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21話 審議会前(エドワード視点)

 時計の音がやけに大きく聞こえる。

 ベクター弁護士と初顔合わせから、約1ヶ月がたった。

 今日、王宮の一室を借りて、貴族間離婚異議申立審議会を執り行うのだが、相手側が現れない。

 隣に座るベクター弁護士は慣れているのか、優雅に王宮メイドが持ってきた紅茶を堪能している。

 先程挨拶を交わした裁判所の裁判員バーバリー殿も、何も言わずに紅茶を飲んでいる。

 ベクター弁護士とバーバリー殿は何度かこういった審議会で顔を会わせたことがあるらしく、「本日もよろしくお願いします」「こちらこそ、よろしくお願いします」と少し親しげだった。


「ベクター弁護士。相手側が来ないが、大丈夫なのか?」

「きっと道が混んで遅れているのでしょう。ただ、予定時刻を過ぎてもこの部屋に現れない場合は、相手側の不履行になり、我々の主張が正しいと認められます。審議会は時間厳守なのをわかっていないのかも知れませんね」

 ベクター弁護士は呆れたように、ため息を吐き出した。だが、心なしか笑っているように見える。


 ガチャ……。

 部屋の扉が突然開いた。

 リリーシアが来たかと思ったが、現れたのは母上とイモージェンだった。

「あら、あの女、来てないじゃない。最後に無様な顔を見に来たのに」

「母上っ!何しに来たんですか。イモージェン、母上を連れてくるとはどういうことだ」

「申し訳ございません。奥様がどうしてもとおっしゃるもので……」

「これはローゼンタール伯爵家の問題です。わたくしが来て何か問題があるのかしら?」

「これは私とリリーシアの問題です。早急にお帰り下さい。イモージェン、母上をお連れしろ」

 俺の言葉に聞く耳を持たず、母上は強引に隣の席に座った。

「ベクター弁護士。わたくしがここに居ることで、何か問題があるのかしら?」

「ご家族ですから問題はありません。ローゼンタール様、浮気問題は当人達以外にも影響がありますから、家族間に遺恨を残さない話し合いが必要です。関係修復をお考えなら、奥様の協力も必要になるでしょう。ここは御一緒に話し合いをされてはいかがですか?」

 確かに、今回の騒動で少なからず母上にも迷惑をかけてしまった。しかし、母上が参加したら必ず復縁を反対する。関係修復どころではなくなってしまう。

「エドワード。貴方が考えるように、わたくしは復縁に反対です。他の男の赤子を身籠るなど、言語道断。不埒な嫁は必要ありません。それに」

 母上はイモージェンを見た。

 イモージェンは露骨に自身の腹をさすった。

 そこに、俺の子がいると言わんとする行動だった。復縁など無理な状況であると、突き付けられて言葉に詰まる。


「しかし、遅いわね。時間も守れないなんて、本当、不誠実でどうしようもない娘ね。男爵家の教育は平民と変わらないだろうから、仕方がないのかしら」

「母上。リリーシアは真面目な子です。教養も、気品もあります。貴女に悪し様に卑下されるいわれはありません。体力も筋力もない私に寄り添い、支え、朗らかに笑っている姿にどれほど救われたかお分かりにはならないでしょう。彼女は――」

「浮気女に入れあげるなんて、本当に愚かね。それに、貴方が婚姻無効申請を出したのでしょ?今さらあの女を擁護する意味がわからないわ」

「ぐっ……」

 正論だ。

 自分でも、頭がおかしいくらいわかる。

 俺を裏切った憎き女。

 そのままの俺を受け入れてくれた愛する女。

 傷つけたい。

 守りたい。

 相反する思いが心を掻き乱す。

 だから……。

 だから直接会って、話して、謝られたい。

 そして……許したい……。


「さて、そろそろ時間ですね」

 ベクター弁護士が、部屋に置かれた時計に目をやる。

「時間厳守が鉄則。話し合うこともなく、婚姻無効が成立ですな」

「ハハハ、ベクター弁護士。気が早いですよ。あと二分ありますから、今しばらくお待ちください」

「あぁ、そうでしたか。これは失敬」

 ベクター弁護士とバーバリー殿は気分良さげに話している。

 これまでなのか……。

 婚姻無効申請を撤回、いや、もう一度話し合いの場を設けたいから、審議会は延期に……。

「ベクター弁護士」

 彼に声をかけた瞬間。


 コンコン。

 ドアのノック音が響き「失礼します」と女の声がした。

 ドアが開く。


「こちら、ローゼンタール伯爵夫妻の審議会用の部屋でお間違いございませんか?」

 少し高めの女の声だ。


「さっ、リリーシア様。お入り下さい」


 コツ……コツ……コツ。

 ゆっくりとした足音が部屋に入ってきた。


「ごきげんよう。本日はよろしくお願い致します」

 朗らかに笑うリリーシアの姿に目を奪われた。

 薄グリーンのドレスがよく似合っている。


 綺麗だ……。


「そんな……」

「あり得ない……」

 ベクター弁護士とバーバリー殿の驚いた呟きが聞こえたが、俺の目はリリーシアでいっぱいだった。



 ◇◇◇



 部屋の時計が鳴る。

 審議会開始時刻だ。

「定時ですね。さっ、リリーシア様。こちらにお座り下さい」

 リリーシア担当の弁護士だろうか。女はリリーシアをテーブルを挟んだ俺の真向かいに座らせ、その隣に座った。

 

「こっ、これより貴族間離婚異議申立審議会を始めます。裁判員のバーバリー・ユスタスです」

 上座に座るバーバリー殿が宣言する。

「……ローゼンタール伯爵の弁護人を務めるベクター・マドラスです」

「ローゼンタール伯爵夫人の弁護人を務めるソフィア・フィートです」

 お互いに笑って自己紹介を行うが、空気は張りつめている。

「では、今回の審議会案件ついて、ローゼンタール伯爵側からお話を伺います」

「はい。ローゼンタール伯爵夫人は護衛騎士のオーウェン・シャンドリーと不貞をしました。二人が伯爵に隠れて逢瀬を重ねていたと専属侍女と屋敷の管理を任される執事が証言しています」

 母上の後ろに立つイモージェンが不適に笑った。

「そして、7/13に宝石店でペアアクセサリーを購入しています。販売した店員はローゼンタール伯爵夫人と護衛騎士オーウェン・シャンドリーだったと証言しています。また、店内の録画用水晶に二人の姿が映っています。それから、ペアアクセサリーの請求書、領収書に夫人直筆のサインがあります。夫人が購入したことは明らかです」

 ベクター弁護士は証拠品を、私とリリーシアを隔てるテーブルの上に乗せ、厳しい口調で話す。

 彼女を威圧していることに、怒りを覚える。

 しかし、彼は俺の弁護士だ。

 気持ちを抑えようと、腕組みをして自分を押さえる。リリーシアは凛と背筋を伸ばして、静かに聞いている。

 その姿は、まるで一輪のユリの花を思わせた。


「さらに同日、二人でホテルに入り、三時間ほど滞在したとホテルのオーナーの証言。そして、宿泊・休憩申込書に夫人の直筆サインがあります。三時間も密室のホテルで男女が一緒にいた。如何わしい行為をしていたのは間違いありません!」

 ベクター弁護士は声高らかに言い放つ。

 俺自身で調べ、証拠品として提出しているのに、改めてその事実を突き付けられると、胸が苦しい……。

 証拠品として提出されている請求書と領収書、ホテルの宿泊・休憩申込書のサイン。どれも同じ様に少し丸みをおびた文字でサインされている。

 学院時代、何度も彼女と手紙のやり取りをし、可愛らしい文字を愛しく思ったか……。

 俺が彼女のサインを見間違えるはずはない。

 似せて書くにも限度がある。

 サインは本物だ。


「そして、先程述べた宝石店で使用した金額と、ホテルを利用した金額が、夫人の品位保持の為に割り当てられた予算から出されたと、この帳簿の記載があります。よって、夫人は伯爵家の資金を使い、オーウェン・シャンドリーと不貞をし、伯爵を裏切ったのです。こちらは夫人の心からの謝罪を要求します。また、産まれた子供の親権、養育権を夫人は放棄し、その子供を施設に預け、面会しないことを念書に書いてもらいます。破った場合は即刻離婚。夫人に500万ルカの支払い請求をし、子供を他国の施設に移籍させ、その行方も教えません。浮気相手のオーウェン・シャンドリーは夫人及び子供に二度と会わないと念書を書いてもらいます。破れば500万ルカの一括支払い。支払えない場合は臓器を販売してもらいます。以上がこちらの主張と要望です」

 こちらの主張と要望を聞いても、リリーシアは表情を変えずにいる。

 何を考えているのか読めない……。


「今度はこちらの主張と要望ですね」

 リリーシアの弁護士、フィート弁護士が落ち着いた口調で切り出した。

「バーバリー様。今回の審議会では書記官をつけていただけるはずですが、書記官はどこでしょうか?」

「んっ……」

 バーバリー殿は言葉を詰まらせた。

 書記官がつくとは知らなかった。

 ベクター弁護士を見ると「すみません。説明したと思っていました。ただ、こんな小さな審議会に書記官がつくのは異例なので、きっと人員がいなかったのでしょう」と、小声で説明してきた。

「しょっ、書記官不足で手配出来なかったのだ。この度の話し合いは複雑なものではないので、特に書記官は必要ないだろう」

「そうだったのですね。それは良かったです」


 コンコンっ。

 ドアをノックする音がした。

「裁判所の要請で出向してきました」

「はい、どうぞお入り下さい」

 フィート弁護人が声をかけると、初老の女性と男性が入室してきた。

「「リズ様!リーガル公爵閣下!」」


 部屋に居る全員か立ち上がり、頭を下げた。

 初老の女性はリズ・リーガル様だ。

 現国王様の姉で、リーガル公爵夫人でもある。

 現役の書記官長だ。

 彼女は高位の貴族が起こす裁判でしか書記官を勤めないはずだ。そんな大物がなぜここに?

 それに、なぜリーガル公爵が?

 

「あぁ、そうかしこまらないでくれ」

 大物の登場で固まっていると、リーガル公爵は穏やかな笑みを見せて、気さくな物言いで立ち上がった我々に座るよう促した。


「急な出向だったからな。妻を送って来たんだ。ついでに妻の仕事を見学したいのだがかまわないかな?」

 質問形式だが、それは命令に近い申し出だ。

「もっ……もちろんです」

 そう言うしかなかった。

 

「書記官の申請があったのに、不手際で遅くなってしまったのです」

 リズ様がチラリとバーバリー殿を見た。

「ひっ!」とバーバリー殿は分かりやすく肩を跳ねらせた。


「遅くなりましたが、これより記録を残していきますので、安心して審議会を進めてください」

 リズ様は少女のように笑った。

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