11話 それぞれの動き4(ソフィア視点)
「もしも伯爵が愛人を正妻にしたいが為に夫人をハメたのなら、殺してしまった方が手っ取り早いと思わないか?出産時に亡くなる女性は少なくない。殺すにはうってつけのタイミングだろ。バレれば自分が死刑になる大犯罪を犯す必要はない」
「う~ん……。妻が亡くなって一年間、喪に服すのが嫌だった?」
「後妻を迎える気なら、死別が最も波風を立てない。現に『リリーシア・ブロリーンは破廉恥な不倫女』『護衛騎士の子供を身籠った不道徳な女』『実家を勘当された惨めな女』あと『誰にでも股を開く悪女』と、ずいぶん下品な噂を社交界で流す輩もいる。逆に『悪女に騙された可哀想な伯爵』とローゼンタール伯爵を擁護する噂が多いが『妻を寝取られた男』という汚名は、一部で嘲笑われている。伯爵にとっても良くない状態だな」
確かに……。
現状は伯爵にとって良い状態ではない。
じゃぁ――
「伯爵は黒幕ではない?」
「断定は出来ないが、可能性は低い。他に考えられるのは、伯爵の母親、イザベラ・ローゼンタール。彼女は夫人との結婚を最後まで反対していた。二人が離婚したら喜ぶだろう。それから、伯爵の浮気相手のイモージェン・ウェスト。自らが正妻になろうと計画した」
「う~ん……。二人とも怪しいですが、伯爵と同じ違和感にたどり着きますね。出産時にリリーシアを殺した方が手っ取り早いですよ。むしろ、出産前に殺したほうが赤ん坊を始末する手間が省けます」
「そうだな。となると、発想を逆転して考えよう。『なぜ殺さなかったのか。殺せなかったのか』だ」
「殺せなかった……。隙がなかった。殺そうとしたが失敗した。子供を産ませたかった……。ダメですね。さっぱりわからないです」
「情報が足りないな」
師匠は腕を組み、馬車の背もたれに体を沈めた。
「そもそも、親子鑑定書を不正作成するなんて大胆な犯行を、伯爵領に隠居していた前伯爵夫人が手配出来るとも思えない。愛人にしてもしかりだ」
「じゃぁ……誰が……」
「わからん。だが、黒幕の目的はまだ達成していない可能性がある」
「その根拠は?」
「教会を見張るヤツが多すぎると思わないか?オーウェンが追っ手を撒くのに手間取るくらいに配置している。何故か?夫人を逃さない為か、動きを封じる為か、……暗殺する為か」
それは私も考えていた。
オーウェンもそれを気にして、リリーシアの近くを護衛しているのだ。
「夫人の現在の状況は複雑だ。実家から勘当され貴族籍は失くなっても、書類上は『ローゼンタール伯爵夫人』だ。彼女が死ねば王宮騎士団が調査に乗り出す。第一容疑者として、当然ローゼンタール伯爵が候補になるだろう。そうなれば、夫人が屋敷から追い出された『浮気騒動』も調査が入る。王宮騎士団は優秀な面々が揃っているし、ワシ達では出来ない尋問の権限、自白剤の使用許可もある。親子鑑定不正作成もすぐに解決するだろう」
王宮騎士団が正式に調査すれば、非合法な手段も使い全ての嘘は見抜かれ、黒幕さえも炙り出すだろう。
逆をいえば『離婚』しなければ、黒幕は動くに動けないと言うわけだ。
基本的に、貴族はお互いの合意のもと離婚届けにサインをし、教会と宮内国政機関に提出する。余談だが、平民は教会に届け出を出すだけでよい。
ただ、例外がある。
一年以内に結婚した伴侶が、公序良俗に反する行為をした場合、または、犯罪に手を染めた場合などに婚姻を無効に出来る制度がある。
この制度は離婚とは違い、婚姻した事実事態を初めからなかった事に出来る。これは貴族特有の制度で、一昔前は姿絵のみで結婚することもあり、トラブルが続出したため、設けられたものだ。
まず、宮内国政機関に申請とそれに基づく証拠品を提出する。事件性がなければ王宮騎士団は調査に参加しない。宮内国政機関の職員が調査をして、申告に虚偽がないと判断されたのち、宮内国政機関から伴侶に、伴侶の現在住所がわからない場合は親族に申請告知が送られる。伴侶は3ヶ月以内に婚姻無効申請に対する『異議申立審議会要請』をしなければ、同意したとみなされる。また、伴侶と連絡がつかない場合、親族から婚姻の無効を最大一年延期することが出来る。
異議申立てを行った場合、王宮の一室で裁判官立ち会いのもと、話し合いを行う事になる。
「ブロリーン男爵家の現状を、何か知ってますか?」
「社交界では肩身が狭い状況ではある。だが、リリーシア夫人を勘当し、貴族籍も抜いたことによって矛先はリリーシア夫人個人に向けられているよ。ローゼンタール伯爵家がブロリーン男爵家に制裁をしないことが、男爵家を守っているような状況だな」
「逆をいえば、ローゼンタール伯爵に従わなければブロリーン男爵家は追い詰められてしまう。申請告知が届いても、延期要請は出せない……。師匠、一緒に宮内国政機関に行ってもらえますか?」
「どうするつもりだ?」
「伯爵が出したであろう婚姻無効申請の書類を確認したいです。私が黒幕なら、一日でも早く伯爵に申請を出させます」
「うむ、そうだろうな」
「私たちは現在、全て後手に回っていて、非常に不利な状況です。ですが、黒幕の誤算は私がリリーシアの弁護人になったことだと思います。私の存在をギリギリまで相手方に伏せておきたいんです。そこで師匠に、リリーシアの弁護を引き受けるか判断するために、伯爵側が提出した証拠を見に来たってことにしてください。師匠は研究所で保証人として名前を書いているので、敵は師匠の方に吸い寄せられると思います」
「囮か……。そうなると、ワシの行動が制限されるが、ソフィアは勝てる算段はあるのか?」
挑発しているような口ぶりだ。
私は不敵に笑った。
「リリーシアの兄の妻の兄が、ハーバイン商会の会長らしいです。そことうまく連携を取れたら証拠集めは格段に容易くなると思います。それに、監視がついたところで、師匠には屁でもないでしょ?」
「ふっ、言ってくれるわ……。まぁ、相手のお手並み拝見だな。ソフィアが不甲斐なかったら、ワシが大番狂わせをしてやるわい」
「残念。美味しいところを持ってなんて行かせませんから。せいぜい、私に使われて下さい」
「生意気な」
「おほめに預かり光栄です」
師匠は楽しそうに笑った
◇◇◇
探偵たるもの、変装は必須アイテム。
私は愛用の茶髪のウィッグを被り、ハンチング帽と黒縁メガネを着け、胸を潰して少しダボッとした上着を着れば、小柄な少年に大変身する。
顔にそばかすを書くと完璧ね!
「相変わらず、変装が上手いな」
「探偵の基本ですから!」
師匠も認める変装ぶりよ。
案の定、宮内国政機関に婚姻無効申請が提出されていた。それも、リリーシアを追い出したその日に。更に、その日に男爵家に申請告知が送られていた。ずいぶんと根回しが良い。
本来なら調査に1ヶ月、長い時は一年以上かかる場合もざらだし、申請が通らず証拠を集め直して再申請することも多い。こんなに早いのは、伴侶が現行犯で捕まり、証拠も十分に揃っている特殊な状況くらいだ。
親子鑑定書があるとしても、その日に申請告知が送られるのは異常だ。これは、大きな力が働いた可能性が高い。
師匠も眉をひそめている。
黒幕を推理するのは後回しね。
まずは伯爵側が提出した証拠を精査しよう。
証拠①
7/13。宝石商でリリーシアとオーウェンが仲睦まじく来店し、流行りのペアアクセサリーを購入したと販売員が証言している。
証拠②
同日。宝石商の店内の録画用水晶に、帽子を被った金髪の女性と黒髪の騎士が入店し、証拠①で証言した販売員からペアアクセサリーを購入する姿が残っていた。
余談だが、録画用水晶はこういった宝石商や銀行など、防犯をかねて設置している店がある。だが、費用が高額だし、大人一人くらい大きな装置なので普及が追い付いていないのが現状だ。
証拠品として出された物も、録画映像を紙に転写した物で、『男女が腕を組んで入店する姿』『女が紙に何かを書き込んでいる姿』『二人がネックレスを着けて退店する姿』の三点だ。
証拠③
同日。ペアアクセサリーの代金を屋敷に取りに行った請求書と領収書の控えに、リリーシアの直筆サインが書いてあった。
証拠④
同日。貴族専用のホテルにリリーシアとオーウェンが来店し、三時間ほど休憩したとホテルのオーナーが証言している。
証拠⑤
同ホテルの宿泊・利用名簿帳と、リリーシアの名前が直筆でかかれた宿泊・利用申込書があった。
証拠⑥
リリーシアの品位保持に割り当てられた予算の帳簿に、ペアアクセサリー代金とホテル利用料金が記載されている。ちゃんと7/13だ。
証拠⑦
ローゼンタール伯爵とリリーシアの娘の親子鑑定書だ。王立サンブラノ研究所のハンコも捺されているし、研究所の所長のサインもされている。
証拠は以上だ。
リリーシアの直筆サインは厄介だが、証言の証拠は穴だらけだ。
まず、一介のアクセサリー販売員が、単なる護衛のオーウェンを知っているはずがない。それなのに、彼の名前を証言している。それはホテルのオーナーも同じことが言える。
それから、録画映像を写した紙も不鮮明だし、客の顔はハッキリしない。
不可解な点もある。
証言や証拠は全て7/13しかない。浮気を偽造するなら、ホテルは何度も利用したようにした方がいい。店も宝石商だけでなく、人気のカフェやレストランも利用したように偽造するのではないか?なぜ利用しなかったのか……。
「フィー」
師匠に声をかけられた。
余談だが、『フィー』は少年に変装したときの偽名だ。
職員に怪訝な顔をされている。あまりに真剣な顔で見ていたからかもしれない。私はあくまで『助手』として、師匠にくっついて来たのに、師匠より真剣に証拠を凝視したら不審に思うわね。
「勉強熱心なのはいいが、自分の勤めを忘れるなよ」
「申し訳ありません……」
師匠に窘められた私を、単なる好奇心が強い助手と思ってくれたようで、職員の不審な視線は和らいだ。
「証拠の確認も済んだし、今日は引き上げよう」
「はい」
証拠を職員に渡すと、職員は少し緊張した顔をして「弁護を引き受けるおつもりですか?」と無礼にも聞いてきた。
意地の悪い貴族なら「無礼者!」と怒っても当然だが、師匠は不敵に笑った。
「いくぞ」
「はい」
師匠は職員の言葉に答えず、その場をあとにした。
王宮内の宮内国政機関の建物を出ると、肩で息をするローゼンタール伯爵が走って向かって来た。明らかにこちらに話し掛けたい雰囲気だが、下位の伯爵が高位の公爵に声をかけることは出来ない。二人が親しければ、そんなことはないが、おそらく名乗り合ったこともないだろう。
伯爵は師匠に道を譲り、頭を下げた。
「……私に何か用か?」
突然、師匠が伯爵に声をかけた。
このまま通り過ぎると思ったのに、どういう風の吹きまわしだ?




