23話 審議会の前準備2(ソフィア視点)
異議申立を行ってから1ヶ月。
相手側の動きが頻繁になった。
もちろん、教会に攻め込んで来ることはなかったが、証拠隠滅を図る動きが多かった。
まず、私のアジトや自宅が襲撃された。アジトは爆破され、自宅はめちゃめちゃにされてしまった。
いや~、過激よね。
だけど必要なもの、大切なものは別の場所に移動させておいたから、どうってことないけど、犯人からそれなりの賠償金をいただこうと決意するには十分だったわ。
私と言えば、教会で変装して寝泊まりしてるから安全だし、行動もわりと自由に出来た。
黒幕が証拠隠滅に動くとしたら、まず手始めにこの人だろうと尾行したら、案の定、仕事を休職して旅行に行くと王都を抜け出した。
そして、ある貴族が避暑に使う別荘で優雅な生活をし始めた。
本当、しばきたくなる顔で楽しんでいやがる。
ピエール・バシュ。全てが終わる頃には、あんたは断頭台か毒杯の前にいるのにな。
取りあえず、重要な証人を黒幕は殺さないと判断し、監視は王家の影に託して私は宮内国政機関の職員のもとへ向かった。
伯爵の婚姻無効申請をすぐに受理した職員だ。
そして、そいつもピエールと同じ別荘に滞在することになった。
その二人は黒幕の身内だし、重要な役職に就いているから捨てゴマにしないってことか。
捨てゴマにされるのは、いつも立場が弱い人間だ。宝石店の店員、そしてホテルのオーナー。
この二人は殺された。
異議申立を行った翌日から、行方不明になっていた。数日後、王都の外れで焼死体が二体見つかった。損傷が激しく誰のものかわからなかったが、解剖の結果遺体の一つに金歯が発見され、それはホテルのオーナーのものとわかった。
また、もう一つの遺体の体内から、宝石店から盗難届けが出されていた指輪が三点見つかったのだった。宝石店の店員が行方不明になったと同じ頃に盗難が発覚したので、宝石店の店員が飲み込んで逃げようとしたら殺されたと考えられる。
そしてもう一人、アリアを取りあげた産婆だ。
彼女はアリアを取りあげた後、すぐに王都からいなくなっていた。失踪する日、彼女は娘に『しばらく王都を離れる。もしも私が死んだら、冒険者ギルドの金庫に預けた鞄を受け取って欲しい。処分はお前に任せる』と告げて、金庫の鍵を渡したそうだ。
物騒な物言いに驚き、しばらく放置していたそうだ。だが、リリーシアの浮気騒動を耳にして、母親の直前の仕事が『ローゼンタール伯爵夫人のお産』だったと思い出し、貴族の騒動に母親が巻き込まれたと考え、ギルドの金庫に鞄を受け取りにいったのだった。
そこには平民が一生遊んで暮らせるお金と、魔法スクロールの残骸が残されていた。
魔法スクロール。
ずいぶん昔の話だが、サンブラノ王国にも魔法使いが存在した。その多くが貴族だったらしい。
ただ、魔法の素養を持つ者が年々減少し、さらに魔力操作を失敗して暴走する事故が多発したそうだ。歴史書には王都を半壊させたと書かれていた。サンブラノ王国で魔法使いは廃れていった。
その代わり、魔道具や魔法スクロールが使われるようになったのだ。
魔道具は、魔石に魔法陣を書き込み、誰もが持つ微弱な魔力で使える安全なものだ。
魔法スクロールも、特殊な紙とインクを使って魔法陣を描き、使用するときに魔法陣を真っ二つに破ると魔法が発動するものだ。
二つとも制作するときに魔力を使うので、作れる人物は魔法使いの素養があるそうだが、誰も魔法使いにならないのが現代だ。
産婆が残した魔法スクロールの残骸が、何の魔法だったのか、現在チェスターが調査してくれているので、すぐに報告が来るだろう。
話が脱線したが、産婆の娘はギルド長に母親の捜索を依頼し、事情を知ってるギルド長が私に連絡してくれたのだ。
母親の捜索は現在も続いているが、行方はわかっていない……。
そして、私達は審議会当日を迎えた。
なんと、ローゼンタール伯爵家の馬車と、その伯爵家の騎士五名が迎えに来たのだ。
仰々しく『この馬車で登城するように』と王家からの命令書をたずさえて。
王妃様から迎えを寄越すとは聞いていないし、私達の繋がりを露見することはしないはずだ。
そうなると、この命令書は敵が用意したものになる。
はぁ……。
伯爵家の馬車だとリリーシアが乗車拒否する可能性があるから、逆らえないように王家の命令書を偽造したのだろうけど、王妃様が後援している教会にそんなものを持ってくるって、バカよね。
私はリリーシアを装うため、金髪のカツラを着け、マントを羽織り、顔が見えないようにしている。
オーウェンは王城に行くので小綺麗な格好をしているが、愛用の剣やシスター・ハンナからプレゼントされた下着のような薄手の防具を着ている。矢や剣の刃を通さない優れものらしい。
しかも軽くて動きやすいとは、恐れ入る。
出来る限りの準備はした。
敵の罠に飛び込んでやろうじゃない。
「奥様、お手を」
オーウェンの下手くそな演技に笑わないよう、赤子に模した道具を抱きしめて馬車に乗り込む。続いて、オーウェンも乗り込んだ。
「失礼します」
乗り込むと、すぐに騎士の一人がドアを閉めた。予想通り、内側から開かないように細工されている。
よっぽど逃がしたくないのね。
まぁ、わかった上で私もオーウェンも乗り込んでるんだけど。
「出発!」
馬車が走り出した。
さてさて、どこに連れて行かれるのかしら。
まず町中で問題は起こさないでしょう。目立つから。おそらく、郊外に出てから何かしてくるはず。
考えられる攻撃として。
①人目がない場所に停車し、護衛の騎士達に切り殺され、死体を埋められる。
②同じく、人目のない場所で馬車に閉じ込め、そのまま火をつけられる。
③馬車を崖から川に落とす。
④少し離れているが、湖に馬車もろとも沈める。
こんなところかしら。
まぁ、全部対策済だけどね。
「まさか、アイツにはめられるとはな」
「知ってるヤツだったの?」
「あぁ、さっき扉を閉めたヤツ。ジョイ・ニードル。ベルジュ公爵家の遠縁だ。他はおそらく、その辺のゴロツキに伯爵家の騎士団の制服を着せたんだろう。所作が全然違う。しかし……、納得だな」
「何が?」
「アイツとは副団長の後継で揉めてたんだ。団長と副団長は俺を推してくれてたんだが、騎士団内の評価や血統主義の奴ら。何より大奥様が血統主義だから意見が割れててな。別に上に立ちたい訳じゃないから、俺は候補から辞退したんだ。だが、騎士団の、それこそ実力を認められているメンバーはジョイのことが気に入らないと煙たがっていたんだ」
なるほど、よくある話ね。
大方、目障りなオーウェンを追い出したかった。そこに目をつけられ、黒幕の誘いに乗った。
「今思い返せば、宴会の時、アイツに酌をされた。『みんなに認められる副団長になるから、応援してくれ』とか言ってたな」
ふ~ん……。
十中八九、盛られたってことか。
いくら色んな意味で怪物みたいに強いオーウェンでも、薬で眠らされればただの人だ。
もしかしたら、眠らせたオーウェンを自室に運んだのはジョイかもしれないわ。そうすれば、ネックレスをオーウェンの首にかけるなんて簡単ね。
「まっ、そんなバカを黒幕は捨て駒に使ったってことね。偽の王家の命令書を持って現れるなんて、反逆者として処刑してくれって言ってるようなものよ」
「シスター・ハンナ達の雰囲気、ヤバかったよな。自分に向けられている訳ではないと知ってるけど、背筋がゾクッとしたよ」
「うん、わかる。……本当、御愁傷様だよね。相手が」
オーウェンとゆったり話していると、馬車は王都を出て、林の中を走りだした。このルートなら崖から突き落とすプランってことね。
「おい、何処に向かっている!」
オーウェンが窓越しのジョイに話しかけた。
「安心しろよ、天国まで乗せてやるから」
「なんだと。ジョイ、こんなことをして、只で済むと思ってるのか?」
「ハハハ!思っているさ。計画に抜かりはない」
「お前が俺に剣で勝てると思ってるのか?」
「剣術バカのお前に付き合う気はない。だがな、いくらお前でも、特殊素材で出来たものは壊せないだろう」
オーウェンは馬車の窓を壊そうと剣のつかで叩くが、びくともしない。
「ハハハハハハ!崖から落ちればさすがのお前でも死ぬだろう。しかも激流の川に落ちれば馬車も流されて証拠が残らない。二人は審議会前に仲良く駆け落ちしたってことになるんだ」
ゲスな笑い声が癪に障るわ。
でも、気分がよくなったバカが、自白を始めそうね。自白は有力な証拠になるわ。
私は準備していた、最新鋭の録画用小型水晶が入った黒い箱を、ジョイが見える位置に張り付け、起動させた。
小型で黒いから、ジョイは気がついてない。
しかも、これはハーバイン商会の最新型魔道具だから、出回っていないし、気がついても何なのかわからないでしょうね。
私の目配せに、オーウェンがうなずいた。




