30話 母親として貴女を軽蔑する!
「親が子に『産まなければ良かった』など、どんな事があろうと言ってはいけない言葉です。ましてや、自分の思い通りにならないことを責めるのは間違っています。子供は貴女の人形でもなければ、都合の良い道具でも、いくら傷つけても良い存在でもありません」
私はあまりにも頭に来て、イザベラお義母様に厳しい声を向けた。
「男爵家風情が、わたくしに意見するなど烏滸がましい!」
「爵位は関係ありません!一人の母親として、私は貴女を軽蔑します」
「生意気な!」
ずんずんと私に歩み寄ってくるが、怒りが上回って、私は真っ正面から向かい合った。
「子供は産まれるだけで凄いんです。素晴らしいんです。ただ息をしてくれているだけで愛しいんです。寝顔も、笑った顔も、グズって泣く顔も、全部全部天使なんです。全身全霊をかけて守りたい。守っていく掛け替えのない存在なんです!誰かと競うための道具じゃない。誰かを繋ぎ止める道具じゃない。子供の人生は子供のものです!」
悲しいわけじゃないのに、感情が高ぶったためか、言ってて涙が溢れてきた。
「体が弱いのは彼のせいじゃない。騎士になれなかったのは彼のせいじゃない。騎士にならなくったって、彼は立派に大人になって、仕事をして、子供を作ったんです!彼の人生をバカにしないで下さい!貴女は最低な母親です!!」
「この小娘が!!」
イザベラお義母様が凄い形相になった。腕を振り上げるのが見えるが、ちっとも怖くない。叩きたいのなら叩けばいい。
私は貴女に負けない!!
腕が振り下ろされる瞬間――
「「やめろ!!」」
――と、男性達の声が響いた。
目の前で紙が散らばり、イザベラお義母様の手をオーウェンさんが捕まえていた。
どうやら、エドワードが証拠品などの紙や弁護資料の本などをイザベラお義母様に投げつけ、怯んだ隙にオーウェンさんが腕を捕まえたようだ。
「離しなさい!無礼者!」
「イザベラ前伯爵夫人を拘束しろ!」
部屋の外に居たのか、数人の騎士がなだれ込み、イザベラお義母様を無理矢理部屋から引きずり出した。
「イモージェン・ウエスト子爵令嬢。貴女にも逮捕状が出ている。『リリーシア伯爵夫人殺害未遂』『親子鑑定書不正作成補佐の容疑』です。ご同行願えますか」
「はい……」
イモージェンは大人しく騎士に着いていった。
「バーバリー・ユスタス裁判員、ベクター・マドラス弁護士。お二人にも『リリーシア伯爵夫人殺害未遂補助の重要参考人』としてご同行をお願いします」
「どっ、どういうことだ!」
「我々は何も知らないぞ!」
ベクター弁護士とバーバリー様は口々に「関係ない」と言っているが、「ジョイ・ニードルがお二人もこの件に関与していると自白しました。どこまで関与されているか、取調室でゆっくりお話を伺いたい」と迫力がある顔で言われ、分が悪いと思ったのか、「わかりました」と席を立ち、部屋を出た。
「ローゼンタール伯爵。強制捜査の受諾書にサインを。詳しいお話を伺いたいので取調室にご同行願います」
「わかりました」
エドワードは言われたようにサインをし、立ち上がった。
その時――
「ちょっと待ちなさい」
――と、リーガル公爵様が立ち上がった。
「彼は今、審議会中だ」
「はい。ですが、こちらの件は国王様からのご命令です。審議会中であっても、国王様のご命令が優先されます。それは御存じでしょう」
「それは知っている。だが、『逃げ出す恐れがあるため』優先されると、前提があるのも事実。先程連れていかれたやつらは『逃げ出す恐れがあった』と、ワシも思う。だが、ローゼンタール伯爵の態度はどうか?」
「……」
白い制服の騎士様はエドワードを見た。
エドワードもまっすぐ彼を見ている。
「……わかりました。審議会が終わるまで待ちます。ただし、私も同席しますが、よろしいでしょうか?」
「ありがとうございます」
エドワードは騎士様とリーガル公爵様に頭を下げて、席に座った。
騎士様は扉前に立ち、リーガル公爵様はエドワードの隣に座った。
「「えっ」」
私もエドワードも、思わず驚いて声を発してしまった。どうしてリーガル公爵様がエドワードの隣に?
「師匠……」
「一人は心細いかと思ってな。なに、あとは話をまとめる程度だ。ワシがいてもいなくても変わらんよ。さぁ、話を始めよう」
ソフィアはリーガル公爵様をジロリと睨んだが、ゴホンっ!と咳払いをして、切り替えた。
「では、審議会を続けます。ローゼンタール伯爵。リリーシア伯爵夫人は不貞をしていません。それは認めていただけますか?」
「あぁ、認める。すまなかった」
エドワードは机に額を付けるほど、頭を下げた。
「では、こちらの要望として、この場で離婚届、養育権放棄書類にサインをお願いします。慰謝料と養育費は、後日、新しい弁護士を通して話し合いましょう」
「……離婚届はこのあとすぐに出すのか?」
「いいえ。慰謝料と養育費、面会交流の頻度を決め、話し合いが終わり次第提出します」
「面会交流?」
「はい。たとえ二人が離婚しても、父親と母親である事実は変わりません。養育権を持たない親であっても、子供と面会し、遊んだり食事をしたりと交流が出来る制度です。もちろん、子供に会わないという選択も可能ですよ」
「子供と会うとき、彼女に会うことが出来るのか?」
「子供が幼い場合は母親同伴もありますが、基本的に子供と一対一で会うのが、面会交流のルールです」
ソフィアは弁護士として当然の説明をしているが、面会交流の話は……正直怖い。
離婚が成立したら、私は男爵家には戻らず、平民として生きると決めている。今回の事件は、大々的に発表するとは聞いているが、どのような風評被害がブロリーン男爵家に振りかかるか、予想がつかないからだ。
私はいい。貴族籍に未練はない。
だけど、アリアは……。
エドワードがアリアを取り込もうと動けば、財力を駆使して貴族の生活を体験させるだろう。
最新型のおもちゃ。
高級絹のドレス。
本革の靴。
豪華な食事。
貴族御用達の避暑地への旅行。
生活基準の違いをまざまざと見たとき、アリアが貴族に戻りたいと言い出すかも知れない。いいえ、きっと言い出すわ……。
アリアが貴族になりたいと、そう望むなら、快く送り出さなくちゃいけない。
彼女が幸せになるなら、会えなくなることなんて、些末なことよ。
アリアの幸せが一番よ。
だけど……願いを一つ、人生で一つ叶えられるなら、私からアリアを奪わないで……。
「わかった。それも後日話し合おう」
「では、離婚届と養育権放棄の書類にサインをお願いします」
ソフィアがエドワードの前に離婚届と養育権放棄の書類を置いた。
エドワードは養育権放棄の書類はスラスラとサインしたが、離婚届の前で手を止めた。
「……一つ……いいだろうか?」
エドワードは絞り出すような声を出した。
「何でしょうか?」
ソフィアの淡々とした声だ。
「都合が良いことを言っている自覚はある。騙されていたとはいえ、私がとった行動は最低だった。弁明の余地もない。……だが、少しの時間でいいから、二人で話をさせてほしい」
エドワードのすがるような瞳が私を見た。