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22話 審議会の前準備1(ソフィア視点)

「リズ様。急な要請に尽力いただき恐縮です。いかがなさいますか?もう一度、ベクター弁護士から主張と要望の話を伺いますか?」

「っ!」

 意地悪く提案すると、ベクター弁護士が面白いくらい体を跳ねさせた。


 本当、こういう瞬間は楽しいわ。

 悪党の鼻を明かすのは。


 さっきまで死ぬ思いをしてきたから、これくらいは許されるでしょう。



 ◇◇◇



 事態が急変したのは、リリーシアに貴族間異議申立審議会申請の書類に、サインしてもらったあとだった。

 アジトに帰るとリーガル公爵家の使いが待っていたのだ。師匠が調べると言っていたピエール・バシュの情報が手に入り、共有しに来たのかと思ったが、師匠の右腕で、元凄腕暗殺者の従者が使いに出されたことで、師匠の方で『面倒なこと』が発生しているとすぐにわかった。


 アジトの貴重品全てを運び出して、師匠の元に行けば、お忍びで王妃様がいるのだから大体想像がついた。

 案の定、親子鑑定書不正作成の件に加わりたいと言われた。


 ジロリと師匠を見たら、目をそらされた。

 親子鑑定書不正作成を公にすれば、ローゼンタール伯爵が死ぬ可能性があるから、慎重に事を運ぶ手筈だったのに、よりにもよって王妃様に漏らすなんて……。

 十中八九国王様の耳にも入っているだろう。

 断頭台に首を押し込まれる伯爵と、絶望の涙を流すリリーシアの顔が想像できた。


「はぁ……。一つ条件があります」

「何かしら?」

「万が一、ローゼンタール伯爵を罪に問わなければならなくなった場合、人知れずにお願いします。それこそ、事故死、病死で」

「あらっ」

 上座に座る王妃様は、扇を開いてこちらを覗き見た。優しげな目の形をしているが、ビリビリと威圧感を思わせる。

 だが、ここで引いたら女が廃るわ。

 

「刑罰に意見しようとは、己が羽虫だと理解出来ていないのかしら?」 

 王妃様の目が細められた。

 背中がゾクゾクする。

 おそらく『お前など簡単に殺せるぞ』と言っているのだろう。

「羽虫でも、蜂には猛毒の針がございます」

 ――返り討ちにしてやるぞ。

「ホホホ。あの小さな針ね」

 ――小娘の攻撃など目じゃないってことね。

「フフフ。あんな小さな針でも、泣き所に刺さればたまったものではありませんけどね。誰にでも泣き所はありますから」

 ――侮っていると急所を狙うぞ。

 王妃様の笑顔が深まった。

「ほう……。泣き所……」

「えぇ。例えば、駆け込み教会の本当の役割とか」

「……」

「実は、ずっと前からおかしいと思っていたんですよ。あの場所を支援しているのは王妃様だとすぐに調べがつきました。あの場所に表だってちょっかいを出せば王妃様に喧嘩を売る行為と捉えらえる為、貴族達は暗黙のルールで教会自体に攻撃はしない。しかし、中を探ろうと密偵くらい潜り込ませようとするだろうに、それもしていない。なぜか?してないのではなく、出来ないから。シスター・ハンナは王妃様の忠実な部下ですね。それから、他のシスター達はもちろん、定期的にあそこに出入りする商人、雑用係の男性、教会に礼拝しにくる老夫婦、他にもちらほら」

「……」

 王妃様は何も言わないが、目で『根拠は?』と聞かれた気がした。

「ときどきですが、足音がしないんですよ。隙だらけなのに、どこから攻めてよいかわからない不気味さがある。まるで、師匠の従者のように」

 私を迎えに来た元凄腕暗殺者の従者のことだ。

「彼らをそこに配置する理由。市井調査の為かと考えましたが、守りの堅さから『重要な拠点』だと思いました。王都の端に位置し、密偵を入れない堅い守り、王妃様の忠実な部下が配置されている。あの教会は王城から脱出する道の出口、ですよね」

 王妃様の雰囲気が一気に冷たくなった。

「ご安心ください。蜂は相手が自分の縄張りに入ったり、攻撃しなければ襲いません。そんなに警戒することはありませんよ」

 王妃様が攻撃してこないのなら、こちらに争う意思はないと伝えると、「はぁ~」とため息をつかれた。


「エルヴィス殿……。弟子にどんな教育をしているのですか?」

「はて。別段特別なことはしていませんな」

「度胸といい、洞察力といい、推理力といい。部下にしたいわ」

 王妃様は扇を閉じて、ニッコリ笑った。

「ハハハ、お戯れを。王妃様には優秀な部下が多数居るではないか。セレス教会のシスター・ハンナは優秀な人材ですよ」

 師匠は優雅に紅茶を飲んでいる。

 やはりシスター・ハンナは王家の『影』か。

 王家お抱えの暗躍部隊といえばいいのかな。噂では表に出来ない諜報・裏工作・暗殺まで、王家の為に働く裏騎士と言われている。


「エルヴィス殿」

「ソフィアは私の弟子です」

「……はぁ。本題に戻りましょう」

 王妃様がまっすぐこちらを見た。

「ローゼンタール伯爵の刑罰の件は善処しましょう。他に要望は?」

「ローゼンタール伯爵夫人の娘アリアと、護衛騎士オーウェン・シャンドリーの親子鑑定書が欲しいです。また、夫人を安全な場所にかくまっていただきたい。最後に、離婚後、夫人が安心して暮らせるようご助力下さい」

「……それだけ?」

「と言いますと?」

「貴女の望みはないのかしら?」

「私の、ですか……」


 聞かれて、別段欲しいものもないなと思った。

 師匠のように有名な弁護士になりたいのかと聞かれたら、答えは否である。

 大口裁判。もとい貴族間の裁判に興味はない。

 私は弱い立場の人に寄り添う弁護士になりたいと思っている。まぁ、もう少し知名度を上げないと依頼人が私と出会えないんだけど……。

 それは平民街でコツコツ仕事をしていけば、自ずと知名度も上がるし、今回の審議会でより知名度も上がるだろうから、望みを聞かれても思い付かないのだ。

 

「では、貸し一つでお願いします」

「貸し?」

「はい。現状、私自身で王妃様に願いたい望みはありません。ですが、人生何があるかわかりませんから。助けていただきたいとき、改めてお願いにあがります」


 呆れと驚きでか、王妃様がぽかんとした顔をした。そして、徐々に肩を震わせて「ハハハハ!」と大声で笑い出した。


「なんて豪胆なの!面白いわ。ねぇ、やっぱりわたくしの部下にならない?貴女のような度胸のある女性は大好きなの」

「部下はご遠慮します。ただ、仕事の御依頼なら考えさせていただきます」

「ぷっ。わたくしに向かって考えるって、アハハハ!いいわ。楽しい」

 笑いが収まらないのか、しばらく王妃様は笑っていた。


「仕方ないわね。勧誘はまたの機会に」

 王妃様から提案されたのは、セレス教会へ繋がっている秘密ルートを使って、リリーシアとオーウェンを王城に招いて、そこでオーウェンとアリアの親子鑑定を行う案だった。

 それから、リリーシアとアリアは、そのまま王城で匿えば安全が確保できる。

 離婚後は王妃様が領地改革を進める港町に住み、子育て支援を受けられるように手配してくれると約束してくれたのだった。


 ただ、親子鑑定書不正作成の証拠や調査資料の開示・提出程度では割りに合わない。黒幕を追い詰める為に『囮役』をすることを交渉された。


 さすが王族と少々呆れた。


「審議会の日、ローゼンタール伯爵夫人が教会から王城に行かないと、敵は不審に思うでしょう。もしかしたら、秘密ルートの存在を知られてしまうかもしれないわ。そんなリスクは犯せないのよね。ソフィアがやってくれないなら、王城で彼女を匿う訳にはいかないわ。まぁ、王城で匿わなくても、教会内での安全は保証するわ。ただ、王城に来るまでの道のりが心配ね。赤子を連れたひ弱な女性を護衛しながら連れて来るのは大変だと思うわ。足手まといが居るよりは、手練れだけで迎え撃つ方が断然楽でしょうね~」

 コロコロと無邪気に笑いながら、こちらが断れないように話を詰められた。


 結局、王妃様の手の上で踊ったように思えた。


 貴族間異議申立書を提出すれば、私にも危険が及ぶだろう。それなら、リリーシアのフリをして教会で安全に過ごす方がマシだし、王妃様の影が全面協力してくれると言うことで、私は危険な囮役をすることになった。

 影の人がオーウェンに変装するという話も出たが、それに関してはオーウェンに決めてもらうよう話をすすめた。

 まぁ、あいつは進んで囮役になるお人好しだから、いらない気遣いだろうけど、リリーシアと離れることをどう考えるかわからないから、念のための処置だ。


「審議会当日が楽しみね」

 黒幕は必ず当日に動く。

 そこを一網打尽にするのよ。

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