24話 審議会の前準備3(ソフィア視点)
「ずいぶん用意周到じゃないか。こんな特殊素材の馬車を用意し、崖から川に落とすなんて計画、お前だけで考えたとは思えない。誰の差し金なんだ?」
「そんなの決まってるじゃないか。イザベラ奥様だよ」
「イザベラ奥様が?」
「どんなに屈強な男でも、あの崖から落ちたら死ぬって言ってたよ。あの口ぶりは、事故に見せかけて何回か殺してるな」
不意に『イザベラの近辺で事故死した屈強な男』が思い浮かんだ。
ナイジェル・ローゼンタール前伯爵だ。
まさか……。
「まぁ、今回の発案者はイモージェンらしいがな。何でも、髪を好きな色に染められる魔法スクロールを偶然手に入れることが出来たらしく、産まれた赤子の髪を黒色にすれば、その女を浮気者として排除出来るって計画だ」
産婆が残した魔法スクロールの残骸は、アリアの髪を染めるために使ったのね。
「『その女』だと!無礼だぞ!」
「ハハハ。無礼もなにも、男爵家風情に尽くす礼などないわ。本当、傑作だよ。あんなに奥様の事ばかりだった伯爵なのに、遠目で奥様と同じ洋服を着た女が、男とキスする姿を見たくらいで、面白いくらい動揺するんだもんな。あとはモーリスとイモージェンの誘導で不信感を増幅させれば、予想通りに動くのだから笑えたよ」
バカみたいにペラペラしゃべるわね。
「オーウェン。何でそんなに詳しいのか探って」
小声で指示を出すと、オーウェンは軽くうなずいた。
「ずいぶん詳しいな。まるでその現場を見たみたいじゃないか」
「まぁ~な。伯爵が見た男は、俺が演じてたからな。ダサイ黒髪のカツラも被っておいたから、伯爵はすぐに浮気相手がお前だって信じたよ。バカだよな。伯爵の執務室から見える場所に待機して、伯爵が外を見たらモーリスが鏡を使って合図してるなんて、まったく気が付いてなかったよ」
「女役は誰がしたんだ?」
「イモージェンだよ。あいつ、伯爵の事が好きすぎて、何時に休憩取るとか、休憩中にどんな行動するかとか、気持ち悪いぐらい言い当てるんだぜ。マジモンの変態だよ。モーリスが合図するちょっと前に現れて、演技して、何食わぬ顔で奥様と合流するんだから、女はコエーよ」
確かに気持ち悪いわね……。
「ネックレスもお前が用意したのか?」
「イモージェンと二人で変装して、宝石店に行って買ったんだ。もちろん担当した販売員はグルだ。ちょっと金を積めば喜んで協力したよ」
やっぱりね。
その販売員のことはチェスターが調べあげてくれた。ギャンブル好きで、借金を抱えていたのに、リリーシアが伯爵家から追い出された日に借金全てを返済したらしい。しかし、離婚異議申立ての申請を出した日に行方不明になったのち、焼死体になって発見された。
「まさか、俺と奥様が逢い引きで利用していたって証言した宿屋も」
「あぁ、そうだ」
その宿屋も経営破綻寸前で、多額の借金を抱えていたが、リリーシアが伯爵家から追い出された日に借金を全額返済している。そして、宝石店の店員と同じく焼死体で見つかった。
「屋敷内で奥様とお前が不謹慎な関係だって噂を流したのも俺。お前にネックレスを着けたのも俺だよ」
ジョイはゲラゲラ笑いながら、自慢話のように全てを告白した。
粗方、離婚審議会で使えそうな証言は取れた。
その他の事は、シスター・ハンナ達に任せよう。
「お前は騎士失格だよ」
「何だと……」
「仕える主人を守るのではなく、罠にはめるなんて、騎士のすることじゃない」
「はっ、バカめ!始めっから、男爵家の娘なんか、主人と思うわけないだろう」
「お前は旦那様をも侮辱し、忠誠を汚したんだ。仕える相手が誰かなんて、お前には関係ないんだよ。ただ、自分が可愛いだけの最低クズ野郎だ」
オーウェンがゆっくりと立ち上がった。
「もう、いいか?」
ビリビリするくらい冷たい声だ。
相当怒っているな……。
私が頷くと、オーウェンは馬車の出入り口を一蹴りした。すると――。
「はぁ?!?!」
ドアがぶっ飛んだ。
特殊素材で出来ていても、ドアの留め具はそうじゃなかったのね。せっかく、チェスターから借りた円形小型自動ノコギリとか、小型爆弾つきハンマーで強化窓ガラスを割って脱出しようと思ってたのに、出番がなかったわね。
「なっ?!」
突然のことに、ジョイは驚くばかりで反応が遅い。オーウェンは屋根に掴まってクルリと屋根上に飛び乗ると、ジョイが乗る馬に飛びかかった。
見事ジョイの顔を殴り、落馬させ、馬を強奪することに成功した。
「ソフィア、馬車を!」
「わかってるわよ!」
私もオーウェンのように屋根に出て、御者を蹴り落として馬の手綱を奪った。
ヒヒィーン!!
可哀想だが馬の手綱を思いっきり引っ張って急停車させた。
「この野郎!」
一人の男が馬から私に飛び掛かってくるが、防御ががら空きよ。
「野郎じゃないわよ!」
顔面に靴底をお見舞いしてやったわ。
ピンヒールがめり込んで痛そう~。
「この!」
他の男がナイフを投げてきたので、素早く御者の席から降り、お返しに私のナイフを手の甲にお見舞いしてあげた。
「ぐぁっ!」
ナイフを投げるときに掛け声を上げるなんて、バカよね。
痛そうに悶えているから、優しい私が頬を蹴り飛ばして気絶させてあげた。
他は……。
オーウェンの方に目を向けると、敵は全員伸していて、ジョイの胸ぐらを掴んでいた。
これで囮作戦は終了ね。
全員縛り上げて、馬車の中にでも突っ込んで置こうかしら。その方がシスター・ハンナ達も楽よね。
そう思って犯人達を縄で縛ろうとすると――
「さすがね」
「っ!」
突然話しかけられた。
シスター・ハンナだ。
木の上から音も立てずに舞い降りるシスター・ハンナは見慣れない黒装束に、口元を黒布で隠していた。まるで東方の忍者を彷彿させる格好だ。
「シスター・ハンナ。これを」
オーウェンが偽造された王家の命令書をシスター・ハンナに渡した。
「ありがとう。ここは私達に任せて、王城へ急ぎなさい」
受け取ったシスター・ハンナは笑顔なのに、まるで死神と対峙しているように、背筋が凍るのを感じた。