27話 審議会 反論3
「不可能……だと」
「えぇ」
「なっ、何が不可能なんだ!」
「移動時間ですよ」
「いっ、移動時間……。はっ!」
ベクター弁護士の顔が一瞬で青くなった。
「御存じだとは思いますが、貴族の邸宅が立ち並ぶ区画は西側で、商業区画は東側です。伯爵家から宝石店に向かうのに、約一時間の移動時間がかかります。また、ホテルからお茶会会場も約一時間。ホテルから伯爵家までも約一時間かかりました。この検証は人がいない深夜に行いました。昼間であれば人通りがあるためスピードも出せませんから、もっと時間がかかったでしょう」
ソフィアは次のように話した。
10時 伯爵家を出発。
11時 宝石店に到着。ネックレスを購入。
13時 宝石店を出発。
14時 お茶会に参加。すぐに出発。
15時 ホテルに到着。三時間密会する。
18時 ホテルを出発。
19時 伯爵家に到着。
「あなた方が立証した夫人の行動では、帰宅が19時になってしまうんですよ」
「そっ、それなら、ホテルのオーナーが二時間利用を三時間と勘違い――」
「それをどう証明するのですか?オーナーは亡くなっているのに」
「くっ……」
「それなら、屋敷を出発したのはローゼンタール伯爵様を見送ってすぐの9時だったのだ!午前中からホテルを利用し、その後茶会に――」
「そっ」
イモージェンが何かを発しよう口を開こうとしたとき、「ウエスト様。虚偽の証言は刑罰の対象になります。現在書記官が記録していますから、発言には気を付けた方が宜しいですよ」とソフィアが鋭い視線を向けた。
「ひっ」
イモージェンは引きつる悲鳴を発し、口を閉じた。
ベクター弁護士は悔しそうに顔を歪める。
「それがなんだ。数ヵ月も前のことだ。記憶があやふやな場合もあるだろう。こちらには夫人が宝石店でネックレスを買ったこと、ホテルを利用したことを立証する証拠があるんだ!夫人が浮気していたことに、何ら変わりはない!」
ベクター弁護士は私のサインがされた4枚の証拠品を乱暴にテーブルに叩きつけた。
「では、今度はその『伯爵夫人が書いたサイン』が偽物だと立証していきましょう。まず、こちらをご覧下さい」
ソフィアが鞄から黒色の紙を取り出した。
「こちらは魔道国家グスタフ王国で研究されている特殊なインクが塗布された複写紙です。紙と紙の間にこの複写紙を置き、文字を書くと」
ソフィアは紙に『リリーシア・ローゼンタール』と書き、複写紙を外して、紙を別々に持ち上げた。
「書いた文字が下の紙に複写出来ます」
二枚目の紙の方に、紫色の文字が現れた。
エドワードが驚いて目を見開いている。
「それが何だと言うんだ!いっ、いくら複写出来るといっても、文字の色が紫色じゃないか。伯爵夫人のサインは黒色だ。その複写紙が使われたとは言えない!」
「えぇ。どうやら、この種類の複写紙が使用されたとは言えませんね」
ソフィアがベクター弁護士の指摘を肯定するような言葉をいうと、彼は薄ら笑いを浮かべた。
「まったく、浅はかな考えで物を言われては困――」
「では、こちらの複写紙はどうかしら?」
ソフィアは別の黒色の紙を取り出し、先程と同じ様に紙で挟み文字を書いた。すると青黒い色の文字が二枚目の紙に写った。
「色は似てきましたが、これでもないですね」
「なっ、何をしているんだ!」
「見てわかりませんか?使用された複写紙を特定しようとしています。この複写紙は作っている研究室によって色味が変わるんです。一番はじめに実験した複写紙は、民間の研究室の物でした。今書いた物はグスタフ王国内で有名な商会の研究室の物です。そして――」
ソフィアはもう一枚、複写紙を取り出した。先程の二枚とは違い、光沢が美しく、紙質が上質であるとわかる。今までのように文字を書く。すると、今度の文字は黒色で、白い紙に書いた文字と遜色ない色だ。よく見なければ、どちらが複写したものかわからないほどだ。
「この複写紙はグスタフ王国の王族のみが使用する特別な物です。サンブラノ王国にあるこの紙は友好の証として、グスタフ王家からサンブラノ王家に贈られた物しか実在しません」
「何故お前がそんな物を……」
ベクター弁護士は驚きで声が上ずっている。
「それは後程説明致します。今重要なのは、伯爵夫人のサインが、この複写紙を利用したものなのか、否か。ということです」
「そんなことはどうでもいい!何故その紙をお前が持っているかの方が重要だ!答えろ!」
焦って怒鳴り出すベクター弁護士。
それもそうだろう。
ソフィアがサンブラノ王家に贈られた貴重な紙を持っているということは、ソフィアの後ろに王族がいると示しているのだから。
「ベクター弁護士。我々は今、ローゼンタール伯爵夫妻の不倫、離婚について話し合っている最中です。些末なことは、この話し合いが終わってからに致しましょう?それとも、この複写紙がここにあることが、それほど重要とおっしゃるのは、伯爵夫人のサインがこの複写紙で写されたものだと、お認めになるのかしら?」
「っ!そんなわけないだろう!伯爵夫人のサインは本物だ。そもそも、万が一その複写紙で写されていたとしても、それを証明することは出来ない!」
先程まで余裕の表情でこちらを見下していたベクター弁護士は、唾を撒き散らしながら声を荒げている。
「出来ますよ。この場で」
ソフィアの言葉に、部屋が静まりかえった。