16話 駆け込み教会の秘密(前編)
「ソフィアからです」
昼食後。孤児院の食堂でぼんやりしていると、オーウェンさんがたくさんの本を持って現れた。
スター兄様が書いた『子育て支援が豊富な町リスト』と、その町の観光本やその町の風景画、借家や一軒家の間取り図だった。
昨晩ソフィアと話したばかりなのに、ソフィアの行動が早いのか、スター兄様の行動が早いのか……。
うん、どちらともね。
「あらあら、ずいぶんと大量ね」
「シスター・ハンナ！」
台所からシスター・ハンナが、クスクス笑いながら現れた。
「ソフィアさんから聞いてるわ。引っ越し先をどうするか悩んでいるのでしょ？」
「はい……。離婚が成立したら、ここを出る約束ですから」
「そんな、あわてて出なくても大丈夫よ。リリーさんはピアノが上手でしょ。子供たちが喜んでいるのよ。ここでシスターをしてもらいたいくらいよ」
アリアがお昼寝しているときに、時々だが孤児院の広間のピアノを弾いている。
手習い程度の腕前なのに、子供たちはキラキラした瞳で喜んでくれていた。
その顔を見ると、私も癒されたな。
「ありがとうございます。ですが、これ以上迷惑をかけられませんから」
私が居るせいで、シスター・ハンナや子供たちに町の人が商品を売ってくれないそうだ。
早く私を追い出せと迫られるらしい……。
ただ、教会に食材や物質を届ける特別な業者がいて、生活は困っていないとシスター・ハンナが言っていた。
この教会の後ろ楯はかなりの大物だと思う。
それこそ……王族かも……。
「買い物出来ないなんて、大したことじゃないわ。フフッ、少し前だけど、貴女のように匿った女性を狙って野盗が押し寄せたり、暗殺者が来たりと目まぐるしい時期もあったけど、神が守ってくれますから」
『弱すぎて欠伸が出たのよね』と小声を聞いた気がしたが、気に止めないようにした。
「だから、迷惑など思わずに、ゆっくりとこれからの人生を考えればいいのよ」
「……ありがとうございます」
シスター・ハンナ……。
とても優しくて、穏やかな女性なのに、どこか危険な匂いを感じる。
まぁ、駆け込み教会を運営しているのだから、一般的なシスターでは勤まらないのだろう。
「引っ越し先はどんなところを探すの？」
「あまり具体的な事は考えが追い付かないのですが、子育てしやすい場所がいいなと思ってます」
「そうよね～。まず安全面がしっかりしている町がいいと思うわ。それから、小さな子供を預かってくれる場所や学校があるところなら、息抜き出来て、母親の精神面も安定するわね」
「息抜きですか？」
「そう。子育中は24時間、気持ちが張ってるものよ。とくに一人で子育てするとなれば尚更ね。だから、休憩が必要なの。気持ちの余裕がなくちゃ、子供もお母さんも辛いわよ」
お母さんなのに、休憩していいのかな？
「あっ！休憩なんてって思ったでしょう。ダメよ～。『母親だから』って完璧を求めちゃ。そもそも、一人で子育てすると『頑張りすぎてるよ』って、声をかけてくれる相手がいないから、どんどん無理をしてしまって、体を壊して、子供を悲しませてしまうわ。無理は禁物。頼れる場所や人は、一つでも多く確保するのが子育てのコツよ」
シスター・ハンナにウインクされた。
「良ければ、これからリリーさんの部屋で話しましょ。オーウェンくん、その資料を持って、一緒に来てくれないかしら？」
「もちろん、大丈夫です」
「さっ、行きましょう！」
私の返答を待たずに、シスター・ハンナは立ち上がった。
×××
「さて、本題に入りましょうか」
私の部屋に行くと思ったら、シスター・ハンナの執務室に通された。
椅子に座るよう言われたので、私は娘が眠っている篭を膝に置いて、ソファーに腰かけた。
オーウェンさんは持っていた書類をテーブルに置くが、ソファーには座らず、私の横で立っている。護衛騎士の任務中の立ち位置を思い出した。
「ソフィアさんは優秀ね。しかも度胸と腕っぷしも申し分ないわ。今後も仲良くしたいくらいよ」
「あの……」
食堂に居たときとは、何だか雰囲気が違うようで戸惑ってしまう。優しいシスター・ハンナなのに、どこかピリッとしている。
「あぁ、ごめんなさい。こちらの話ね。ソフィアさんに『オーウェンさんとアリアちゃんの親子鑑定書を作りたい』って相談されたのよ」
「それは私もソフィアに言われました。だけど、平民の場合は研究所に直接本人が行かないといけないとも言っていました」
それから、この教会を出るのは危険だとも説明された。詳しくは教えてくれなかったが、オーウェンさんが教会を出た時に囲まれたそうだ。とくに、中央区に入ろうとすると妨害の為に攻撃されたらしい。
オーウェンさんが一人なら、攻撃されても避けられるし、逃げることも簡単らしいが、そこに護衛対象の私やアリアが加わると、途端に難易度が上がってしまうそうだ。
ソフィアは他に手がないか探すと言っていたが、研究所に行けないのだから、二人の親子鑑定書を作成することは出来ないと思っていた。
シスター・ハンナには何か手があるのかしら？
「この駆け込み教会が潰れないのは、何でだと思う？」
「……後ろ楯があるからだと思います」
私の答えにシスター・ハンナは笑って頷いた。
「そう。少し調べればわかることだから言ってしまうけど、王家の、現在は王妃様がこの教会を支援しているわ。ここに何かが起これば、王妃様が動く。だから、リリーちゃんを狙う奴らはここに攻め込んで来ないで、貴女が外に出る機会を伺っているのよ」
なるほど……。
「では、何故、王家がこの、王都の外れにある教会を支援しているかわかるかしら？」
