉は貴方の逆鱗に触れないかしら。逆に、貴方から腫れ物扱いされて、被害者の私が罪悪感を覚えるようになる場合もあるわ。結婚生活を続けることは、私にとって苦痛でしかないわ」

 彼は再度目を伏せた。

「……すまなかった」

「離婚届にサインをお願いします」

 机に置かれた離婚届を見ると、彼は観念したように離婚届にサインしようとした。そして、サインする直前――

「子供はどうしてるんだ?」

――と、呟いた。

 落ち着いていた気持ちが、思わぬ言葉でざわめいた。

「どうとは?」

「その……元気、なのか?」

 元気……ですって……。

「君とずっと一緒にいると思っていたが、審議会には連れてこなかったんだな」

「えぇ。何があるかわかりませんから」

 爆発しそうな気持ちを、理性で抑える。


「あ~……その……、名前。そう、名前は何にしたんだ?響きが可愛いと言っていたアイビーか?それともステラにしたのか?」

 苛立ちで腕が震える。

 机の下で、私は右手の手首を握りしめた。

「どうでもいいでしょう、そんなこと」

「どうでも良くない。俺の子なんだから」

 理性が飛ぶとは、こんな感覚なのかもしれない。今まで生きてきた中で、はじめて、誰かを傷つけたいと、腹の底からの衝動を感じた。

 

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